闇を統べる者

吉岡我龍

亜人 -エンヴィ=トゥリア-

 ロークスに到着した一行は早速ナジュナメジナの屋敷に向かったがここで意外な返答が待っていた。
「ナジュナメジナ様は既に『エンヴィ=トゥリア』へ向かわれました。」
執事らしい人物からそう告げられるとカズキも胡散臭さを確信に変えていくが今は急いだ方が良いだろう。
「むぅ・・・この都市?という所を見て歩きたかったが仕方ない。」
獅子王が少し後ろ髪を引かれる様子を覗かせていたが仕方ない。いや、そもそも今回彼は部外者なのだから無理にこちらの用件に付き合って貰う必要はないはずだ。
「よければ私の配下を付けましょうか?ロークスの街くらいなら案内出来ると思いますが。」

「何を言う。今はその『エンヴィ=トゥリア』とやらに向かっている最中だろう?ここは後で見て回れば良いから先に進もうではないか。」

大きな器と体躯を持つファヌルは威圧感のある外見とは裏腹にこちらを優しく気遣ってくれる。道中無理を願い出て立ち合い稽古に付き合って貰った恩も考えるとこれが終わった後はしっかり礼儀で返さねばならないだろう。
話がまとまるとナジュナメジナの言伝により補給と休息の為、一泊だけ屋敷に止めてもらうと明朝には再び馬車を走らせ始めた一行。
目的が不穏なのもあっていまいち心から楽しむ事は出来なかったが道中カズキが乗る馬車内は3年前の旅やこれまでの出来事にずっと話題が尽きないでいた。
「そういえばヴァッツ、ルバトゥール様の事どう思ってるの?」
その中でも注目が集まるのはやはり『リングストン』の王女がこの旅についてきている事だろう。ネヴラディンの影響力が強すぎて王女の存在すら知られていなかったのにも理由はあるらしいがショウも黙ってその答えを待っている。
「どうって?」
「えーっと、何だか彼女もヴァッツのお嫁さんになりたい、みたいな話を聞いたんだけど。ヴァッツは彼女にどんな感情を抱いてるのかなって。」
「どんな感情・・・同い年なんだ~くらいかな?」
彼の感情に未だ恋愛は芽生えていないのか。カズキから見た所ルバトゥールの外見は十分整っており王族らしい気品も備えている。
そんな異性との縁談話が持ち上がっているのならもう少し意識してもよさそうなものだが相手が『リングストン』なだけにこのまま流してしまった方がいいのかもしれない。
「んじゃやっぱりお前の嫁さんはアルヴィーヌか?」
「うん?でもリリーも許嫁なんだよね?だから2人だと思ってたんだけど違うの?」
さらりと爆弾発言を落として来る彼にショウも目を丸くしていたが恐らく許嫁や重婚など一切理解していないのだろう。
「そうだね・・・難しいよね。」
そして何故かクレイスが理解を示す様な、そして悩ましいような表情で彼に力のない笑みを向けていたので意味が分からずショウと顔を合わせていると突如馬車が止まった。

外から声を掛けられるまでもない。

カズキは静かに馬車を降りると雑木林の影からいくつもの人影が長剣や弓を構えて現れる。
空を飛べない彼だが普段は騎馬に乗るか走るかで風のように移動していたのでこうして対峙するのは何時ぶりだろう。後から出てきたクレイスも物珍しさから目を輝かせていたが3年前なら震えて馬車内で縮こまっていたはずだ。
(・・・こいつも成長したんだなぁ。)
一番弟子の成長に思わず感慨深いものを胸に抱くが今は山賊の対処が先決だ。
「待ってください。」
ところが久しぶりに容赦の無い剣を振るえると駆ける準備へ入った時、ショウが止めて来たので慌てて体を起こす。

「お~し!!お前ら!!命が惜しくば馬車ごと置いていきな!!あと女子供もだ!!」

ありきたりな台詞に思わず戦意まで削がれそうになったがカズキから見て奴らは明確な敵であり、人を斬るという実践的な修業の好機なのだ。
出来れば有無も言わさず1人で刀を振り回したい所だが友人が割って入った事には何かしら意図があるのだろう。
「私達は『エンヴィ=トゥリア』に招かれています。そんな一行を襲えばあなた達もただでは済みませんよ?」
「「???」」
対してこちらも包み隠さず本当の事を返したのだから同じように外に出て来たクレイスと顔を見合わせる。だがその当たり前が彼の駆け引きだった。

「な、何?!あの国の関係者か?!う、う~む・・・・・し、仕方ねぇ!今回は許してやるっ!!」

最近こちらの世界に併合した存在なのに彼らは随分詳しいらしい。つまりこの山賊達も異世界人か、もしくは『エンヴィ=トゥリア』と既に接触した可能性が考えられるだろう。
「おや?私達はあなた達を許すつもりはありませんよ?カズキ、クレイス、お手数ですが全員を生かして捕えて貰えますか?」
「よっしゃ!」
「うんっ!!」
誰よりも先に外へ出ていた2人が元気に答えるとまずは彼らの足元が岩のようなもので包まれて全く動けなくなる。
カズキもショウの思惑に気が付くと仕方がない。妥協して全員の武器を破壊して駆け回るに止めたがそれでも勝負は一方的に決したのだった。





 後は余計な抵抗が出来ないよう手足を縛り上げると山賊達は怨嗟の表情でこちらを睨みつけてくる。
「ほほう?中々いい面構えだ。しかし若干汚れすぎてるな。いや、山賊なんだからこんなもんか。」
数は丁度10人で並んで座っている彼らをガゼルが自身の過去と照らし合わせて興味深そうに査定していた。
「いや、てめぇも賊じゃねぇのか?!」
「うむ。ちょっと前まではそうだったな。」
やはり同業者には同業者の匂いを感じ取れるらしい。頭目らしい人物が吠えると傀儡王は満面の笑みを浮かべる。

「そんな事よりあなた達の出自を教えてください。村や国、大陸の名前でも結構です。」

普通名前からでは?と思ったがショウの目的は少しでも『エンヴィ=トゥリア』の情報を引き出す事にあるらしい。そもそも賊の名前など聞いたところで後々の処分や要らぬ怨恨を考えると無意味まである。
「・・・よくわからん質問だがここはポーラ大陸だろ。出身を教える馬鹿は山賊じゃねぇよなぁ?!」
これは家族や知人に凶刃が届かない為の決まり事みたいなものだが、その配慮を他人にも向ける訳にはいかないのだろうか?
だが先日から世話を見ている蛮族『ジャデイ』の姿を見て来たからこそ理解出来てしまう部分もある。家畜や農作物も決して万能ではないのだ。
病で大量に破棄せねばならなくなったり凶作で生活が困窮に陥った時、人が選ぶ道はそれほど多くない。強奪行為もその中の1つになのだろう。

「ポーラ大陸・・・ポーラ大陸?」

しかし何気ないやり取りから最初に反応を見せたのは他でもないクレイスだった。
「クレイス、知ってるのか?」
「うん。確か『腑を食らいし者』さんが同じ名前を言ってたよ。詳しくは聞いてないけど間違いない。」
「ふむ。では後ほど『骨を重ねし者』様や『腑を食らいし者』様からお話をお聞きしましょう。さて、あなた達には『エンヴィ=トゥリア』の国内事情を教えてもらいます。彼の国の王や将軍、文官の数に国土の大きさ、軍隊の規模、総人口も知りたいですね。」
カズキも『トリスト』の情報をそのように尋ねられると正確に答えられる自信はない。それほど無茶な要求をしているショウに呆れてしまうがこれは山賊達も同じ気持ちだったようだ。
「そ、そこまで知らねぇよ!!国王と有名な将軍くらいはわかるが・・・つかお前達、あの国に招待されてるって言ってなかったか?何でそんな事を聞くんだ?」
「それは私達が初めて赴く場所だからです。そもそもここはカーラル大陸で『エンヴィ=トゥリア』という国家は最近まで存在していなかった。故に情報が乏しいのです。」
「???」
ありのままの事実であるにも関わらず頭目らしい男は全く理解出来ず眉を顰めていたがこれは仕方ないだろう。

「お前達はわしと盟友に襲い掛かって来たのだろう?そしてあっけなく捕縛され今は命を握られている。であればつべこべ言わずにまずは知っている事を洗いざらい教えるのだ。」

現在女性達は全員馬車の中で待機してもらっていた為、外に姿を見せていたのはカズキ達4人とガゼルにネヴラティークだけだった。
それでも獅子王は大きな耳でこちらのやり取りを全て拾っていたらしい。若干苛立ちを内包した警告とも呼べる文言には確かな威圧感がある。
「何だ?!脅しをかけようってのか?!俺達ゃ山賊家業も長いんだ!!そんじょそこらの奴らとは根性が違うんだぜ、根性が!!」
どうやら彼らは相互の力量差を見誤っているようだ。確かに声だけでは中々伝わりにくいのだろう。ショウがその馬車に近づいて大きな大きな扉を開けるとまずはぴょんぴょんとハルカ、イルフォシア、アルヴィーヌが降りてくる。
そして巨体ながらも一切足音を立てずに後ろ足を大地に下ろした彼の姿を見てやっと置かれている状況を少しは理解し始めたらしい。
彼専用に作った大きな馬車であるにも関わらず、乗降時にも若干頭を低くせねばならぬ程の体躯と大きな獅子の顔、双眸には猛獣らしい光が宿っており一般人なら怯えて当然といった風貌はどんな拷問よりも効果的に働いたようだ。

「山賊、と言ったか?お前達に与えられている選択は2つ。ショウの問いに全て答えるか、わしに食い殺されるかだ。」





 あまりの恐怖に山賊達は顔面蒼白といった様子で身の丈10尺(約3m)のファヌルを見上げていたが、むしろカズキは彼らを運が良いとさえ感じていた。
「ほらほら、獅子王ファヌル様もこう仰ってるんだ。さっさと教えてくれよ。」
何故ならショウの問いに答えるという選択肢を与えられていたからだ。もし人間との関りを知らない『獅子族』が姿を見せていれば有無も言わさず一方的に食い散らかされていただろう。

「え、えっと、そ、その・・・わからない部分はどうすればよろしいでしょうか?」

「それには目を伏せます。知っている事から順にお話していってください。」
そしてショウの満面の笑みが眩しい事眩しい事。これは素の性格が表に出ているのか事がうまく運んだのを素直に喜んでいるのか。
威圧感満載の獅子王を前に借りてきた猫になった山賊達は仲間達と真剣にやり取りを交えながらショウの望む情報を湯水の如く提供していく。
「ふむふむ。国王がサンヌ=エンヴィ=トゥリア様、王子と王女が1人ずつおられて宰相がスヴァザ様、カズキの遭遇した将軍ナヴェル様は『エンヴィ=トゥリア』の虎と呼ばれる猛将と、なるほどなるほど。」
「ほう?虎がいるのか。そいつは是非会ってみたいな。」
「あ、いえ、ナヴェルは人間でした。ファヌル様の思うような姿ではないです。」
僅かに興味を表したのでカズキが誤解を生まないようすぐに訂正すると目に見えてがっかりする獅子王。そして『天族』姉妹に慰められる姿は愛嬌すら感じる。
「軍隊の規模とか総人口とかはわかりません。と、とにかく多いです。何せポーラ大陸では一番の強国でしたから。」
しかし流石に詳細まではわからないのだろう。命を繋ぎ止める為にも必死で情報を提供してくれるが曖昧な表現にショウの笑顔にも陰りが出て来た。
それが不味いと感じたのか彼らも滝のような冷や汗を流して仲間内で何かないかと激しい口論をしているとふと、何よりも大事な情報がぽろりとこぼれ出る。

「他に何かあったか?『エンヴィ=トゥリア』の情報・・・呪術なんて広く知られてるしなぁ・・・」

「呪術?」
聞いた事の無い言葉にショウが尋ねると少しは詳しいのか、手ごたえを感じた山賊の1人が饒舌に説明を始める。
「は、はい。何でも人に呪いをかけて殺したり操ったり出来るそうで。俺も伝手で聞いた話だからそれ以上はわかりませんが『エンヴィ=トゥリア』はそれで有名なんです。」
呪いという言葉自体普段から聞き慣れない為、あまりぴんと来なかったがそれは友人達も同じだったようだ。
「・・・魔術に近いものかな?もしくは『天族』が使っていたような感じ?」
「さぁな。だが一方的に放って殺されるのだけは勘弁したいな。ヴァッツ、頼むぜ?」
「うん!任せて!でものろい?呪術?ってそんなに危ないの?」
「そ、それはもう!呪術っていうのはどれだけ離れていても相手に届くという噂ですから!!」
流石に誇張し過ぎではとカズキもやや闘気を放って山賊を震え上がらせるが目を逸らす様子はない。実際の効果はともかく彼が媚びて嘘を付いている訳ではなさそうだ。
それから街の様子や特産物、魔術師の有無等を尋ねていくが逆に彼らは魔術を知らないらしい。

「お互いが一部の技術を知らない訳か。だったらクレイス、お前も少し控えた方が良いな。」

「そうだね・・・でも僕から魔術を取ると大分弱くなっちゃうな・・・」
「そこは命や怪我の危険を感じたら迷わず解放してください。貴方も王族なのです。身を護るのに遠慮はいけませんよ。」
3年前と大きく変わった点の1つに彼らの関係性がある。出会った当初のショウは間違いなくクレイスを認めていなかった。ずっと無視か軽視するような言動を繰り返していたのはカズキも鮮明に覚えている。
それが『シャリーゼ』を滅ぼされた後、クレイスが彼を迎えに行った時くらいからだろうか。目に見えてショウから歩み寄る姿勢を見せたのは。
もちろん魔術という強大な力を手に入れた部分も多少はあるだろうが王族らしい芯の通った言動が能力至上主義だったショウの心を溶かしていったのだろう。今では全幅の信頼を寄せているのが良く分かる。

「ご心配なく。その時は私が御護り致します。」

「いいえ!!私が御護りしますからご安心を!!」

それにしてもいつの間にか随分沢山の女の子を連れて歩くようになったものだ。
昔では考えられない変化にこれもまた成長の証なのだろうとカズキは少し羨ましそうにその様子を見守っていたがクレイスの奪い合いが刃傷沙汰になりかけた事でその気持ちは一気に霧散するのだった。





 カズキもまだ出会って間もない為詳しくは知らなかったがルサナという少女も『血を求めし者』という訳ありの力を得る事で相当な戦力を保持しているらしい。
ちなみにウンディーネやノーヴァラットは魔術主体で戦うのでクレイスの護衛論争に加わる気配はない。
「んで、クレイスの話はともかく、こいつらどうする?」
それよりもカズキは久しぶりに無法者を手にかけられる高揚から結論を急がせるとショウはこちらの心を寸分の狂いなく読んだ後苦笑を浮かべて答えを出した。
「折角なので『エンヴィ=トゥリア』に引き渡しましょう。」
「おいおい?!勘弁してくれよっ!!俺達ゃ何にも悪い事してないだろ?!」
確かに今回に限っては何も出来なかったが今まで散々悪行を働いて来た事くらいは誰でもわかる。わかるはずだと信じてヴァッツの様子を見るが彼の表情からは何も読み取れそうにない。

「それは彼の国の司法が判断する事です。私達も無理に火種を作りたくはありませんので。」

こうして反論の余地も無く衛兵達に突き出される事が決定したのだがこちらの馬車は満席で山賊に与えられる余裕はない。
では10人もの山賊をどうやって運ぶのか、速度を落として歩かせるべきかという話題に移るとここでヴァッツが元気良く手を上げた。
「それじゃオレが運ぶよ!」
そう言うと彼はきょろきょろと辺りを見回し、一番大きな木をいつものように引っこ抜く。それから何を思ったのか大木を寝かせて幹の中央に移動した後、まるで水面に手を沈めるかのように中央部分目掛けて一気に両手を深く突き刺したのだ。すると楔の要領で大木は縦にぱかっと割れる。
「これなら座れるでしょ?」
「・・・だな。ほらほら、並んで座れ座れ。」
今更ヴァッツの力にどうこう言うつもりもないのでカズキもそのまま先導して横に並んで座らせるが山賊達は全く理解が追い付いていないらしい。
後は邪魔にならない様に枝だけ落とせば半円柱の長椅子は完成だ。そしてそれをヴァッツが持ち上げて歩くというのだからどれだけお人好しなのだろう。
残す問題は彼が力仕事をしようとすると従者から苦言を呈される事だが今回は3人が一緒に歩くと宣言したので時雨もこちらの気持ちを汲み取ってくれたようだ。

「ふむ。ならわしも歩くか。馬車も悪くはないが何分窮屈でな。」

最終的にファヌルも歩く事になると山賊達は逃亡を諦めていたが彼らの絶望を全く意に介さない2人の少女は彼の両肩に座ってはしゃいでいる。
「お前らなぁ・・・他国の王を歩かせてそれはどうよ?」
「え~?だってファヌルのもじゃもじゃが気持ちいいんだもん。ね、ハルカ?」
「その通りよ!はぁ~可愛くて手触りも最高だなんて、今回ばかりはヴァッツに感謝ね!」
イルフォシアも2人が羨ましいのか獅子王の手前、馬車に戻る事を良しとしないと考えたのかクレイスの隣で共に歩く事を選ぶとルサナも反対側を陣取ったのでいよいよ馬車を用意した意味がなくなってきた。
だが今回は皆がヴァッツの希望を叶える事を第一に動いているのだから深く考えない方がいいのかもしれない。獅子王も羽毛より軽い彼女達を肩に乗せて歩く姿は楽しそうだ。

「ついで、と言っては何ですが山賊の皆さんも『エンヴィ=トゥリア』に辿り着くまで重要な情報を思い出したら教えてください。内容によっては縄を解きましょう。」

そんな旅路でもショウは別の意味で楽しそうに焚きつけると山賊達は様々な話を仲間内と相談しあう。それらはカズキの耳にもよく届いたがこれ以上役に立ちそうな情報は期待出来そうにない。
終いにはネタが切れたのか身の上話や泣き落としなどが聞こえてくると逆に笑いが込み上げてきたがそれを真に受けてしまう人物がいるのを忘れていた。
「そうなの?大変だったんだね・・・」
ここまでヴァッツに合わせてきたものの流石に彼らを逃がしたいという要望だけは受け入れられずカズキも情に絆されるな、騙されるなと忠告し続ける事5日。ようやく一行は『エンヴィ=トゥリア』が見える場所までやってきていた。





 山賊達の言う通り強国と言われるだけあって都市や王城の規模はかなり大きいらしい。
建物も高く建てられておりそれだけで高い文明を感じさせるが唸る獅子王をよそにショウは別の部分をじっと見つめた後しゃがみこんで直接手で触れる。
「見て下さい。ここにくっきりと土の違いが出ています。恐らくじゃがいもの芽のようにこの都市だけが切り取られてカーラル大陸にやってきたのでしょう。」
言われてみれば街道が突然途切れていきなり畑になっているだけでもおかしな光景だった。
しかし『エンヴィ=トゥリア』の連中もある程度異変には気が付いているのだろう。そこから歪に急ごしらえの道を繋げて自領に引き込んだ後がある。
「これもヴァッツが『神界』で暴れた結果か。まぁ『天族』に悪さをしてたんだから仕方ないっちゃ仕方ないんだろうけど『神族』ってのはどれ程の力を持ってたんだろうな?」
ヴァッツが言うには彼らは酷く一方的で全く話し合いにならなかったらしい。それで最後は『天族』に妙な事が出来ないよう『神』と呼ばれる彼らから全ての力を奪ってきたそうだがそう考えるとヴァッツこそ『神』と呼ばれるにふさわしいのではないだろうか?
誰もが口には出さなかったものの彼が嘘を言うような性格ではない事も周知の事実だし、今までの奇跡とも呼べる破格の力が全てを証明している気もする。

「不思議だねぇ。何でこんなことになったんだろ。」

そして当の本人は全く自覚がないらしい。いや、何度か説明はしたのだが事の重大性には無頓着というか他人事というか。それがまた彼らしいといえば彼らしいのだがその様子を見て思わずクレイス、ショウと苦笑いを交える。
「ま、いいか。『エンヴィ=トゥリア』を観光するんだろ?だったら急ごうぜ。」
深く考えるのはとっくの昔に諦めたカズキはそう言うと先頭に立って大きな城門へと向かって歩いていく。そして警戒態勢を取った衛兵が獅子王を見て人形のように固まっていた所へ声を掛けると彼らも震えながら応対を始めた。
「俺はカズキ=ジークフリード。ハーシ将軍から招待されたんだが通してもらえるか?これ招待状な。」
「ちょ、ちょっと待って下さい!カズキ様の御名前はお聞きしておりますが流石にその・・・ほ、他の方々は一体?」
そこにはカズキとナジュナメジナの名前しか書いていなかったので不審に思われるのは当然だろう。何より両肩にハルカとアルヴィーヌを乗せた獅子王から目が離れないらしい。

「オレヴァッツ!よろしく!」
「わしは獅子王ファヌルだ。『エンヴィ=トゥリア』とやらを観光しに来た。」
「私はアルヴィーヌ=リシーア=ヴラウセッツァー。『トリスト』の第一王女。同じく観光~。」
「私は『トリスト』の第二王女イルフォシア=シン=ヴラウセッツァーと申します。是非国王様にご挨拶をと。」
「俺はガゼル。『ボラムス』の傀儡王だ。ま、保護者位に思っていてくれて構わねぇ。」
「私は『リングストン』の第一王子ネヴラティーク=ウェ=リアーツ=リングストンと申します。」
「僕も名乗っておいた方が良い?あ、僕は『アデルハイド』の王子クレイス=アデルハイドと申します。カズキとは友人で師弟関係でもあります。」
「私は『トリスト』の左宰相ショウ=バイエルハートと申します。今回は我が国の将軍カズキを御招き頂いたお礼とご挨拶に伺いました。」

『エンヴィ=トゥリア』はこちらの世界に来て間もない為周辺国の情報などほとんど手に入れられていないはずだ。
なのにいきなり押しかけて来て各国の王族や重臣が名乗りを上げるので衛兵達は混乱しながら乱雑にその内容を書き記すくらいしか出来ない。
「しょ、少々お待ちください!すぐに上へ報告して参ります!」
それでも追い返したりする様子を見せずに真偽の判断を上に委ねるという対応は感心する程速かった。恐らく王族達の身なりがしっかりしていたのも大きな理由だろうが獅子王の圧倒的な存在に少し慣れると彼らはやっとおかしな光景に気が付き始めたようだ。
「あ、あの・・・そちらに並んで座っている方々は・・・?」
「ああ、これは道中襲ってきた山賊達です。そちらに引き渡そうと思っていたのですが先に収容して頂いてもよろしいでしょうか?」

これでやっと甘言でヴァッツを惑わす存在とおさらば出来る。

カズキはそちらの心配ばかりしていたのだが後から衛兵が何故王族や将軍を歩かせて罪人が座った状態で運搬されて来たのだろうと話しているのを聞いてすっかり失念していた事に再び苦笑いを浮かべていた。



「ようこそ『エンヴィ=トゥリア』へ。私はハーシと申します。報告は受けているのですが念の為もう一度ご挨拶を頂いてもよろしいでしょうか?」
それからすぐに主催者が現れると深く頭を下げて王族の面々に挨拶と提案をする。どうやら得体の知れない人物達をきちんと迎え入れる方向で話はまとまったようだ。
こうして久しぶりの旅は終わりを迎え、未踏の国に入ったカズキ達はその夜盛大な歓待を受ける事となった。





 しかし城内へ通された後も全くナジュナメジナの話が出てこない事に違和感を覚える。
「え?ナジュナメジナ様ですか?まだ到着されていないようですが・・・」
ハーシもそれなりの人物である為嘘かどうかは見抜けなかったが実際この場に姿を現していない事は確かだ。あまりしつこく尋ねると相手も妙な動き、それこそ『呪術』とやらを使われかねない。
(かなり胡散臭い奴だから大丈夫だとは思うが・・・)
相手は異なる世界の住人なのでまだまだ油断は禁物だろう。『呪術』以外に知らない術をいくつ持っているのか、まずはもう少し『エンヴィ=トゥリア』の全体像をしっかり把握する必要がある。

「美味しいねぇこれ!何かあんまり食べた事の無いものばっかりだね?!」

そんなカズキの思惑など露知らずといったヴァッツは出されている料理を何の疑いもせずぱくぱくと食べている。
だがこれは彼に限った話ではない。同じくらい純粋なアルヴィーヌも十分堪能している様子だったし何より身の安全を注意されていたクレイスも異国の料理や食材という誘惑には敵わなかったのか、いつもの少女4人を連れては一緒に舌鼓を打っている。
「・・・・・なんか真剣に考えてた俺が馬鹿みたいじゃないか?」
「そんな事はありません。私達は私達でしっかりとこの国について調べましょう。」
独り言のように呟いた言葉にショウが反応してくれたのでカズキも若干気が軽くなった。そうだ、今回の歓待は自分が主賓なのだから他に頼る思考が間違っている。
では何故自分とナジュナメジナが呼ばれたのか、その真意を調べる事から始めるべきだろう。
気持ちを切り替えたカズキも僅かに感じていた旅の疲れを癒す為、食卓に並んだ料理を遠慮なく貪り始めるとすぐ事態は好転したようだ。
「おおカズキよ!いい食べっぷりだな?!」
「あ、ナヴェル、久しぶり。で、何で俺なんかを招待してくれたんだ?言っておくけど俺はただの1戦士だぞ?」
相手が色んな意味で真っ直ぐなのは初対面の時から十分感じていた。なのでこちらも腹芸などを仕込むことなく真っ直ぐに尋ねると彼は豪快に笑い飛ばす。
「言っただろう?!お前を配下に欲しいのだ!!既に宰相様や国王様にはお伝えしてある!!あとはお前が首を縦に振ってくれればだな・・・」

「何だ?こやつが虎だというのか?」

そこに生肉の薄切りをぺろりと平らげながら近づいて来たのは誰よりも目立つ存在、獅子王ファヌルだ。
念の為ここに到着する前から『エンヴィ=トゥリア』の虎とはあくまで呼称であり、実際は人間なのだと説明していたにもかかわらず虎と形容される強さに興味を持っていたファヌルはやっぱりとても期待していたらしい。
「・・・あなたは確か獅子王ファヌル様だったか。我が国に来訪してくださり、誠に感謝致します!」
そしてナヴェルの方も血の気が盛んそうな性格の割にはきちんと身分を弁えているようだ。しっかり頭を下げて敬礼の意を示すと獅子王も僅かに驚いた様子を見せつつ、小さく肩をすぼめて他の場所へ立ち去っていく。
「へぇ。ファヌル様に認めて貰えるなんて、あんた中々やるじゃねぇか。明日一度手合わせしてもらえないか?」
「望むところだ!!しかしわしが勝てば配下に加わってもらうぞ?!」
ここにきて悪い癖が出てしまったカズキは一瞬心の中で自身を叱りつけたが見返りを要求されてすぐに機転を利かせる。

「いいぜ。その代わり俺が勝ったらナジュナメジナのおっさんについて知ってる事を全部話してもらう。」

『エンヴィ=トゥリア』に到着していない事実とナジュナメジナが先に出立したという話を天秤にかけた場合、どちらを信じるかは明白だ。
彼は確かに胡散臭さの塊だがそれでも嘘を付く、もしくは隠し事をしているのはどちらだと問われれば必ず『エンヴィ=トゥリア』と答えるだろう。
「・・・よかろう!!明日が楽しみだな?!」
更にナヴェルは直情型なので嘘が得意ではないらしい。わかりやすく困惑した表情で強く言い放つがこれでより確信が持てたカズキはにんまりと口元を歪めると明日の立ち合いにどう立ち向かうかを静かに考えるのだった。





 何故こんな大人数で敵国『エンヴィ=トゥリア』にやってきたのか。僅かな疑問は残っていたが本当にヴァッツの旅を御膳立てしているのだろうと思い込んでいたのは大きな勘違いだったようだ。

「カズキ。今夜『ジャデイ』の囚われた人々を解放しますよ。」

なので晩餐会が終わった夜、与えられた部屋に戻ると突然ショウがそんな提案をして来たので一緒にいたクレイスと同じ表情で驚きを表していた。
「・・・・・そういう理由か?」
「はい。その為に精鋭を集めたのですから。」
しかしすぐに察したカズキは軽く頷く。いくら敵情視察も兼ねているとはいえ人数的にも戦力的にも過剰過ぎると不思議ではあったのだ。
「計画は私、クレイス、カズキ、ハルカ、アルヴィーヌ様にイルフォシア様、ルサナ、ウンディーネ、ノーヴァラットで遂行します。」
更に想像していた以上の人物が動員されるのだと知って再びクレイスと同じ表情で顔を見合わせる。
「都市の規模が思っていた以上に大きいので人海戦術に頼るしかありませんが先程の晩餐で探りを入れた所、『ジャデイ』の人質達は既に奴隷として様々な場所で働かされているようです。」
「・・・まさかとは思うが全部しらみ潰しで探すのか?」
「もちろん。」
相当な力技に三度驚いたが先程名前が挙がった人物達となら不可能ではない気もする。いや、ショウがここまで大胆な策を取るという事は十分可能だと考えているのだろう。
だったらこちらも信じて行動するしかない。
「しかし事前に報せてくれればよかったのに。突然すぎるだろ?」
「それだと発覚する恐れがありましたからね。純粋な方に隠し事は難しいでしょう?」
なるほど。そう聞くとカズキとショウは無意識にクレイスに顔を向けたが彼もその仕草から心外だという表情を返して来た。

「とにかくカズキには東側であるこの近辺を探って貰います。クレイスは南側にある農園の長屋から調べて下さい。」

何時の間に手に入れたのか、ショウが地図を広げて指で示してくれると2人は黙って頷く。後は各々が村人を見つけ次第小さな松明で合図を送ってクレイスに回収をしてもらい、運搬は多人数を運べる巨大水球を使って『ジャデイ』の集落を往復するという流れらしい。
「見張りはルサナが殺さず無力化出来るという事で彼女に任せます。では行きましょうか。」
「あの、オレは?」
そして一切名前の出てこなかったヴァッツは期待するような眼差しで尋ねるが今回ばかりは破格というよりこじんまりした能力が問われる場面だ。
「ヴァッツは城内が慌ただしくなったら彼らの動きを止めて貰えますか?一応他の手段も用意してはいるのですが念の為に。」
「うん?わかった・・・?いや、よくわかんないや。でも頑張ってみるよ!」
実際騒ぎが知れ渡ると止めようがない気もするがそうなる前に完遂させようというのが今回の計画なのだろう。
ショウは10分後に行動を開始するよう言い残して彼女達の部屋へ静かに去っていくと突如降って湧いて来た作戦にカズキも期待が高まって来る。



「よし、それじゃ行ってくるか。ヴァッツ、悪いが留守番頼むぜ?」

「うん!気を付けてね?」
それからショウの告げた時間を確認したカズキはクレイスの作った水球の中に入って窓から射出された。その速度が思った以上に速くて驚いたが今は任務に集中せねば。
気持ちを引き締めると水球が地面に掠るすれすれの所で中から飛び出して着地する。それから周辺の家々に忍び込んではそれらしい人物の枕元で『ジャデイ』の出身かどうかを聞いて回るのだ。
だが少ししてこの方法には大きな欠陥がある事に気が付くとそのまま遂行していいものかどうか一瞬悩んだが、王城近辺で妙な騒ぎが起こり始めたので彼はショウを信じて突き進む事を選ぶのだった。





 カズキが気になった点。それは奴隷皆が協力的ではないという事だ。
彼らの中には現状に満足だと考える人々が少なからず存在する。そういった奴隷は突然家屋に浸入してきたカズキ達を不審者にしか思わないだろう。
すると当然衛兵を呼ぶという流れになるのだがそこはショウもしっかり対策していたのか、現在街では別の事件が起きているらしい。
(・・・まぁ後で聞けばいいか。)
一軒一軒を回るだけでもかなりの労力がかかる。そしてこの作戦は時間との戦いなのだから歩みを止めてる暇はないのだ。

「お。カズキだ。私、この子を送って来るね。」

時々探索箇所が隣接していたアルヴィーヌやイルフォシアに出会うが彼女らも空を飛べる為、クレイスを呼ぶより先に自分で送った方が早いと判断したのか最初からそういう計画だったのか。
夜空をあっという間に飛んでいくの姿を何度か目撃したがこれも目を凝らさねばわからないだろうし何よりルサナが高台の見張りを全て無力化していたので恐らく心配はいらない筈だ。
残す問題は見落としだがこればかりは一人一人の能力を信じるしかない。他にも奴隷という過酷な環境から亡くなっている事も考慮せねばならないだろう。
まだそれほど長い付き合いではないが『ジャデイ』の人々との関係も出来上がりつつある。故に面倒見のよい彼は人質の解放を模索していたので是非ここで成就したかった。

こうして自身が任されていた区域を探索し終えたカズキは都市の外れで小さな松明を軽く回すと突然真上から水球が勢い良く落ちて来て彼の体を包み込む。
それが空高く上昇すると今度は王城目掛けて再び凄い速度で射出されるので常人なら叫び声を上げてるところだがその角度や目的地に一切のずれは無い。
気が付けば自分達が宛がわれている部屋の窓が目前まで近づいており、そこから両腕を大きく振るヴァッツの姿が見えて来た。
そして帰城手前で水球が消えるとカズキの体だけがすぽんと部屋の中に吸い込まれ、華麗に身を翻して着地してからすぐ外で何の騒ぎが起きているのかを彼に尋ねるのだった。



「ああ!何か山賊さん達が脱獄したんだって!さっき召使いの人が報告しに来てくれたよ!」

「・・・そういう事か。」
大した力を持たない山賊達だけでは脱獄など到底不可能なはずだ。つまりこれは誰かが手引きをしたのだろう。こうする事で最終手段だったヴァッツの力を使わずとも十分陽動を果たせたという訳だ。
相変わらずの悪知恵に感服したせいか自身の任務を無事こなした安堵からか、カズキは声を上げて笑い出すとヴァッツはぽかんとした表情で小首を傾げている。
「悪い悪い。つい面白くてな。んで城内は問題なかったのか?」
「うん!ちょっと騒がしくなってたみたいだけどカズキ達を追いかける人はいなかったよ!」
彼からのお墨付きが出たのならこの作戦は間違いなく大成功だろう。残す問題は出払っている仲間達が無事に戻って来るだけだ。

「ただいま!どうだった?上手くいったかな?」

そこにクレイスが勢いよく飛び込んでくると次いでショウが紅い炎を纏いながら同じように窓の外から戻って来た。
「計画はほぼ完遂と言っても過言ではないでしょう。後は人数の確認をしますのでまずはクレイスが何人送ったかを教えて貰えますか?」
どうやら攫われた人数も事前に調査していたようだ。クレイスが232人を運搬したと聞いて驚いたが今の彼にはそれだけの魔力と魔術を体得しているらしい。
その後王女姉妹の部屋、クレイスが囲っている女性達の部屋に向かったショウは彼女達の帰還と報告を聴取してきて再び戻って来る。
「残念ながら1人だけ見つからなかったようです。これは後で『ジャデイ』の人々からどのような人物かを聞き取って再び調査しましょう。」
「いや、1人なら上出来だろ。病に侵されたり過酷な環境で命を落としている可能性も考えられるからな。ありがとよ、ショウ、クレイス。」
これで残す問題はナジュナメジナの行方と明日行われるナヴェルとの立ち合い稽古に絞られた。前回の戦いを見た感じでは油断したり、それこそ怪我や病気にさえ罹らなければ負ける要素はないだろう。

「あ~あ。オレも何か役に立ちたかったなぁ。」

しかし1人だけ留守番を任されたヴァッツが思っていた以上に落ち込んでしまったのは想定外だった。
以降は留守番の重要性を力説していたら彼もすぐに納得したのか、再びあの日のように寝具を近づけて横になる。そこから馬車の中で語りつくせなかった思い出や出来事に花を咲かせているといつの間にか空が白んでいた。





 翌日、山賊達が屈強な兵士達を出し抜いて脱獄した話は秘密裏に闇へと葬られていたのだがその手引きをした本人から話を聞いていたカズキは呆れつつも感心していた。
「そりゃ『暗闇夜天』が手を貸せば無理も押し通せるよなぁ・・・」
「私だけじゃ厳しかったわよ?でもルサナが思いの外強くってさ!ね?」
「うん!私もクレイス様の為に頑張ったんだけど、でもハルカの知識のお蔭でより上手く立ち回れたと思うの!ね?」
どうやら昨晩は2人が城内をかき乱していたらしい。お蔭でこちらも人質のほぼすべてを解放出来たのだから感謝しかない。
後は『エンヴィ=トゥリア』がどう動くか。
一晩で300人近くの奴隷が居なくなったのだからすぐに調査が始まる筈だ。そしてその全てが『ジャデイ』族だと分かれば関わりのある人物達に疑いの目が掛けられるのは想像に難くない。

だがカズキには他にやらねばならない事が残っている。それがナヴェルとの戦いとナジュナメジナの行方を捜す事だ。

表面上では友好的に接しているがもし彼の身に何か起きているのであれば、特に呪術とやらの標的にされたのであればこちらも黙っている訳にはいかない。
その真偽を確かめる為にカズキは朝食を少し控えめに摂取してから軽い準備運動を行う。
「勝ち目はあるの?」
「おいおい愚問だな。何もなければ絶対俺が勝つよ。」
前回ナヴェルの戦い方をじっくり観察していたのは正解だった。最近までフランセルの稽古に付き合っていたしフランシスカ、フランドルと槍を扱う一族との付き合いがある為戦い慣れているというのも大きい。
ここまでくれば唯一の不安など罠くらいしかないが彼の性格からしてそのような搦め手は使って来ない筈だ。後はいつも通りに刀さえ振るえば問題なく勝利を掴めるだろう。

カズキはクレイスに見送られた後、案内された場所に入るとそこは円形闘技場になっていた。

高い壁に囲まれた上には観客席があり、少し立派な来賓席には友人達が周囲の熱気に中てられる事無く冷静に見守っている。
戦う事が好きなカズキもまさか興行に利用されるとは思っていなかったので心に若干の不満が生まれるがナヴェルはむしろやる気満々と言った様子でこちらに向かってきた。
「はっはっは!!これで『エンヴィ=トゥリア』に新しい風が生まれると国民にも喧伝出来る!!まさに一石二鳥という訳だ!!」
相手も勝った後の事しか考えていないらしいがこれはお互い様だ。
「んじゃ俺が勝てば計画は台無しだな。先に謝っておくぜ。」
遠すぎる間合いから静かに刀を抜くとナヴェルも大槍を構えて開始の合図を待つ。久しぶりの猛者を相手にどう決着を付けようか。

どぉぉぉぉぉおおおんんん!!!

銅鑼の音が鳴り響くと観衆の声援も更に大きくなった。同時にナヴェルが大きな体から意外な程繊細な動きで一気に間合いを詰めてくると静かで速い突きを放って来る。
点の攻撃はとにかく距離感が掴み辛い。退くにせよ躱すにせよ高度な技量が無ければこの一撃で終わる可能性もある槍の基本にして絶大な攻撃手段だ。
故にその一撃でしっかりと相手の力量を読み切ったカズキは彼が突き出した刃の角度を見極めて素早く薙ぎ払いに移行出来ない場所に身を沈めつつ一気に大きく間合いを詰めた。
そこは刀の切っ先が十分届く範囲であり、もし戦場なら思い切り斬り込むだけでナヴェルは絶命していただろう。しかし今回はあくまで腕試しの立ち合いなのだ。
カズキもそこは十分理解している。だから両手で握られた大槍の柄目掛けて思い切り下段から刀を斬り上げた後、切断されて生まれた隙間に渾身の蹴りを叩き込むに留めたのだ。
重量も耐久力もある鋼の大槍を一刀両断された事実もさることながら『エンヴィ=トゥリア』の虎と呼ばれる将軍が小柄な少年に後れを取ると歓声は一気に静まり、闘技場には動揺が走った。

「俺の勝ち、でいいか?」

相手は間違いなく主武器を失った。もちろん腰に佩いた長剣を抜いてくれればこちらも続行に異論はないが猛者になればなるほど一撃に力量の全てが集約する。
ナヴェル程の人物なら既に勝敗を悟ってはいるはずだ。膝こそ付かなかったが鎧が凹む程の蹴りを食らい、後方に飛ばされた彼はどう対応するのだろうか。
「・・・いいな。やはりお前はわしが思っていた、いや、それ以上の資質がある!!是非とも配下に入ってもらうぞ?!」
すると彼は大槍の残骸を投げ捨てて腰の後ろに両手を回すと左右の手で短剣を抜いて構え直すのだった。





 近接武器の中で最も間合いの遠い武器から今度は最も近い武器への変更は流石のカズキも驚いた。ただナヴェルの気配からそれが決して虚勢や苦し紛れではない事は分かる。
こうなってくると今度はこちらが間合いを詰められた場合の技量が求められるが相手はハイジヴラム程の巨体なのだ。前回や先程の動きからしても自身より速く動けるとは思えない。
それでも油断なく構え直したカズキはナヴェルが思った以上に素早く間合いを詰めて来たのでしっかりと腰を下ろし、今度は骨の一本でも叩き折ろうと闘志を充実させた時。

最初に異変を感じたのは右足だった。

突然の出来事にまずは相手の攻撃を躱す事に注力したが明らかに力が入りにくく麻痺したような感覚に内心冷や汗を流す。
だが武芸百般を仕込まれているカズキは間合いを潰された程度で格下に後れを取る訳が無いのだ。刀の柄や拳、肘に膝とあらゆる箇所を使ってナヴェルの攻撃を凌ぎ、反撃を繰り出すと観衆もその激しい攻防に息を呑んで見守っている。
(?!)
しかし今度は左足に重さと不自由さを感じると拮抗は崩れていく。
朝食に何か毒でも盛られていたか?直近の記憶から導き出された結論がまずそこだったが皆と同じものを食べていた上にこれほど部分的に効果のある毒など聞いた事が無い。
間合いを離す事を諦めたカズキは仕方なく攻撃を凌ぎつつ刀を納刀すると同時に懐から手甲に持ち替えて応戦を決意する。
これは拳と指が護られた攻守一帯の武具で至近距離では滅法強いのだが現在両足が重く力が入らない状態なので碌な打撃を繰り出せそうにない。
むしろ右手の重みと力さえ抜けていく感覚が走り出すとそれを握るのすら辛くなってきた。

(・・・不味いな。)

理由はどうあれこのままでは押し負けてしまう。考える時間すら惜しかったカズキは残った手段で何とか効果的な攻撃を模索した結果、一瞬の閃きから最後の行動に移る。
まずは左手の手甲を投げつけて隙を作るとその間合いを更に潰してナヴェルの右手にあった短剣を叩き落す。
次に身を屈めて左手だけを地に着けるとその腕一本だけで大きく体を跳躍させて足元から彼の上半身に迫ったのだ。
相手もその動きから蹴りではないと判断したらしく、大きく体を沈めたがカズキは逃がさないよう左手で彼の襟元を掴むとそのまま蛇のように太腿を首に巻き付けて全力で締め上げた。
するとナヴェルもそれを振りほどこうと両手で、特に手にしていた右手の短剣を突き立てて来るがまだこちらの左手に力が残っていたのでそれを辛うじて凌ぎつつ相手の意識を刈り取る。

・・・ずどんっ!

それから2人は糸が切れたかのように地面へと倒れ込んだがすぐに上体を起こしたのはカズキだ。
人体を正確に知っている者が寸分違わず頸動脈を締め上げれば例えどのような猛者であろうと意識を保つのは不可能なのだ。
それを大人数の前で見せつけたカズキは短いながらも理不尽な戦いに幕を下ろすとすぐに手を上げて水を持って来るよう合図を送るのだった。



鍛えてあるだけあってナヴェルは程なく意識を取り戻したが納得はいっていないらしい。
「今度こそ俺の勝ちでいいだろ?」
念を押して確認したのはこちらの方が満足に戦える状態ではなかったからだ。平静を装ってはいたが今のカズキは立ち上がるのも困難な程手足に異常をきたしている。
これこそ呪術の症状かもしれないなと思いつつ彼が首を縦に振るのを待っていたが2人の決着は周囲が深く認識していたらしい。
「やったねカズキ!でもいつもと違う動きだったのは何か理由があるの?」
闘技場の出入口まで付き添っていた弟子が駆け寄って来た事で負けを認めざるを得ない状況になると彼は立ち上がり、静かに背中を向けて退場していく。
その後ハーシだろうか。
彼が勝利者の名を叫ぶ事で再び闘技場に大歓声が沸き起こったが既に立つ事すら難しかったカズキはクレイスに肩を借りてやっとの思いで闘技場を後にするのだった。





 「あ!それが呪術だね?!やっと役に立てそうだよ!!」

こちらの苦しみなどを全く考慮しないでヴァッツが満面の笑みでそう告げてくるとカズキも辛さを忘れてクレイスと笑い合う。
どうやら昨晩の作戦に関われなかったことがよほど悔しかったらしい。彼が手の平をこちらに向けるだけですぐに手足の妙な重さから解放されるのだから不思議なものだ。
「っていうかカズキ、呪術に掛かってたの?」
「らしいな。おかげでさっきの戦いはかなり危なかったぜ。」
「以前ダクリバンの術にも掛かってましたし、そういう類を引き寄せる体質なのでしょうか。」
ショウも戦いの違和感には気が付いていたのか、ヴァッツとは対照的に随分心配そうに告げてくれるが確かに指摘通り、妙な術には何でも嵌っている気がする。
「・・・そうだな。以降はもう少し気を付けるよ。」
といっても毎回不可抗力なのでその都度具体的な対策などそうそう立てられるとも思えない。中々難しい課題に頭を悩ませるがショウは周囲に自分達だけしかいない事を確認すると3人にだけ聞こえるよう声を落とす。

「そういう訳で今回もまた呪術に掛かっているふりをしておいて下さい。油断を誘える可能性がありますから。」

「「・・・・・」」
やはり彼は何処まで行っても彼なのだ。自身の策謀の為には遠慮なく友人を利用する言動にクレイスと顔を見合わせるが今回はカズキも煮え湯を飲まされたのでこの提案には力強く頷いた。
そして与えられている部屋に戻ると来賓席で見守っていた面々も勝利を讃える為に訪れてくれる。
だが彼らの中にも多数の猛者がいた為、途中から妙に動きがおかしくなったのを不思議に思っていたらしい。ここでもショウが率先して説明してくれるのだが既に解呪された事は伏せている。
「ふぅむ。呪術か。どのような感じなのだ?」
「はい。力が入らなくて手足に重さを感じるのです。」
「そうなの?そんな風には見えないけどもう治った?」
なのにアルヴィーヌはすぐに見抜いて来たのでカズキは先程の記憶を手繰りながら慌てて不自由さを演じてみる。
「・・・とにかく呪術によって不正が行われたのであれば抗議すべきですね。」
その拙い演技から何かを悟ったイルフォシアが話を逸らしてくれた事に多大な感謝を胸に抱くとネヴラティークも頷きながら更なる提案を出して来た。

「ついでにその正体を調べるべきでしょう。勝手に闘技場で興行に利用された件も含めてそれくらいは責めるべきです。」

流石は独裁国家の王子だ。抜かりない意見にショウも同意を示すと早速彼らはまずナヴェルの部屋へ向かう事にした。



するとハーシも来ていたらしい。こちらが姿を見せると僅かに驚く様子を見せたがそこはすぐに隠して見せた。
「これはこれは皆様お揃いで。それにしてもカズキ様はお強いですね。ナヴェル将軍が配下に欲しいと仰った意味が良く分かりました。」
あまり大人数で移動するのも怪しまれる、という事で今回はショウとヴァッツ、カズキにネヴラティークという4人で椅子に座ると早速本題に入る。
「恐縮です。ところで先程の戦いなんですが、途中から手足に妙な重さと力が入らない状況に陥りまして。単刀直入に申し上げますと呪術の使用を止めて頂けませんか?」
これは事前にショウからそう言うよう丸暗記した内容だ。個人的には勝利条件としてナジュナメジナの事を少しでも早く問い質したかったが彼もまた呪術の標的にされている可能性がある為ここで一気に問い詰めようという狙いらしい。
「呪術?はて?そのような言葉は聞いた事がありませんね。ナヴェル将軍、いかがですか?」
「うむ。よくわからんが言い掛かりも甚だしい。しかし手足に支障をきたしていたのであれば後日再び立ち会わぬか?今度はお互いが万全の状態で真なる決着を付けようではないか!」
ところがナヴェルも表に出す様子はなくさらりと別の提案をしてきたのだからカズキは呆れ返った。
この場はショウに任せると決めていた為口を挟む事は避けたが『エンヴィ=トゥリア』は思っていた以上に強かな人間が多いのか国民性なのか。
この後の話をどう持って行くのだろう。静かに紅茶を飲んでいた友人に密かな期待を向けていると彼はやっとその口を開く。

「しかし我が国の大将軍が既にその存在を突き止めています。まだとぼけられるのであればその力を金輪際使えなくする事も可能なのですが、そこを踏まえてもう一度お尋ねしましょう。呪術を使用したかどうか、そしてナジュナメジナ様は今どちらにおられますか?」

なるほど。外交とはこうして進める訳か。突然の半ば脅迫とも受け取れる詰問に感心していたがそれでも呪術に絶対の自信があるのか。2人がそれを認める事は無くナジュナメジナの行方も知らぬ存ぜぬのまま話し合いは幕を閉じるのだった。





 そんな出来事を遡る事10日前、カズキとは違い支配下に置く為の呪術を掛けられたア=レイはとてもご満悦だった。
《おお。これが呪術か。なるほどなるほど。人間も様々な技術を開発するのだな。》
しかしナジュナメジナの体、というより精神は何も感じないので彼が何故それほど喜んでいるのかさっぱり理解出来ない。
《楽しんでいる所悪いがそれは体に悪影響はないのか?命を奪われたりしないのか?不具合は生じていないんだろうな?》
既に体の主導権を乗っ取られて3年近く経つがそれでもいつかは取り戻せると信じていた故の質問にア=レイも軽く答えてくれる。

《な~に、これは精神を束縛して『エンヴィ=トゥリア』の支配下に置こうとするものだ。先住している私がいる以上何の効力も持たないがね。》

流石は戦う力こそ持ち合わせていないが他の面妖な術に長けているだけのことはある。彼が全く動じていないようでこちらも安堵の溜息を漏らすが1つ忘れていた事があった。
それはア=レイという人物が楽観的な性格から時折考えられないような行動を悪びれる様子も無く仕掛けてくる事だ。
《そうだ。試しにお前が受けてみるといい。》
《は?お前は何を言って・・・うががががががが?!?!?》
何をどうやったのかはわからないが呪術の影響がナジュナメジナに流れてくると今は失っている筈の全身に痺れを感じて思考が大いに乱される。
《あっはっはっはっは!!!うがががって?!わ、笑わせないでくれ?!あっはっはっはっは!!!》
その様子を見ているのか感じているのかア=レイは大爆笑だ。こちらとしては一刻も早く解いて欲しいが呪術の支配という効力が働いているからか、思う様に言葉も出てこない。

《はぁ~~~笑った笑った。しかし奴らは私達を使って色々と企んでいるらしいな。よし、このまま呪術に身を任せて『エンヴィ=トゥリア』に乗り込んでみようか。》

冗談じゃない!こちらは心身が痺れてまともに機能していないというのに!
だがそれを言葉にも行動にも示す事が出来ないまま体が勝手に動き出すと自身の金庫室から全ての金貨を木箱に詰めるよう指示を出し始めたではないか。
案の定それらを馬車に乗せるとカズキ達とはまた違った大隊を編成して『エンヴィ=トゥリア』に向かい出す。
(ま、まずい!!ただでさえ目減りして・・・いや、最近ではやっと増えて来た金が・・・こんな訳の分からない術で手放すと言うのか?!)
人一倍強い執着からそこだけは何とか理解し、止めさせようとア=レイに話しかけているつもりが本当に言葉が出てこないのだ。
これならまだ体内でお互いが会話出来ていた状態の方がよほどましだと痛感しながら彼らは初めて見る様式の大都市に到着するも今回ばかりは観光気分でいられない。
何とかせねば・・・最悪命まで奪われかねないと心の中で泣き喚いていたが取り乱し過ぎていて肝心な事を忘れていた。

《お前という奴はどのような環境においても嘆くしか出来ないのか。全く情けない。いい加減周りを見習ってもう少し精進を覚えるんだな。》

相変わらずア=レイには全く効いていないらしい。それどころかこちらと会話が出来ない事に退屈さえ感じているようだ。
だったら解いてくれ!と叫びたいが残念ながらナジュナメジナだけは完全に呪術の支配下に置かれている為いつものように景色を楽しむ余裕すらない。
そうこうしているうちに大金の入った馬車たちはどんどんと城内へ進んでいくと見たことがある将軍らしい人物にもう1人は文官だろう。歪む視界の中ですら下卑た笑みを浮かべているのがわかる。
「おお~~!流石は大実業家と呼ばれるだけの事はあるな。まさかこれほどの金貨を保有しているとは。」
「これで我が『エンヴィ=トゥリア』も安泰ですね。」
違う。これは全て私のものだ。お前達のようにどこからやってきたのかさえわからない、縁もゆかりもない奴らに簒奪される為に蓄えてきた訳ではない。
(な、何とかしろぉぉぉおおおぉぉ!!!!)
ナジュナメジナの悲痛な叫びが届いたのか、はたまた最初からそのつもりだったのか。衛兵達が集まって来てその木箱を運ぼうとした次の瞬間、彼らはそれらから手を放して城内へと戻っていく。

《さぁて、茶番はここまでにして。こやつらはナジュナメジナの資産を全て奪った後殺すつもりだったらしいな。ではそこの男を代わりにしよう。》

ア=レイがそういうと何故か文官が捕らえられる形で城内に連れていかれたのだ。
この光景は前にも見たことがある。確かファムの館で捕らえられた時も全くの別人を替え玉にして悠々と帰宅していた。
《後はじっくり観光でもして帰るか。》
今回彼が身代わりとして立てた男が宰相だとは知らなかったのだろう。後々大問題に発展するのだがア=レイは話し相手が欲しかったのか、再び呪術を遮断してナジュナメジナを解放すると2人は街の中へ足を運ぶのだった。

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