闇を統べる者

吉岡我龍

綻び -信用と信頼-

 一方クレイス達も西海岸の小さな港町ハラブに到着すると早速聞き込みを開始する。
しかし既に禁忌というか腫れ物扱いのようになっているらしく、皆が眉を顰めて教えてくれはするものの詳しい場所は知らないらしい。
「北、か。ありがとうございます。」
ただ町長含め、全員がそう答えてくるのでここは信じてもいいだろう。後は挨拶もそこそこにすぐそちらへ向かおうとするが一言だけ忠告される。

「どこの若者かは知らんが無理はするな。何せ相手の得体は全く知れないままなのだからな。」

「???」
得体が知れない?国王自身か国王を護る何者かではないのか?その詳しい意味が分からないまま3人は馬に乗り彼らの示す方向へ向かうとその意味が何となく理解出来た。
突然視界が開けると同時に周囲には斬り倒された木々に白骨化した屍の数々。夏場なので草こそ生い茂っていたものの山中とは思えぬ光景がそこに広がっていたからだ。
「2人とも下がってて。」
まるで古戦場のような場所からクレイスもすかさず警戒態勢に入るが思いの外、すぐに危機が迫るような事は無いらしい。
「・・・もう少し先から随分と深い憎悪、いや、これは嫌悪か・・・を感じますが話し合いは難しいかと。戦われるおつもりですか?」
ウォダーフからも的確な助言を貰うと僅かに考え込む。
「それは1人ですか?」
「恐らく。」
「ふむ・・・・・」
ということは国王で間違いないか。いや、それとも国王は既に死去していて守護者らしきものが周囲に憎悪をまき散らしている可能性もある。
どちらにせよハーデムの安否を確認する為にやってきたのだから接触は不可欠だろう。それでも2人を巻き込む訳にはいかないので再び思案するクレイスはいくつかのやり取りを始める。
「ウォダーフ様の御力はどの程度近づけば届きますか?」
「2間(約3,6m)は必要です。」
その距離なら相手の攻撃は何でも届いてしまう。思っていた以上に近づかねばならない事を知ると彼の力は頼れなさそうだ。
「では2人はここで待っててください。ノーヴァラット、ウォダーフ様をお願いね。」
「は、はいぃ~!お、お気をつけて~っ!」
彼女も元4将なのだから戦力的にはもっと期待した方がいいのかもしれない。しかし臆病な性格が顔を出している彼女の記憶といったらマーレッグとの戦いで痛い痛いと泣き叫んでいたものしか浮かんでこないのだ。
こうして1人で対処する事にしたクレイスは魔力を温存する為に死体混じりの荒野を馬で北上していくと再び驚かされた。

何とそこには素人が作ったと一目でわかる不格好な小屋が建てられていたのだ。

木々を丸太のまま重ねている為に壁にも屋根にも隙間だらけの小屋と呼ぶにも無理がある建物だが中から気配を感じた以上、住居という意味合いで間違いないはずだ。
一体どんな人物がここに住んでいるのか。わくわくする余裕があるのは好奇心が勝っているからだろう。
「あの~!こんにちは~!」
その結果、まずは声を掛けてみる事を選んだのだが後から考えるとこれが最適解だったのかもしれない。

ずばぁんっ!!!

何故ならその粗雑な小屋の中から突然鋭い剣撃が飛んできたのだから。警戒もしていたが何より十分な距離を保っていたお蔭でクレイスはすぐに空へ上がると生還する馬を尻目に相手を確認する。

「・・・また私の命を狙いに来たのか・・・」

すると中から異様な肌の色をした男が濁った双眸でこちらを睨みつけて来ると無意識に話し合いの線を諦めたクレイスは早々に長剣を抜くのだった。





 衣服はぼろぼろだが素材や意匠から国王本人で間違いないだろう。そしてその発言は看過できない。
「ハーデム様、何方かに命を狙われているのですか?」
駄目元で尋ねてみるがやはり正気を失っているらしい。ウォダーフの言っていた憎悪の表情からは正気は読み取れず、何より次に驚いたのは彼が飛空した事とその原因だ。

ぶふぉぉんんっ!!!

初めは跳んだのだとばかり思っていたが上空に向かって放つ一閃とその武器を見てすぐに思考を修正した。
それは過去に何度か見た物とよく似ていたから。持ち主に優れた力を与えてくれる黒色の武器は今だとナルサスが保持している分しか知らなかったが、まさかこんな所でその所有者と相対するとは。
遠すぎる間合いからでも届く剣閃はそれが槍だからだろう。久しぶりに目にした事と対峙した事によりそこだけはしっかり確認してから身を翻すがその能力は過去の記憶を遡っても随分と乖離していた。
(は、速いっ?!)
刺突ならともかく槍でこれ程連続した薙ぎ払いを放って来るとは思いもしなかったのでこちらも慌てて風の魔術を上乗せして間合いを取り直そうとするがそこは黒い武器の優れた能力だ。
追い付く事は出来ずともその射程は相当広いらしく、かなりの距離を取るとやっと全容が見えて来た。そして今までの相手と大きく違う部分を目の当たりにする。
「ぐががっががが・・・がああああああぁぁぁっ!!!」
最初こそ言葉を話していたはずが眼前にいるハーデムは完全に正気を失っている。その上激しい雄叫びを上げてから再び襲い掛かってきた攻撃が常軌を逸していたのだ。

ぶぉんっ!!!ぶふぉんっ!!!ぶぉんっ!!!ぶふぉんっ!!!

何と槍だと認識していた黒い武器はまるで鞭のような撓りを見せて、しかも彼の腕と槍自身も伸びているのか、頭上背面やら足元後方からその槍が襲ってくるではないか。
想像すらした事の無い軌道に慌てて避けるが同時に焦りも湧いて出てくる。こんな突発的に風の魔術を併用していてはこちらが先に息切れしてしまうだろう。
(ま、不味いな・・・無駄な行動は避けないと・・・)
「ハーデム様!!僕は貴方の命など狙ってはいません!!どうか気を確かに!!」
「ぐるるるぅっ・・・がっはぁあぁぁあぁ!!!」
声を掛けても返って来るのは獣のような咆哮だけだ。ならば最低限の動きで相手の力を奪うしかない。
ヴァッツとワーディライの話を思い出しながら縦横無尽に襲ってくる攻撃を必死で避けつつ、何かないかと探っているといくつかの発見があった。
まず間合いだ。
いくら相手が槍を持ち、更にそれや腕が伸びたとしても限度がある。つまり防御に徹するのなら間合いを取り続ければいいのだ。
更に今は空中戦を行っているので上下にも空間がある。そこを利用すればこちらの消耗もかなり抑えられるが流石に初見で見切るのは難しい。

だがこれだけ分析出来れば十分だろう。

クレイスは向き合ったまま後方に飛び続けて相手が迫って来るのを待ち構え、次の瞬間左手を向けるとハーデムの眼前に土の壁を展開した。
「?!?!?!」
突然視界を遮られたことで声にならない驚愕を見て取るとその隙にこちらから深く飛び込んで黒い槍目掛けて水の魔術で刀身を被った長剣を思い切り叩きつける。

がぎぎっ・・・・

その手ごたえは予想以上に硬く、流石は黒い武器だと感心したがこれを破壊せねばならないのだ。
改めてその異様な力に対抗すべく、長剣に流す魔力を一気に増やして水の密度と硬度を加えると一度引いた後角度を変えて再びそれを叩きつけた。

しゃぃんんっ!!

黒い槍は柄の部分から真っ二つに割れるとハーデムからも力が失われたのか静かに落下していく。
かなりの高さで戦っていたので放っておけば大怪我になりかねなかったが油断も出来ない状況にクレイスも下降しながら様子を伺う。すると彼が地面近くで失速し、ゆっくりと降り立った後片膝を付いたのでこちらも間合いをとって地上へ降りた。





 「ハーデム様。その武器の力に流されてはいけません。どうかお気を確かに・・・」
「・・・はぁ・・・はぁ・・・き、君は・・・よくやってくれた・・・」
短い死闘ではあったが結果としてこちらが勝利を収めたのだろう。ハーデムがやっと会話の出来る状態に戻ったのも束の間、彼の皮膚は黒く変色していき、その表情から生気がどんどんと失われていく。
「ハ、ハーデム様?!」
「・・・わ、私の体は・・・毒に、侵されていて、な。この武器、の力で・・・何とか体を・・・保てて・・・」
そこまで聞いたクレイスは自身の判断に誤りがあったのだと気が付くと慌てて駆け寄ろうとするが彼はそれを手で制した。
「・・・よ、良い。これで、良いのだ・・・少年、君の名は・・・?」
「はい。僕は『アデルハイド』王国の王子クレイス=アデルハイドと申します。」
「そ、そうか・・・ならば何も、思い残す事はない・・・『ラムハット』を・・・ツァラー・・・を、頼、む・・・」
最後は深く納得したのだろう。苦しい中にも笑顔を見せたハーデムはこちらにそれを見せると体を溶かしながらその場で倒れ込んでいく。
そして骨と黒い武器の残骸だけを残してこの世を去るとクレイスはその遺言を心に刻み、二つに割れた黒い槍に遺骨、身に着けていた衣装や装飾品の数々を用心の為水球を展開して拾い上げると彼の作っていた小屋に向かった。

もしかして遺言書の類が見つかるかも、と少しだけ期待していたのだがハーデムにそこまでの余裕はなかったらしい。

中は本当に寝る場所くらいしか確保されておらず、食べ物などはどうしていたのだろう?と不思議だったがあれ程の力を保持していたのであれば野山にいる動植物を何でも狩り取れたに違いない。
とにかく国王の遺言をしかと受け止めたクレイスはこの事実をしっかり『ラムハット』に伝える義務が生まれたのだ。
「す、凄い戦いでしたねぇ?!お、お疲れ様でしたぁ!」
「本当に。人は見かけによりませんな。素晴らしい戦いでした。」
2人ともかなり距離があった分こちらの動きがよく見えていたのだろう。口々に賞賛してくれるが今は時間が無い。
「ありがとう。でも急ごう。」
クレイスは2人を馬ごと包み込める巨大水球を展開した後、王城へ向かう最中に先程のやり取りを説明すると2人は頷きながら考察を始める。
「毒、ですか・・・それで最後は溶けてなくなっちゃった、んですね・・・い、一体誰が?」
「それはもう長女次女のどちらかでしょう。長男もその手の方法で暗殺されたのではないでしょうか?」
「だね。それにしてもハーデム様が黒い武器を持っていたのには驚いたよ。これも後でヴァッツに渡した方がいいのかな。」

思った位以上に余力が残っていたのと急いでいる為、帰路は周囲の目など気にする事無く王城の中庭で降り立つと3人は周囲が目を丸くしている様子に目もくれずルサナの部屋へ向かう。
彼女達の隠し通路や部屋の探索は上手く行ったのだろうか。
そんな心配を胸に彼らが合流すると既にツミアと護衛の2人、そしてナジュナメジナもその場にいたので都合が良かった。
「只今戻りました。イルフォシア、そっちの探索はどうだった?」
「おかえりなさい。まぁその、やらなければいけない事は増えました。それよりクレイス様、その水球の中身は一体?」
下手な箱に入れるよりこちらの方が色々と安全だったのでそのまま持ち運んできたのだがまずはそれを長机の上においた後、ハーデムが生きていた事、毒に侵されていた事、その延命が黒い武器によって行われていたが同時に正気を失っていた事などを説明する。

「・・・そうでしたか。はやりハーデム様も毒に・・・」

そういえばいつの間にかイルフォシアだけは普段の蒼い衣装へ戻っている。更に毒という言葉で何か思い当たる節もあるらしい。
「クレイス様、本当にありがとうございます。父が身に着けていたこの衣装と遺骨、そして母の話と整合性は十分に見て取れます。後は反乱分子を抑え込みたいのですが・・・」
ツミアは深々と頭を下げ、いよいよ『ラムハット』を正常な状態に戻す準備は整ったかに見えた。
だが彼女は言葉を濁すと立ち上がって全員に深く頭を下げた後、再び座り直すと即位とその後について詳しく話を始めた。





 「母の話の通り、今この城内で私に味方をしてくれる存在など片手で数えられる程しかおられません。故にこれらを引き込むという最大の仕事が残っています。」
長女は縁戚関係から、次女は金品で派閥を形成しているという。これはイルフォシアも経験のない事案なのでほとほと困り果てているらしく、一人っ子で未だ王族の自覚に乏しいクレイスも言葉に詰まっていた。
何なら自分が『トリスト』に戻ってショウやザラールから悪知恵・・・策謀を聞いてこようかと考えたほどだ。
「・・・私の力を使えばサニア様の派閥はこちらに付くでしょうな。」
それをさらりと言いのけたのは他でもないナジュナメジナだ。元々彼は『ラムハット』への事業展開を約束にツミアへの協力を申し出ているのでここは信頼していいだろう。
「長女様の派閥ですが・・・多少ならお力添え出来るかもしれません。クレイス様、如何致しましょう?」
次いでウォダーフも目を光らせてこちらに促して来る。つまり感情を奪い取る事で心を離反させるということか。
ただ彼の力はかなり近づかなければならない上に何を奪えば自らの権力を手放そうとするまでの行動を取らせることが出来るだろう?
気になったクレイスは彼と共に席を立つと断りをいれてから隣室へ向かい、しっかり扉を閉めた後気配の感じない場所で静かに話を始める。

「ウォダーフ様、長女アハワーツ様の派閥は婚姻や欲情に振り切っています。そこからどのような感情を奪えばこちらに寝返るとお考えですか?」

「正直申し上げますと私の力だけでは不可能でしょう。ただ今回は人望のあるツァラー様が即位されるという話に大実業家ナジュナメジナ様の事業が関わっています。つまりお互いを思いやる感情、これを奪えば利を求める流れに変わるかと。」
「・・・・・」
やはり彼の力はある意味ヴァッツに匹敵する程恐ろしいものだ。つまり政略結婚の為とはいえ多少は芽生えている夫婦愛や、もしかすると純愛といったものまでも全てを奪い去って利のみで人々を動かそうというのだから。
「心が痛みますか?その感情を今ここで取り除きましょうか?」
「・・・いえ、結構です。その方向でいきましょう。その為に僕達は『ラムハット』までやってきたのですから。」
覚悟を決めたクレイスも強く頷いて皆の待つ部屋へ戻って来る。こうしてこの日は最後の準備を整える為にウォダーフを連れて王城内を練り歩くとあらゆる高官と接触してはその感情を奪って回るのだった。



それを終えてから城内外に明日急遽即位式を執り行う旨を伝えると流石に全員が大慌てで走り回り始めた。

ただこちらが感情や将来的に得られるであろうナジュナメジナの事業を匂わせなくとも心のどこかでツァラーを求めていた人物というのはある程度存在したらしい。
彼らは仕立てや下準備に笑みを浮かべて取り掛かっている。あとはイルフォシアに言われた通り、ルサナの様子を見るのと王妃への挨拶を含めてウォダーフに相変わらず引っ込み思案のノーヴァラットを連れて行くと意外な展開が待ち受けていた。
「あっ!クレイス様!うれしい!私の事が心配で足を運んで下さったのですね?!」
「うん。いつも難しい事を頼んでごめんね。初めまして、僕は『アデルハイド』王子、クレイス=アデルハイドと申します。」
イルフォシアも既に王妃へは自身の身分を明かしているそうなのでここは自分も包み隠さず名乗っておいた方がいいだろう。
彼女と違い厚ぼったい護衛兵の衣装はそのままにまずは跪いて深く頭を下げるとオンフは慌ててすぐに面を上げるよう懇願してきた。
「よしてください!これからを担う若き希望に頭を下げられる程私の度量は大きくありません!」
逆に王妃の方が座ったままだが深く頭を下げてきたので双方がその仰々しいやり取りに思わず笑い合う。どうやらイルフォシアの言う通り娘思いの母親らしい。
それよりも皆が気になっていた鳥頭のウォダーフに自身の片腕でもある副将軍のノーヴァラットを紹介すると5人は椅子に腰かけて早速明日の話を切り出した。

「それにしても突然すぎて。私もまだ詳しいお話は聞いておりませんが、夫はやはり・・・?」

「はい。毒に侵された体を維持する為に正気を犠牲に今まで生きて来られたようです。そしてその力は制御出来ず、近づいて来た者を片っ端から斬り伏せるといった状態でした。」
その話を聞いて驚愕よりも寂しい表情を浮かべていたオンフは浅く頷いて目を閉じる。本当は心の何処かで生きていて欲しかった、生還を期待していたに違いない。
クレイスもそれを成し遂げられなかった自身の未熟さに沈痛を抱くがルサナからは珍しく控えめにこちらを慰めてくれるのだった。





 それから暫く静かなやり取りが続いた後、いよいよ本題に入る。
「まずハーデム様からの遺言は間違いなく『ツァラー様の王位を認める』という旨のものでした。これは我が父キシリングに誓って間違いありません。」
こういう場合、王族の発言力は強い。これがもしノーヴァラットが聞いた物だと告げれば半信半疑で話が先に進まなかった可能性すらある。
「・・・わかりました。でしたら私も明日に向けてしっかりと準備を整えなければ。」
王妃も寂しい気持ちを切り替えると目に力を宿らせて宣言する。これなら万事うまくいきそうだとクレイスも期待に胸を膨らませていたが相手からもいくつか報告があるらしい。

「そうです!クレイス様、これを見て下さい!!」

その内容がルサナからだとは思わなかったが彼女はとても緊急というか、珍しく深刻な表情で召使いに小皿を持ってきてもらうと皆の前にある円卓に置いた。
「・・・何これ?」
「毒です!!」
見た所無味無臭でただの水としか思えない。それが薄く入っていたので尋ねるしかなかったのだが即答から今度はこちら側がぎょっとする。
「ま、ま、まさか・・・ルサナちゃん・・・こ、これを使って誰かを、あ、暗殺ぅ?!しようと考えてるのぉ?!」
「そんな訳ないでしょ?!ねぇクレイス様、いい加減ノーヴァラットを一回ぶん殴ってもいいですか?この状態だとお話にならないので!」
彼女は既に普通の人間とは違う力をもっている為、そんな事をさせると部位が吹っ飛びかねないし、そもそもいくら冷静沈着な家庭教師兼副将軍に戻って貰いたいからとその案を通す訳にはいかない。
ひとまずそれをきつく禁ずるとクレイスは改めて目の前に置かれた毒の説明を請う。

「・・・これは毎日私が食している料理の中に混在されていたようなのです。」

「えっ?!と、いう事は・・・」
「そうなんです!!未だ王妃様は誰かから毎日毒を盛られ続けていたらしいのです!!」
今までルサナはかなり頼りになる存在ではあったがまさかそこまで高い能力を保持していたとは。驚きつつまずはその功績を大いに褒め称えると話の続きが始まった。
「王妃様が毒で生死の境をさまよった話は私もイルフォシアと一緒に聞いてはいたんです。そして今日の夕ご飯の時、誰もオンフ様の毒見をしなかったのが不思議だったので私がやったんですよ。」
「私には信頼出来る人間など少数しかいなかったので疑いもしなかったのですが・・・どうやら弱毒を未だに毎日盛り込まれていたようでして。それが理由で足腰が回復しなかったのではと言われました。」
「そ、そうだったんですか。それにしても凄いね?弱毒って事は味の変化やちょっとした体調不良で判断したの?」
「はい!何せ私は元『血を求めし者』ですからね!異物には敏感なんです!あ、あと王妃様のお許しも得て彼女の体内にあった毒も抜き取りました。それらがこの小皿なのです。」
もしかして今回の勲功第一位はルサナかもしれない。姉妹や国王の部屋を調べる時も大活躍したそうなので改めて彼女に感謝を述べるととても嬉しそうな表情で微笑んでいる。
王妃の体調や立場も考えると明日の即位はより重要な意味が出て来た。王族が命の危険に晒される国家体制を何としてでも変えなければならないだろう。

「とにかくルサナ、全てが終わるまでオンフ様の護衛をお願いね。僕達も後顧の憂いを残さないよう見落としているかもしれない部分をもう一度洗い直すよ。」

そう告げたクレイスは立ち上がって退室しようとした時、イルフォシアがいないのをいい事にルサナが遠慮なく抱き着いて来た。
いや、むしろいつもより遠慮しがちな優しい接し方だったので意外という理由で驚いたがその顔は完全にこちらの胸に埋めていて表情は見えない。
ただ彼女のこんな姿は『血を求めし者』に体を乗っ取られる以前に数回見た記憶しかなく、何か感じている部分があるのだろうと思い、クレイスもその頭を優しく撫でて別れを告げたのだが。

「クレイス様、退室される前に1つお話が。」

またしてもウォダーフがそのわかりにくい表情から提案してきたので4人が再び座り直すと今度は召使いや衛兵を含め全員が完全に排除された空間での話し合いへと進んでいった。





 オンフだけではない。他の者も既に話せる事は全て終えたはずだと不思議に思ってはいただろう。
「オンフ様。失礼ですが貴女の感情の奥底からは深く大きな猜疑心が見て取れます。」
しかし彼は相手の感情をとても機敏に感じ取れる。ここに来るまで既に何度か目にしていたので決して虚言ではないはずだ。
同時に王族夫妻が毒を盛られて大いに苦しんだ話も聞いていた。故にそこからくるものだと容易に想像出来るはずなのに何故再び口に出したのだろう?
そこの部分だけは合点のいかなかったクレイスはどちらに声を掛けるか、様子を見るか、口を開くのを待つかで悩んでいるとそこは流石王妃だ。

「猜疑心・・・それは此度の食事に毒を盛られていたから再び芽生えたものだと思います。このような環境でさえなければもっと人を信じられるのに・・・」

「そうですか・・・そうですね。申し訳ございません。分かりきってはいた事なのですがつい気になってしまって。さぁクレイス様。今度こそツミア様の待つお部屋へ戻りましょう。」
ウォダーフの方も納得して退室を促すとほっと胸をなでおろす。わざわざ人払いまでしたので何かあるのかと思ったが杞憂だったようだ。
「では失礼します。ルサナ、オンフ様をお願いね。」
「はい!」
最後は力の入った元気のある返事を確認すると今度こそ王妃の部屋を退室する。残るは後宮の愛妾達へ接触してアハワーツによって僅かな絆を生んでいた感情を摘み取って回ると根回しは完了だ。
すっかり夜も更けた頃、クレイス達の帰りを待っていたイルフォシアはツミアの部屋に戻った3人に頭を下げて労いの言葉をかけてくれた。

「遅くまでお疲れさまでした。それで、王妃様の方はいかがでしたか?」

まるで自宅に帰って来たかのような安心感に緊張の糸が緩んだクレイスは思わず彼女を抱きしめそうになったが周囲の目がある以上それを実行する訳にはいかない。
「うん。また色々とわかった事があるんだ。とりあえず食事をしながらでいいかな?」
自身はともかくノーヴァラットや特にウォダーフは先々で術を使ってくれていたのでかなり体力が消耗していると考えてだ。
そう思って皆から了承を得ると彼は早速厨房に入って自ら料理を始めた。今更かもしれないがこれはオンフとの会話から用心を考えての行動だ。
それに最近自分で腕を振るっていなかったので腕が落ちていないかも気になっていたのと、唯一の趣味でカズキのように子供の頃から体が覚えている料理こそ心を鎮める最もよい方法でもあるのだ。

来賓扱いにも関わらず嬉々として厨房に立って料理を作り、召使い達に運んでもらった後クレイスも最後に席に座るとやっと夕飯が始まった。

「では私の方からご報告を。現在サニア派で金と権力に執着の強い方々はほぼこちらへ引き込めました。」
さらりと言ってのけてはいるものの彼は特に何の能力ももたない商人だ。といってもその保有資産は文字通り桁が違う為、その辺りを駆け引きに使って引き込んだのだろう。
「僕の方も後宮で根回しを終えたので後は明日になれば、といった所です。あと王妃オンフ様なのですが、どうも未だに弱毒の料理を仕込まれていたみたいでして、それをルサナが取り除く事で大きな信用と安心を得られたかと思います。」
「な、何ですって?!まだ毒を盛る連中が御傍にいたなんて・・・私が直接お会いした時にはそんな気配を感じなかったのですが。」
イルフォシアは落胆していたがこればかりは食事に同席しないとわからないだろうし同席しててもわからない可能性が高いはずだ。
それをクレイスが慰める事でその話は終わり、後は明日の即位に向けて体調をしっかり整えるくらいだと考えていたが自室に戻ると早速扉が叩かれる。

するとそこには相変わらず表情の読みにくいウォダーフが立っていた。

恐らく2人だけの話があるのだろう。まずは周囲を確認してから中に通すと2人は向かい合って座り、彼の方から嘴を開いた。
「クレイス様、私は今回ショウ様からクレイス様の御希望に沿うよう術を使えと仰せ仕ってまいりました。しかし・・・」
「・・・もしかしてオンフ様の事ですか?」
「・・・オンフ様とツミア様ですね。」
もう1つ意外な名前が出て来た事ですぐに察したクレイスはより注意深く周囲を警戒する。そして魔術をも展開して誰も潜んでいないのを確認すると彼は詳しく説明を始めた。





 「それはやっぱりオンフ様が毒で苦しんでいる間、監獄に入れられたままのツミア様を助け出す事が出来なかった件による禍根、でしょうか?」
「・・・クレイス様。私の読み解く感情は漠然としたものではないのです。例えばクレイス様がとてもイルフォシア様を愛していらっしゃる事だけでなく、ルサナ様、ウンディーネ様、ノーヴァラット様にも大きさこそ劣りますが似た感情を抱いておられる事などもはっきりとわかるのです。」
「・・・・・」
本当に良かった。これをイルフォシアに聞かれでもしたら今後彼女とは肌に触れあう所か口もきいてくれなくなるかもしれない。
ただウォダーフの発言によって若干の疑問が生まれた。確かにイルフォシアを誰よりも愛しているが、規模こそ違えどそれを他の異性に向けているのかと尋ねられたら間違いなく首を横に振る。
14歳という若さから無自覚という可能性に辿り着けず、彼の的外れな指摘にその能力への信頼が揺らいでしまっただけだ。
しかしそれを今問答する場面ではないのは間違いない。ウォダーフは『ラムハット』の王妃と王女に関して何か引っかかっているからこそ、こんな時間に腹を割って相談しにきたのだから。

それでもイルフォシアへの愛が気になって仕方ないクレイスは彼がこれから話そうとしている内容に集中できる自信がなかったので整理の意味も続けて黙っているとウォダーフは徐に立ち上がって本棚へ向かった。
そしてそこから薄い本を取り出すと再び座り直して机の上に広げて見せる。
「・・・これは・・・?」
「はい。『ラムハット』王族の家系図です。」
イルフォシア達はツミアに見せて貰っていたので知っていたがこの時初めて見たクレイスは横に並ぶ名前の数々に若干驚きつつ、何故彼がこれを拡げて見せたかの意図がわからなかった。
だがウォダーフは感情を読むのが得意なはずなのにこちらの心情を全く無視して指を指しながら説明を始める。

「良いですか?ここに王妃オンフ様がおられまして。彼女はツァラー様に強い猜疑心を抱かれておられます。」

最初聞いた時は意味が解らなかった。彼女は毒に侵された体を克服して監獄に幽閉されている娘を助ける為に東奔西走したと聞いていた。
なのに何故ツミアにそんな感情を抱く必要があるのか。

「そしてツミア様もまた、オンフ様に更に強い猜疑心を抱かれておられるのです。」

「・・・それはやっぱり、監獄での出来事が原因じゃないかな?親子なんだし・・・そうだね。明日はこっそり2人の猜疑心を取っ払ってあげようか。」
これは彼女達に知らせないまま、水面下でわだかまりを取り除くべきだと思って提案したのだ。お互いが許し合おうとしているのもイルフォシアやルサナから聞いていたから。
ところがウォダーフは再び耳を疑う発言をしてくるのでクレイスの思考は白く染まっていく。

「クレイス様、お二人の持つ猜疑心は質が全く違います。オンフ様はツァラー様に抱くそれは不安からくるもの、そしてツミア様がオンフ様に抱くものは憎悪からくるものなのです。」

「・・・待って。待って待って。そんなはずないでしょ?だってオンフ様は毒に侵されて1年以上満足に食事もとれなかったんだよ?ツミアも事情はよく知ってるはずだし。」
「はっきりと申し上げましょう。このままツァラー様が戴冠式、及び即位されれば今度は王妃様との激しい対立が生まれると予想されます。」
「何でそんな事になるの?!あの2人は親子でしょ?!もし仮にツミア様が憎しみを抱いているとすれば2人の姉しかいないじゃない?!」
「そこなのです。問題は。」
クレイスからすれば今までのやり取り全てが大問題なのだが彼は一体何を伝えたいのだろう。理解が追い付かない為の困惑と苛立ちが思考をより混乱させていくがウォダーフも自分より大人な為、言葉を選びながらその謎を告げる。

「ツミア様が恨みを持つ者達全てを読み上げます。まず長女アハワーツ様、次女サニア様、王妃オンフ様、そして国王ハーデム様。」

家系図を持ち出したのはこの為か。一人一人を指さしてわかりやすく教えてくれたのだがもう何も理解出来ない。
いや、1つだけ考察しなければならない事がある。それはウォダーフの能力だ。彼の力を眼前で確かめはしたものの果たして相手が誰を恨んでいるかまでわかるものだろうか?その発言を信じていいのだろうか?
だが自分の気持ちにすら気が付いていないクレイスにそれを確かめる手段はなく、そこからしばらくは無言でその家系図を眺め続けるしか出来なかった。

コメント

コメントを書く

「ファンタジー」の人気作品

書籍化作品