闇を統べる者

吉岡我龍

綻び -温もりは血縁を超えて-

 本来『ラムハット』という国はいつ他国に侵略されてもおかしくない程の弱小国だった。
それでも国家として継続出来ていたのは『ジョーロン』の西側を支配するキールガリ一家が自領の繁栄と平和を重んじる人物だったからに他ならない。
だが人間の心など不確かなものであり、相手次第でいつ陥落するか分からない情勢を黙って見過ごす訳にもいかない前王ハーデムは1つの策を打ち出した。
それが直系の男児だ。
『ラムハット』は昔から何故か女児ばかりが生まれ、国王というのは常に国内の優秀な貴族が婿入りする形で収まって来た。かく言うハーデムもその1人なのだ。
故に彼はまずそれを手に入れる為に数多の子を設けたが生まれて来たのはほぼ女児で男児は一人。しかもそれが無能と来ると深く頭を抱え込む。
更に小国とは思えぬ多数の外戚は放っておくと財政を逼迫してしまうので『ラムハット』は負担を軽減する為、周囲に縁戚を持ち掛けて友好関係の成立と浪費の削減を模索した。

しかし大した力の無い彼の国との関係を望む者は少なく、ハーデムが最終的に下した判断、それが病死という名の『粛清』だったのだ。

王子アクバールは念の為残しておくとして上から3人の王女以外は産んですぐに処刑されるか秘密裏に里子へ出される。

その中で運良く生き延びられた者、自身の素性を後に理解した者こそツァラーの妹、ミアなのだ。

彼女は王妃の血を引く正統な血族であったが既に女児を必要としないハーデムは情が移る前に生まれてすぐ王城から追放していた。
もちろんその秘密を知る関係者もほとんどが始末されていたので国王が生きている間その事実を知る事は無かった。そんな中気品と美しさを備えるまでに成長してきた頃、育ての親がミアに奉公の話を持ち掛けた事から始まる。
彼女の育った家がそれほど裕福ではなかった事もあるがミアも養父達への親孝行と召使いとはいえ王城内での生活を体験したいという憧れから反対する理由はなかった。残す問題は採用されるかどうかだったが試験も無事合格し、こうして彼女は人知れず王城へ戻って来たのだ。

そしてそれを利用すべく動いたのは他でもない。王が裏で命じた『粛清』を秘密裏に実行しながらも唯一生き永らえた男、宰相のキヤーナだ。

まさか王妃の次女が奉公として王城に戻って来るとは夢にも思っていなかったが既に姉であるツァラーに似ている事から第二の計画として彼女は利用され始める。
まずは召使いの所作や言葉遣いと同時に王族の礼儀作法を徹底的に教え込んだ。といっても厳しすぎる指導は怪しまれる恐れもある為慎重に、慎重に教育を進めて来た。
次にその配置だ。最初は成長と教育を確認する為自身の傍に置いていたが納得のいく立ち居振る舞いを身に着けさせると次に髪型を変えさせてツァラーに付ける。
ただここまではあくまで念の為、何か起こった時の保険にすぎない。
問題なく年月が過ぎれば第三王女であるツァラーが女王になるだろうし優しくも甘い性格の彼女がその地位に就いた時、自身の立場に変化が起こらない限りは今以上に宰相として辣腕を振るう事が出来るはずなのだ。
キヤーナから言わせれば後継者の性別などどうでも良かった。必要な条件は国力の充実を図り、小国で貧しい『ラムハット』の大規模な立て直しを許可できる人物なのだから。

ところがこれも楽観的思考からくる油断だったのだろう。ある日誰かが国王と王妃に毒を盛った事で城内の勢力図が一気に瓦解した。

一体誰が?何の目的で?何も分からないままだったがこの日国王は供回りも付けずに城外へ逃亡し、残された王妃は生死の境をさまよう。
更に癖のある長女アハワーツと次女サニアが狙いすましたかのように城内外の権力を掌握し始めると一先ずキヤーナも当たり障りのない立ち回りで保身に走った。
普通に考えればどちらかの仕業だと思われるが仮にも王と血の繋がっている姉妹であり、2人の性格はあくまで我儘が目立つ程度でそこまで大それた行動がとれるとは思えない。
気が付けば『ラムハット』が更なる窮地に追い込まれていたのだが今更慌てても仕方がない。
とにかく悪名高き監獄に幽閉されてしまったツァラーの世話だけはミアにしっかりと行うよう厳命するとキヤーナは彼女らの動向を探るべく水面下で動き続けた。





 そんな宰相の野望など知る由もなく、召使いという最下層の身分ではあったが憧れの王城生活を手に入れたミアは幸福感で一杯だった。
ここでの生活は全て国家が保障してくれる上に発生した賃金を養父達に仕送り出来るという、正に夢のような職に就けた喜びはどのような苦境でも耐えられると確信していたほどだ。
宰相自らが教育に関わってくれたのも嬉しくて、そんな期待に応えようとミアもあらゆる作法や仕事を必死で覚えた。
その甲斐あって1年も経たずに第三王女であるツァラーの召使いに選ばれると彼女の感情は遂に限界を超える。恐らく自身は天国と呼ばれる場所に足を踏み入れたのに違いない。
そして使える主は大天使か女神か。貧しかった幼少期では考えられない場所と仕事を手にしたミアは浮かれながらも必死で務めをこなす。
すると歳も近く、誰よりもてきぱきと働く彼女の覚えが良くなるのも当然でありツァラーが自然と彼女を優先して傍に置くようになったのもまた当然なのだろう。

「ねぇミア。貴女はどうしてそんなにも私に尽くしてくれるの?」

「それは宰相様やツァラー様のご期待に沿う為です。」
厳しい教育を受けた分、王族や臣下からも他の召使い達とは意識や動きが違うと捉えられていた部分はあったようだ。
ツァラーも不思議そうに何度かそう尋ねていたが城内という閉鎖された空間からそういった関係が生まれにくい環境も重なり、彼女は2人だけの時になると気を許せる友人のように接する事が多くなっていた。
これもまたミアとしては嬉しくて仕方が無かった。それだけ信頼されているのだと思うと養父達に手紙で教えたくもなったがが聡明な彼女は主従を超えた仲を吹聴しても良い事にはならないだろうとそれを控える。

こうして3年近く行動を共にしても周囲が何も勘付かない程主従の関係を完璧に立ち回っていたミアは宰相の眼すら欺いていた。

だからこそツァラーから様々な内情を聞かされる事を許されたのだ。
国王ハーデムが直系の男児、もしくは優秀な男児を欲していた事、それを叶えようと多数の愛妾を囲い、子作りに励んでいた事。もし自分の眼鏡に適う男児が生まれた場合は王妃を交代させる事すらも。
「・・・それ程ハーデム様にとっては大事な事なのですね。」
ミアも闇深い話を聞かされて反応に困ったが、当たり障りのない反応を返すとツァラーは寂しそうにため息を付く。
「私の妹でさえ城外へと追放されたのよ。年齢も名前もわからない赤子の時にね。なのに未だ愛妾を囲っているのはまだ男児を求めているかららしいんだけど・・・」
そう言われると国王も未練たらしいなと思わなくもないがそんな事は口が裂けても言葉に出来ず、最近ではいよいよツァラーを正統後継者にという話も出ているので跡継ぎの件も時期に収まりを見せるだろう。
「私はツァラー様が女王になって頂ける事こそ『ラムハット』に新しい時代とより良い未来が来ると信じます。」
「ありがとう、ミア。」
自身も職務を全うしようと必死だった。
そんな理由もあったが何より主人であるツァラーに妹がいた事、そんな彼女が今どこで何をしているのかという寂しい思いを抱き続けている事を知ると召使いという立場を超えて応えたくなったのはやはり王族の血がそうさせたのかもしれない。

その話を聞いて以降、ミアは召使いの同僚達や自身を認めてくれている家臣達にそれとなくその話を尋ねて回ってみるが箝口令は水際で止められているらしい。

「ミア。その話をどこで聞いた?」
終いには宰相キヤーナに呼び出されてしまい、流石に下手を打ったと痛感したミアは顔を青ざめて震えながら黙って俯くしかなかった。
だがツァラーを思う純粋な気持ちに解雇されたくない悲痛な感情が入り混じると彼女は震える声で謝罪を述べながら深く頭を下げる以外の方法が思いつかない。
「も、申し訳ございません。本当に申し訳ございません。もう二度と詮索するような真似は致しませんのでどうか解雇だけは・・・お許しください。」
折角手に入れた十分すぎる衣食住の環境に養父への親孝行、そして2人きりになると友人のように接してくれる優しい第三王女ツァラーと離れたくない思いは双眸から滝のような涙となって形に現れていた。

「・・・わかった。その代わり金輪際その件には触れるな。これを知る者は全て闇に葬られると胆に銘じておくように。」

この時許された安堵と寛大な対応に心は感謝で埋め尽くされていたが思い返すとキヤーナがミアの正体を知っていたからこそこうするしかなかったのだ。
以降は命令を忠実に守り、その件に触れる事は無くなったのだが後にこの件で真実を突き詰めると事態は予期せぬ方向へ進んでいくのだった。





 きっかけは他でもないツァラー本人だ。

最初芽生えた気持ちは『もしミアが妹だったらもっと一緒に楽しい時間が過ごせるのに。』くらいだった。
そんな気の緩みからつい口を滑らせて国王が男児を求めている事や財政がひっ迫している事から他の子らが処分されたり里子に出されたという話を漏らしてしまうとミアが宰相に呼び出されて随分こっぴどく叱られたらしい。
帰って来た時は安心と後悔で何ともぎこちない様子を見せていたが王族として、王女として召使い1人の様子などいちいち構っていられない。そう、普通なら少し同情して慰める程度で終わる話だ。

ところがミアの様子を見ると居ても立っても居られなくなったツァラーは静かに自室を後にするとそのまま宰相の部屋へ向かう。

それから人払いをして彼女とどういったやり取りがあったのかを問い詰めるとキヤーナの方も今まで見せたことが無い程驚いた表情を浮かべて固まっていた。
それもそのはず、ツァラーは生まれてこの方優しいというより甘いと揶揄される程に何があっても決して怒りを露にしなかったからだ。
故に一介の召使いが少々悪い噂を嗅ぎまわっていた点について咎めた事で思いもよらぬ人物から想像を超える激昂を向けられたキヤーナはまさに絶句といった状態に陥ったのだ。
「今回の件は私が口を滑らせた事が発端なのです。ですからあの子に罪はありませんし、今後あの子の行動には私が責任を負いますので胆に銘じておいてください。」
しかもその内容はまるで我が子を庇う母のようなものだ。お蔭で更に茫然としてしまったキヤーナだったが2人の関係を知っているのですぐに納得して了承する。

「わかりました。しかしツァラー様、いくらお気に入りとはいえ一介の召使いに少々肩入れしすぎではありませんかな?」

ハーデムが作り過ぎた子供達を処分させた件は全てキヤーナに任されていたのでその生死や里親の情報は国王すら知らない。
なのにツァラーが初めて怒りを覚えるほどまでミアを庇う状況が気になった彼は謝罪と共に諫めるという形を取りながらも探りを入れてみた。
「・・・確かに王女として分別を忘れていたかもしれません。以後気を付けます。」
どうやら今回の行動は無意識のうちに行っていたらしい。むしろミアを何となく特別な存在だと感じ取っているのはさすが王族であり血縁だと感心せざるを得ない。

「いえいえ。私の方こそ過ぎた発言をお許しください。何せミア様はツァラー様の実妹であらせられるので。」

「・・・えっ?」
「あの御方は国王様の命令により王城から追放された貴女の妹なのです。」
だから彼は大きな賭けに出たのだ。お互いの素性を知らなくとも大切に思う2人の絆を信じて。すると彼女は一瞬呆けたような表情を浮かべた後、目に見えて頬を緩めながら喜びを表し始める。
「当然ですがこれは極秘中の極秘、国王様も知らない情報ですのでご内密にお願いします。」
「わ、わかりました・・・あ、あの?でも何故そのような大切な情報を私に・・・?」
「それは貴女からミア様を強く思う気持ちを感じたからです。後は私も命令とはいえ赤子の処分に大変心を痛めていたのでその罪滅ぼしという身勝手な理由もあります。」
キヤーナの言葉に嘘偽りは一切ない。強いてあげるとすれば今後の『ラムハット』の為といった理由を隠していたくらいだが今それを告げる場面ではないだろう。

「そ、そうなのですね・・・でしたら私も今後一切その件は口外致しません。では失礼。」

後は心証を良くするのが狙いだ。彼女は直系の血を引く王女であり後継者に最も近い存在、そこにミアの件を恩に感じてくれれば今後も自身の位は盤石のはずだ。
実際ツァラーはこれ以降、今まで以上に優しさを見せるようになった。常に傍にいるミアととても楽しそうにしている様子は将来への希望が見えてくる。
そう、最初から無理に男児を作る必要などなかったのに国王が不確かな方法を選択したせいで自分は無垢な赤子に非道な仕打ちをせざるを得なかった。

近々必ず世代交代をさせる。そして馬鹿な行動で浪費してしまった国を新女王と立て直すのだ。

人知れず国王に恨みを募らせていたキヤーナはこうして機会を伺っていたのだがこの計画もまた大きく狂い始めるのを知る由も無かった。





 ミアが実の妹と知ったツァラーの喜びは漏らさなくとも周囲に十分伝わっていた。
ただ本人は宰相から強くお叱りを受けたのでてっきり自身を慰めてくれているのだと最後まで勘違いしていたらしい。

「あのねミア。実は私達、本当の姉妹なのよ?!」

故にツァラーがまたまた口を滑らせてしまったのも仕方が無かった。その喜びを分かち合いたくて、本当なら堂々と姉妹らしく接したくて感情が抑えきれなかったのだ。
その事実はある夏の日、避暑地にある北方の小さな館に滞在している時に聞かされたのだがミアには全く理解が追い付かない。
むしろこんな話を誰かに聞かれたらまたお叱りを受けかねないだろう。彼女は苦い記憶から周囲に気を配るが幸い今は屋外にある木陰の下で冷たいお茶と御菓子を楽しむツァラーと付き従うミアしかいないようだ。
「ツァラー様、私をとても大切になさって下さるのは大変光栄なのですが自身の身分はよく理解しているつもりです。ですので滅多な事を口になさらないで下さい。」
「あ~その顔、信じてないわね?」
信じるも何もそんな訳がない。いくら王城での暮らしを夢見ていたとはいえ自分が王族だと言われて信じる方がどうかしている。

ミアは孤児だった。生まれて間もない頃に捨てられたのを養父達に引き取ってもらった事実こそが人生の全てであり、彼らが真の家族なのだ。

今は高齢な彼らに少しでも楽をさせてあげたい。育てて貰った恩を返したい一心で働いている。
そもそも自分が王族なら何故そんな環境に置かれたのかもわからないし納得もいかない。もしツァラーの言う事が事実なら今からでも王女として扱ってくれてもいいはずだ。
そんな鬱屈した感情を隠しながら暑さと興奮でやや頬を紅潮させて不満げな表情を浮かべるツァラーにどう答えればいいか悩んでいるとある理由を思い出した。
「・・・もしかして国王様のお子様達が追放された話、ですか?」
「そう!その中の1人が貴女だったの!だから2人きりの時は主従関係なんて気にしなくていいからね?!」

そこからはお決まりの枕詞、「これは秘密の話なんだけどね?」から始まりツァラーが持論も交えてミアが王妃オンフの次女である話を続けてくる。

まず増えすぎた子供達を追放、もしくは『粛清』する命令を出したのは国王らしい。そしてそれを実行したのが宰相キヤーナだったそうだ。
だから彼もすぐミアの素性に気が付いたようだが、それを承知の上で召使いとして雇ったのだという。
言われてみれば彼から直接厳しい教育を受けたのは同僚や上司を含めても自分しかいなかった。最初は王女付きの大役を任される為だとばかり思っていたが自身が王族なのであれば多少納得はいく。
後は王族間の微妙な関係が原因でツァラーにより大きな喜びをもたらしていた。それが姉や兄達だ。
父は同じ人物ではあったものの彼らは望まれた子ではなく、幼い時から正統な血筋であるツァラーとの確執があったらしい。
そこに自身の本当の姉妹が傍にいるという事実を知ると黙っていられなかった。血のつながりは当然として仲の良い姉妹を夢見ていたツァラーはミアを求めずにはいられなかったのだ。

「どう?私の話、おかしくないでしょ?」

「・・・はい。でも、その・・・ツァラー様を姉と呼ぶのは流石に気が引けます・・・」
興奮気味に全てを話し終えた彼女とは裏腹にこちらはその真実とどう向き合うべきかわからない。いや、真実なのかも判断出来ないのだ。
それでも主人が求めるのであれば、せめて2人きりの時はそれに応えてもいいのかもしれない。何故ならミアもツァラーが他の兄妹と仲が良くないのを良く知っていたから。
「えぇ~?・・・じゃあ私の方からは妹として接するわ。いいでしょ?」
元々それくらい親しく接してくれていたのだから今更な感じはするが彼女の中ではその気持ちがより強くなっているのは間違いない。

主人の要望なので断るわけにもいかずミアもその場は了承するが、この時既に2人の中では全く別の感情が生まれた事にお互い気が付かないでいた。





 あれからツァラーは極力2人きりの空間を作ってはミアを可愛がるようになった。
こちらとしては有難いような、仕事をさぼっているような感覚から罪悪感に囚われていたがどうやら血の繋がりは本物らしい。
「私達って目元がよく似てるわね。」
「・・・そうですね・・・」
並んで鏡の前に立つと確かに言い訳が出来ないくらいには似ている。歳が2つ程違うのと幼少期の環境が違うせいで体格にこそ差はあったが姉妹だと言われると誰もが納得するだろう。
それに気が付かなかったのだがどうやら2人は声も似ているらしい。これは同僚から教えて貰って知ったのだが正直ミアは複雑だった。
ツァラーはとても優しいし自分の事を大切にしてくれる。いや、彼女は元から誰にでも優しいし姉妹だと知る前から、初めて出会った時からずっと優しいままだ。
そんな寛大な王女に仕えられる喜びは変わらない。むしろ姉だという事実から歓喜や甘えという新たな感情さえ芽生えていたほどに。
姉の方もやっと気心を許せる姉妹が出来て嬉しいのは分かる。だが時間が経つにつれ、ミアにはどうしても払拭しきれない負の感情がどんどんと強くなってしまう。

その理由が王族だ。

自分も王妃の次女ならば召使いという立場から解放されてもいいのではないか。そんな邪とも受け取れる気持ちは日増しに強くなっていたのだ。
姉であり主人でもあるツァラーには好意しかないが自身を切り捨てたままの国王とその周囲には猜疑と憎悪が静かに静かに重なっていく。
何故だ。何故直系である自分が里子に出されなければならなかったのだ。もし最初から王城で育てられていれば何も遠慮する事無くツァラーと楽しい時間を過ごせた筈なのに。
(・・・わかっている。お姉様が色々教えてくれたからわかっているんだけど・・・)
父であるハーデムが直系の男児、もしくは優れた男児を求めていたから王妃を含めた愛妾達は再び彼が子作りに入った時の為に囲われ続けていた。
しかしそれが原因で財政はひっ迫し、自身を含めた不要な女児達がお払い箱になったという事実はミアを猶更惨めな気持ちにさせてしまうのだ。

何とかしたい。何とかこの現状を変えたい。

いつの間にか姉と楽しく過ごす時以外はそればかりを考えていたミアは少しずつだが召使いの中で権力を構築していく。
宰相自ら教育してもらった事実を振りかざし、素性を知るツァラーに気が付かれないよう遠回しなお願いをして少しずつ、少しずつだ。
そして多少自分の配下とも呼べる存在が出来た頃、彼女はその鬱憤を晴らすべく遂に行動を起こした。

それが国王と王妃の食事に猛毒を混入させる事件だった。

血の繋がった赤子を『粛清』対象にした事実はどうしてもミアの心を蝕み続け、最後の一線を軽く超えるだけの憎悪に成長してしまったのだ。

自身が王族に戻れないのなら、自身を認知してくれないのなら親でも何でもない。むしろ親などと思った事も無い。そういった理由からも凶行に走るには十分だった。
後は姉が玉座に就けばいい。財政を圧迫している現状を打破する為にもこれが最善策だと信じて疑わない。
その結果、我儘な姉妹達の暴走に繋がってしまうのだがここでツァラーが監獄へ入れられたのだけは酷く後悔した。
宰相に頼んでも鍵は1つしかなく、それが今どこにあるのか、誰が持っているのかさえわからないという。

もしかするとこれは実の両親を毒牙に掛けた天罰なのかもしれない。

そこから後悔と更なる憎悪に塗れたミアは毎日監獄に食事を運んで話し相手をしたが中に入る事は叶わず、小さな窓から手を触れあったりお互いの姿を覗き合うくらいしか出来ない日々が続く。
室内の掃除も出来ない、お風呂すらない環境下で日に日に悪臭が酷くなるので彼女は様々な香草や大量の砂も持って行ったりもした。
分厚い鋼鉄製の扉を隔てた向こうには本来女王になるべき存在がいる。なのに何故こんな仕打ちを受けなければならないのだ。

(・・・私のせいだ・・・私が余計な事をしたばかりに・・・)

実の両親に毒を盛った事への後悔は微塵も感じなかったがあれだけ良くしてくれた実姉の状況はミアの心を破壊し尽し、更にいびつな形へと再形成されていく。

それから2年近くの年月が経ち、日の光を浴びる事さえ許されない劣悪な環境下で限界を悟った姉は最後に自身の首飾りを託してくるのだった。





 既にミアも壊れていたのだろう。

それでも感情をおくびにも出さず宰相へ相談しに行けたのは彼女が間違いなくツァラーと血の通った姉妹であり、優秀な資質も備えていたからだ。
「・・・わかりました。しかし私もこのままにしておくつもりはありません。ツァラー様の事は命に代えても何とかしますのでミア様は一度この城を離れて下さい。」
キヤーナも王位継承者の為、しいては自身の権力の為にそう告げるとミアも姉の名を半分借りて偽名を名乗り、隣国の『キールガリ領』へ斡旋される。
教育を十分受けていたので相手も即採用してくれたのだがツミアはここで宰相と様々なやり取りをしてきた。

その中でも心を打ち砕かれた報告は姉の行方が分からなくなったというものだった。

あれ以降もミアの代わりに召使いが足繁く通ってお世話をしていたそうだがある日突然その姿が消えたのだという。
これには宰相も黙って見過ごす訳にはいかず、方々に探りを入れたり圧力を掛けたそうだが結果は何もわからず仕舞い。そしてその時提案されたのがツミアがツァラーに成りすますという内容だったのだ。
「恐らくツァラー様もそれを見越して自身の紋章が入った首飾りを渡されたのではないでしょうか?」
そう書かれた文面を読むと涙があふれてくる。まだ何処かで生きている筈だと否定したくなる。だからミアは受け入れを一度断ったのだ。
以降は彼も無理強いを言ってくる事は無く、国内での出来事を事細かに報告してくれるのでこちらも姉を信じて『ジョーロン』やその周辺国の状況を送っていた。

といっても『キールガリ領』は領主が自領の安寧を追求する人物なので大した内容ではない。強いて言うなら息子のフェブニサからかなりの野心を感じるくらいだ。
他には数年前『ユリアン公国』が『フォンディーナ』や『ジョーロン』への侵攻を企てていた時、東の大陸からたまたま亡命していた王族らの手により解決した事もこの時初めて知った。
そして昨年、件の中心人物であったクレイス=アデルハイドという少年との出会いがミアに大きな変化をもたらせたのだ。
まずその出で立ちから素晴らしい。まさに自身が夢に描いていた王子様の理想像が彼だった。見目麗しく、それでいて聡明と強さを兼ね備えている。
ハーデムが何故男児に拘ったのか、それが良く分かる好例をそのまま見せられるとミアも納得せざるを得ない。そのせいで随分多くの女性を連れていた部分だけは頂けなかったがこれもまた持つ者の宿命なのだろう。
そこから『ラムハット』の侵攻作戦や『七神』のマーレッグという難敵に襲われるも頼りになる友人達の力を借りながらしっかり撃退し、三度『ジョーロン』を救った彼は紛れもない救国の英雄だ。
(こんなに傷だらけになってまで・・・)
あの日の手当てはミアも参加していたので怪我の深刻さは知っていた。それでも驚くべき回復力でみるみる元気になって行く様子は少し違和感を覚えたが彼女の心を動かす事態は別に起こる。

それがアルヴィーヌとイルフォシアだった。

何でもクレイスを助けに来たヴァッツという少年を更に追いかけて来たのが彼女であり『トリスト』の第一王女、つまりイルフォシアの双子の姉という。
聞いた話だとイルフォシアも家を飛び出して長い間アルヴィーヌとは会っていなかったようだがその仲睦まじい姿にはただただ羨望しか湧いてこない。
もし自分達も最初から一緒に暮らせていたら・・・こんな風に楽しく過ごせていたのなら・・・きっと今とは全く違った未来になっていた筈なのに。
まだまだ姉に甘えたかったし姉の為に尽くしたかった。同じ王族であり姉妹である筈なのに何故自分達にはこの関係が手に入らなかったのか。
彼女達に対する羨ましさと同時にそれが悔しくて悲しくて、より強大な憎悪がミアの心を埋め尽くす。

それからだ。すぐにキヤーナの提案に乗る事を選択したのは。

ツァラーを救いたい。そして彼女達のような関係を取り戻したい。築きたい。その覚悟は憎悪を包み隠すには十分だった。

以降はクレイスとの接触を図る為にまずは国内を騒がせている腐肉の化け物について相談する。
自身で解決出来なければ他国の力を借りてもいいのだ。むしろその関係性を世に知らしめる事の方が大切な時もある。これを実績として帰国すれば臣下達も認めてくれるだろうしキヤーナも動きやすいだろう。
残す問題はいつ行動するか。ツァラーを演じ続ける事は可能なのだろうか。王族として上手く立ち回れるだろうか。
不安要素を数え上げればきりがないがクレイス達が慌てて帰国するのを見送った後、ずっと傍で見て来た姉の懐かしい笑顔を思い出しながらミアは何度も計画を修正する。

自身が『ラムハット』に戻って何を成すべきか。

既に答えは出ていたのだがそこまでの道のりを宰相と詳しくやり取りした後、彼女は再びクレイスの力を借りるべく初めて海を渡るのだった。





 ツァラーがどこかで生きていると信じていたかったが希望は彼らの高すぎる捜索能力によって摘み取られる。

見覚えのある質素な衣装は間違いなく姉のものであり、それに身を包んでいたという白骨はツァラー以外に考えられない。
もはやミアの中に心と呼べるものはなく、思考すら失いかけていた彼女は最終目的を果たす為だけに姉を演じていた。
「キヤーナ。私にはやらねばならない事があります。貴方の地位は約束しますので今後城内で起こる出来事には一切関与しないようお願いします。」
「はっ。」
ナジュナメジナとの話も一段落付き、役目を終えたクレイス達が帰国するのを見送った後ミアは早速計画を進める。

それは自室に腕の立つ衛兵を集めてから愛妾を一人ずつ、順番に呼び出しては有無も言わさず首を落としていく事だった。

この方法は新しい王の前に跪いた瞬間を狙えた為とても効率が良かった。むしろ10を超える遺体の処理の方が面倒だったくらいだ。
部屋の中では時折首が床に落ちる音以外はなく、邪魔なものを全て片付けさせたミアは次に第一、第二王女を同時に呼びつける。
「あら・・・また雰囲気が変わったわね。貴女本当に何者なの?」
「お姉様も随分と酷いお顔ですよ?」
多少の美しさが唯一自慢だったアハワーツから既にそれは失われており、目の下に出来た隈と鋭い目つきには品性の欠片も感じない。
対してミアはまるで人形のような無表情と居住まいで微動だにせず、視線も虚ろで言葉から感情は読み取れない。
そんな異様過ぎる2人を見比べていたサニアは怯えた様子で跪いていたが2人とはしっかり話をする必要があるのだ。

「・・・どちらなの?ツァラーを殺したのは?」

「「・・・・・」」
その発言に絶対服従の衛兵達も僅かに驚きを見せたがミアは気にする事無く各々が反応を示した姉妹をじっと見定める。
「・・・その発言の意味がわかってるの?今あなたは自身がツァラーじゃないと認めたようなものよ?!」
「そうよ。私はツァラーの妹、王妃オンフの次女ミアだもの。それで、私の大切なお姉様を殺したのはどっち?」
まるで鬼の首を獲ったかのように嬉々として返して来たアハワーツとは対照にミアの口調も感情による波はない。静かに、静かに事実だけを並べて問い詰める。
「・・・なるほどね。そうやって身分を騙って取り入った訳ね。聞いた?こいつは国家を貶める反逆者よ!!早々に取り押さえなさい!!」
いよいよ現場が混沌とした空気で満たされる中、相変わらずサニアは震えて跪いたまま、そしてアハワーツはこちらの正体を知って形勢逆転したと勝手に思い込んでいるらしい。
だが衛兵達が困惑している様子も見て取れたのでミアは首飾りを見える様に服の外へ出しながら再び静かに語り出す。

「この首飾りはね。お姉様が監獄の中から私に預けてくれたものなの。もう二度と、生きて出られないと悟って・・・私にね。」

「・・・嘘よ!そもそもミアなんて聞いた事もないし、ツァラーが死んだっていうのなら殺したのは貴女じゃなくって?!」
愚かだとは思っていたがまさかここまでとは。こちらがツァラーでない事実だけを振りかざし勝ち誇って来るアハワーツに軽く溜息をついてみせると今度は小机の上にある書物を開いた。
「あなた達も王女でしょ?だったら国王が余計な食い扶持を減らす為に『子殺し』を行った事くらい噂で聞いていた筈よ?」
それは王家の家系図だ。
そこにはオンフの子供が2人いた事実だけが記されているものの、ツァラーの隣にある名前は線で消されている。

「私は直系の血を引く者。だから指示を受けた者も里子に出すしかなかったの。そしてその事実を知らずに召使いとして王城に戻って来たのが私。ご理解いただけたかしら?」





 「・・・そ、そんなの誰だって言えるじゃない?!証拠はあるの?!」
「お姉様は目元がそっくりだって笑って教えてくれたわ。それに誰も私がミアだってわからなかった。ツァラーを名乗ってもはっきり否定出来ない程似ているのが状況的な証拠になると思うけど?」
諦めの悪いアハワーツは目を血走らせて言い訳してくるがこちらはいい加減にどちらが姉を殺したのか教えて欲しかった。
なので証拠という言葉で思い出したミアは衛兵に例の木箱を運んでくるよう命じる。
そして中から姉の着ていたぼろぼろの衣装に頭蓋や折れた足の骨を周囲にも見えるよう掲げて手に取った。

「これがお姉様よ。」

「・・・そ、そそ、そんなのわからないじゃない?!だ、だって骨でしょ?!ど、どうやってそれがツァラーだって証明出来るの?!」
「そうね。確かに肉も無くなった状態じゃ判断が難しいと思うわ。でもこれを見つけてくれたのはイルフォシア様なの。」
ここでつい先日までこの国に滞在していた他国の王女の名が上がると衛兵達もやっと落ち着きを取り戻してくる。
そう、現在の状況を判断するには無名の血縁者より有力な王族の名を示した方がわかりやすいのだ。
「私もお姉様から色々聞いてはいたんだけどまさか監獄の真下にこれがあるとは思わなかった。そこは隠し通路の奥が部屋になっていて、損傷から最後は高い場所から落ちたみたいなの。」
「「・・・・・」」

「もうお分かりよね?どっちなの?お姉様を監獄に閉じ込めた挙句、仕掛けを使って殺したのは?」

折れた大腿骨を握る手に若干力が篭ると視線や気配にも激しい怒気が現れていたらしい。現在の女王がツァラーではないにしても正統後継者を暗殺した犯人を問い詰めているのは誰の目にも明らかだ。
衛兵達もミアの迫力と説得力のある説明に納得したのか、一切の動揺は影を潜めてアハワーツとサニアに鋭い視線を向け始めた。
もはや言い逃れは出来ないだろう。そう思って少し様子を伺っていると遂にずっと頭を垂れていたサニアが静かに動きを見せる。それはとてもわかりやすくアハワーツを指していたのだ。
「サ、サニア・・・あなた・・・っ?!」
「わ、私は監獄の仕掛けなんて知らないもん!!あそこにツァラーを閉じ込めたのも処分したのも全部お姉様じゃない!!私は関係ない!!関係ないわ!!」
やっと答えが見つかった。
なのに何故こんなにも気分が晴れないのだろう。彼女達も母は違えど血のつながりがある姉妹のはずなのにその醜さは見るに堪えかねる。

こんな奴らのせいで自分達は・・・・・

そう思うと再び激しい憎悪に飲み込まれるがミアはここで感情に流されない。何故ならどちらが犯人であったとしても、犯人でなかったとしても計画を実行に移すだけなのだから。

アルヴィーヌ姉妹やツァラー姉妹が絶対にしないであろう罵り合いを前にミアは衛兵達に出入口をしっかりと護らせながら2人に短剣を渡す。
その意図が全く掴めずに言葉を失う姉妹の様子は少し滑稽だったがこんな塵でも最後くらいはしっかり利用すべきだろう。
「わからない?じゃあ教えてあげる。ツァラーの仇を取ればサニアは許します。そして自身の潔白を証明すればアハワーツは許しましょう。」
この茶番劇が少しでも自身とツァラーの遺恨を晴らしてくれればいいのだが。ミアはここで初めて薄い笑みを浮かべるとやっとアハワーツも大人しくなってくれた。
「あ、あなた・・・何を、言っているの・・・?私達、姉妹よ?」

「ツァラーも姉妹だったわ。なのに殺された。だったら死で償ってもらわないと、ね?」

無慈悲な答えが引き金になったのだろう。次の瞬間、サニアが体ごとアハワーツにぶつかっていくとその短剣は彼女の腹部に深く刺さっていた。





 「・・・や・・・った・・・」
しかしその攻撃で仕留められなかったのは大きな誤算だろう。そもそも短剣で人を殺すにはそれなりの知識と技量が必要なのだ。
更にアハワーツの方もそれで吹っ切れたのか手にしていた短剣を右の逆手持ちで、そして左手でサニアの体をしっかり抱きしめるとその背中に向かって渾身の一撃を放つ。
「っ・・・い、痛いぃっ?!痛いよぉっ?!?!」
「こ、この馬鹿がっ・・・わ、私への恩も忘れ、て・・・このばかぁぁあぁあぁぁぁぁ!!!!」
痛みというのも個人差がある。クレイスなどはそれに強く、そして心も強靭なので戦いに臆する事は無い。
普通はサニアのように痛ければ泣き喚く。むしろ腹部に深い一撃を貰って尚反撃をするアハワーツの方が異常なのだ。

どしゅっ!どしゅっ!どしゅっ!どしゅっ!どしゅっ!どしゅっ!どしゅっ!どしゅっ!どしゅっ!どしゅっ!どしゅっ!どしゅっ!

これも王族の矜持が為せる技なのか。腹部から滴る血や傷の具合など全く気にせず妹の背中に何度も何度も何度もその凶刃を突き立てる様は見ていてただただ愉快だった。
そう、愉快だったのだ。
周囲の衛兵がいつ止めに入るのか、その命令をずっと待ち続けていたがミアの表情には相変わらず薄い笑みが浮かんだままその光景をうっとりと眺め続けるので動きようがない。
そもそも前国王であり父ハーデムが入り婿なのだからアハワーツとサニアは王族の血など引き継いでいない。その為か、もしくは憎悪の対象が自分の掌で踊っているからか、とにかくミアは久しぶりに込み上げる歓喜を確かに感じたのだ。
それからサニアの声がなくなっても、ぐったりしていても何度も刺し続けたアハワーツも体力が底をついたのか周囲が夥しい血の海に化している事もわからずにやっとその手を止めると憎悪の眼差しをこちらに向けて来た。

「・・・こ、こんどは、あな、たの番、よ?!」

面白い。本当に面白い。
「いいわね。でも私に勝てるかしら?」
ミアは計画とは少し違う受け答えをすると衛兵から長剣を用意してもらう。そして対峙すると見せかけた瞬間。

ざんっ!

アハワーツの短剣を握っていた右腕が後方にいた衛兵によって斬り落とされると彼女は力なく膝から崩れ落ちる。
「大丈夫。あの監獄はしっかり修復されてるみたいだから安心して死ぬまで暮らしてね。」
それから扉と鍵を新調した出来たての部屋に辛うじて生きているアハワーツを閉じ込めるが当然彼女を生かすつもりなどさらさらない。
食事はもちろん、満足な治療も受けさせてもらえなかった彼女は翌日に亡くなったそうだがもはや興味はなかった。
むしろ方々に散っていた憎悪が今こそ1つになったのだ。ミアはアハワーツを処理させた後、最後の仕上げにとりかかるべく王妃の部屋へ向かう。

召使いの時代に何度か見たことはあるがしっかり対面するのは今回が初めてかもしれない。

いよいよ終幕が近いと感じた為か、僅かな期待と高揚を胸にその部屋に入ると相変わらず毒で足腰の立たない彼女は椅子に腰かけたまま笑みを浮かべていた。





 「ようこそ女王。こんな姿で申し訳ないわね。」
「いいえ、お気になさらず。」
立場上呼びつけてもよかったが彼女に下手な小細工はいらないだろう。
久しぶりに顔を合わせた親子から妙な緊張感が漂っているのを召使い達も感じたのか。皆がかなり距離を置いて見守る中ミアは最後の計画を実行する。

それが王妃の処刑だ。

彼女こそが呪われた血の持ち主であり自身を捨てた本人、この存在だけが一番許せなかった。こいつだけは絶対に殺すと決めていた。
本来母というものは子を護り、育てる存在であるのは古今東西どんな赤子も母親のお腹から産まれてくる事から明白なのだ。
例え国王の命令であっても自身の子を手放すなどあってはならない。もし姉と一緒に育ててくれれば輝かしい未来が待っていた筈なのにと何度考えたかわからない。
「オンフ様、今日はあなたに死を与えます。もちろん受け入れて下さいますよね?」
あまりにも真っ直ぐな下賜に召使い達はざわめくがこちらは屈強な近衛を付き従えているので止める者など誰もいない。
「・・・・・ツァラーはどこ?」

「お姉様の名を容易く口にするなぁっ!!」

一番憎き相手から一番大切な人の名が出てくるとミアは怒りを爆発させて叫ぶ。その豹変ぶりには近衛すらも圧倒されていたようだがオンフだけは静かに答えを待っていた。
「・・・いい?あなたが私を捨てなければ私達姉妹はずっと一緒に暮らせてたの。お姉様と一緒に仲良く、仲良く色んな思い出が作れたはずなの!それをあなたが全て壊した!!お姉様が監獄に閉じ込められた時も何もしなかったあなたが、全て!!!」
「あの時は毒を盛られたから動けなかったのよ。私だけでもしっかりしていればあんな事にはならなかったとは思うけど言い訳にしかならないわね・・・」
確かに聞き苦しい言い訳だが原因を作ったのは他でもないミアだ。自己嫌悪から目を逸らす為に必死で他者に責任を擦り付けているのも自覚している。
だがらこそ余計に語気が荒くなるのだ。
「そうね。だったらわかってもらえたかしら?あなたの娘である私の要件、飲み込んでもらえますよね?」
「・・・誰が娘ですって?」
「私です。あなたの次女である私がです。」
「・・・・・そう。どうりで違和感があると思っていたのよ。そうなのね、あなたが・・・ツァラーに付いていた召使いよね?」
しかし感情的になっていたとはいえ王妃の反応が思っていたものと違って少し困惑する。おかしい、この真実にはもっと驚いてもらい、そして納得と後悔の念に苛まれてもらうつもりだったのだが。
「はい。最初はそうでした。しかし真実を知って私はお姉様の代わりにこの国の王となる事を選んだのです。」

「ごめんなさい。私の次女は貴女ではないわ。」

「・・・・・そうですよね。今更認めたくはありませんよね。一度は捨てた子の存在なんて・・・」
「いいえ、娘はこの城内で今も健やかに暮らしています。断じて貴女を生んだ覚えはありません。」
「・・・・・」
ここで激昂して嘘だと突き返せばどれ程楽だったか。だが最後の最後に優秀さが顔を出してしまうミアは王妃の真っ直ぐに見つめてくる眼差しから嘘ではないと察してしまった。
「ミア、あなたは確かに国王の血を引いているとは思います。でも私は夫の取ろうとした政策には最後まで反対したの。だって自分の子を手放すなんて・・・それなら私の血肉を与えても子の命を選ぶわ。それが母親ってものなのよ。」
「・・・・・」
「だから私の娘は素性を隠して城内で育てられたの。ツァラーも最後まで妹の存在には気が付かなかったけど・・・でもそうするしか2人を手元に置いておく方法がなくて。」
「・・・・・一体誰の事を指しておられるのですか?」
「・・・それを聞くと貴女の運命は決まるわよ?それでも聞きたい?」
「もちろんです。私が、私こそがツァラー様の妹で間違いない・・・間違いないはずなのです!」
わかっていた。とっくにわかっていたのだ。最初から一切の証拠がなく、ツァラーも宰相からの説明だけでそう信じ込んでいた。そして母親というものは自分の娘を間違えたりしないのだと。
聡明が故に答えが見え隠れしていたのにも関わらず見て見ぬふりを続けていたのは他でもない。自身の行動によって愛してやまないツァラーが犠牲になってしまったからだ。

「貴女は踊らされたのよ。恐らくキヤーナと、そして私にね・・・」

それから王妃は生気が抜けきったミアの前にもお茶を用意してくれる。そして聞きたくもない彼女の説明が始まると彼女の心、いや、感情は遂に最期を迎えるのだった。





 「ミア。国王がいらないと判断した赤子達のほとんどが里子に出されるか殺されたかの事実に間違いはないわ。でも私はどうしても自身の子を手放したくなかったの。」

その話は知っている。それがきっかけでキヤーナがツァラーに真実を伝えたのだから。
「だから私は赤子をすり替えた。とても罪深い事だとわかっていてもどうしても娘を傍に置いておきたくて、その成長を見届けたくて・・・」
「・・・まさか。それは里子に出される前に・・・?」
どうやら王妃は自身が思っていた以上に母性と愛に溢れる女性だったらしい。だがこれも少し考えればわかっていた筈なのだ。
子は親の鏡、蛙の子は蛙という言葉が示すように親子というのは絶対に、どれだけ離れていても似通う部分が必ず存在する。
ましてやあれ程慈愛に満ちたツァラーの母親が冷酷な訳がないのに何故そこに疑問を持てなかったのか。

それは自身の境遇しか考えなかったからだ。

最初こそ王城に仕えられる喜びに満たされていたが王城から追放された事、そのせいでツァラーとの楽しい時間が大いに奪われた事などの憎悪で上書きされていくと真実を見失っていく。
いや、何度か違和感から疑念を抱いてはいたもののツァラーの優しさに甘えて、自身を甘えさせた結果に今があるのだ。
ゆっくりと深く頷いたオンフはこちらがどのような表情と心境なのかを伺いつつ、再び口を開く。
「父親はハーデムだから皆どこかしら似ているのはわかるでしょ?つまり貴女達は勘違いをしていたのよ。少し悲しい勘違いを。」
「・・・認めません。」
これを受け入れる訳にはいかない。既に愛妾を全て始末し、目障りだった姉妹も処分してしまった。今更認める選択肢が残されている筈もないミアには文字通り後には引けないのだ。

「・・・そうよね。じゃあおいで、ユンナ。」

すると彼女の呼ぶ声に反応して奥から目を疑う程ツァラーに似た少女が姿を見せた。同時に確信する。彼女こそツァラーの本当の妹なのだと。
「この子が次女ユンナよ。今は将軍位に就いてるけど素顔を見たことが無い子も多いでしょ?」
「初めまして。オンフの娘ユンナです。その、お母様、よろしいのですか?」
しかしその声を聞いて驚いた。自身と違い姉と似ても似つかない低い声なのだ。これは兵卒として厳しい環境下で育てられた為、声帯が違う方向へと成長してしまったらしい。
更に普段は化粧など一切しておらず、女の格好もしていないのでこの秘密は王妃に昔から付いている召使いの中でも限られた人間しか知らないそうだ。
ただその声には確かな優しさを感じる。声色も姉と比べればという話で声の高い男性でもこの程度の人物は存在するだろう。

「・・・では、私は何者なのですか?一体私は・・・何の為に・・・」

絶望が口から漏れると王妃は何を思ったのか、椅子に座ったままだが深々と頭を下げてくる。
「ごめんなさい。全ては私の軽率な行動から勘違いを生み出してしまったの。あなたは間違いなく国王の血を引いているみたいだけど私の娘ではないわ。」
今更謝られても既に取り返しが付かない線を超えている。自分は今まで何をしてきたのだ?この先自分はどうすればいいのだろう?
頭の中は真っ白になり、勘違いから国王夫妻に毒を盛った事なども忘れて茫然とするがオンフは最初からミアをどうこうする気は無いらしい。
「でもミアちゃんには女王のままでいて欲しいの。だってあの子の首飾りを受け取ったんでしょ?だったらきっとツァラーもそれを望んでいるはずだから。」
「・・・ツァラー様の、望み・・・」
彼女は甘いと揶揄されるほど他人に優しかった。もし彼女が女王になっていても決してミアのように愛妾や姉妹を手にかけたりはしなかったはずだ。
なのに今更どの面を下げてツァラーの代わりなどを務めると言うのか。こちらはその母親にまで手を掛けようとしていたのに本当今更・・・・・
「・・・わかりました。しかし犯した罪は償わなくてはなりません。オンフ様、あなたと前国王様に毒を盛ったのは私なのですから。」

「許します。全てを。」

最後に懺悔のつもりで告げたものの、オンフからは慈悲深い言葉が返って来た。それを聞いて今までの悪夢から目覚めると目の前にいる本当の親子に深く頭を下げて部屋を後にする。



そして自室に戻ったミアは国王夫妻に盛った同じ毒を大量に飲み込むと最後は姉から託された首飾りを手に強く、強く握りしめて全ての苦痛から解き放たれるのだった。





 その話は後日『トリスト』にも届くとクレイス達は悲痛な思いに言葉を失う。
「・・・そうか・・・」
最終的には彼女がアハワーツと同じ母親だった可能性や国王夫妻に毒を盛った事、赤子の時に我が子を助ける為にオンフが取った行動とそれにより周囲に多大な誤解が生まれた事。
それらの調査報告書は読んでいて胸が痛むとしか言いようがない。僅かな行き違いがこんな結果を生むとは誰も予期出来なかっただろう。
「クレイス様・・・」
両隣に座るイルフォシアとルサナが寂しそうに、そして正面に座るウンディーネですらいつもの明るさは鳴りを潜めていた。
「王族の、しかも家族の内情なんて当事者達にしかわからないんだからそんなに落ち込まないの。」
そこに発破をかけてくれるのは最近評価がどんどん上がっているノーヴァラットだ。臆病と冷静の表裏一体という面倒な性格を持ち合わせてはいるもののどちらの顔にも頼れる部分があると今回の件で知ったのは大きな収穫だろう。
皆が座る中、一人だけ副将軍らしく彼の後方で待機していた彼女はまるで姉のようにクレイスの頭を優しく撫でてくれると少しだけ気分も和らいでいく。
これは母性の成せる技なのか年上の包容力から来るのか。不思議な感覚に身を任せているとその効果は周囲にも波及したようだ。
「・・・クレイス様?最近ノーヴァラットに気を許し過ぎではありませんか?」

気が付けばイルフォシアから妬みの視線を向けられていたが今のクレイスは別の事で頭が一杯だった。それはツミアが自身を娶って欲しいと微笑んでいた姿だ。

もしあの話を少しでも前向きに捉えていたらこの惨劇を回避できたのではないか。そう思わずにはいられなかった。
今まで頑なにイルフォシアだけを愛すと決意していたが周囲の気持ちを知らないクレイスではない。であれば今後の事を考えると彼女達の気持ちにもしっかり応えるべきではないかという考えが初めて芽生えたのだ。
「・・・そうだね。難しい問題だよね。」
「「???」」
尋ねた内容とかけ離れた答えにルサナもきょとんとしていたが自分にそんな器用な真似が出来るだろうか?
不安からか、気が付けば無意識にイルフォシアの肩を抱き寄せてしまうとそこにウンディーネやルサナも飛び込んでもみくちゃにされるが今日ばかりは跳ね除ける勇気が湧いてこない。

こんこんこん

そんな中、ショウがルルーを連れてやってくるとクレイスを心配してくれているらしい。報告書に軽く目を通した後彼なりの持論と結論を語ってくれた。
「まず一番の問題として国王の情緒が不安定だった部分が挙げられます。これは恐らく黒い槍が原因でしょうから発端はここで間違いない筈です。」
つまり『ラムハット』の内情は以前から危うかった事も含め、もしクレイスがツミアとの縁談を前向きに検討していたとしても深く刻まれた心の傷を癒す事は叶わなかっただろうと言うのだ。
「皆が皆、思い通りの人生を歩める訳もありませんからあまり深く考え込まない様にして下さい。」
「うん・・・そうだね。ありがとうショウ。」
それは自身が最も大切にしていた『シャリーゼ』やアン女王の事を示唆しているのか。今ではしっかりと立ち直ってその才能を如何なく発揮出来ている友人は頼り甲斐があり、大いに尊敬できる人物へと成長している。

だったら自分も後れを取る訳にはいかない。

今後二度とこのような悲劇を起こさないよう固く決意をすると再び無意識にイルフォシアの肩を抱き寄せていたのでルサナ達も便乗して体を寄せてくる。
しかし早速その決意が反映されたのか、今までと違い集まって来る彼女達を受け入れるような姿を見せるとショウは少し驚いていたがすぐに優しい笑みを浮かべるのだった。







たらればという言葉は虚無であると同時に反省と今後の備えという意味ではとても重要だ。

もし今回の件でウォダーフをもう少し頼っていれば、彼女達の憎悪を宝石に変えていれば話は違う結末を迎えていたのだろうか。
「しかしツミア様にそのような事情があったとは。いやはや、やはり君子危うきに近寄らずですね。」
ショウはその点だけが気になっていたのであの後地上にある『気まぐれ屋』に向かうと報告がてらその可能性について言及していた。
「つまり貴方の力はあくまで一時凌ぎ、一過性のものだという事ですか。」
「はい。それに記憶を改竄出来る訳ではありませんのであまり過信されないようお願いします。」

答えは否だ。何故なら感情というものは人が生き続ける限り無限に湧き出て来るのだから。

そう説明を受けるとショウも深く納得する。彼の力が危険な事に変わりはないのだがその使い方と使い道についてはもう少し精査が必要だろう。
「それにしても今日はお店が随分暇そうですね。」
「ええ!今はそれが大問題ですよ!何せ看板娘の代表だったリリー様が不在なのですから!!」
現在彼女は三度『リングストン』の要請によりヴァッツと一緒に彼の地へ入っている。何でも亜人と呼ばれる種族の国が突如近隣に現れたらしくその調査が名目だ。
「あ~お姉様がいないとやる気起きないわね~もう帰ろっかな~?」
「ハルカ様?!私も決して売り上げ至上主義という訳ではありませんがお客様への対応は真摯にお願いします!!」
そしてハルカのやる気の無さは姉と慕うリリーが居ない事だけでなく、今回は自ら志願したにも関わらずお店が回らないという理由で留守番を言いつけられたのも大きいらしい。

「・・・私も一緒に行きたかったな・・・」

漏れている言葉の真意は分からず仕舞いだったが彼女もまた様々な出来事や出会いから心境に大きく変化を受けているのは間違いない。
「帰ってきたら一杯土産話を聞かせて貰えばいいでしょ。ほらほら、さっさと働いた働いた!」
仕事を任されてしっかり職場を仕切るティナマは流石元『七神』の長と言った所か。しかしハルカも元『暗闇夜天』の頭目だったのにこの責任感の違いはどこから生まれているのだろう。
お尻を叩かれてやっと仕事をするハルカを尻目にショウは美味しい紅茶を頂くと遠い地で活躍してるであろう友に思いを馳せるのだった。

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