闇を統べる者

吉岡我龍

綻び -亡骸-

 クレイス達が城外で遂に糸口を見つけて行動に移し始める前、城内ではツミア達の護衛として3人が隠し通路のある場所にやってきていた。
「えーっと。この辺りのはずなんだけど・・・私の魔術でわかるかな?」
そう言いながらウンディーネが壁や床にばしゃりばしゃりと水を打ちかけるよう魔術を展開すると赤い絨毯から少しはみ出た場所に筋のような動きを見せる。
「なるほど地下か。床石・・・を持ち上げればいいのかしら?」
そこはお城の一階部分で基礎工事の上に床石が敷いてあるはずだ。そして細工された床板を外せば地下へ続く通路が作られている、と考えるのが一般的だろう。
ただ見た目では絶対にわからないようになっている為普通はこれを持ち上げる仕掛けも一緒に併設されている。でないと取っ手も無い床石を人力で持ち上げたりする事は不可能なのだ。
「ここは・・・確かこの像を下に押し込めば・・・」
ツミアも長年王城で暮らしていたのである程度そういう知識を持っていた。なので皆で手伝ってもらおうと思っていたらしい。

ずずんっ

ところがこちらに声を掛けようとした矢先にイルフォシアが赤い絨毯をぱっとめくって細い指でそれを簡単に持ち上げると、若干の音はしたものの地下への通路が現れたのでいろんな意味で驚いていた。
「どうしよう?どっちが行く?」
ちなみに調査候補はルサナとイルフォシアだ。彼女達なら相当な難敵でない限りまず不覚を取らないだろうといった理由からだ。
「それじゃ私が行くわ。誤魔化すの苦手だし夜目もきくし。」
「じゃあ私はこの床石の下に水球を展開しておくから戻ってきたら触れてね。周囲の安全が確認できたらこっちから開けるの。」
「ルサナ、貴女の事だから命の心配はしないけど必ず何かを持ち帰ってきて。重要性は後で調べれば済む事だから。」
「了解。」
流れるようなやり取りにツミアからも安堵の表情が見える。だがイルフォシアとしてはクレイスの為とはいえ犬猿の仲である彼女とてきぱきしたやり取りには若干のもやもやが残っていた。
それでもルサナが音も立てずに中へ入っていくとこちらも今度は静かにそれを塞いで絨毯を整えなおす。後はいらぬ疑いを掛けられぬよう別の場所で朗報を待つだけだ。
「さて、それじゃもう1箇所の入り口を探しておきましょう。」
こうして王女とその親衛隊達はナジュナメジナが第一第二王女を釘付けにしている間、自由に城内を探索していたのだがしばらくして最初の隠し通路からルサナが蜘蛛の巣や埃まみれで帰って来ると2箇所目はイルフォシアが行く事になった。



「まさかあんな場所だったなんて・・・王城って隅々までお手入れされてるんじゃないの?!」

一度ツミアの部屋に戻った4人は彼女の愚痴を聞きつつ拾ってきた金属の欠片をじっくり眺める。
「隠し通路とは有事且つ最悪の事態にしか使わないので普通は王族しか知らない存在なのです。そんな秘匿の場所を一般の召使いが掃除に入れる筈がないでしょう?」
ルサナが湯浴みして埃を落とし、衣服を一式着替える間にツミア達も金属について考えたり調べたりするが特に重要なものではなさそうだ。
「大した素材でもありませんし何より腐敗具合からみても工事に使ったつるはしや道具の破片かな?と思います。」
「えぇぇぇ~結構頑張って見つけてきたのにぃ・・・はぁ~」
「しかし部屋はあったのでしょう?本当にこれだけだったのですか?」
「うん。部屋って言っても横穴みたいな感じて扉も何も無かったわ。でも2箇所目を志願するなんてあなたも変わってるわねぇ・・・あ?!もしかして私の捜査能力を疑って?!嫌味みたいな感じなの?!」
「そんな訳ないでしょう。ただ貴女が二度も酷い姿になるのを見ていられないだけです。」
「そ、そう・・・ふ~ん・・・?」
ウンディーネだけは若干頬を緩めて見守る姿を捉えたが今は誤魔化している時間も惜しい。彼女達は恋敵であると同時に仲間でもあるのだからここは協力が最優先だ。
それに実際こんな汚れた仕事を一方的に押し付けるのもイルフォシアの性格が許さなかった。

こうして再び準備が整った4人は二つ目の隠し通路に繋がる場所に到着する。

だが今回は隠し扉になっていて、しかも今度はツミアが先に像を真下に深く押し下げる事で重い扉が開く仕組みを教えてくれていた。
「あれ?もしかしてここの場所も知ってたの?」
ウンディーネが彼女らしい素朴な疑問を投げかけたがそうではないらしい。
「いえ、王室からの逃走経路も同じような仕組みなものですからただの予想でした。しかし隠し部屋の存在意義は教えられていません。イルフォシア様、お気をつけて。」
「はい。じゃあ皆、後はよろしくお願いしますね。」
それからイルフォシアは先程の反省点を生かすために頭から被れる外套と蜘蛛の巣駆除用の松明を持ち込んで中に入ると後ろでは扉が閉まる音が聞こえていた。





 1箇所目はルサナ任せだったので比べようが無いのだがイルフォシアの担当する場所はかなり狭かった。
恐らく壁と壁の間を通っているのだろうが傾斜を下る地面の様子からこれも地下に伸びているのだろう。
蜘蛛の巣が焼ける匂いに埃まみれの場所は確かに命の危険が迫っている時のみ使用するもので平事に好き好んで足を運ぶ場所では断じてない。
ルサナがぼやいていた気持ちを思い返しつつ、その様子を今更おかしく感じたイルフォシアはくすくすと笑いを堪えて先に進むとどうやらこちらにはちゃんとした部屋があったらしい。
正面には朽ち果てた木々の残骸があり、そこからむこうが部屋になっている様子を見て取ると念の為と警戒を高めた。

それから誰の気配も感じないのを確認すると、まずは扉の破片を拾い上げて小さな布袋に入れる。

その後室内に足を踏み入れつつ何かあって欲しい、何があればいいのだろうと考えていると早速見逃せない光景が目に飛び込んできた。それは部屋の中央に崩れ落ちるような、少し歪な体勢で白骨化した遺体だった。
「あった・・・けど、これって・・・」
ルサナのように夜目が利く訳ではないのだが少なくとも小柄な亡骸で、身に着けている衣装はかなり豪奢な女性の物だとわかる。
一体どういった経緯で亡くなったのか。それも調べるべきだろうが・・・イルフォシアは悩みながら他に何かないか部屋の隅々まで探した後、自身が羽織っていた外套を脱ぐとそれに彼女の遺体と衣装を包んで出入口に戻っていった。



結局ルサナと同じような埃塗れの状態で帰って来たイルフォシアもそれらを洗い流した後、再び野暮ったい護衛兵の服に着替えるとツミアの部屋では既に検死が始まっていた。
中身である骨は長机にきっちりと並べられており、その隣にもう1つ長机を並べて汚れと血痕の付いた衣装を置いている。他に片手で数えられる程の装飾品からこれを身に着けていた人物はかなり慎ましやかな性格だったのか身分がそれほど高くなかったかのどちらかだろう。
「白骨化してるって事は随分昔なの?」
「・・・どうでしょう?」
「・・・所々砕けてるから相当な重傷だったとは思うんだけど・・・あ、やっと戻って来た?!」
「お待たせして申し訳ありません。では詳しい状況を説明致しますね。まず通路の奥には扉のついた部屋が1つあり、恐らく女性の遺体が残されていました。他に確認した所だと扉の破片くらいです。」
そう言って革袋から木の破片を取り出して装飾品の傍に並べるがイルフォシアから見ても白骨遺体だけではルサナと同程度の感想しか出てこない。
「・・・拷問された、とか?」
「それにしては衣装が綺麗すぎます。血痕は残っているので怪我の類でしょうか?」
若干破れた部分があったり大きめの血痕らしき跡はあるものの、直接的な死因は分からず仕舞いだった。そもそも彼女達が求めていたのは国王に関与する者であって今回見つけられた遺体は想定外なのだ。
「ツミア。この人って誰かわかるの?」
「・・・身に着けている装飾品から考えて・・・いえ、不確定すぎて私の口からは何とも・・・」
ウンディーネの質問に答える術を持たないツミアも悩みながらいくつかの可能性を口に出しては否定を繰り返す。それでも1つだけ断言出来る事はあった。

「これは国王様じゃない。それは間違いありませんよね?」

「・・・そうですね。この方には申し訳ありませんが今回は後回しです。」
正体不明の遺体は4人の見解からも後で調べてしっかり弔う方向で話がまとまると大きな箱へと丁寧に仕舞われる。
こうなると後は外回りから調べているクレイスに期待する他ないのだがイルフォシアも王女であり今回は遊びに来た訳ではない。
「さて、それじゃ次はどこを調べましょう?」
これ以上『ラムハット』という国が疲弊していくのを何としてでも食い止める為に出来る事はまだ残っているはずだ。
「・・・それでしたら・・・ナジュナメジナ様が姉達と談笑している間に彼女達の部屋を調べてみたい、です。」
そこにツミアからかなり危険な提案がされるとイルフォシア達は驚いて顔を見合わせるが迷う時間が惜しいのと手がかりが欲しかった為、早速行動に移すのだった。





 「さて。それじゃ私がさくさくっと終わらせちゃいましょう!」
「言っておきますが絶対に、絶~っ対に殺してはいけませんよ?!あなたの吸血能力はかなり危険なのですからね?!」
自身も昔かすり傷から意識を刈り取られる経験をしていたのできつく釘を刺していたのだが彼女はわかってくれているのだろうか?
ルサナはまるで自室に戻るかのような様子で次女の部屋に入ると多少誰かが倒れる音がした後すぐに扉の隙間から手だけを覗かせて招く素振りをする。
その合図に残った3人は滑り込む様に中へ入るとあの一瞬で召使いや衛兵達から僅かな傷で血を奪って気を失わせたらしく全員がその場に倒れ込んでいた。
「・・・ルサナ?殺さないようにといったのにこんなに冷たくなっているじゃないですか?!一体どれだけの血を奪ったのです?!」
念の為近くの召使いの体に触れると死体と勘違いする程冷たくてついイルフォシアは怒りを露にするがそれに対して彼女の方は軽く受け答えしてくる。
「だってそれくらい奪わなきゃ普通気なんて失わないのよ?そんな事より急いで。目を覚ますのにも個人差があるからそんなに時間はないわよ!」
そう言われるとこちらも無用な問答などしていられない。ツミアも急いで調べたい箇所に足を運ぶので他の面々も室内にある鍵の付いた箱や机の中を漁って何かしらの情報がないかを探し回った。

「何かこの人、宝石とか貴金属ばっかり持ってるの。」

ウンディーネは水の魔術を使って鍵をさくさく開けては中身を確認していたのでそういった物ばかりが目に留まったのだろう。
「あの人はお金に目がありませんから。彼女の派閥も全て金品で買収しているはずです。」
何でも第二王女サニアは自分の味方になる人物、もしくは金を持つ人物に役職を売り付ける事でその権力を拡大しているらしい。
対して第一王女アハワーツは自身を含め、主に性欲を掻き立てたり血縁関係を結ばせることで派閥を形成しているという。
「・・・国の内情にも色々あるのですね。」
『トリスト』では到底考えられない、いや、周辺国でもここまで内部で対立している国が無い為呆れるような同情するような声を漏らす。
そんな中ツミアが彼女の部屋にある逃走経路を作動させると皆が驚いて集まりその中を覗き込んだ。
「・・・ここも使われた形跡はなさそうね。」
ルサナが指から紅い爪を伸ばして蜘蛛の巣を搔き切った後、中をじっくり確かめてから判断したので間違いないだろう。

だが何故彼女はここの通路を作動させたのか?

若干の違和感を覚えたイルフォシアだったがその作動方法は本棚にある偽装された本を1つ押し込む事で動く仕組みだったようだ。
そして再び本棚が元の位置に戻るとツミアは意外な事をお願いしてくる。
「どなたか本棚の仕掛けをバレない様に裏側から破壊する事は可能でしょうか?」
答えはすぐに見つかった。つまり彼女は来たるべき『粛清』の時をも考えて行動しているらしい。
「はいは~い!それじゃ私が・・・えいっ!」
鍵を開けては金品ばかりでうんざりしていたウンディーネが喜んで挙手しながら手をかざすと本棚の裏で妙な破壊音が聞こえた。

「さて、次はアハワーツ様のお部屋に参りましょう。」

今回もろくな情報は入手出来なかったが未来へ向けての布石が打てただけでも大きな一歩かもしれない。
3人もツミアの提案に反対する様子もなく、更に周囲が目を覚ましてないのをしっかり確認した後静かに部屋を後にすると再び室内の鎮圧はルサナに任されるのだった。





 こちらは次女の部屋と違い、無駄に装飾品や妙な匂いで満たされていた。
恐らく媚薬かそれに近いものを常に焚いているのだろうが、これには全員が顔を顰めながら早くこの場を離れたい為に急いで探索を進める。
「何でもいいんです。父が書いた書簡や関する書類、身に着けていた物でも・・・」
ツミアも懇願しながら探すが同時に先程と同じく別の目的も達成しようとしているのか、あらゆる本棚に彫像なども調べている。
そしてこの部屋も同じ仕掛けによって逃走経路の出入口を隠していたようだ。
なのでこれもウンディーネの魔術により破壊されると最低限の目的は達成されたが依然足取りらしきものは見つからない。

「・・・やはり国王の部屋を直接調べるしかありませんね。」

監禁されてるにせよ暗殺されてるにせよ4年もの間何も手を入れられずに放置されているとは考えにくい。
だが王女達の見落としや国王が誰にも見つからないような場所に大切な文書を隠している可能性はあるはずだ。
奇しくもクレイスと同じような覚悟を決めた彼女達は今日明日にでも決着を付ける勢いで件の部屋に足を運ぶとここには部屋の前から衛兵が立っていた。
それでも彼女達の力を使えば大したことは無い。今回もルサナが紅い爪を伸ばして一瞬で意識を刈り取ると同時にイルフォシアが倒れる音が響かないよう2人の衛兵を瞬時に支えてその場に座らせる。
後は室内だがここも今まで通り、まずはルサナに入って貰った後に3人がついて行く流れで問題なく事は進むが一行は別の意味で驚かされた。

「・・・随分綺麗ですね。」

中はきちんと手入れが行き届いており、こちらにも何故が数名の衛兵が配置されていたらしい。
その様子だとまるで普段から誰かが使っているような、そんな錯覚に囚われるが唯一違和感のあった部分として召使いが一人もいない点だろう。
「では早速探してみましょう。」
しかしそれを考えるのは後だ。まずは気が付かれないうちに国王の生死がわかるもの、遺言書の類があれば尚好ましい。
限られた時間の中、それらを必死に探すが残っているのは公務に関する古い書類ばかりで国王の所在に関する情報は何も出てこなかった。

ただ1つの発見を除いては。

ごごごごご・・・

ここは国王の部屋なので当然逃走経路が伸びている。それをまたツミアが開閉して確認するとルサナが爪を伸ばしてすぐに違和感を口にしたのだ。
「あれ?ここだけ他と違うわね。最近ではないけど誰か使った跡があるわ。」
「えっ?!そ、それは?!」
初めて得た手がかりにツミアも前のめり気味に尋ねるがイルフォシアの見た感じだと他の通路との違いはわからない。
「新しめの足跡が見えるのよ。えーっと、皆にはわかりにくいかな?」
悩ましい様子でどう説明すべきか考えていたルサナだったがここで彼女の能力を解放するとその足跡部分に血液を垂らして皆にも確認しやすい形にしてくれる。
大きさから男性のものであり部屋から出て行った足跡しか存在しないのと、この通路の存在を知る人物であれば国王その人しかいないだろう。
「ど、ど、どうするの?!どうするの?!」
初めて得た有力な情報にウンディーネがわくわくした様子を隠さずに喜んでいたが決定権はツミアにある。
「・・・ルサナさん。申し訳ないのですが今一度蜘蛛の巣と埃塗れになっていただいてもよろしいでしょうか?」
「うん!任せて!さっきイルフォシアがやってた方法ならそんなに汚れなくて済みそうだし!」
「よろしくお願いします。あ、あと今回は城外まで出て頂いて、そこから更に痕跡があれば辿って頂けませんか?私が城外に出ると姉達から怪しまれるので。」
それからすぐに外套に身を包み、松明を手にしたルサナはまたも流れるような動きで中に入って行く。だが今回はその出入口の仕掛けを壊す事無く部屋を後にすると彼女の報告を待つ為に私室へと戻るのだった。





 しかしツミアには思う所があるのか、ウンディーネに留守を頼むとイルフォシアと2人で再び行動を開始する。
「ツミア様、私には加減が難しいのでルサナのように召使い達を同時に昏倒させるのは・・・」
「いえ、今から向かう場所は恐らく問題ないはずです。」
先程の発見で張り詰めた空気が漂う中、2人が向かったのは一番最初にクレイスとツミアが入れられた上階の監獄みたいな部屋の跡地だった。
イルフォシアも詳しく聞いていないが部屋の外に開く大穴や鋼鉄の扉が吹き飛んでる様子からこれらは彼の魔術によるものとみて間違いないだろう。
現在そこには穴を塞ぐ職人達しかおらず、何故ツミアが再びここを訪れたのか全くわからないイルフォシアはただ黙って付き従っていると彼女は壁や床、そして周囲にある装飾品などを軽く調べ始めたのだ。
監獄のような部屋の前で首をくるくる回しながら四方八方に目をやる様子は何かを探しているようにしか見えないが一体何だ?
つられて周囲に目をやるもこの場所は王城の3階部分の角部屋にあたり、悪い意味で特別な場所らしく凝った造りのものは何も見当たらない。
本当にここだけは完全な監獄だわ、と改めて感じているとツミアは中へ入り、更に念入りに調べ始めるのでイルフォシアは不安を覚えたが職人達と何やら談笑した後すぐに退室してきた。
「あの、ツミア様。ここには何を求めてこられたのでしょう?」

「・・・私は国王が行方不明になられてからこの場所へ監禁されました。2年もの間、です。」

監獄の奥と手前ではそれぞれ職人が作業をしているので突然の告白にどきりとして思わず後ろを振り返ってしまった。
これは自分に語りかけてるのか、ただ呟いただけなのか。そんな線引きも曖昧な会話はイルフォシアの心配を置いて更に続いていく。
「・・・そして2年前、とある御方のお蔭で私はこの城から逃亡を果たし、隣国『ジョーロン』の召使いとして内密に働くようになったのです。諜報という活動を条件に。」
一応監獄を背にしている為一生懸命働いている彼らには聞こえていないか?ツミアが何故今更身の上話を聞かせ始めたのかよりもそちらが気になって仕方なかったがそれはまだ続くらしい。
「・・・その御方の為にも私は・・・」
気が付けば彼女の顔から生気は失せ、目も虚ろで糸の切れた操り人形のようになっている。
もし傍にいるのが他の人物であればこの状況にかける言葉も行動も起こせなかっただろうが、幸いイルフォシアも王女であり自然と誰かを導く生き方をしてきた。

「まずはお部屋に戻ってルサナの帰りを待ちましょう。」

2年間の監獄生活によって精神が蝕まれたのは想像に難くない。そしてこの話は恐らくクレイスにもしている筈だ。だから彼は大穴を開けて外へ飛び出し、違う場所で一夜を過ごしたのだろう。
僅かな嫉妬心を増長させたくなくて触れないでいたがこれは一度話をしっかりと整理しなければならないかもしれない。
イルフォシアは彼女の手を取り素早くその場を後にする。しかし過酷な昔話をする為だけにツミアはここを訪れたのだろうか?
いや違う。彼女は何かを探していた。話の内容が全て事実であるとするならば決して近づきたくもない場所にわざわざ自ら足を運んで、だ。
一瞬悪寒が脳裏を過るが今はツミアの心を楽にさせる事が先決だろう。
2人が重い足取りで何とか来客用の私室に戻るとそこには探索を終えたばかりの薄汚れたルサナと長椅子でごろごろしていたウンディーネの酷い対比が目に飛び込んでくる。
「ルサナ、どうでした?」
「駄目ね。流石に屋外の足跡は見つけられなかったわ。でもあの隠し通路を通ったのだけは断言出来るんだけど・・・ツミア様、どうしたの?」
それでも手がかりとしては十分なはずだ。ツミアを椅子に座らせてルサナが再び着替えて戻ってくるのを待つ間、国王が生存しているであろう事とあの監獄に関わる人物について考えているといつの間にか日が傾き始めていた。





 城外へ出たというクレイスが未だ戻らないのも気になっていたがイルフォシアはもう1つ、絶対に重要な手がかりを持っている筈の人物とツミアの言っていた人物が同一人物の可能性を考える。
いや、間違いなく深い関係なのに未だ姿も名前も出てきていない事から察するべきなのかもしれない。
日暮れまでまだ時間はある。隠し通路関連も全て調べ終わった今、そこにも踏み込むべきだろう。

「ところでお母様はどちらにおられるのでしょう?」

母というのは子を産む時や産んだ後に死別する可能性もあるので再び彼女の心の傷を抉るような言動にも繋がりかねない。
むしろ愛妾の長女次女に長男らがここまで幅を利かせている事を考えると既に他界されていると捉えるべきだが、だったら猶更王妃の部屋を調べに行かない事への疑問が拭えなかったのだ。
「・・・恐らく自室におられるかと・・・」
「えっ?!?!」
ところが返答を聞いて一番驚いたのがイルフォシアだったらしく、その様子を見たルサナとウンディーネは不思議そうにこちらを眺めていた。
何故向かわなかったのか?と問い詰めるのは野暮だろう。彼女にはこちらが知るだけでも相当複雑な環境で育って来たのだから。
極端に仲が良いのか悪いのか。監獄から助け出したのは王妃という考えもあるし、わざと2年間放置されたという考え方もある。
ただ破壊された監獄を調べ終えてからのツミアは明らかに様子がおかしい。心ここにあらずという状態で探索を続けて大丈夫だろうか?
「・・・そうですね。王妃の下へ向かうのが当然ですよね・・・」
「何々?仲が悪いの?」
ウンディーネの直言に思わず平手を飛ばしそうな程感情的になりかけたのは他でもないイルフォシアだったがツミアは寂しい笑顔を零す。

「あまり良い仲ではありません。もし私が長男であればまた違う未来があったのですが・・・」

その内容に再びイルフォシアだけは深く納得するが他の2人はあまり意味が分かっていないらしい。しかし今それを口に出して説明出来るほど鈍感ではないのでここは流しておこう。
「では私とルサナで探ってきましょうか?」
親子関係の良し悪しはともかく王妃とは国王の正妻なのだからその失踪に関与、もしくは何かを知っている可能性は大きいはずだ。
なので折衷案として提言してみるとツミアは徐に立ち上がり、本棚の中から1つの薄い本を取り出してこちらに戻って来る。
どうやらそれは家系図のようだ。机の上に開くと皆も視線を向けるが同時に少し驚いた。
「母はオンフ。他は全て愛妾です。」
「いや多くない?!」
ルサナの突っ込みも当然だろう。そこには王妃の名前とは別に10人もの愛妾の名と子が記されていたのだ。子に至っては全員で23人にも上る。
ただここでも王族であるイルフォシアがすぐに違和感を覚える。まず1つ目は『ラムハット』という小国にしては囲う妾が多すぎる事、そして子に限っては暗殺された長男以外全てが女子だった事だ。
「こ、これは・・・」

「はい。現在長女アハワーツがこれらを使って政権を握っています。私と王妃の関係を除いても後宮は既に敵地も同然なのです。」

「敵だらけって事か。じゃあ私が全員殺してきちゃむぐっ?!」
「他国で滅多な事を口走るものではありません!」
彼女らは間違いなく王族と縁戚関係に当たるのだからルサナの言っている事は宣戦布告に等しい。内心イルフォシアもそうすればすっきりしそうだと感じたがこれは黙っておく。
息の根を止めるかと思える程彼女の口に強く手を当てながらその家系図を見つめていると、ツミアとは別に王妃がもう一人子を儲けていた事実もここで気が付いた。
その名は線で消されている事から早くに亡くなっているのだろうが他の愛妾達の子らにもそういう部分が見受けられたので深く気に留めない。むしろ国王がこれほどまで男児を欲していたのだけは理解出来る、そう捉える以外に無かったのだ。

「それでも母の下へ行かれるのでしたら私はウンディーネ様とここでお待ちしております。ですが1つだけ、毒には気を付けて下さい。」





 『ラムハット』に来て以降、自分は王族ではないのかもしれない、と思える程環境や価値観の違いに思考が混乱しっぱなしだ。
「毒か~。それじゃ出された物には手を付けない様にしないとね。」
「そうですね。後はアハワーツ様の勧誘にも乗らないよう言われましたが、一体どんな場所なのでしょう?」
後宮は『トリスト』にも一応建物として存在はするものの国王であるスラヴォフィルがああいう性格なので王族関係者は誰も利用していない。
故に他国とはいえ実際入るのは初めてなイルフォシアも不安以上に妙な背徳感とわくわくで内密に胸を躍らせていたのだがルサナにはバレバレだったらしい。
「・・・勧誘されたいの?」
「な?!そんな訳ないでしょう?!」
心音から期待していると勘違いされたので慌てて激高するがルサナは白い眼で不敵な笑みを浮かべたまま何も言い返してこない。
そんなやり取りを小声で交わしつつ2人はなるべく気配を消しながら目的の部屋まで辿り着くと今回ばかりは礼儀作法に則って扉を叩いた。

そして中から出て来た召使いに自分達がツァラー様からの使いだと伝えるとしばらくして中へ通される。

するとそこにはツミアと似た雰囲気の女性が静かに座ってこちらへ手招きしていた。
「ようこそ、小さな護衛者さん。私がオンフよ。」
今までその存在を口にしなかったからてっきり険悪な仲だと思っていたが考え違いのようだ。優しい笑顔から敵意は感じられず穏やかな雰囲気の中、2人は頭を下げた後名乗ってから手短に要件を告げる。
「私はイルフォシア、こちらはルサナと申します。オンフ様、単刀直入にお尋ねします。ハーデム様は今どちらにおられますか?」
「・・・それを聞いてどうするの?」
長居をするつもりはなかったのだが逆に問いかけられた事で若干の違和感に並んで控えていた2人は横目で視線を交わす。
「・・・帰国されたツァラー様に王位を継承して頂こうと。」

「既に城内ではアハワーツとサニアの権力で満たされているのに?今更横槍が可能とお考えかしら?」

更なる問いかけにルサナはともかくイルフォシアも訳が分からなくなってきた。彼女は王妃であり国王がツミアを正統後継者に指名した事実を知らない筈がないのにこの態度は一体?
「しかし国王様がツァラー様を選ばれています。であれば例え宰相様や王妃様とはいえ決定を覆せないと思いますが・・・」
「確たる証書も残っておりませんし何よりハーデム自身の行方は分からないまま。ツァラーだけ帰国した所で誰が認めると言うのです?」
ぽろりと零れた真実に一瞬安堵したがそうではない。これが実母の対応だというのだからツミアも会いに来ない訳だ。

「オンフ様、失礼を承知でお尋ねします。貴女は本当にツァラー様のお母様なのですか?」

これには隣から賛同の雰囲気が漏れてくるも室内に隠されていた衛兵達が剣を抜く程には無礼だと感じてくれたらしい。
「ええ。私は間違いなく王妃、そしてツァラーの母よ。」
「でしたら何故娘の継承に否定的なのですか?例え周囲が他の派閥で埋め尽くされようとも、正当な血統であらせられるツァラー様を国王様の遺言に近いお言葉の形で迎え入れる事こそ真理であり、それを支える事が王妃の務めではありませんか?」
しかし後れを取るつもりも退くつもりも無かったイルフォシアはつい王女然とした態度で断言するとオンフも周囲の人間達も目を丸くしてこちらに視線を向けてくる。
「あらあら?護衛兵にしては随分と雰囲気を持ってるわね。弁も立つようだし・・・貴女のような側近がいるからあの子も帰国を考えたのね。」
心の中では少しやり過ぎたと反省していたがどうやら事なきを得たようだ。王妃も感心した様子でこちらを再び眺めて来たがそれでも考えを変えるつもりはないらしい。

「でもね、私は飾りなのよ。王妃という動かぬ飾り・・・夫も行方不明だって報じられているけど恐らく毒で亡くなってると思うわ。」

「それは一体?」
紛う事なき正論を突きつけたはずが何故彼女の心には届かないのか。不思議というより苛立ちが勝って来たイルフォシアは一歩前に詰め寄ろうかと考えていた時、不意に王妃が裾をめくると骨のような足首が露呈する。

「4年前のあの日、私達は毒を盛られた。以降彼は姿を消し、私も足腰が立たなくなったのよ。」





 嘘ではないというのは召使いや衛兵から感じ取れる憐憫が物語っている。
「だ、だとしても!だったら猶更!!母親なら娘の身を案じてあげるべきではありませんか?!」
しかしこちらも必死だった。このままでは自分達の行動は全て徒労が終わってしまう。彼女の愛国心が無駄になってしまう。
そんな気持ちからつい熱くなりすぎたイルフォシアは彼女からではない、名も知らぬ召使いから反論を貰う事になった。

「あ、あなたはオンフ様の御苦労を何も知らないからそんな事を言えるのです!!」

これにすぐ反応し、冷静さを取り戻せるのはイルフォシアが王族故か、天族故か。びっくりはしたものの確かに王妃親子がお互いに接触しないかも知らないままだ。
心の中で熱く滾っていた思いが冷めると同時に数々の無礼に思わず跪いてしまったがここでまたしても驚かされた。何とそれを隣で立っていたルサナがすぐに腕を引っ張って引き上げたのだ。
「ちょっと、ルサナ?」
「大丈夫。イルフォシアは悪くない。」
まさかここに来て宿敵が牙をむくとは。庇ってくれたと考えれば嬉しさも込み上げるが今は王妃から詳しい事情を聞く流れなのだから衝突は避けたい。
それでもルサナが真っ直ぐに前を向いている姿にイルフォシアの心は強く励まされたらしい。気が付けば先程と同じように向かい合って堂々と立ち続ける事を選んでいた。

「・・・本当に強い子達ね。ツァラーが、いいえ、ツァラーの遺志がここまで強く結ばれるなんて・・・私も母として鼻が高いわ。」

王妃も心から微笑んでいるのを周囲も鋭く感じたのだろう。先程の召使いも深々と頭を下げて一歩さがると話は本流に戻ったようだが聞き間違いだろうか?
「・・・遺志、ですか?」
「ええ。」
答えられても理解出来ないイルフォシアはもはや隠す様子もなくルサナと顔をむき合わせる。すると同じような表情をしているのだろう。彼女のきょとんとした顔に若干の可笑しさを感じたがここで笑い転げる訳にもいかない。
「あの、ツァラー様は今お部屋におられますが?」
「・・・・・そうだったわね。」
「「???」」
「私が毒で生死の境を彷徨ったのは一週間。それから意識をはっきりと取り戻すまで1か月かかったのよ。」
そこから王妃は突然過去の出来事を語り出すと今までの経緯を事細かく教えてくれる。

国王と王妃が機能しなくなっている間、アハワーツやサニアが権力をみるみる拡大させていった事、ツァラーが監禁されている事実を知らなかった事を。

「警戒から食事も満足に摂れなくて我が子の環境にようやく気が付けたのは1年以上経った後だった。それでも何とかあの子を助け出そうとしたのだけれど全て妨害されてしまったわ。王妃である前に母親失格ね。」
「そんな事はありません!」
改めて毒の恐ろしさと卑劣さ、そして自身の無知から強く声を荒げて否定するがオンフはゆっくりと首を振って優しく微笑んだ。
「そして2年前、彼女は忽然と姿を消したの。」
「「・・・え?」」
話の流れからてっきり王妃が娘を無事に逃亡させたのだとばかり思っていたが意外な結末を伝えられて再びルサナと顔を見合わせる。
「あの監獄は昔からあるのよ。とても頑丈で鍵がなければ絶対に開閉出来ない上にそれも1個しか作られていないの。あれを作った職人も秘密漏洩を防ぐ為に全て殺された。それくらい厳重な場所からね。」
聞けば聞く程訳が分からない。そんな厳重な監獄からこの世に1つしかない鍵を使ってツミアを逃がせたのは一体誰だ?
「話の腰を折って申し訳ございません。ツァラー様の逃亡に協力されたのはオンフ様ではないのですか?」
「私ではありません。だから帰国しても私の下へ来ることは無いのでしょう。力が及ばなかった私を恨んでいるに違いありませんから。」

「だったら私達が今の話を説明してあげる。そうすれば仲直り、でしょ?」

今までずっと聞き手に回っていたルサナが遂に口を開くと周囲もその内容には思う所があったのか、皆が明るい雰囲気を漂わせていたが事はそんな簡単にはいかないのが世の常だ。
「いけません。ここは見た目以上に、それこそあの監獄と同じ圧力に満たされています。この話もすぐに漏れるでしょうしあなた達はツァラーと共に『ラムハット』を離れて下さい。」
王妃は懇願するように告げて来るが詳しい事情を知ったからには黙っていられない。
「・・・仕方ありませんね。でしたら私達の力で全てを解決します。」
いくつか謎は残ったままだが少なくとも親子の軋轢くらいは何とかする。してみせる。2人の父を持つイルフォシアは覚悟を決めると厚ぼったい衣装をその場で脱ぎ捨てて力を解放し、いつもの蒼い衣装姿に戻って周囲を驚かせた。

「改めまして。私、東国『トリスト』の第二王女イルフォシア=シン=ヴラウセッツァーと申します。貴女方の関係に国王ハーデム様の行方、そしてツァラー様の意思は必ず成し遂げます。」

天族の血と思いは滾り出したら止まらない。王妃も目を丸くして驚いていたが今日明日に決着を付けたいイルフォシアはまずルサナを護衛として残す選択をするのだった。

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