闇を統べる者

吉岡我龍

綻び -ラムハット-

 セイラムの懺悔など軽く吹っ飛ぶほど重い任務を自ら受けてしまったクレイスはお門違いだと理解しつつもショウに恨めしい視線を向けながら3人で廊下を歩いていた。
「いや、いやいや。最後はスラヴォフィル様が手をさし伸ばされていたじゃないですか?それを振り払う決断をしたのは貴方でしょう?」
「・・・ショウ、ほかに何か良策はないの?」
ヴァッツだけは詳しい事情がわかっていないのか、2人のやり取りをぽかんとした様子でずっと見守ってくれていたが最悪彼に頼るのも悪くないのかもしれない。
そこまで思いつめていたクレイスは向こうからやってくるルサナ、ウンディーネ、ノーヴァラットに囲まれても未だ気持ちは収まらないままだ。

「・・・1つだけ、妙案ならありますが。」

「ほらやっぱり?!絶対何か隠してると思った!!早く教えてよ?!」
彼は自分と同い年でありながら国政の大半を任されるほど優秀なのだからあの場で出した野蛮な方法以外を絶対に知っていたはずだ。
そしてそれが正しかったのだとわかると彼女達が驚く様子も気にせず詰め寄ったのでショウは失笑しながらまずは、と全員をヴァッツの部屋に案内するのだった。

「お帰りなさいませ。ヴァッツ様とご友人方。」

ノーヴァラットは同郷なので多少の接点はあったかもしれないがルサナなどはほぼ初対面に近い。
それでも緊張する事無く、淑女然としたお辞儀で挨拶をする姿に感心していたクレイスはいつもより小さく感じた円卓を囲んで皆が腰を下ろす。
「そういえば何でオレの部屋なの?ショウの部屋だと狭いから?」
「ええ。それもありますがここから先のお話は内密に進めたいものですから。」
ショウの表情がより怪しさを増すとこちらも釣られたのか若干悪い顔になっていたらしい。
ルサナからの指摘で少しだけ両手で頬を揉み解すとレドラが用意してくれた紅茶を前に早速話が始まった。

「まず以前紹介した『ワイルデル領』の『気まぐれ屋』店主を覚えていますか?」

「うん。変わった人だったよね。顔が鳥みたいな・・・」
「はい。実は彼は特技も変わったものをお持ちでして。それを使えば解決出来るかもしれない、といった提案です。」
「うん?」
流石は異なる世界から来た種族だなぁと不思議に思っているとレドラが奥から装飾で彩られた大きな大きな黒塗りの箱を軽々と持って来てショウの横に置く。
それを静かに開けた中には大小様々な色の丸い真珠のような石がぎっしり詰まっているではないか。

「あれ?これって・・・ねぇレドラ。こんなのいつの間に手に入れてたの?」

「はい。ヴァッツ様がクレイス様を助ける為に『モ=カ=ダス』という場所に赴かれていた時、ショウ様からご用命を受けてこの部屋で管理して欲しいと頼まれていたものでして。」
クレイス達にはただただ綺麗でとても質の高い宝石にしか見えなかったのだがヴァッツはその本質をいち早く見抜いたらしい。
「流石ですね。ヴァッツ、これが何かわかりますか?」
「うん。色んな感情が詰まってる。え~でも何で残してるの?誰かに移ったら大変だよ?」
「ですよね。私もそう思ってあの店主からそのほとんどを買い取ってきたのです。そしてヴァッツに全て処分してもらおうかと。可能でしょうか?」
「うん!いいよ!じゃあ、はい!」
訳がわからないまま2人の会話が進むとヴァッツは右手をかざす。すると宝石達が一瞬だけ眩く光ると全て彼の手の中に吸収されて跡形も無く消えてしまった。

「えーと。いい加減説明が欲しいんだけど。今の何だったの?」

流石にもう口を挟んでもいいだろうとクレイスが尋ねると聞いてもよくわからない答えが返ってくる。
「あれらには全て人間の感情が入っていたのですよ。」
「「「「???」」」」
ノーヴァラットがこんな表情をするのも珍しい。それくらい4人が困惑した様子だったがショウはそれが大層面白かったのか、珍しく声を出して笑うとヴァッツもつられて大笑いしていた。





 「すみません。これもスラヴォフィル様から直々にお達しされていたもので。もっと感情を表すようにと。」

言い訳の内容も意味不明すぎてこちらも怒ればいいのか呆れればいいのかわからないまま2人が笑うのをやめるまで待っているとやっと本題が始まった。
「先程の宝石には全て何らかの感情、例えば『喜』『怒』『哀』『楽』等が封じられていたのです。」
「・・・・・ほう?」
「『気まぐれ屋』店主ウォダーフは人の感情を宝石に変える技術を持っているのです。つまりこれを使って『ラムハット』の問題人物から邪な感情を奪い取れば静かな解決が目指せるかと考えます。」
「・・・なるほど!!」
やっと合点のいったクレイスは喜びの声を上げるも何故そんな技術が必要なのかがわかっていない3人の少女達は顔を見合わせていた。

「ああ、ごめんね説明が遅れて。実は『ジョーロン』でお世話になってた時にツミアっていう『ラムハット』から来てた人がいたじゃない?実はあの人第三王女らしくて・・・」

「えっ?!あの召使いさんそんなご身分だったんですか?!」
「あぁ。それで納得したわ。何だか違和感があったのよね。召使いにしては立ち居振る舞いがとても丁寧で綺麗だったし。」
「???」
ウンディーネだけは未だに身分というものに疎い為小首を傾げていたがルサナとノーヴァラットはその正体に納得してくれたので続けて彼女が今『ボラムス』にいる事、そして彼女の国『ラムハット』で壮絶な後継者争いが起きている点を説明するとはやり家庭教師が釘を刺してきた。
「貴方他国の跡目争いなんかに首を突っ込んでる余裕なんてあるの?イルフォシア様との関係もそうだけどそろそろ『アデルハイド』の王族としてもっと母国についてやれる事があるんじゃない?」
「確かにノーヴァラット様の仰るとおりです。しかしこれを利用して後継者の重要性を目の当たりにするもの後学に繋がる気はします。スラヴォフィル様からのお許しも出ていますし、ここはウォダーフ様を連れて是非大いに暴れてきてください。」
それをショウが説得してくれるといよいよ話は纏まってくる。後は日程を調整して彼女の姉達と接触する機会を設ければ何とかなるか?
全ての話が終わり、半年ぶりに再び西の大陸へ向かう事が決まったクレイスはルサナ達と共にヴァッツの部屋から退室しようとした時、不意にショウが素早くこちらの手首を掴むと何かを握らせる。
どうやらそれは小さな紙きれのような感触だったが気になって振り向くと彼は珍しく人差し指を口元に当てるという普段滅多に見せない仕草をしていた。

再び嫌な予感が走ったものの『ラムハット』の内乱を穏便に済ませる方法も貰ったのだから深く気にしないでおこう。

そうやって切り替えた後クレイスは自室に戻ってから周囲に誰もいない事を確認して小さな紙を開くとそこには意外な言葉が書かれていた。



折角セイラムが地上に降りてきているので今回は彼女を置いていく。むしろ1人旅だと考えていたのだがこれは彼の思い違いだったようだ。
「何故私がご一緒しない理由があるのでしょう?」
翌日親子3人の時間を十分に堪能したのか、いつも以上に元気を感じるイルフォシアが旅立とうとしていたクレイスの下に不満そうな表情を浮かべて颯爽と現れる。
「そうですよ!私がお傍にいないと危険でしょう?大丈夫、何があっても必ずお護り致します!」
正直ルサナの言動は想定内だった。むしろ彼女は戦力として考えると一番頼りになるかもしれない。
「お城に居てても暇だしね。私も行くの!」
「貴女達、もう少しお城勤めという認識を持った方がいいわよ・・・」
しかしウンディーネのまるで遠足に行くような気楽すぎる発言にノーヴァラットがまとめて苦情を呈していたがそんな彼女もついてくるらしい。
「ノーヴァラットは僕の軍を預かっておいて欲しいんだけどな・・・」
「それは無理。彼らは貴方の部隊だし、何より私じゃ扱いきれないもの。彼らはザラール様に押し付・・・お任せしましょう。」
何だかんだ言いながら結局はこの5人が一緒に行動する事になったのだが今回は更に鳥頭のウォダーフが参加する。
なのでクレイスを筆頭にショウに見送られるとまずは『ワイルデル領』にある『気まぐれ屋』という不思議なお店に降り立った。

「すみませ~ん。まだ開店前なんですよ~、ってあれ?クレイスじゃない。それに皆も。」

中に入るとそこで見慣れない衣装に身を纏ったハルカがこれまた見慣れない声色と笑顔で出迎えてくれたので本当に自分を殺そうとした元暗殺者なのかと目を疑ったが、イルフォシアなどは可愛い衣装や身に着けている珍しい宝石を褒めつつ感心していた。
「え?!もう来られたのですか?!というか今から出立ですか?!」
そして奥からは鳥頭なので表情の読みにくい店主が驚きつつも嘴をぱくぱくさせている。
「あ、はい。ショウから『ラムハット』の消耗を考えると急いだほうがいい、と言われたので。」
時間で言えば朝7時をまわった頃だが既に日は上り外は明るいので移動に問題はない。ただこんなに早く来るとは思っていなかったのだろう。
ウォダーフが慌てて衣装に見慣れない帽子を被り大きな鞄を持ってくると個性豊かな店員達に引継ぎ的な挨拶を交わす。
「ティナマさんが居るので大丈夫だとは思いますがもし何か問題が起きた場合はすぐにお城へ知らせて下さい。あと宝石は大切に扱うように。」
どうやら彼は元『七神』の長に相当な信頼を置いているようだ。彼女も力強く頷くと店主はこちらを促して外へ出た。

「おや?馬車など・・・は、見当たりませんね?もしかして徒歩でいかれる感じですか?」

すると辺りをきょろきょろと見回しておかしな事を尋ねて来たのでこちらも皆がおかしな表情で顔を見合わせていた。





 「えっと、ここからは皆で空を飛んでいこうと思っているんですが。」

「ほう?!そのような技術があるのですか?!」
まだ見慣れてないせいかその表情は読み辛いがウォダーフはとても驚きつつ多少の喜びを浮かべているようだ。
「技術と申しますか。魔術とかその他の方法ですね。」
ルサナとイルフォシアはまた別の力で飛んでいる為省略しつつ軽く説明を終えると早速皆が飛空準備に入る。そして驚かされた。
今回は練習も兼ねてルサナも自力で飛ぶ選択をしていた為、5人が一斉に空へ向かったのだが1人だけ姿が見当たらなかったのだ。
それに気が付いたクレイスが地上を見下ろすと何故かウォダーフが慌てるような勢いで両手を振って何か叫んでいたのでゆっくり降下するとその事実が告げられる。

「あ、あのですね?!私は空が飛べません!!もしかして、この国の方々は皆そんな事が出来るのですか?!」

最も自然に空を羽ばたきそうな彼の意見に様子を見に降りて来た他の面々も正に面食らった様子を包み隠さず露にした。
「えっと。ウォダーフさんって鳥ですよね?」
「いいえ。鳥人族と言って鳥に近い部分を持ってはいますが異なります。故にそのような翼を持ってはおりませんし・・・クレイス様やウンディーネ様はどういった理屈で飛んでおられるのですか?」
ここにきてお互いが違う世界の住人なのだと改めて思い知らされた。自分の中では常識だという考えは今後なるべく控えるように意識した方がいいだろう。
悠長に説明している時間が惜しかったクレイスはまずいつもの巨大水球を展開するとそれでウォダーフを包み込んだ。それをとても驚きながらきょろきょろする彼に心配いらない旨を伝えると今度こそ一行は西に向かって飛び立つ。

そして『ボラムス』に着くまでの間にこれが魔術である事や、異能を使って空を飛ぶイルフォシアとルサナの説明を終えると彼は深く感心しながら初めて見る空の上からの景色に感嘆していた。



それから1時間後にはツミアの待つ『ボラムス』へ到着するとやや眠そうな顔で出迎えてくれるガゼルの他に意外な面々も姿を現した。
「おう!相変わらず魔術だけは大したもんだな~。」
「おはようございますクレイス様、それにイルフォシア様もお元気そうで何よりです。」
「あ、あれ?カズキにナジュナメジナ様?お、おはようございます。何で2人がここに?」
今回の旅は出立時から訳の分からない事が多い。お互いが挨拶を交わした後不思議そうに尋ねると傀儡王に代わってカズキが説明してくれる。

「ああ。何でもこの胡散臭いおっさんも『ラムハット』に行きたいんだと。ツミアって王女も了承済みだ。」

最初ツミアとウォダーフの3人で問題に当たるつもりだったはずがここにきてまた人数が増えるとは。いつにもまして賑やかな旅になりそうだなぁと考えているとその後ろから懐かしい少女も姿を現す。
「クレイス様。その節は大変お世話になりました。」
記憶と随分違う、質素だが確かな気品を感じる衣装を身に着けた少女は召使いの時と印象が全く違っていた。ただそれこそ王女である証なのだろう。
「い、いいえ。最後の戦いは全然役に立てなかった、ですし・・・えっと、ツミア様。では早速出立しましょうか。」
正体を知ってしまったからか、以前のように気軽なやり取りを難しく感じたクレイスはまるで緊張してイルフォシアに接していた時のような言動を見せるがツミアは笑みを零しながら軽く答える。
「そんな他人行儀な呼び方はおやめ下さい。私は貴方の元へ嫁ぐ覚悟で参りましたからツミアで結構です。」
「「いや良い訳ないでしょ?!」」
相変わらず仲が良いのか悪いのか、突っ込むところだけは息ぴったりの2人が鋭く口を挟むとカズキは呆れつつ、ナジュナメジナは楽しそうに笑っていた。

「それにしても鳥人族か・・・世界は広いなぁ。」

急いではいたもののガゼルがウォダーフを興味深そうに眺めたり軽いやり取りをし始めたのでクレイスもカズキから軽く事情を聞く。
「俺らに恩を売りたいのと『ラムハット』で金儲けしたいんだとさ。」
「は、はぁ・・・」
ただその内容があまりにも簡単すぎてこちらとしてもいまいち理解が出来なかったがそれを察したのか、最終的には本人が自ら口を開いた。
「まぁまぁ。とにかく今は火急を要するはず。詳しくは移動中にお話ししましょう。」
彼には一度イルフォシアが重傷を負った時に多大な恩を受けているので普通に話を通してくれれば快諾するのになぁと不思議に思いつつ、まだまだ話したりなさそうなガゼルはワミールやシーヴァルに無理矢理引き剥がされるとクレイス達は巨大水球に3人を吸収して西の大陸を目指すのだった。





 「ま、まさか海を渡るおつもりですか?!言っておきますが私、泳ぎも得意ではないので・・・だ、大丈夫でしょうか?」

ツミアは何度か経験していた為落ち着いているのはわかる。だが同じように初めて空を飛ぶはずのナジュナメジナも最初こそ少しだけ感嘆の声をあげたものの、以降は相変わらず鳥人族が一番取り乱していた。
「大丈夫です。魔力も充実していますし、ルサナもノーヴァラットも辛かったら中に入っていいからね。」
「む?まさか私にまで気を遣うなんて・・・後でお説教ね。」
「何でさ?!」
魔力の保有量と飛び慣れていない2人を心配して声を掛けるととんでもない言いがかりが返って来る。どうやら元4将としての誇りだけでなく年下の少年に気を遣われた事が不満を感じる原因だったらしい。
「大丈夫です!今後の事を考えると私も少しは慣れておかないと・・・それに・・・」
ルサナに関しては血液さえ供給出来れば傷を癒し体力が無尽蔵に湧いて出てくるのだから慣れという表現はいかにも彼女らしい。だが訝し気な視線の先には鳥人族ではなくナジュナメジナに向けられていた。
「ナジュナメジナさんって・・・カズキさんが言ってたように何だか胡散臭いんですよね。出来れば近づきたくないっていうか・・・」
「はっはっは。流石は『トリスト』の未来を担う方々だ。歯に衣着せぬ発言は清々しいですな。」
そういえばショウもそんな事を言っていた。確かに普通の商人とは思えない雰囲気を纏っているがこれこそ大実業家と呼ばれる所以であり、自分達とは別方向に才覚を伸ばした結果なのだろう。
それにしても皆遠慮が無さ過ぎる。彼は器の大きい人物なので事なきを得ているが今後の事を考えるとここは1つ注意しておくべきか。

「あのね。この方は僕達を救ってくれた恩人なの。そんな方を前に失礼な言動を続けてると・・・それこそお説教しちゃうよ?」

置いていくという発言は流石に気が引けたので先程のノーヴァラットが選んだ言葉をそのまま使用すると一瞬驚いた表情を浮かべつつも何故かその後ははにかんでいた。
「仲がよろしいようで何よりです。ところでツミア様。到着まで時間はあるようですし皆様の為にも是非『ラムハット』について色々お聞きしたいですな。」
そしてルサナの失礼な言動など全く気にしていないナジュナメジナが促すとツミアも国土面積から特産物、そして荒廃した国内情勢などを隠す事無くすらすらと説明し始める。

「とにかく去年『ジョーロン』に侵攻したのは大失策でした。あれにより国内の男手がかなり失われ、各方面で労働力不足が・・・あ!いいえ?!決してクレイス様のせいではありませんから!!」

以前から国民が困窮しているというような話は聞いていたがまさか自分が放った魔術によってそこまで深刻な状況になっていたとは。
ツミアに彼を責める意識はなかったものの、失言だったと慌てた様子の謝罪にこちらは上手く笑顔を返せなかった。ただ、その話を聞いていた他の人間は別の方向から『ラムハット』の現状に斬り込む。
「ふむ。つまりその大失策を利用してお兄様が暗殺され・・・いや、わざと大失策を招いてお兄様を消す口実にした可能性はありますな。」
「いいえ、ナジュナメジナ様。私はむしろ大失策の責任を残したまま暗殺され、現在それを押し付け合う形になっていると推測します。いかがですか?」
いつの間にか巨大水球の中では2人の胡散臭い人物が彼女の話を聞いてお互いが持論を展開し合う。これは到着までまだまだ時間がかかる為の退屈しのぎの意味もあるのだろう。
「は、はい。兄は責任を問われる前に暗殺され、現在その所在は放置されたまま姉達の後継者争いが勃発している、と聞き及んでおります。」
「「ふ~む・・・」」
2人の回答とは少し違う内容にお互いが軽い唸り声を上げているとクレイスの隣を飛んでいたイルフォシアがとても真っ当な、そして不思議そうな様子でツミアに尋ねる。

「ところで何故姉妹で争わねばならないのです?」

元より仲のいい姉と妹だからこその疑問は周囲も深く同意する所だ。確かに例えどのような理由があるにせよアルヴィーヌとイルフォシアが派閥争いや後継者の座を奪い合う姿は想像がつかない。
「そ、それは・・・」
まるでヴァッツのように純粋な目をしたイルフォシアを前に彼女も言葉を失いながら俯き、今まで饒舌に語っていたのが嘘のようにしばらくは沈黙した時間が流れるのだった。





 結局彼女から答えが明かされる事はなく、クレイス達はそのまま『ジョーロン』の王都へ降り立った。
というのも現在『ラムハット』では半亡命中である第三王女のツミアを水面下で始末しようという動きが見られるようなのだ。
なので以前と同じようにまずは国王への挨拶と助力を願い出た後『キールガリ領』へ赴き、そこから『ラムハット』へ入国する手筈となっている。

「ようこそクレイス君。いや~・・・君は再会する度に見違えるほど成長していくね。」

気心を許している国王クスィーヴは謁見の間などという堅苦しい場所には通さずいきなり自室へ招き入れると早速握手から始まり眩しい笑顔で手放しに褒めてくれる。
「お久しぶりです。でも自分ではよくわからないんですよね。背丈や目方は増えているんですけど・・・」
強くはなっているはずなのだがいまいち確信を覚えるような勝利を手にしていない・・・正確にはいくつかあるのだがそれに納得していないクレイスは己の成長についていつも疑問に思っていた。
「とにかく器量は抜群よ!このままいけば女の子が放っておかな・・・もう結構な女の子を囲ってるみたいだしね!」
赤子を抱えたジェリアも以前と変わらず元気な様子でこちらに親指を立ててくるがこれも自身にそんなつもりがないので若干の違和感が残った。

「初めまして。私、『ボラムス』という小国にてロークスという都市の長と多少の商売を営んでいるナジュナメジナと申します。」

「同じく『ビ=ダータ』の『ワイルデル領』で『気まぐれ屋』という小さな店を構えております、ウォダーフと申します。」

それから初対面であった2人の癖が強い商人と自身の家庭教師でもあるノーヴァラットが自己紹介を終えるが『キールガリ領』に潜伏していた第三王女ツミアは『ボラムス』へ向かう際その正体を告白していたようでそこは省略された。
後は軽い歓談の後クスィーヴ自らが大きな議会室へと案内してくれると早速今後の計画についての話し合いが始まる。
「ショウ君やスラヴォフィル様直々の文書も届いているのでこちらとしても全面的に協力はさせてもらうが、まずはツミア様の姉妹について詳しく聞かせていただけるかな?」
前回は対応の全てをキールガリに任せていたのもあるのだろう。クスィーヴが妙にやる気を放って尋ねてくるので彼女は珍しく萎縮した様子を見せる。
だがそれは勘違いなのだと直ぐに改めた。何故なら道中にイルフォシアも同じような質問をした後、ツミアは一切口を開こうとしなかったからだ。

「・・・ツミア。そんなに言い難い事情があるの?」

それでも詳しい話を聞かねばこちらも助力のしようがないので今度はクレイスが直接尋ねると彼女は少しだけ目に光を取り戻してゆっくり顔を上げる。
「・・・『ラムハット』は姉達のせいで既に国の体を成していないのです。」
「「ほう?」」
「現在は長女が国軍を、次女は自警団を使って城下では小競り合いが続いていると聞き及んでおります。その内乱により王都からは人が離れて行き、城内でも様々な策謀が飛び交う状況だとも。」
「む?それだと次女側が劣勢な気もするが・・・こう着状態が続いているということは国家転覆の可能性もあると?」
「はい。我が国の自警団はかなりの力を保持しているので国軍に引けをとりません。ただ恐らくですが両軍とも無益な戦いを避ける為か本気での衝突は避けているようです。」
話を聞いていたクレイスは一瞬疑問に感じたが自警団であっても国家から見れば現在は国賊扱いなのだろう。その様相はまるでカズキから聞いた『モクトウ』での反政府軍の話に似ていたが今回は少し勝手が違う。

「ツミア様。今回の争いをどう収めたいとお考えですかな?」

ナジュナメジナも商売の件があるのでここは正確に見極める必要があるのだろう。未だウォダーフの特殊能力を知らない部分も関係しているがこれは彼女の口からしっかりと聞いておくべき内容なのは間違いない。
「・・・私は・・・」
しかし普段あれほど歯切れ良く話をするツミアが再び言葉を失っている。確かに両方とも自身の姉なのだからどちらかが王位を継承すればもう片方には厳罰が、最悪極刑が下されてもおかしくない。
恐らくそれで深く悩んでいるのだろう。そう考えていたのは決してクレイスだけではないはずだがある程度権力と言うものを知る者達は第三の答えも視野に入れていたらしい。
それはツミア自身が王位に就く事だ。そうする事で愚行を犯した姉達を唯一許す形で収められる。そしてそれが狙いでクレイスに嫁ぐという話をしていたのにも納得と辻褄があうのだ。

ところが答えの内容は予想しないものだった為誰もが言葉を失う。

「・・・・・私は2人の姉を処断したいと考えております。」

何故なら仲の良い『天族』の姉妹を見てきた『トリスト』の人間には到底考えられない意見だったからだ。





 「ふむ。姉君達とは不仲なのかい?」
クスィーヴも義弟の崩御から現在の地位に就いたものの仲が悪い兄弟ではなかったのでその答えには思うところがあるらしい。
優しく問いかけるとツミアは軽く呼吸を整えた後、自身と姉達の関係について話し始める。
「・・・昔は兄に連れられて国内を巡ったりしておりましたし姉達ともお茶をしたりした時期もありましたが今は不仲、というより憎しみ合っているとさえ感じます。」
「それはツミア様も含めてでしょうか?」
「・・・。」
イルフォシアが少し悲しそうな表情で尋ねるとツミアもまた俯いてか細く答えて来た。それにしても姉妹を処断とさえ言わしめるのだから相当深い何かがあるのだろう。
そこを詳しく問いただすべきか?それともウォダーフに頼んで強引に3人の憎しみを抜き取って無理矢理仲裁すべきか?
こちらはこちらで対処について悩んでいると唯一その発言を前向きに捉えていたナジュナメジナだけは優しい笑みを浮かべてその続きを述べ始める。

「しかしクレイス様は貴女と婚姻関係を結ぶ意思を頑なに拒否されている。つまり姉妹の件はさておき、終着点はツミア様が新女王になられるという解釈でよろしいでしょうか?」

「・・・そうですね。父がご存命でないのならそういう形に収まるかと思います。」
彼女の父、ハーデムは4年程前から行方不明といった形になっているらしい。
もしかすると兄妹の誰かが監禁している可能性もあるそうだが実兄を殺した彼女達にそんな理性が残っているのかどうかは疑わしい所だ。
「では今回の件、クレイス君はあまり顔を出さない方が良いな。」
「・・・えっ?」
「それはそうでしょう。いくら遠国とはいえ王族であるクレイス様が他国の王女を手にかけたとなればそれこそ新たな戦火が熾ってしまいます。」
「そういった理由からイルフォシア様もいけませんよ?」
「・・・・・」
クレイスが驚いて声を上げたので事細かに説明してくれるイルフォシアにもクスィーヴは釘を刺す。となれば後は他の面々に頼るしかないのだがここでショウから手渡された小さな紙きれが彼を縛ってきた。

『信用と信頼』

最初はてっきりウォダーフに対しての注意喚起だとばかり思っていたがこうなると全ての人物に当てはまって来る。
自分が表立って行動出来ないとなれば誰かに任せるか頼るしかなく、最も愛して頼りにしているイルフォシアにも制限がかけられるとなると他には・・・
気が付けばルサナ、ウンディーネ、ノーヴァラットの3人を言葉通り吟味する視線を向けて回るとそれぞれが何かを察したのか色んな表情を返してくれた。

まず命の心配が最も必要ないルサナだが彼女はイルフォシアに似て短絡的な部分がある。それが発動してしまった時『ラムハット』という国家に大きな損害を生まなければいいが・・・
ウンディーネは能天気なだけでなく明るく社交的であり、普段と違った冷静な一面も持ち合わせているので相手に警戒されずに近づくのは最も容易かもしれない・・・
ノーヴァラットは歳も経験も重ねているので一番頼りにしたい所だが両極端な性格が敵陣で入れ替わった場合、目的を遂行するどころか帰還すら怪しいだろう・・・

「・・・うーん・・・」

本来の目的を忘れて誰にどう頼ろうかと悩む中、クスィーヴの忠告とは別にツミアは是非クレイスだけは傍に居て欲しいと懇願するのだった。





 結局2人の王族らは顔を覆える外套に口元を隠す襟巻をするという条件でツミアの護衛として一緒に行動を許される事になる。
ただ、これに納得のいかなかったイルフォシアは若干の苛立ちを見せるもここはクレイスがしっかりと宥める事で事なきを得た。
後は詳しい内情によって他に選べる行動計画をいくつか立案し、最終的に誰が第一第二王女を暗殺するかという物騒な話が深く議論されていく。
しかしクレイスは最後までウォダーフの能力による解決方法だけは口に出す事はなかった。

隠し事に慣れていないので何人かがその不自然さを感じてはいたものの詮索される事は無く、クスィーヴが用意してくれた晩餐会も程々に楽しんだ翌朝、西へ飛ぶと次はキールガリの館に立ち寄る。

「ようこそクレイス君、いや、今は正式に王子という身分と『トリスト』の将軍位をお持ちなのだからクレイス様とお呼びした方がよろしいかな。」

今回もここが何かあった時の逃亡先となっている為、領主側もかなりの危険を伴うだろうが国王命令なのとツミアが『ラムハット』の第三王女という立場を知ったので以前のような礼を欠く行動は見せない。
むしろ再び訪れてくれたクレイス達を心から歓迎してくれている様子であり、息子のフェブニサも相変わらず丁寧な対応で迎えてくれた。
そこから一行は用意された馬車に乗ると陸路で『ラムハット』の王都へ向かう。これはこちらの手の内を知られない事やツミアの身を考えての行動だ。
ちなみにクレイスとイルフォシアだけでなく、ナジュナメジナとツミア以外、特にこちらの世界では見慣れない顔立ちをしているウォダーフは厳重に顔を隠す格好に着替えていた。
そして隣に座った彼がそっとこちらに耳打ちしてくる。

「ところでクレイス様は此度の件、どう収拾をつけられるおつもりですか?」

感情を宝石に変える能力はツミアやナジュナメジナ以外には知らされておらず、クレイスの指示にのみ従う約束が事前に結ばれていた。
あとショウからもウォダーフの能力は内密にしておきたいとも告げられているのでツミアの姉2人にこの術を掛けるにしても慎重に場所や時間を選ぶ必要がある。
しかしそれとは別にクレイスは軽く頷いた後、前に座るツミアに向かってどうしても知ておきたい質問を始めた。

「ねぇツミア。ツミアとお姉さん達の話を聞かせてくれないかな?」

「・・・と、仰いますと?」
「昔は仲が良かったんだよね?だったら何で不仲になったのか、その理由を知りたい。じゃないと今のままじゃお姉さんを処断するっていう考えにはどうしても賛同出来ないんだ。」
切り札として『憎悪』という感情を奪い去る方法を除いて、何度考えても姉妹に手を掛けるという理由に納得がいかないクレイスは己の視野の狭さをさらけ出している事にすら気が付かずに尋ねてみる。
すると彼女は隣に座るイルフォシアを少しだけ見つめた後、その過去を僅かだけ語ってくれた。

「・・・一番の理由は父が私を王位継承者に選んだ事でしょう。」

「・・・そうなんだ。」
本来王族というのは男児が最も優遇され、国王の座を約束される。王女などは他国との交渉に無理矢理よく知らない男の元へ嫁ぐのが定番だ。
なのに国王はツミアを指名したのだと考えるとその存在を蔑ろにされた長男、そしてその次に継承権があるはずの姉達が末妹によからぬ感情を抱くのも無理はない。
「そんなくだらない理由でツミア様の身に危険が迫っていたなんて。クレイス様、ここは彼女の意向に沿ってすぱっと解決してしまいましょう。」
4人乗りの馬車だった為今の発言を他の4人に聞かれなかったのは幸いだった。彼女の暴論を肯定する訳にも行かず、クレイスは御しやすい内容でイルフォシアを諭した。
「イルフォシア。僕達はまだそのお姉さんにも接触していないし『ラムハット』っていう国にも行った事がないんだ。それに君もどんな理由があってもお姉さんと戦うなんて嫌でしょ?」
「う・・・そ、それはそうなんですが。でも実際後継者争いで国を傾かせているのでしょう?であれば2人の姉はまず王族として無責任が過ぎます。」
「う~ん。確かにそれはあるだろうけど・・・ねぇツミア。他に何か思い当たる節ってないの?」
未だ王位継承について深く考えた事のないクレイスは不思議そうに尋ねると再び彼女の顔から活気が失われて俯いてしまう。
その理由は最後まで明かされないか、明かされる事がないまま跡目争いは解決するかもしれない。ツミアの様子からクレイスも半ば諦めて顔を逸らそうとした時。

「・・・実は私だけなのです。国王と王妃の血を引いた娘は。」

やっと教えてくれた事実に2人は一瞬理解が追いつかなかった。というのも自分達の周りでそのような話が無かったからだ。いや、少し考えるとそういった例がとても身近にあったのだがそれは馬車の音だけが暫く続いた後に思い出すのだった。





 「でもイルフォシアもアルヴィーヌ様も本当の親子じゃなくてもちゃんと王族だよね?」
「そ、そうですね!もしセヴァ様に子が生まれたとしても跡目争いをする事は断じてありませんし父が誰を後継者に指名したとしても決して国内に混乱を招くような真似は致しません!」
初めて聞く王族の縺れた関係に2人がすかさず反応するもツミアの気持ちは沈んだままだ。
「私なんかが生まれなければ『ラムハット』はもっと平和を謳歌出来たはずなのです。私の存在は私を含めた兄妹にとっても疎ましいのでしょう・・・」
今までと違ってあまりにも自身を卑下するのでこちらも必死で擁護してみるが彼女は自身の話を進める毎にどんどん落ち込んでいく。
「ふむ。つまり正統な後継者が母国へ帰れば大きな危機に晒される事は目に見えている。だから王族というだけでなく確かな戦力としてクレイス様を頼った、という訳ですか。」
「・・・・・」
そんな中ウォダーフだけは淡々と持論を語りながら勝手に頷いていた。移動中にも感じたが彼も商人であるせいかナジュナメジナのように感情と思考を切り離して考える節はあるようだ。
以降は暗い雰囲気で誰一人その話題に触れる事が出来なかったものの、ツミアがこちらに何かを伝えようとしては止める素振りを何度か見かけた。
それが一体何だったのか。深く考えようにも未だ彼女が隠し事をしている為に思考が発展することはなく、一行は1週間ほどで『ラムハット』の王都へ到着するのだった。



『ジョーロン』の馬車に国旗を見てもあまり警戒されなかったのは事前にこちらへ赴く旨を書簡で伝えてあったからだ。
思っていた以上に街が半壊しているがそこら中に死体が放置されている訳でもないのでここは情報通り、お互いが被害を最小限に食い止めようとはしているらしい。
しかしその馬車中にツミアがいる事だけは伏せていたので城門を通り、入り口前で降りて来た彼女を見た衛兵達は一瞬あっけに取られていた。
「これはこれは。まさか国を捨てた王族の恥さらしがご一緒だったとは驚きです。今更我が国に何用ですかな?」
そして出迎えたのはこの国の宰相らしいがその随分と酷い物言いにイルフォシアとルサナが包み隠さず怒りを露にしたのでクレイスは慌てて2人を抱きしめる様に抑え込む。

「はい。父の命に従い『ラムハット』を治める為に戻りました。」

「ふむ。そのような戯言をアハワーツ様やサニア様が受け入れられるとは思えませんが、ともかくお帰りなさいませ。」
どうやら宰相もツミアを疎ましく思っているらしい。どちらの派閥に属しているのかはまだわからないが彼女に送る視線に首を垂れる素振りすら見せない様子はとても第三王女へ向けるものではない。

ただ彼の言葉は意外な人物の心にも深く刺さってしまったのをこの時は誰も知る由がなかった。

一行はツミアを護るように前後左右に立ち、後ろにはノーヴァラット、ウォダーフとナジュナメジナがろくな警護もない状態でついてくる。
これは彼女に対する風当たりが非常に強いのと流石に『ジョーロン』と『トリスト』が関わる商人にまで危害は加えてこないだろうという考えからだ。
こうして招かれざる第三王女は謁見の間に通されるとそこには国王が座るべき椅子には足を組んだ女性が、王妃が座るべき椅子には上品に腰かけてこちらを見下ろしていた。

「おや?誰かと思えばツァラー、今はツミアでしたかしら。どうしたの?罪でも償いに来た?」

その声がきっかけになったのだろう。近衛兵達が一斉にツミアへ向かって迫って来たので顔を隠さずにいたルサナとウンディーネはどう動くべきかを判断する為クレイスに視線を向けたが次の瞬間。

ぶふぉおおおおおおんっ!!!

高鳴りのような音と共にクレイスらを巨大な竜巻が一瞬だけ包み込むと近づいて来た者達はそれに吹き飛ばされて壁に強く打ちつけられていた。





 「初めまして王女の御二方。私は『ボラムス』で事業を営んでいる実業家のナジュナメジナと申します。」
「同じく『ビ=ダータ』という国で小さな茶店を経営しているウォダーフと申します。以後お見知りおきを。」
そんな出来事が起きたにも関わらず呆気に取られる周囲の様子など一切気にしない胡散臭い男は静かに跪いて名乗りを上げるとこちらも同じ類の人物だからだろうか。続いて名乗るとクレイス達もそれに従って跪く。
しかし他の面々はあくまで護衛としての立場に徹する為名乗る事をしない。これはクスィーヴにも言われていた国家間のいざこざにならないよう考えての事だ。
「・・・ふん。東の人間は噂通りに野蛮な連中が多いみたいね。私達の城内で起きた狼藉はしっかり責任を取ってもらうわよ。ねぇ?ツミア?」
「・・・・・」
そのお蔭か王女達が今の騒動についてこちらに言及する事は無く、ただ1人跪かずに真っ直ぐと立ち続けるツミアにだけ計り知れない憎悪が向けられている。

「じゃあその子の処断はお姉さんに任せるわね。ナジュナメジナ様といえば最近ですと5大実業家のお一人から事業の全てを受け継がれたと専らの噂ですわよ。よろしければ詳しいお話を聞かせて下さる?」
恐らく次女の方だろう。王妃の椅子に座っていた彼女はわくわくした様子を見せながら彼に話しかけてくるがその双眸からは隠しきれていない猜疑心が溢れ出ていた。
一体どういった人物なのだろう。ここにきてやっと根本的な疑問を浮かべたクレイスは跪いたまま、それでいてツミアに危害が及ばないよう注意を払って王女姉妹を静かに観察しているとナジュナメジナが笑顔で立ち上がりこの場の収拾に乗り出してくれる。
「喜んで。しかしここにいる方々は私の友人であり恩人であり大切な顧客でもあります。彼らと私を同じように扱い、同席を約束して頂けるのでしたら全てをお話ししましょう。」
やはり彼は頼りになる。ナジュナメジナの立ち回りに心の底から感謝と敬意を感じつつ様子を伺っていると第二王女の方は少し考えた後快諾するが第一王女は鋭い視線をツミアから外す事をしない。
もう一波乱起きるか?そう警戒していたが最終的には長女が立ち上がって謁見の間から去っていくと次女であるサニアがこちらを来賓室へと案内してくれるのだった。



それでもずっと顔を隠し続けるというのは難しいものだ。

まさかこんな早くに話し合える機会を得られるとは予想外だったが一応その先の対策も立てていたので抜かりはない。
全員が頭からかぶった外套を脱いで襟巻を少しだけずらしながら口元を見せる中、普段の2人を知る人物から見ればイルフォシアとクレイスだけは髪型を変えていたので印象が随分違って見えただろう。
といってもイルフォシアは髪をまとめて頭頂でお団子にしただけだしクレイスはガゼルのように総髪でまとめただけなのだが幸い第二王女の興味はやはりウォダーフの素顔だけに注がれているようだ。
ただここだけは誤魔化しようがないのでひとまず彼が鳥人族という希少な種族だという事だけは伝えると彼女も相変わらず双眸に猜疑心を宿しながら納得する姿勢を見せた。
そこから全員が同じ長卓に同席が許されるとまずは本命であるナジュナメジナに眩しい笑顔を振りまきながらサニアは楽しく会話を始める。

「確かナジュナメジナ様は紡績業に今は鉱石も扱っておられるとか。そのような御方が『ラムハット』に足を運んでくださるなんて、それだけでも光栄ですわ。」

「いえいえ。私など一商人に過ぎません。それにこの地へ赴いたのは商機を見出だしての事、周りからすればあまり褒められたものではないでしょう。」
自虐ではない、確かな自覚と自信を持って笑いながら話す彼の姿にはやはりただならぬ雰囲気を感じる。それは第二王女サニアも察したのか、相変わらず笑っていない双眸からは考えられない明るい笑い声を上げていた。
「流石は世界に名を馳せる御方ですわ。でしたらどうでしょう?私がこの国の女王になった暁には正式な取引をなさいませんか?決して損はさせませんわよ?」
「はっはっは。大変有難い申し出に思わず喉から手が伸びそうです。しかし私はここにおられるツミア様との約束がありますのでそれはお受けできません。」
「あら?そんな平民とどのようなお約束をされたのかしら?」
ツミアの名が出た途端、今までの仮面が一瞬で割れたサニアが長女と同じような冷酷な雰囲気を放ち始めると再び周囲にいた近衛兵も若干の動きを見せ始めたのでクレイスもすぐに彼女を護れるよう静かに警戒するがナジュナメジナならこの程度の場など難なく切り抜けるだろう。
そう信じて疑わなかったのだが次の瞬間、彼の口からまるでヴァッツを思わせるような真っ直ぐな文言が飛び出て来たので全員が凍り付いた。

「はい。実は跡目争いで疲弊しているこの国をツミア様のものとして頂き、そこで私が好きに事業を展開する、というお話です。」

「・・・・・ナジュナメジナ様、貴方はもっと聡明な御方ではありませんこと?その娘は偽名を使って母国を2年も放棄していた王族の恥晒しなのですよ?なのに今更王位が手に入るとお思いですか?」
見れば初見こそ温和そうなサニアだったが今では額に青筋を立ててつり上がりそうな眉を無理矢理抑え込んでいる様子だ。これこそが彼女の本性なのだろうとクレイスはより心に深く刻み込むが相変わらずナジュナメジナの様子は変わらない。
「しかし国王様はツミア様に継承権を与えたともお聞きしています。そこでサニア様にもご確認をさせて下さい。この話は真実ですか?虚偽ですか?」
「もちろん虚偽、全くのでたらめですわ。先程も申し上げたように母国を2年も離れていた娘、本来なら王族と名乗るのさえ許されるはずが無いのです。」
「ほう?つまりツミア様と私の約束は反故されてしまうのでしょうか?」
「そうですわね。その娘は今後私の姉が速やかに処断するでしょう。そして私が次期女王になった暁にはナジュナメジナ様のお話を全て聞き届けますわ。」
口を挟みたい所が満載の会話に口元がむず痒くなってくるが今は一介の護衛を演じている為、そしてこちらの身分を明かす訳にもいかない為クレイスも目立たないように我慢して会話を聞き続ける事に徹するしかない。
しかしその本人が傍にいるにも関わらず彼女からは妹に対する愛情を一切感じないのは本当に不気味だった。
ツミアの話では昔仲が良かったはずなのに何故そこまで憎しみを生んでしまったのか。王位継承とは兄妹を殺してでも欲しいものなのか。
王位についてそこまで考えた事の無い一人っ子のクレイスは身近にいるイルフォシアとアルヴィーヌを考えても絶対にその答えに辿り着く事は無く、2人の会話が穏便に終わるのを願いつつ、やはり最終的にはこの憎悪を取り払ってもらうしかないとウォダーフに期待を寄せ始めるのだった。





 長旅が続いていた事もあり今夜は各々が個室を用意されると食事もそちらへ運ばれる流れで話はまとまった。
だがツミアからすればここは母国でもあり敵地のど真ん中という何とも形容しがたい場所なのだ。故に護衛として誰かが傍にいなければならないのだが選ばれたのはやはりクレイスだ。
「あら?まさかとは思ったけど・・・ふぅん。その優男があなたを唆したのかしら?それとも・・・?」
ウォダーフはともかくナジュナメジナ以外はほぼ女性だった為、部屋を出る時サニアが下卑た妄想と薄笑いを浮かべていたがこちらも命を護り通す責務があるので気にしてはいられない。
いられない・・・と、わかってはいたもののここでもクレイスの心に再び大きな刃が突き刺さって一瞬表情が固まってしまった。
(優男・・・優男か・・・)
何故なら変装の為に総髪を選んだのはあのがさつなガゼルを見習ったから。自身の主観でしかないのだが同じ髪型にすれば粗野で乱暴な見た目になるだろうと勝手に思い込んでいた。
ところがそんな彼をサニアは優男と言い切ったのだ。少年時代から少女に間違われていた事は度々あったし当時は全く気にならなかったが今は違う。
『ネ=ウィン』の夜襲に合い、何も持たず自覚も無かったクレイスは大いに悲哀し、恐怖し、憎悪した。そして出会いの中で自らの人生を省みてまずは強さを手に入れようと心に決めたのも3年以上前の話だ。
今ではザラールを唸らせるほどの魔術を手に入れ、武術にもかなり磨きがかかってきていると自負していた。クスィーヴが感心したのもその体躯が成長していた部分もあったに違いないはずなのだ。

なのに未だ容姿で侮られるのか・・・・・

いっそのことここでひと暴れしてやろうかという自暴自棄な感情も芽生えたがそこはすぐに気が付いたイルフォシアがそっと近づいてきて誰にも見られないようこっそり手を握ってくれると一瞬で心が落ち着いたのだから単純な部分は成長出来ていない。
ただいつかは王族として、王子として、やがては国王としてスラヴォフィルのような姿になれるだろうかといくらかの自問自答を繰り返すと2人だけは衛兵に囲まれて皆と違う場所へ案内されるのだった。



そして辿り着いたのは城内3階にある端の方にある部屋だったのだが、まず第一印象で言葉を失ったクレイスは唖然とした表情で立ち尽くしてしまった。

何故ならそこだけ扉の質が違ったからだ。分かりやすく言うと鋼鉄製で装飾も何もなく、まるで監獄のような見た目に理解が追い付かない。
「・・・ここが私の部屋です。」
そんな放心とも取れる状態だったクレイスにツミアは寂しい笑顔で教えてくれるとその重い扉を一生懸命開けようとしたので彼も腕を伸ばしてそれを手伝った。
思った通りだ。中も石壁に石床とひどい有様で家具や絨毯に装飾品、窓掛けがないのはそもそも窓が存在しないからだろう。最低限の燭台に寝具、小さく小汚い机と椅子はとても王女の部屋とは思えない。
だがツミアはその中へ大人しく入って行くので仕方なく後から続くと重厚な扉は閉じられた後、外から鍵が掛けられる音まで聞こえて来たではないか。

おかしい。おかしすぎる。何故彼女がこんな扱いを受けねばならないのだ。

確かに亡命をしてはいたもののそれは己の身の危険を感じての事であり、隣国で身を隠して暮らしながらも『腑を食らいし者』の情報を聞いてクレイスに助けを求めて来たり自身の全てを捧げる覚悟で行動してきたツミアは十分王族としての責務を果たして来たはずだ。
『ラムハット』に入り、様々な出来事や人々と向き合ってきてより深い謎に困惑するクレイスはしばらくしてからやっと運ばれてきた食事を見て再び呆けてしまった。
それは辛うじて具が多少入っているのがわかる程度の吸い物だけだ。しかも食欲をそそるような香りもしないし量も少なすぎる。
疑問と不満にどうすべきか。彼女が言っていた姉2人の処断を今からでも実行してこようかとも考え始めるがそれより先にツミアが何の疑いもなく食事に手を伸ばしかけたので慌てて制止した。
「ちょっと待って?!」
こういった場合、護衛の者が先に毒見をすべきであり今回は特にその重要性を再認識させられる。
幸いクレイスは確かな料理の腕と知識に精通している為、匙で掬ってそれをじっくり舌と歯ざわりで確認するが毒性の心配はいらないようだが、あまりにも酷い味にこれを第三王女に持って来たという憤りが彼の心を染め上げ始める。

「あら?今日は随分美味しいです。ナジュナメジナ様の手前少しはまともな料理を用意して下さったみたいで。」

ところがその言葉を聞いて怒りは違和感に変わった。美味しい?まともな食材を使わず臭みの残る土の味を美味しいと言ったのか?
「ツ、ツミア。何を言っているの?!」
何が何だかわからないクレイスはその手を止めるか悩んだが確かに食べられない訳ではないし、腹を満たしておかねば明日からの行動に支障も出かねない。
なので寂しく微笑んできた彼女の前に座ると仕方なく一緒にそれを口に運ぶ。文字通り味気の無い食事を早々に終わらせたクレイスはその後1つしかない粗末な寝具に彼女を寝かせるのだが彼自身は護衛と苛立ちの為、とても寝付けそうになかった。





 監獄とも呼べる部屋は逆に外敵の恐れは少ないかもしれない。それでもクレイスは部屋の隅々と上下左右に水球をいくつも浮かべていた。
これは何か異変を感じた時に素早く対処出来る、いわば鳴子の原理を応用させたものだ。
それからツミアの寝具横に椅子を置くとそこに座って護衛の体勢に入りながらクレイスは今日一日の出来事を思い返しつつ今後の計画を考え始める。
(まさか帰国早々監獄に入れるなんて・・・これじゃウォダーフ様の力は必要ないかもしれないな・・・)
当事者でもないクレイスですら2人の姉の所業に激しい嫌悪を感じるのだからツミアの感情を今更推し量る必要もないだろう。

となると後はどこで彼女らに鉄槌を下すかだが・・・

「ねぇツミア。君達の仲ってツミアが王位継承者に選ばれただけでここまで険悪になったの?」
「・・・と、仰いますと?」
「今までの対応だと君が言う断罪に僕も反対するつもりはないよ。でもさ、それでも姉妹で昔はお兄様とどこかへ行ったりお姉様達とお茶をしたりはしてたんでしょ?もしかすると何か原因を見落としていたり、他に譲歩したりする解決策があったりしないかな?って。」
この質問はイルフォシアとアルヴィーヌの顔が浮かんだのとウォダーフの力を使えば、と最後の希望に縋った為だ。
もしこれをショウにでも聞かれたら「長男を既に暗殺しているのですよ?甘すぎますね。」と一笑に付されるのが落ちだろうが、やはり半分は血が通っているのだから彼女も心の何処かで別の結末を望んでいるのでは、と。クレイスはそう考えて、そう願っていた。

「・・・クレイス様は本当にお優しいのですね。」

すると彼女も今まで見せた事の無い憂いのある笑みを浮かべていた。どう捉えれば良いのか難しいがやはり何かある。クレイスの深慮に間違いはなかったのだと安堵したがそれが逆の意味で裏切られるとは思いもしなかった。
それから彼女はこちらに体と顔を向けたまましばらくお互いが見つめ合う時間が流れる。いつ口を開いてくれるのかと、それでも焦らずいくらかの間じっと待っているとその薄い唇がかすかに動きだした。
「・・・私は皆様に1つだけ、隠し事をしていました。」
「・・・うん。」
誰にだってそれくらいはあるだろうし、この場だと何を言われても今更大きく驚いたり計画に支障をきたすような事は無いだろう。
ただ彼女の様子が少しおかしかったのは気になったのでクレイスは椅子から降りると両膝を着いて顔を近づける形で話の続きを聞こうと体勢を変える。

「・・・私達兄妹は仲が良かった時期などありません。」

「・・・・・うん・・・・・?」
隠し事と前置きがあったのでもっと重大な内容かと思えば肩透かしを食らったような心境が表情も現れていたようだ。
ツミアも少しだけ笑い声を上げた後横になったまま両手を伸ばしてきてクレイスの手の甲にそっと置いて来る。
「・・・クレイス様。私は生まれた時から兄妹と、そして愛妾達にずっと疎まれ続けていたのです。」
「えっ?!で、でも・・・じゃあお兄さんやお姉さんとの話は・・・?」

「あれは父が健在だった為、そして父が一緒だったから形式だけそういう事が出来ていたという話です。私は昔から兄や姉達にずっと、今でもずっと邪魔に思われ、憎まれ続けているのです。」

その告白には自分が思っていた以上に驚いた。何故なら今まで気丈に振舞っていた彼女が大粒の涙をぽろぽろと零し、乗せていた手からは信じられない程の震えと汗を感じたからだ。
「こ、この部屋も父が行方不明に、なってから2年間、わ、私が閉じ込められていた、ほん、とうの私室なので、す。」
声が震えているのは悲しみからだけではない。こんな場所で2年も暮らしていた辛い記憶もそうさせているのだろう。

甘かった。これはショウに笑われても仕方がないな。クレイスは心の中で友に弁明すると恐怖と悲哀で見る見る取り乱していく彼女に今度はこちらから両手を伸ばしてその体を軽く持ち上げた。
「ク、クレイス様?な、何を・・・?」
突然抱きかかえられたので流石に驚愕という感情が生まれると少しだけ平常心を取り戻せたようだ。だがこの事実を聞いてじっとしていられる程クレイスという少年は大人ではない。
着替えさえない狭い監獄の中を歩いて壁の前まで来ると彼は初めて手を使わずに双眸を集中させることで土の魔術を展開する。
するとそこには人が余裕で行き来出来るだけの大穴がぼんっと開いたのだ。後は説明するまでもない。彼女を優しく抱きかかえたまま大空へ浮かぶと2人はそのままキールガリの館に飛び去るのだった。

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