闇を統べる者

吉岡我龍

綻び -王位の行方-

 彼女の心を考えると一刻も早くあの場所から離れた方がいい。
クレイスはただそれだけの理由で飛空魔術に風の魔術を重ねて展開すると数分でキールガリの館へ到着していた。
すると彼らの眼からは突然現れたように見えたのだろう。一瞬何が起こったのかさっぱりわからない様子で佇んでいたが今は時間が惜しい。
「僕です。クレイスですよ。夜分にすみませんがキールガリ様に緊急だとお伝えください。」
その声と顔を見てやっと理解した衛兵達も慌てて中に走っていくとすぐにこちらも室内へ通される。それから寝間着姿のキールガリが慌てて飛び込んできたのだから2人も驚きつつ笑顔を見せた。
「な、何だ何だ?!何があったのかね?!」
「はい。少し、いえ、僕が思っていた以上の事情があったものですから。ともかく今はツミアの身を清める為に湯場を貸して頂けませんか?」
こちらが思った以上に落ち着いていたのでキールガリも要望を快く引き受けるとまずは召使い達に連れられてツミア自身が戸惑った様子で退室していく。

「・・・・・それで。その事情というのは何かね?こんな時間に2人だけで戻って来たのだから相当な理由が・・・まさか?!他の方々はどうした?!」

「はい。『ラムハット』にイルフォシア達を襲えるような人物はいないでしょうし、何よりナジュナメジナ様が釘を刺されておりました。彼女達は心配無用です。」
最も重要な報告を聞いて安心したキールガリは最悪の事態ではないと捉えたのか、2人になると普段の表情に戻して早速経緯のやり取りを始める。
「ふむ。しかしツミア様を連れ戻したという事は・・・2人の姉を暗殺したのか?」
「いいえ。それはまだ・・・ですが彼女達の関係について僕達は勘違いをしていたようです。」
「ほう?」
こうして彼女が湯場で疲れを癒している間に姉妹の根深い確執と国王が行方不明になってからの過酷な環境を説明するとキールガリも唸って聞き続けた。

「ふ~む・・・・・これは想像以上に面倒だな。」

ところが彼はツミアの辛い身の上話ではなくその先について悩んでいるようだ。その姿を見て自身の短絡的な行動に少しばかり羞恥を感じたクレイスは若干耳を紅潮させていたが彼は腕を組むと静かに語り出した。
「まず『ラムハット』の国王ハーデムだが。彼の訃報や葬儀については一切聞いていない。」
「はい。それは長男アクバール様と同じく暗殺されたからではないでしょうか?」
「クレイス様。国王が崩御されるというのは例えどのような死であろうとも必ず国民や周辺国に周知させる必要があるのだよ。」
「はぁ・・・」
ツミアの境遇に目が行きすぎて彼の言葉に重要性を感じなかったクレイスが気のない返事を返すとキールガリは居住まいを正した後、まるで国王と宰相のようなやり取りが始まった。

「まず王位というのは国王が健在である限り絶対に立場は揺るがない。ところがその所在が行方不明のまま長男は暗殺され、残った妹2人が王位を争っているというがそれを誰が認めるのかね?」

「えっ?っと、それは宰相様や国民の祝福が必要、かな?と思います・・・」
『ラムハット』の話は自分に置き換えるには複雑すぎて疑問形で受け答えするクレイスにキールガリも頷きながら捕捉を加えて来た。
「そうだ。王族という血筋だけでなく臣下に国民、特に重臣達を納得させなくてはならない。だがその前に最も必要な事がある。それは玉座が空位でなくてはならないという点だ。」
「空位・・・空位ですか。ふむ・・・しかし現在ハーデム様は崩御は伝えられておらず行方不明扱い・・・そうなるとどうなるのでしょう?」
「詳しい狙いまでは分からんが今のままでは間違ってもどちらかが王になる事は無い。それはツミア様にも言える事だ。」
どのような形にせよ現国王が玉座を退いてからでないと話にならないらしい。なのに2人の姉は国内に混乱と貧困をまき散らしてまで王位を争っている。
その理由がわからない故にキールガリは面倒だと言い放ったのだ。

「クレイス様。そもそも2年前にツミア様を逃がす手引きをしたのは誰かご存じか?」

「・・・・・いえ。」
彼と問答していくと感情論とは別の、嫌な汗を流す思考が脳裏を過る。これは他に隠されている事実があると理解しているからだろう。
「今夜は2人ともこの館でゆっくり体を休めるが良い。そして『ラムハット』に戻ったら君は姉達への断罪より先に国王の行方を探るのだ。」
まるでショウのように断言するキールガリに反論するつもりも余地も無かった。一体彼の地では何が起こっているのか。
その後クレイスも湯場を借りて汗を流しながら考えても何も分からない。ただツミアと豪奢な部屋で再会した後、1つだけ解決しておきたい事があったので彼は遠慮なく召使いに用事を申し付けるのだった。





 もうすぐ日付が変わるというのにクレイスが用意してもらったのは美味しい料理の数々だった。
「あれが晩御飯なんて、そんなの僕が耐えられないよ。」
笑いながらそう告げてもりもりと食べ進める彼を見て、そして先程までと違い暖かみのある部屋でやっと落ち着きを取り戻したツミアも同じようにぱくぱくと食べ始める。
そんな楽しい食事を済ませると2人は今度こそ安息の地で就寝出来るのだと安心しきっていた。
(・・・・・ツミアとなら大丈夫だよね。)
寝具は離れているし何より婚約やそういった話は最初から断っている。かといってキールガリの館内だからと別の部屋にいくほど油断するつもりもない。
なので心の中で今度はイルフォシアに軽く謝りながら横になって目を瞑るとすぐに気配を感じた。だがそれはツミアのものであり、彼女がこちらの寝具に潜り込んでくる音で間違いない。
(・・・やっぱり・・・いや、ここはしっかりと断ろう。)
気が付かないふりをするのは彼女に対して失礼だろう。なのでクレイスは体の向きを変えると目の前には驚いた顔のツミアがいた。
「あのね。僕には・・・」
「ええ。わかっています。ですから今晩だけは一緒に眠って貰えませんか?」
・・・・・
その後しばらく様子を伺っていたが彼女が衣装を脱いだり手を掛けたりしてくる事は無く、むしろ若干体が震えているのがわかるとやっとクレイスもその真意を理解した。

やはりあの部屋での過酷な2年間は今でも深く、深く体と心に刻み込まれているのだ。

まるで自分の事のように悔しくて悲しかったクレイスはその体を優しく抱き寄せる。
「うん。大丈夫。その為に僕は強くなろうって決めたんだから。」
ヴァッツのように絶対的な強さは無理でもせめて自分の手の届く存在くらいは護り通したい。そんな気持ちがつい口から漏れていたが今こそその修業の成果を見せる時なのだろう。
彼女が心の平穏を取り戻せるように、安心して眠れるように自身の腕の中で寝息が聞こえてくるまでゆっくり見守っているといつの間にかクレイスも安心からか気を失う様に眠りについていた。



そして翌朝、キールガリとフェブニサとの4人で楽しくも美味しい朝食を頂くと2人は『ラムハット』の奥底にある陰謀を暴く為に再び西へ向かう。

すると案の定監獄のような部屋の大穴からは何人かの衛兵がきょろきょろと辺りを見回して2人を探している様子が伺えた。
しかし既に心に火がついているクレイスはツミアを抱きかかえたまま迷う事無く上空から流れる様に降下すると再び監獄内に降り立つ。
「うぉわっ?!き、貴様っ?!一体どこから?!」
慌てて槍を構える衛兵達に興味はない。クレイスはそのまま出入口の前まで静かに歩いて行くと今度はそこで土の魔術を展開して鋼鉄の扉が二度と使えない様に吹き飛ばした。

「ツミア様は第三王女だ。今度このような扱いをした場合、お前達自身がこうなると胆に銘じておけ。」

手足を動かさずに突然あれだけ重く頑強な扉が一瞬で吹っ飛んだ様子を見て衛兵達も命の危機を感じたのか。反論どころか慌てて槍を引っ込めたのでクレイスは続けてナジュナメジナの下へ案内するよう命じる。
「あらあら?どこに雲隠れしたのかと思ったら・・・しかもこんなに城内を荒らして?2人とも覚悟は出来ているんでしょうね?」
そこに現れたのは第二王女のサニアだ。しかし連れている衛兵の数が現場にいるのと合わせても随分少ない。最初はまた侮られているのかと思っていたがどうもこの件をナジュナメジナに知られたくないというのが実情のようだ。
残るは彼女の苛立ちにどう対応すべきか。抱きかかえられたツミアが一瞬こちらに不安そうな顔を向けて来たのでクレイスも確たる決意を固めるべきなのだろう。
「王族をこのような場所に監禁して何を仰っているのですか?」
「あらあらあら?多少力を持っているだけの護衛兵が随分な物言いね?よろしい。まずはお前の首から片付けましょう。」
そう言ってサニアが衛兵達に攻撃の許可を降ろすが彼らは今し方鋼鉄の扉が吹っ飛ぶのを目の当たりにしたばかりなのだ。そしてクレイスの脅し文句も聞いているのか誰一人こちらに立ち向かう者はいない。
「何をやっているの?さっさとあれを始末なさい。多少ならツミアに傷がつくのも許します。」
苛立ちからか遂にとんでもない事を言い出す第二王女にいよいよこちらも我慢の堰が限界を迎えていた。クレイスは退く事など一切考えず、その廊下を静かに歩いてサニアにどんどん近づいて行くと彼女もやっと危機感を覚えたのか顔面を蒼白にしてたじろぐ様子を見せた時。

「やぁやぁ。おはようございます。サニア様にツミア様、そしてクレイス様。」

この男は一体どこまで有能なのだろう。イルフォシア達を連れて現れたナジュナメジナの明るい挨拶によって何とかこの場は収まりを見せようとしていた。





 「こ、これはこれはナジュナメジナ様。大変よい朝ですわね。ゆっくりお休みになられましたか?」
隠し通すよりも救われる事を優先したのだろう。サニアは安堵からのぎこちない笑顔を浮かべていたがそんな中、ナジュナメジナは静かにこちらへ歩いてくるとまずはクレイスの横も素通りして監獄の中に顔を覗かせた。
「ほう?これはまた随分酷い場所ですな。しかしこういった類の部屋は普通地下に作りませんか?それとも『ラムハット』にはここに作らなければならない理由でもあるのでしょうか?」
恐らく彼は全てを理解して尋ねているのだから確かに胡散臭いという表現も正しいのかもしれない。立て続けの質問にサニアも若干目を泳がせていたがそれでも一応は王女なのだ。
「我が国では地下よりも高所の方が脱走しにくいだろうという観点からここに試作した経緯がありまして。それよりも朝食にしましょう。今朝は立て込んでいた為随分お待たせしてしまい申し訳ございません。」
何とか取り繕おうと必死に弁明するもここにツミアとクレイスがいる事自体、その監獄を使用していた事を物語っている。正に動かぬ証拠だと言いたいが実際の所2人はキールガリの館で一夜を過ごしたのでこちらも言及する必要はないのかもしれない。

「そうですな。私も是非昨日の続きをお聞きしたいと思っていた所です。」

それに騒動のせいで彼らの食事が遅れているのなら是非そちらを優先して欲しい。その気持ちは自分達だけ朝食を済ませてしまっている分余計に強かった。
こうして一行は第一王女の待つ食堂へ案内されるとクレイスとツミアだけは二日続けて夕食と朝食を二回取る事になったのだが育ちざかりな上に美味しい料理なら文句はない。いや、多少味が落ちても文句を言うつもりはないが昨日提供された夕食だけは金輪際お断りしたい所だ。
「ところでツミア様の新しいお部屋をご用意して頂けますかな?今私が使わせて頂いている程度のもので十分ですので。」
しかし今朝はナジュナメジナが随分と注文を付けている。実際昨夜は2人があの部屋に監禁される形となったのだからその言い分もわかるのだが一体彼はいつからその状況を把握していたのだろう?
相変わらず不思議だ人だなぁと感心しつつ甘く味付けされた麦餅を食べているとどうやらその事実は彼のみにしか伝わってなかった、もしくは察していなかったらしい。

「・・・まさか?クレイス様、昨晩はあのような場所で過ごされたのですか?」

折角素性を隠していたのに名前で呼ぶのは止めて欲しいなぁと思いつつ、既にイルフォシアとルサナは怒りでそれどころではないらしい。
その威圧感に『ラムハット』の衛兵達が身を竦める中、2人を落ち着かせながらクレイスは周囲の人物をしっかりと観察するがやはりこの場に彼女らと対等に戦えそうな戦士はいない。
となると逆に未だ姿や存在の分からない猛者、特に将軍の存在が気になる所だ。王女達もそうだが今は国王の足取りや相関関係を掴む為にもっと『ラムハット』の情報が欲しい。
「大丈夫、昨夜はぐっすり眠れました。それよりもナジュナメジナ様、朝食を頂いた後軽い運動をしたいと思うのですがよろしいでしょうか?」
「そういう事ならアハワーツ様、サニア様、是非この国で一番強い戦士を呼んでいただけませんかな?こう見えて彼は中々の手練れでしてね。良い余興になると思いますよ。」
心を読んでいるのでは?と思える程的確な提案をしてくれるナジュナメジナは本当に何者なのだろう。手練れという誉め言葉も嬉しかったクレイスは高揚を抑えつつ王女達の様子を伺う。
「ほう・・・いいでしょう。」
「わかりました。では私の方からも最も頼りになる戦士をご用意いたします。」
2人に提案したのは各派閥から選ばれた最も強い戦士を見定める為だろうか?どちらにしてもこれは願ったり叶ったりの流れだ。これで監獄での出来事を有耶無耶にしつつ、相手の戦力もある程度推し量れるのだから。
クレイスは自分が不覚を取る事等一切考えずに後はどうやって城内をくまなく探索しようかと考えていると隣に座っていたイルフォシアから突然わき腹に結構な勢いで指が突っ込まれてきた。
「はうっ?!」
「ちょっとクレイス様?目的をお忘れですか?」
こそばゆい痛みに思わず変な声が漏れてしまったが考えてみると他の面々にもキールガリとの会話を説明する必要があるだろう。
「大丈夫。後で詳しく話すから。」
小声でのやり取りと二度目の朝食を終えたクレイスは闘技場へ案内される途中、イルフォシアとルサナに護衛を交代しながらツミアに昨夜の話を伝えておくように頼んでおく。

そして今まで見てきた中では最も規模の小さな闘技場の中央に立つと王女姉妹の懐刀とも言える2人の戦士と相対するのだった。

(・・・なるほど。)
長女アハワーツが連れて来た戦士は全身を立派な甲冑で覆っている所を見るに将軍程度の位にはついているのだろう。長剣に盾と極めて一般的な装備をしている。
対して次女が用意した戦士は自警団の猛者だろうか。年齢は30歳前後の男性で髪は短髪、顔に傷がいくつか走っているせいか少し強面だ。防具は軽装だが手には槍を握り、腰に長剣を佩き、背中には弓矢を背負っている。
何とも両極端な2人だが場所自体が狭く、本物としか相対してこなかったクレイスには彼らとの戦いがどのような結末を迎えるのか全く想像がつかなかった。

「先にお伝えしておきますとナジュナメジナ様。模擬戦とはいえ多少の怪我はご容赦くださいね?」

「心得ております。それではまずアハワーツ様推薦の方からどうぞ。」
「はっ!では『ラムハット』将軍ユンナ、参ります!」
兜を被っていて顔が全く見えなかったので声色から自分に近い年齢の男だと知ったクレイスは驚きのあまり長剣を抜く事すら忘れて動きを止めてしまったがこちらの事情など相手には関係ないのだ。
気が付けばかなりの速度で間合いを詰めて来たのを改めて確認するとクレイスも身を沈めながらやっと抜刀し、心の中では少し激しすぎる闘争心に火がついていた。





 (・・・これは・・・)
だが周囲以上に本人が実力差をより顕著に感じた為その火はすぐに鎮火する。何故なら相手の動きが目に見えて遅く感じたからだ。
これは全身を覆う重厚な甲冑と、それを支え切れていない筋肉が原因だろう。左手に持つ中型の盾もより動きを緩慢なものへと落としているようだがその分護りは硬そうだ。
なのでクレイスはまず素早い動きと相手の反応を確認しつつ甲冑の上から長剣を叩きつける。

すると派手な音に火花が散るも、ユンナという将軍は一切怯む様子を見せずに反撃を繰り出して来た。

つまりそういう戦い方が彼の持ち味であり、速さを捨ててまで甲冑を着込む理由なのだろう。自分の知る限りこういう戦い方をする相手を知らなかった為クレイスは感心しながら相手の右側に回り込み更に追撃を放つがそれらも全て甲冑に防がれる。
いや、よく観察して攻撃を続けているとユンナはこちらの剣閃を読んでわざと甲冑の厚い部分で攻撃を受けているようだ。
(そうか。そういう戦い方もあるんだ・・・)
初めてみる技巧的な動きに深い感銘を受けたクレイスは再びその心に火が灯るもこれを続けていては埒が明かないし、何より目的は敵を知る事なのだ。
ではどうやって決着を付けるか・・・考えながら絶え間なく攻撃を続ける事10分以上、こちらが一方的だったのもあるがやはり重い甲冑を着込んで素早いクレイスの動きに対応し続けるのは無理があったのだろう。
最後は勝手に息が上がってくれたお蔭で大した見せ場もなく降参という形で一戦目は幕を閉じた。



そして続く二戦目。今度は自警団の人間だろう。雰囲気的には初めて出会った時のカズキに近い自由奔放さを感じたので油断は禁物だ。
更にこちらは休憩すら与えて貰えなかったことに後から気が付くも体が温まってきていたので連戦も全く苦にならなかった。
むしろ見えているだけでも3種類の武器を携える彼はどれを使うのかとわくわくしていると彼も名乗りを上げる。
「俺は自警団『氷柱の牙』団長、ダリートだ。さっきも思ったが王女様方の前だぞ?まずお前も名乗れ!!」
「えっ?!あっはい!僕はクレイスです!」
自分から名乗ってしまう事で今まで隠し通して来た意味が完全に失われたが思い返せば今朝からナジュナメジナやイルフォシアに名を呼ばれていたのでもう深く考える必要はないだろう。
「では行くぞっ!」
こうして二戦目はダリートが矢を放った所から始まる。一瞬大盾で凌ごうと考えたが今は手にしておらず、かといって魔術を使うつもりもなかったのでまずは体を移動させつつ捻って避ける。
これもしっかり矢が見えていたから出来たのだが相手はそれを酷く驚いた様子で動きを止めてしまうと直ぐに矢筒から構え直して今度は連続で放って来た。
それらの勢いは一兵卒のものと違い、しっかりとした速度に威力が乗っているのだ。今度はどう凌ぐか、凌げるのかと手探りで体を捻りつつ、一本は長剣で叩き落してみた。
(・・・これくらいならいけなくもないのか。)
ただこの場面でわざわざ長剣を振るう必要性を感じなかったクレイスは脳内の経験録に修正案を書き込んでいく。そして矢が尽きるのを前に彼は次の行動に出た。
それは前に出る。つまり間合いを詰める事だった。
そうなると距離を潰されるダリートは悠長に弦を引いている場合ではなくなるので素早く弓を手放すと今度は地面に刺していた槍を構えて迎撃態勢に入る。
カズキもそうだが様々な武器を使いこなせる人間はあらゆる場面に対応出来るという事を改めて思い知らされたクレイスは感心しつつも前に出るのを止める事は無い。
長剣だと間合いに大きな不利があるのもわかってて尚間合いを急速に詰めるのは理由があるのだ。

ぶおんっ!!

それが相手の選択手段を限定させる事だった。あまりにも近い間合いに入ると槍は薙ぎの形しか打てなくなるのだから動きは読みやすく対応しやすくなる。
最後は間合いを活かした刺突を防ぎつつダリートの反撃をいとも簡単に叩っ斬ると相手の抜刀前にこちらの長剣を喉元に突き付ける事で2戦目も難なく勝利を収めるのだった。





 「・・・あの少年、素晴らしいですわね。器量も良いしツァラーには勿体ない。ナジュナメジナ様、彼を私の護衛に戴けないかしら?もちろん謝礼はしっかりお支払い致しますわ。」
長女アハワーツは立ち合い稽古の後そのような言葉を漏らしていたがクレイスは聞かなかったことにする。
それよりも彼らの実力と本質を理解出来た本人は勝利以上にかなりの大収穫だったと心から喜んでいた。だが敵の戦力分析を終えた次はいよいよ王城、そして城下町を含めたあらゆる場所の探索に聞き込みを行わなければならない。
この方法が全く思いつかなかったのだが形式的に3人の王女に跪いた時、またしてもナジュナメジナから驚愕の提案がなされた。
「彼は私の恩人であり友人であり大切な顧客というお話は覚えておられますか?」
「ええそれはもう。ですので『ラムハット』に迎えた暁には大将軍としての地位と全ての指揮権をお約束致しますわ。」

「はっはっは。誠に高い評価をして頂き光栄です。しかし彼を商品のように扱う訳にはいきません。そこでここに留まっている間だけ、仮の地位を授けて重用されてみる、というのはいかがですかな?」

「まぁ!そのお話、是非お受けいたしますわ!」
彼の事なので何か考えがあるのだろうがそれにしても話の内容が突飛すぎてイルフォシア達も目を丸くするしかない。
アハワーツがうっとりした表情でこちらを見つめてくるので殺意を抱く自分の周りを慌てて諫める事に全力を注ぐ中、彼らの会話は勝手に進んでいくと午前中には誰も望まない仮の大将軍が誕生していた。



『ラムハット』の制服に着替えたクレイスは今更ながらショウの『信用と信頼』について考え違いをしていたのかも、と後悔していると早速用意された大将軍用の部屋にナジュナメジナを含めたイルフォシア達が勢い良く入室してくる。
しかし皆が思っていた以上に落ち着いた様子で素早く椅子に座っていくと彼女達に護られていたツミアが静かに口を開いた。
「・・・これでクレイス様は王都のどこで何をしても咎められる事はないでしょう。」
解答を聞いたクレイスはやっと真意に気が付くとイルフォシア達も頷く。どうやら王女達が立ち合い稽古に見とれている間にツミアがしっかりと説明していたらしい。
「ただしあの2人は本気でこの地に留めようと色々仕掛けて来るでしょうから、クレイス様はそれを利用して立ち回って頂けると幸いですな。」
その為にナジュナメジナはあのような提案をしたのか。クレイスの中で疑いが裏返ると更なる信頼を胸に芽生えさせたのだが彼の注意喚起を聞いてすぐに気を張り詰める。
国王は未だ行方不明のままだが長兄を暗殺したのは間違いなく彼女達なのだ。こちらも決して隙を見せない様に行動せねばと心に誓うのだがそうなるといくつか心配な点が出て来た。

「・・・それじゃノーヴァラットとウォダーフ様は僕と一緒に行動してね。」

「「「・・・私達は?」」」
「君達はツミアの護衛を最優先に!」
これは相手の戦力を考えての決断だった。イルフォシアにルサナは当然として恐らくウンディーネの強さがあれば不覚を取る事も無くツミアをしっかりと護り通せるだろう。
そして王女達がナジュナメジナに危害を加えるとも考え辛い。となると少し心配なノーヴァラットを手元に、そして不安定な立ち位置でありながらこちらの切り札でもあるウォダーフも自分の傍に置いておきたかったのだ。
「それが良いでしょうな。後はキールガリ様の推測が当たっていればよいのですが・・・」
ナジュナメジナに何か言いたげな3人だったがここには遊びに来た訳ではないし、彼も全く意に介さない様子で何かを考え込んでいる。
「国王様の生死ですか・・・王位の譲渡を考えると理屈は分かりますが・・・ツミア様、この城内や城下について全ての情報を開示して下さい。」
ウォダーフも何か思う所があるのか、彼女にそう告げるとツミアはすっと立ち上がった後、部屋にある本棚を物色していくつかの書物を運んで来る。
「私も昔の記憶しかなくて不安だったのですが流石大将軍のお部屋ですね。ここに城内外の詳しい絵図や仕組みが記されているはずです。」
「ありがとう!よし!それじゃこれを参考に片っ端から手がかりを探していこう!」

こうして8人は書物を回し読みして部屋の位置などを確認し終えるとそれぞれの分担を決めて早速痕跡を探す計画を開始するのだった。





 この計画で重要なのはナジュナメジナとクレイスの動きだ。何故なら彼らはとても王女達の興味を惹いていたから。
「ねぇクレイス。ナジュナメジナ様には私がきちんと話をつけるわ。だからずっとここに居ていいのよ?」
「ところでナジュナメジナ様はこの『ラムハット』にどのような事業を展開されるご予定ですか?」
特に長女アハワーツはクレイスに、次女サニアはナジュナメジナへと靡いていたのでわかりやすいと言えばわかりやすい。
ただナジュナメジナはともかくクレイスは年の離れた女性からの誘惑とも呼べるお誘いには慣れていない為、ぎこちない言葉遣いで何とか躱すのが一杯一杯だったのだ。

「アハワーツ様、クレイスはナジュナメジナ様の都市を護る部隊長でもあります。あまり強引な勧誘は悪評に繋がりかねませんよ?」

しかしここで頼れる家庭教師が覚醒すると即興で身分を偽り断る流れを作ってくれたので心から安堵した。確かに王女2人はナジュナメジナの機嫌だけは損ねないよう振舞っているので効果は覿面だ。
「あら?そうなのね・・・だったら今夜は私に付き合ってくれない?これくらいは聞いてもらえるでしょ?」
「・・・・・え?」
それでも諦めないアハワーツは日中から堂々と床に誘ってきたのでクレイスの思考は悲鳴を上げ出す。
身分を隠している上にたった今都市を護る部隊長と偽ってしまった為完全に断る理由を失ったからだ。もし最初から自分も王子ですと伝えていればまた違ったのだろうか。
仮とはいえ今は大将軍でありアハワーツ王女は上位の人物だ。その命令にも近い願いを断るにはどうすればいいのか。体中を硬直させてどこかからの擁護を待ち続けるとやはりここでもノーヴァラットが救いの手を差し伸べる。
「申し訳ございません。クレイスはナジュナメジナ様と親族関係を結ぶ婚姻を交わしております故、不義になる御誘いも控えて頂けますか?」
「あらあら?流石は大実業家様ね。確かにこれだけ器量が良くて強い男を放っておくわけないか・・・残念だわ~。」
素直な性格のクレイスにはここまで堂々と嘘をつける知恵もなければ思考もない。本当にノーヴァラットを選んで正解だったと何度も心から安堵するがそれから三日後。国王の足取りが掴めないまま焦りだけが募る中、遂にとある少女がクレイスの部屋に飛び込んできた。

ばたん!!

勢いよく開かれた扉に衛兵や召使いが驚きはしたがウンディーネの据わっている眼を見ると誰もが見て見ぬふりをする。
「皆、席を外してていいよ。しばらく誰も近づかない様にしておいて。」
元がれっきとした王族なのでクレイスが慣れた様子で周囲にそう伝えると彼らも喜んで部屋から去っていった。
そして近くの気配を完全に感じなくなった後、ただ事ではない様子から吉報を期待したクレイスだったが話を聞き始めるとそれは提案の類だと知らされる。

「私とってもいい事を思いついたの!!」

「うん?それは?」
「クレイスの魔術でこのお城を水で浸せばいいのよ!!」
「確かに全員を暗殺?始末するにはこれ以上ない名案だね。」
「違うの!!よく聞きなさい!!」
あまりにも馬鹿馬鹿しい内容に軽く受け流してしまったクレイスにも非はあるかもしれない。普段あまり見せない表情で詰め寄って来るので彼女に謝罪しながら椅子に座らせると彼はノーヴァラットとウォダーフにもその内容を精査してもらう。
すると案外、いや、長所だけを見れば相当な良策だと感心してしまった。

「つまり城内を魔術で満たせばどこに隠し通路や部屋があるのか絶対わかるでしょ?後はそこに大きな風穴を開ければ国王様発見っていう流れなの!どう?!」

鼻息を荒くして自信満々に発表したウンディーネの妙案に大きく頷いて見せたがそこには大きな問題もある。
「悪くはないね。でもそれを実行に移すんだったらまず関係ない人達は全員城外に出て貰わないと・・・」
名前こそ漏れてしまったが未だクレイス達が魔術や異能の力を持つ事は内密に行動しているので手がかりが得られない場合は手の内を見せるだけの大損になるのだ。
いや、冷静に考えると『ラムハット』では魔術師もいないし魔術の知識も乏しい為すっとぼければいけなくはないか?
降って湧いた奇策にクレイスも言葉を止めて真剣に考え始めると今回もまた、頼りになるノーヴァラットが家庭教師と魔術師らしい助言を挟んでくれた。

「・・・もしやるんだったら真夜中の寝静まった時ね。その時間に一瞬で満たせるのなら寝ぼけてるを理由に誤魔化せるんじゃない?」





 ツミアの護衛には頼りになる3人がついているものの彼女の精神状態や国内事情を考えると長引かせるのは良くないのは重々承知している。
だからこそクレイスはウンディーネとノーヴァラットの提案に乗ったのだ。未だ2人の王女の扱いは決めかねていたが今は一刻も早く王位を空けてツミアに座ってもらうべきだろう。
幸いクレイスが仮とはいえ大将軍の地位についてから内乱も収まっているしやるなら早い方が良い。
あの後話を詰めていくと要は城全体を魔術で満たせばいいのだからとノーヴァラットに風の魔術を使うよう勧められる。
「ゆっくりとした、感じるか感じないかくらいのそよ風よ。それなら目にも見えないしそれこそ貴方の魔力なら隅々まで埋められるでしょ?」
いつも頼りにしているがこの『ラムハット』内での彼女の評価は鰻どころか鯉の滝登りのように上昇していく。
反対する理由を探す方が難しい助言にクレイスもただただ頷くしかない。後は夜が更けるのを待ち、寝静まった頃に魔術を一気に展開したクレイスは城内のあらゆる部屋、通路を網羅した後ため息を付いた。

「・・・・・駄目だ。いくつか隠し通路や部屋はあるみたいだけど誰もいない。いや、もしかすると誰かの亡骸くらいはあるのかもしれない・・・かな・・・」

つまりキールガリの国王生存説は無くなってしまい、残された道は国王の死亡を裏付ける証拠を探し出すしかなくなったわけだ。
「じゃあ明日からはその隠れた部屋を探しましょう。さ、今夜はもう休んで。」
ノーヴァラットが優しく気遣ってくれたがクレイスはその前に隠し通路と部屋の位置をざっと羊皮紙に書き記す。数は全部で5通路に2部屋だ。
その内3本は王室から外に伸びているので恐らく逃走経路だろう。となれば他の2つに望みを託すしかない。
「・・・よし。それじゃ明日は詳しく調べよう。おやすみ。」
形になる成果こそ得られなかったもののこの方法は今後も役に立つだろう。クレイスはそう前向きに捉えると付き合ってくれたノーヴァラットに挨拶をして自分の寝具に身を投じた。



翌日は早くから目を覚ますとすぐに朝食を用意してもらい、それをあっという間に平らげる。

これには別の意味で時間が無い部分も大きく関与しているのだがやや眠たそうなノーヴァラットが薄着の寝間着姿で目を擦りながら姿を見せたのは流石に唖然としてしまう。
「ちょ、ノーヴァラット?」
「あ~おはよ~ございます~むにゃむにゃ」
お互い深夜まで起きていたので寝不足は否めないだろうが、それにしても無防備が過ぎる。
彼女にそんな気持ちを抱いた事が無いクレイスでも目のやり場と若干の欲情に焦りを感じながらまず着替えてくるよう伝えるとしばらくしてから用意された護衛用の衣装に身を包んだノーヴァラットが優しい笑顔で再び現れた。

「ご、ごめんなさい~。な、何だか寝不足でさっき頭をぶつけちゃって・・・え、えーっと、今日は隠し通路とかお部屋を調べるんですよね?」

そして痛恨の漏洩は逆に見てて清々しい。内密に行っていた探索をおどおどした様子で尋ねて来たのでまずはその場にいた幾人かの召使いにかなり強い闘気を放つ。
「ノーヴァラットの寝言に深い意味はない。そうだよね?皆?」
のんびりしていると長女アハワーツが朝から絡んで付きまとってくるので一々個々に釘を刺している時間はないのだ。
「「「は、はい!私達は寝言などは全く気にしません!!」」」
「やれやれ。クレイス様も中々に侮れない御方ですね。」
そんな力技を感心して見守っていたウォダーフに思わず苦笑いを返すがとにかくこれで更に時間が無くなった。

他の2人も急いで朝食を終えた後、早速ツミアやナジュナメジナと城内の詳しい情報を共有すると手分けして探し始めるのだった。





 現在最も自由に動けるクレイスは城内からの隠し通路2本をイルフォシア達に任せると自身はおどおどしたノーヴァラットとウォダーフを連れて外に出る。
それから王室に続く逃走経路を逆から調べてみたが蜘蛛の巣や塵が酷く、何年も使われていないのだろうとすぐに断定した。
「は、はぇ~凄いですねぇ。昨日ほんとにそよ風未満の魔術で城内を満たされたんですね。でなければ埃くらいは吹き飛んでてもおかしくないのに・・・」
言われてみれば確かに誰も足を踏み入れていないのが一目でわかるほど綺麗?な状態だった。この言葉にはクレイスも思っていた以上に上手く展開出来ていたのだと安堵に僅かな自信も持てたが国王の手がかりは未だ何もないのだ。

「・・・仕方ない。もう少し踏み込んで調べてみよう。」

イルフォシア達の方で何も発見されない可能性を考えると時間が惜しい。クレイスは街に出ると今度は自警団の本部『氷柱の牙』に足を運ぶ。
幸い今は大将軍という身分を得ているので彼らも無下にする事は出来ず、話はすんなりと通って何日かぶりにダリートと対面した。
「これはこれは。アハワーツ様に上手く取り入った優男様じゃないか。そんな御方が俺に何か用か?」
だが彼自身はこちらに良い印象を持っていないらしい。確かに彼の言う通り周囲から見ればそう受け取られても仕方がないだろう。
挨拶よりも先に皮肉から始まった会話にクレイスもどう対応するか悩んだが今は頼りになるノーヴァラットもおどおどしたままだ。
「はい。実は国王ハーデム様が行方不明になっておられる件についてお聞きしたい事があります。」
「ほう?」
それでもここは踏み込むと決めたのだ。彼はサニア側の人間だが国王の話となれば立場など関係なく教えてくれる、かもしれないと淡い期待を寄せていたが案の定酷い返答だった。
「彼は今どちらにおられるのですか?亡くなられたのでしょうか?それとも監禁や軟禁状態なのでしょうか?」
「さぁな?話はそれだけか?」
いや、これは答えにすらなっていない。本当に知らないのか話すつもりがないのか、取り付く島もないとはこの事だろう。
この接触からクレイス達が『ラムハット』の内情を調べている事は今日明日にもバレてしまうのだからもはや迷ってなどいられない。ならば魔術を使って・・・と実力行使が脳裏を過った時。

「失礼、ダリート様は何をそんなに怯えておられるのですか?」

切り札である事を重々理解している為か、今まで積極的な介入をしてこなかったウォダーフが不思議そうな表情で小首を傾げると僅かに彼の瞼がぴくりと動くのをクレイスは見逃さなかった。
「怯えておられる?ダリート様が?何故?」
「さぁ?ただ国王のお話が出た瞬間内心どきりとされた。不味いぞ、といった感情が一気に噴出した後、今はさっさとこちらを追い返したくて仕方がない。そのような感情を読み取れます。」
流石は感情を宝石に変える能力を持つだけの事はある。クレイスでは全く読み取れなかったダリートの心境を事細かに説明してくれるとその顔色は少しずつだが悪くなっていく。
今のノーヴァラットが期待出来ない状態なので彼の的確過ぎる読心術は渡りに船、これに乗り込むしかないだろう。
「何の事だかさっぱりわからんが部外者に何も言う事は無い。帰れ。」
そして若干語気を強めて立ち上がり、その場を後にしようとしたダリートと警戒兵の足を膝下まで土の魔術で一気に固める。
「んあぁっ?!な、何だこれは?!」
初めての出来事に隠していた感情も相まったのか、各々が出す驚愕の声はとても大きく、何事かと新たに部屋へ入って来る自警団の面々にも軒並みその魔術で動きを縛るとクレイスは先程とは違う殺意を放った。

「僕は今『ラムハット』の大将軍です。そして国王不在の中、王女姉妹が無益な争いで国力を消費しているのを見過ごす訳にはいかない。ダリートさん、ハーデム様は今どちらにおられますか?」

「き、貴様らは・・・そ、そうか?!この国を侵略しに来たのだな?!ちぃっ!おかしな鳥頭といい妙な術といい!だから『ジョーロン』人なんかを入れるべきじゃなかったんだ!」
魔術はともかくやはりウォダーフは相当敬遠されていたらしい。しかし忌諱されるような言葉を受けても全く気にする様子を見せないのは流石だ。
「ご心配なく。僕達もナジュナメジナ様と同じ東の大陸からきた人間です。ところで・・・その様子だとやはり何かご存じなのですね?全て教えていただけますか?」
こうなれば意地でも情報を聞き出してやる。そんな強い思いから再び尋ねると今度はクレイスから見ても明らかにわかる憎悪、いや、嫌悪だろうか?
とても話し合える雰囲気ではない事だけは理解するも土の魔術を解く訳にもいかず、何か他に口を割らせる方法はないのかと左右を見回した時、再びウォダーフと目が合った。





 「私としてもお店が心配ですのであまり長居はしたくないのです。クレイス様、この尋問、私も助力させていただいてもよろしいでしょうか?」

相変わらず表情は読みにくいが状況と声色から覚悟は感じ取れた。つまり例の感情を宝石に変える術を行使させて欲しいという事だろう。
「はい、是非お願いします。」
そこに迷わず快諾したのは利害が一致したのもある。だがそれ以上に彼の術がどういったものなのか非常に気になっていたのが大きい。
一体どうやって感情を宝石に変えるのか。内心わくわくしてその様子をじっと見つめていると彼は両手で何かを掬うような形を作り両目を閉じる。
するとダリートを含め、周囲の人間が紫色の光を放ち始めるとそれらがウォダーフの掌に吸い込まれるよう集まって来るではないか。
あまりにも不可思議な光景にノーヴァラットと口をぽかんと開けて見物しているといつの間にか彼らの発光は消えており、ウォダーフの両手にはいくつかの丸い宝石が収まっていた。

「う~ん。やはり美しさには欠けますね。まぁ恐怖や猜疑を結晶化しているので仕方がないといえば仕方がないのですが・・・」

濃い紫の丸い宝石が自警団の人数分完成すると彼は早速指でつまみながらぼやいている。

「・・・国王様は今西海岸の街ハラブにおられるという噂だが真相に迫った者は皆死んでいく。よそ者が首を突っ込むべきではないと思うがな。」

それからすぐにダリートがあまりに軽い口調で教えてくれたので一瞬聞き逃しそうになった。まさか感情に手を加える術がこれ程有用だとは。
「それはハーデム様自身に相当な力があるとか誰かに護られているからとかでしょうか?」
「わからん。だが俺の仲間も国軍も何百と兵士を送り込んだが全滅だった。以降の国王無き『ラムハット』は2人の我儘王女に振り回されっぱなしさ。」
こちらへの警戒心が無くなったお蔭か、聞いてもいない情報までぺらぺら喋ってくれるのはとても有難い。
ショウが何故彼から全ての宝石を買い取ったかも深く理解しながら会話を続けるとダリートは本来は気さくな性格なのだろう。そのまま王女達について尋ねるとうんざりした表情を浮かべて溜息交じりにどんどん答えてくれた。
「言った通りだ。国王という絶対権力者が居なくなってからは王女達がそれを少しでも得ようとすぐに対立を始めた。王子アクバール様は暗殺され、ツァラー様は軟禁状態だったらしいが2年前に逃亡された後再びお前達を連れて帰国されて今に至るってとこだな。」
「なるほど・・・」
「俺達もな、訳のわからん権力争いに巻き込まれるのはごめんなんだ。だから戦いは模擬戦程度に抑えている。それでも物資は底を尽き、生活に困窮していく者が後を絶たないんだ。『ジョーロン』へ侵攻したのも不味かった。王女達の「敵は平和ボケしてるから簡単に落とせる」とかいう安易な口車に乗せられた俺らにも責任はあるんだがな。」
その話はクレイスの心にも刺さるものがあるので出来れば止めて頂きたい。僅かに気まずい表情を浮かべていたが余計な感情を取っ払ったダリートは仲間達が強く頷く中更に内情と不満を吐露してくれる。
「だがツァラー様が戻って来られたのだけは朗報だ。あの方は真面目で優しく、国王も正式な王位継承者として指名していたそうだからな。出来れば今すぐにでも姉達を追放してあの御方にこのくだらん争いを鎮めてもらいたいもんだ。」
この辺りの内容はツミアから聞いていた部分と一致する。つまりどのような形にしても王位の譲渡さえ可能なら全てが丸く収まるのは間違いないらしい。
同時に彼ら全員が内心王女姉妹の権力争いにうんざりしているというのも痛い程わかった。何故ならダリートが饒舌に語る度に毎回毎回周囲から同意の言葉が飛び交うのだ。
いくらウォダーフの術によりこちらへの猜疑心を奪ったとしてもまさかここまでサニアやアハワーツへの不満が溜まっていたとは。これには早急に解決する必要を再び認識し直す。

「整理しましょう。まず国王ハーデム様の安否を確認した後、正式な方法に則ってツァラー様に玉座に就いて頂く。僕はこれを実行しようと考えているのですが疑問や不信点はありますか?」

「無い。が、何故部外者のお前達がそこまで動くんだ?さっきも言ったが国王に近づくと命はないぞ?」
「・・・それはツァラー様から直接お願いされたからです。何も持たず、何の褒美も約束できないと宣言しながら頼まれてきた彼女の真心に応えたい、それだけですよ。」
「・・・クレイス大将軍、あんたは見た目以上に芯のある男だな。見直したぜ。」
もはや彼らを拘束する必要はない。足元を固めていた魔術を静かに収束させると彼は立ち上がり右手を差し出し、こちらもそれに応えて固い握手を交わすと周囲には清々しい笑顔が浮かんでいた。



それでも切り札は取っておきたいものだ。
彼らは信用するに値すると判断しながらもクレイス達は西へ向かう時は馬と簡単な携帯食料を用意してその旅立つ姿を彼らに見送って貰う。
それから木々で完全に見えなくなった後、いつもの巨大水球を展開すると馬やノーヴァラットも包み込んで3人は危険だと言われている西海岸の街ハラブへと急ぐのだった。

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