闇を統べる者

吉岡我龍

綻び -未曽有の真意-

 あれからヴァッツの部屋に戻って来た一行はレドラの用意してくれたお茶を飲んで驚いた。
「あれ?お茶の葉変えた?」
「はい。とある筋から面白い物を手に入れられましたので一度ご賞味して頂きたく。お味はいかがでしょうか?」
「美味しいよ!何だろ・・・エイムのやつと違って爽やかな感じだね?!」
これにはクレイスも頷きながら十分に堪能する。味もそうだが何より香りが斬新なのだ。
(何だろう。どのお茶より落ち着くなぁ。)
恐らく気が滅入ったり悩みがある時などに頂けるととても効果を実感出来そうな代物だと判断すると早速発売元を聞いてみる。
すると『アデルハイド』で出会ったあの鳥頭の店主が取り扱っているという。
「という事はこれは異国のお茶ですか・・・?!」
感動していると不意に良し悪しの判断がし辛い発想が脳内を駆け巡った。そう、今はヴァッツが『神界』の人間達から力を取り上げたおかげで世界に混乱が起きている。
最もわかりやすい形として別世界の住人が、家屋が、国がこの世界に合流してきている訳だ。つまり今後もそういった未知との遭遇が大いに期待出来る。
(・・・そういえば『イムの村』で見た鹿肉も原型はわからなかったな。)
鹿という説明だけで調理したものの巨大で肉質も違ったのでもし機会があれば今度は1から自分の思うように料理してみたいと思う浮ついた心は厳しく律するべきか。
新たな食材や人間との出会いを改めて認識し、少しわくわくしているとヴァッツがお茶を飲み干して元気よく立ち上がる。

「さて、それじゃ『天界』に行こっか!」

そうだ。まずは目の前の問題から解決していかねばならないではないか。クレイスは緩みきった気持ちに気合を入れ直すと無意識にイルフォシアの手を握る。
「おっと、少しお待ちを。クレイス、これは私が作っておいた監査表です。向こうでの酪農業の進捗状況も見てきてください。」
「う、うん。わかった。」
同時にショウから資料の束を預かるといよいよ久しぶりの『天界』へ赴く、のだが今回も急ぎの為『闇を統べる者』の力が発動すると気が付けば一瞬で『天界城』の大広間へと移動が完了していた。

「おやっ?!これはこれは、ヴァッツ様にクレイス様、それにアルヴィーヌ様とイルフォシア様まで、ようこそおいでくださいました。」

自身らの呪縛を解き放ったヴァッツはこの世界だと国王と同等に崇められる存在となっているらしい。そしてその友人である自身の待遇も厚く、国王であるセイラムの愛娘達は言うまでもない。
「こんにちは!!今日はセイラムに会いに来たんだけど今どこにいるのかな?」
「はい。国王様は現在畑を耕しておられる最中かと。」
「えっ?!」
これにはクレイスが思わず声を上げてしまったがその様子を見てイルフォシアは優しい笑みを零していた。
「ふふふっ。如何にも父らしいですわ。」
それにしても国王自ら農作業など・・・いや、そういえばガゼルもそんな事をしている風な話は聞いた事がある。器が違う為決して一緒にしてはいけないがそういう国家があっても良いのかもしれない。
詳しい事情はさておき数か月前に運んだ物資と人材で開拓した農地を見に早速4人は案内されるとそこには想像し得なかった光景が広がっていた。

何とそれらの規模が以前のままだったのだ。

こちらでの時間の流れが地上に比べて随分早いのを考えると広大な土地を埋め尽くす程の大農園になっててもおかしくないのに何故?
「やぁ君達。よく来てくれたな。突然力を失って以来、どうしたものかと困っていたんだよ。」
そこに作業用の服と土の匂いを纏ったセイラムが眩しい笑顔で現れるとまずは娘達が汚れるのも気にせず駆け寄って抱き合った。
「セイラム様、お久しぶりです。あの、困り事というのはやはり・・・」
「ああ。空を飛べなくなったお蔭で地上にすら赴けなかったから何も相談出来ないし娘達にも会いに行けないしで大変だったよ。ああ、私の可愛い娘達、元気だったかい?」
もはや無理に戦う必要がないのでそういった方向の心配は必要なさそうだが、確かにこの場所は地上とは別世界なのだから移動手段を奪われると様々な面で支障をきたすのは想像に難くない。
改めて大きな問題だと深く思案するクレイスを他所に親子が楽しそうに抱きかかえられて喜ぶ姿をヴァッツが微笑んで見守っているとセイラムは娘を降ろして真顔に戻った。

「恐らく今回君達が訪れてくれたのもそれらに関係しているのだろう?早速話を聞こうじゃないか。」

切り替えの早さは流石『天界』の王と言った所だろう。クレイスも未だ纏まらない推論を一度仕舞い込むと5人に彼の側近も呼ばれて何度か訪れた来賓室へと通された。





 「待たせたな。」
それからしばらくすると正装に着替えたセイラムに側近のウォンスとウォルトが入室してきた。
「まずは分かりやすい部分から説明していこう。1か月と少し前くらいから天族全員から力が失われたのだ。恐らくこれは地上に居たアルヴィーヌとイルフォシアにも波及していたのではないか?」
椅子に腰かけたセイラムはお茶が運ばれる前に発端を説明すると皆は深く頷いた。だがここにショウが居ればその発言の違和感にすぐ気が付けたのだろうが今はそのまま彼の話が続く。
「そのせいで地上へ赴く事はもちろん、空を飛べなくなったり今まで簡単だった農作業が随分と大変なものになってね。いや、しかし地上の人間は今の我らと同じ条件で農業を営んでいるのだろう?全く大した連中だよ。」
確かに『天族』というのは皆が相当な力を保有していたので開墾や農耕などはあっという間に終わっていたはずだし、それが出来なくなると今後は我々と同じ道を歩まねばならないだろう。
「それに飢えだ!俺達は日を跨ぐと全快する力があったのにこれが無くなったせいで食料がどんどん減っていってな。作物も家畜も育ちは遅いしマジで困ってたんだぜ?」
そこにウォンスが召使いの運んできたお茶をがぶがぶ飲みながら捕捉するとこの問題が思っていた以上に深刻な物だとやっと理解が追い付いてきた。
「故に地上のどなたかが現れるのを我々は心待ちにしており申した。皆様、何度も頼ってしまって申し訳ないがどうか、我らを三度助けては頂けませぬか?」
「うん!いいよ!」
最後はあまり口を挟まないウォルトが深く頭を下げると当然ヴァッツは軽く快諾した。そして深い考えもなく右手をかざそうとした時、意外な声がそれを制止する。


【待て。ヴァッツよ。力だけでなくこの『天界』をどうするかも考えるべきだ。】


『闇を統べる者』の指摘に皆が理解出来なくてぽかんとしていたがこれだけの説明で察するには相当頭の回る人物しか不可能だろう。
「どういう事?」


【うむ。『神界』の干渉が無くなった事により『天族』の力だけでなく『天界』の時間の流れも変わっている、という事だ。今は地上と同じ状態になっているな。】


「・・・あっ?!」
彼の説明を聞いてやっと違和感に確信が持てたクレイスが声をもらした。そうなのだ。こちらは随分時間の流れが早いはずなのに未だ農地の拡大が進んでいなかったのも作物の成長に大きな変化が見られなかったのもそこに原因があったのだ。
「ふむ。つまり我らの力だけでなく環境も地上と同じになっているという事か。」


【そういう事だ。このままにしておくか以前のようにわざと時差を作るかも含めて相談した方が良いだろう。】


そう告げると以降『闇を統べる者』は口を閉ざす。これは主に『天族』の問題なのでクレイスも彼らの動向を見守ろうと黙り込んでいたが少ししてからセイラムが口火を切る。
「アルヴィーヌとイルフォシアはどうしたい?」
これは国王というよりは父として娘を第一に思っての問いかけなのだろう。優しい口調にそれを十分感じた2人はほんのり頬を紅潮させて嬉しそうに顔を見合わせるとまずは長女がそれに答える。
「私は!!・・・えーっと・・・ちょっと待ってね。今まとめてるから。」
何か思う所はあるらしいが言葉として表現する為には少し時間が必要らしい。対して妹にも確固たる希望があるらしいが姉を立てる性格なのでまずはアルヴィーヌの希望を聞くまで待つ事を選んだようだ。

「えっとね。私は皆に今までの力を取り戻して欲しいし、この世界も地上と同じようにして欲しい。」

「ふむ。そう考えた理由も教えてもらえるか?」
「えーっとねぇ・・・」
これはまた長くなりそうだとクレイスは出されたお茶を一口含むとその答えは思った以上に早く、そして真っ直ぐに返って来た。
「だって空を飛べないとお父さん達、地上に降りて来られないでしょ?それと時間の流れが早いと一緒に過ごせる時間が短くなる、はず。それは嫌。」
「ふむ・・・わかった。イルフォシアはどうだろう?」
「はい!私も姉さんの意見に大賛成です!!」
話を振られたイルフォシアは目を輝かせながら両手で握り拳を作り賛同の意を伝えると親子3人の会話は幕を閉じたようだ。
「・・・という事だ。ヴァッツ君、『天族』の力だけを蘇らせる事は可能だろうか?もちろん同族同士で戦うようないらぬ本能を排除して、だ。」

「うん!いいよ!じゃあ・・・はい!」

相変わらず話の早い彼は軽く右手を掲げただけで変化は何も見られなかったが本人達はすぐに悟ったのだろう。軽くセイラムが立ち上がり背中の翼を顕現させると彼はその場柄で跪き、ヴァッツに最大級の礼を示すのだった。





 「しかし大将。『天界』の時間が地上と同じままになると俺達、いつになったらこれを食えるようになるかわからないぜ?」
大人しかったウォンスが唯一の不満だったのだろう。外の農場を見つめながらそこに言及するも何か違う気がしてクレイスが小首を傾げているとセイラムも立ち上がって正論で答える。
「それは違うぞ。農作物や家畜の成長はどちらで育ててもかかる日数に違いはないのだから『地上』と『天界』の流れる時間に差を作った所で待つ期間は変わらないはずだ。」
その説明を聞いて彼はがっかりしていたがクレイスは逆にしっくりきた。他の世界と時間の流れに違いが生まれたところでその世界での生育時間は同じだけ必要なのだ。
「おなか空いてるのならうち来る?」
アルヴィーヌも同族達の心配からあまり見ない気配りの姿を見せるとイルフォシアが感動して眼を輝かせていたがそこに父が再び口を挟んできた。
「大丈夫だ。彼は食事よりも酒を求めているだけだからな。『トリスト』に頂いた保存食はまだあるし実りの早い農作物のお陰で食事に困ってはいない。」
「それに『天族』としての力が戻ったのであえば餓え死ぬ事もないでしょう。お気持ちだけ頂き申す。」
どうやら2人はあまりウォンスに酒を与えたくないらしい。確かに地上に来た時もしこたま飲み干して困り果てたガゼルはナジュナメジナへ協力を要請していたのは記憶に新しい。

「そう?それじゃお父さんは今度いつ遊びに来てくれる?」

そして話は本命に触れた。いつの間にか彼女も口実という技を未熟ながらも身に着けていたらしい。
愛娘にそんな質問をされると普段は凛としたセイラムも一瞬見せたことが無い笑顔で顔を緩ませると優しい微笑を浮かべながら彼女の頭を軽く撫でる。
「そうだな。これで力は元通りになり、『地上』と『天界』の時間も同じ流れになったのだ。今度からは気兼ねなく会いに行こう。」
親子の仲睦まじいやりとりにこちらもほっこりしながら見守っていたがクレイスにはまだショウから預けられていた監査書が残っているのだ。
一先ず彼らの農場に足を運ぶと細かな項目を確認しながら記録を記していく。かなり細分化されていたので大変ではあったが『天界』での要件を全て終えたクレイスはやっと一息ついた。

だがこれだけで帰国するのは味気なさすぎる。

折角イルフォシアも父と無事再会できたのだからそのお祝いにとクレイスが厨房に立つと驚いた事に多数の『天族』が集まって来るではないか。
何でも彼が作る料理はとても美味しいとセイラムから話を聞いていた皆が一度は食べてみたいと思っていたらしい。
この騒動にはセイラムも少し申し訳ないような表情を浮かべていたが今まで父の為に、そして皆の喜ぶ顔を見る為に腕と知識を鍛えて来た彼にとっては逆に嬉しくて仕方なかった。
「わかりました!今夜は全て僕が作りましょう!!」
「ええっ?!だ、大丈夫ですか?ここに住む『天族』達は500人を超えているのですよ?」
大きな舞踏会でも中々聞かない人数だがそれでも自身の料理を期待してくれる人を前に断るなんて考えもしていない。
「それじゃイルフォシアとヴァッツにも少しだけ手伝ってもらおうかな。」
それにしても何故彼はそれだけ大人数の料理を作る事にここまで自信を持っているのか。その答えは風の魔術にあった。
クレイスは以前も使った大きな厨房でまずはヴァッツに材料を持ってきてもらう。流石に500人分となるとその量は凄まじく、こればかりは彼か『闇を統べる者』に頼まないと完成が大幅に遅れると判断した為だ。

今夜は色んな事が解決した目出度い席でもあるのだからと彼は材料を牛に絞ると内臓を取り除いて吊るしたそれらを目にも止まらぬ速さですぱすぱと解体していく。

手足に肩、あばらや腰といった部分に包丁を正確に入れる技は恐らくどこの宮廷料理人にも引けを取らないだろう。
後は皆に少しでも楽しんでもらおうと全て違う料理として仕上げていくのも彼ならではのこだわりだ。
お蔭で魔力と体力が殆どなくなってしまったが日が落ちて30分後には見事に500人分の料理が完成していた。

「こ、これがクレイス様の御料理?!な、何て美味しいんだ・・・」
「まぁ?!私達が普段食べているものと全然違う・・・一体何をされたの?!」
「確か彼は魔術に長けていると聞いた。恐らくこれらにも魔術が仕込まれているのだろう。」
各々の感想が耳に届くと疲れが全て吹っ飛ぶくらい嬉しかったクレイスは自身も味を見ながら食して何度か頷く。
「うん。これなら及第点かな。いや~かなり無茶をしたけど美味しく出来てよかったよ。」
「もう!やっぱり無理をされてたんですね?!全く・・・今回の件でクレイス様は戦い以外でも目を離せないという事がよ~くわかりました!!」
隣で同じように食事を楽しむイルフォシアが頬を膨らませながら美味しさに顔をほころばせたりと忙しい様子だったが別に大きな傷を負った訳でもないし、結果として沢山の人に喜んでもらえたのだから大満足だった。





 「しかし本当に不思議だ。我々も少しは料理を覚えたからか初めて頂いた時以上に美味しさをよく理解出来る。君は本当に素晴らしい技術を持っているんだな。」

一応『天界』にも地上から教育係として派遣された料理人がいるのだがそれらと比べてもやはりクレイスの作るものは群を抜いて美味しいらしい。
セイラムに直接褒められると嬉しさは更に上昇していたが今回の『天界』行きではずっと思い悩んでいたイルフォシアも1つだけ考えていた事があったようだ。

「ところで今地上ではお父さんが言っていた『未曽有の危機』に瀕しています。『天族』の力も元に戻りましたしよろしければお父さんが直接出向いて地上への対応をお願いできませんか?」

一見すると『トリスト』の第二王女として地上と国を憂う発言に受け取れたがその裏にはアルヴィーヌと同じく、父にもっと地上へ顔を出して欲しいという願いも込められていた。
今夜は大食堂に『天族』の全ての人間が集まって食事を楽しんでいた為その内容はほとんどの耳に届き、そして何人かは親子の中を考えてセイラムに是非地上へ赴き、彼らを助けて欲しいと後押しする者達が次々に現れる。
ただこの提案に何故か難色を示したので意外だったクレイスは様子を見守っていると地上での酒の味を思い出したのだろう。だったら俺がと言い出したウォンスをウォルトが後ろから羽交い絞めにして退場させるのも視界の隅で捉えていた。
「ふむ・・・確かにヴァッツ君を始め、『地上』への大恩を返す時が来たのかもしれないな。わかった。ここはウォンスとウォルトに任せて暫くは助力に専念しよう。」
任された2人がこの宣言を聞いていなかったので少しの可笑しさから笑いが込み上げるも周囲は大いに盛り上がって国王の後押しとその娘2人に祝福を告げる。
「おめでとう!地上がどんな様子か我らにはわからないがセイラム様がお力添えされるのであれば何も心配はいらないさ!」
「アルヴィーヌ、イルフォシア。私達はまだ親子っていうのをよく知らないけど子は親に甘えるのが常識らしいじゃない。良い機会だし目一杯それを成し遂げるのよ?」
「しかし『未曽有の危機』か。地上には我らと比べ物にならない数の人間が暮らしているようだし何がどう災いするのか想像もつかんな。」
最終的には彼が快諾した事で双子姉妹も眩しいくらいの笑顔で父に抱き着き、この日は『神界』から解放された時と同じくらい城内は盛り上がったという。



そして翌朝。
5人はヴァッツの、『闇を統べる者』の力であっという間に『トリスト』へ戻ってくると早速スラヴォフィルへの挨拶を済ませたセイラムは改めて話があるという事で『トリスト』国内の重臣達を集めるよう願い出る。
彼も『天界』の王なのだから恐らく顔合わせの場を設けたかったのだろう、くらいにしか考えていなかったクレイスは何故か自分もその場に呼ばれたので再びヴァッツ達と大会議室へ入るとそこにはショウやザラールを始め、本当に現在この国にいる主要な人物が顔を揃えていた。
「すまない。私の我儘に付き合わせてしまって。」
スラヴォフィルが全員揃ったのを確認した後、まずはセイラムが立ち上がり軽く頭を下げると何だか妙な雰囲気が流れ出す。それはいつもの彼らしからぬ、少し不安な気配を漂わせていたので娘達の表情も心配そうだ。
「いいや。貴殿のお蔭で今の『トリスト』があるのじゃ。わしからも再度感謝を述べさせてくれ。」
恐らく彼もそれは感じていたはずだが確かに天空城や双子の娘を預けられたり、未曽有の危機に備えられたのも全てセイラムのお蔭なのだ。これは満場一致で皆がそう思っていた事であり、この後各々が感謝を述べる時間を取ってもよいくらいに思えた。
だがセイラムはそんなスラヴォフィルの言葉に右手を向けて無言で制止す姿を見せると軽く呼吸を整えた後、重大な発表を口にした。

「まずは君達に大きすぎる嘘を付いていた事を謝る。『未曽有の危機』というのは私の出任せだ。」

これには誰もが言葉を失い、一瞬思考と心臓すら止まる程驚いていたが誰よりも若く頭の切れるショウが真っ先に反応した。
「セイラム様。この場での告白には大変な事情があったのだと察しますが、詳しくお聞きしてもよろしいでしょうか?」
「うむ。誠に私的な理由なので本当に情けなく思う。私の無力さを遠慮なく罵ってくれ。『未曽有の危機』の正体は私の娘達を地上へ逃がす為の口実だったのだ。」
それを聞いた双子は、特に滅多な事で驚かないアルヴィーヌですら目を丸くして驚いていたが父として託されたスラヴォフィルも感情の読み取れない様子でただセイラムに視線を向けたままだった。
「それってやっぱり『神界』の力があったから?」
「うむ。当時は奴らの呪縛の正体すらわからないままだったたからな。どうしても『天界』に連れ戻したくなかった私は娘達を地上で最も安全な場所に預けたいと考えた。そこで出した結論がスラヴォフィル殿。貴方だった。」

彼らは日が昇ると同族で殺し合う本能に理性や思考を失ってしまう。そして『天族』の赤子という存在を生み出したのも彼が初めてだったのだ。
つまり愛しい妻の忘れ形見を地獄へ放り込む事だけは絶対に避けたかったセイラムはそこで妙案を企てた。それが『未曾有の危機』の正体らしい。

「地上には存在しない空に浮かぶ大陸と城、そして私の力の一部である『千里を見通す眼』を譲渡し、娘達を預けると同時に必ず護り通してもらえるようありもしない『未曾有の危機』という嘘を付いた。不安を駆り立て防備を備えて貰えるようにな。」

ヴァッツだけは詳しい事情を先んじて理解していた為、珍しくこの話を誰よりも早く受け止めると何度も頷いている。しかし、というかやはり他の面々は何とも神妙な表情で誰一人口を開けずにいた。
「では1つずつご質問させて下さい。まず『千里を見通す眼』とは一体何でしょう?」
ここでもヴァッツに次いですぐ対応出来たのはショウだ。それに彼の質問にはクレイスも素直に感心しながら頷く。恐らくここにいる誰もが初めて聞く言葉だったのだろう。
皆がセイラムに注目する中、彼の視線はスラヴォフィルに向いており、そこから静かに口が開かれた。





 「それは相手の力や物理的な距離を見通せる力だ。私自身には『万里』が備わっているのだが人間に譲渡するにはやや劣る『千里』が限界だった。」
「・・・セイラム殿。」
スラヴォフィルから少しの驚きと後ろめたい雰囲気を感じたのは何故だろう?呟くように名前を呼びつつもセイラムの話は終わらない。
「つまり現在『地上』で起きている『未曽有の危機』というのは偶然の一致であり、これが本当に『未曽有の危機』足り得るかどうかはわからないのだ。」
正に嘘から出た誠という事か。自身の大切な娘達を護る為の作り話が現実のものになる状況に彼はとても驚きつつ、そして人間達に大きすぎる虚言を伝えていた事への罪悪感に苛まれているらしい。

「大丈夫。お父さんは悪くない。」
「そうです!!私達の為を思って、考えて地上に預けてくれたのでしょう?!でしたら誰もお父さんを責めません!!・・・そうですよね?皆さん?」

アルヴィーヌがどこまで理解して父を庇っていたのか定かではないがイルフォシアからは明らかに圧力を感じる。心配しなくても誰もセイラムを責めたりはしないのに、とクレイスは若干呆れていたが全員が素直に頷くという訳にはいかなかったようだ。
「セイラム殿。『未曽有の危機』という事象を只の嘘や出任せにするにはやや無理がある。むしろご自身が気付かれなかっただけで実際は『万里』という御力でその片鱗くらいは読み取れておられたのではないですか?」
「それは根本を勘違いした考え方だ。何故ならこの力はあくまで遠方と相手の力量を見通すだけなのだ。そもそも遠い未来がわかる者などこの世に存在するはずが・・・」
ザラールも彼の罪悪感を払拭できないか、後付け的な解釈を打ち出すも『万里』という力の本質から道理が通らない事を悟ると黙って口を噤む。
一方セイラムの方も包み隠さず己の能力を説明するが途中でヴァッツに視線を向けて言葉を失ったのはもしかすると、と考えたからだろう。
だが当の本人は既にセイラムの重大な告白を全く気にも留めていないようで、用意された紅茶と御菓子を飲み食いしながらクレイスに「ねぇ。もうこの話終わりでいいんじゃないの?」とやや退屈そうな様子を見せている。
「しかしダクリバンという悪例もあるので一概に未来を見通す力が存在しないとは断言出来ません。現に地上では大混乱と言っても差し支えの無い様相を見せておりますし、セイラム様程の方であれば無意識に見通していた可能性があるとも考えられませんか?」
彼は『セイラム教』の御神体そのものでもあるのだからネイヴンの推測にも頷ける。ただこれにもセイラムは首を振りきっぱりと否定した。

「元より私には大した力など備わっていない。なのに娘達を護る為だけに随分と混乱と誤解を招く嘘を付いてしまった。本当に申し訳ない。」

それから再び深く頭を下げた後、彼はしばらくしてゆっくり体を起こして最後に一言申し出る。
「なので此度、地上へ赴いたのはその罪滅ぼしをする為だ。もし君達が罪を償えと言うのなら首を捧げても良いと考えている。」
「お父さん?!」
どうやらセイラムはクレイスが思っている以上に大言の罪を深く恥じ入っているらしい。イルフォシアも悲痛な声を上げて止めていたがそんな事を誰が望むというのか。
「セイラム殿。貴殿の覚悟と謝罪については深く理解した。ただ『天界』の方は大丈夫なのか?」
「ああ。向こうには側近でもあるウォンスとウォルトがいるからな。私がいなくなっても十分やっていけるだろう。」
「ではこちらも気兼ねなく貴殿の力を頼れるな!よろしく頼むぞ?」
最後はスラヴォフィルが立ち上がってセイラムに握手を求めると彼もやや戸惑いながらその手を取る。その行動こそが『トリスト』の総意であり、誰も彼を責める者など初めから存在しなかった証左でもあるのだ。

「それじゃお父さん。私の部屋に行こ?歌を聴いて欲しいの。」
「あっ?!ずるいです!私も一緒に行ってみたいお店があるんです!お父さん、それを聴いたら一緒に行きましょう?」

ただ、最も報われるべき義父が目の前で実父を娘達が取り合う姿だけは心に来るものがあったようだ。若干の焦りというか落胆の表情を浮かべていたがそれをすぐに察したセヴァが静かに腕を抱きしめるとこの場は何とか収まりを見せるのだった。



あの後アルヴィーヌの部屋で親子水入らずの時間が流れる間、ザラールはスラヴォフィルに『東の大森林』の激変について語っていた。
「モ=カ=ダス』という国家が収まるほど地形が変わっていたからな。詳細を知るには更なる調査が必要だろうが今までとは全く違うと思ってくれ。」
クレイス達の話を加味しても注視すべきだと判断した右宰相が報告を終えると今度はショウが西側での報告を始める。
「こちらでも新たな国家『エンヴィ=トゥリア』というものを確認しています。現状はこう着状態で済んでいますが既にナジュナメジナ様とカズキが多少武力での接触をしてしまっているので予断を許さない状況です。ああ、あとクレイス。」
「な、何?」
『天族』親子以外はそのまま残って今後についての対応を協議していた為、彼も同席していたのだが名指しされるとは思わなかったので若干驚きながら答えると彼は手元の書類に目を通しながら意外な事を尋ねて来た。
「追放中に『ジョーロン』でお世話になっていた時、隣国『ラムハット』の諜報員と接触していた件は覚えていますか?」
「う、うん。もちろん。あの件で『腑を食らいし者』やワーディライ様に稽古をつけてもらえるきっかけがうまれたんだもの。でもそれがどうかしたの?」
本来の目的は土地を腐らせていた存在を打ち倒すというものだったが結果としてそこには至らず、最後はワーディライが彼を引き取った事で解決した。
故にクレイスの中ではあの件の全てが自分の修業のように思い込んでいたのでそういった物言いになったのだがそんな違和感を追求される事なくショウは続ける。
「その時の諜報員であるツミア様は『ラムハット』の第三王女らしいですよ。」
「へー・・・え?!」

「そして再び貴方に助けて欲しいと現在『ボラムス』に滞在しておられます。どうします?この件、引き受けますか?それとも他の誰かに任せますか?」

この時自分を名指しで助けて欲しいとはるばるやって来ているはずなのに何故その判断を迫られたのか?若干不思議ではあったが傷もほぼ完治し、西の大陸にも恩や思い入れの強いクレイスが断る道理は無いのだ。
「うん。受けたいと思うよ。スラヴォフィル様、よろしいでしょうか?」
「こらこらショウ。お前のそういう所、本当にザラールに似てきておるぞ?言っただろう?もう少し感情を自由に解放してヴァッツ、とは言わんがせめてクレイスくらいの純粋さを見習え。」
なのに許しを得る以前に彼がショウに呆れ顔で諌めるような発言をしていた事に余計混乱したクレイスは大きく首を傾げて2人のやり取りを見守っていた。





 「失礼しました。これを伝えると今のような快諾を得られないと邪推してしまいつい。以後気をつけます。」
珍しくショウが頭を下げる姿を見て一体何の話だろうと不思議に思っていると彼は居住まいを正して再び先程の話を切り出した。
「ちなみに第三王女であるツミア様からのお礼は自身、つまり貴方に嫁ぐと仰っております。」

「・・・・・そういうことか・・・・・うん。これはスラヴォフィル様にもっと叱られて良いね。」

先日父とも話したが彼はイルフォシア以外と婚姻は考えていない。特に相手が王族となると国が大きく関わってくるのでその条件を飲むわけにはいかないだろう。
だが成長したクレイスが静かな怒りを内包して諌める発言をするとショウを含め、周囲は目を丸くしてこちらに視線を向けていた。
「で、婚姻の話は断るけど何で困ってるの?僕で出来る事なら協力は惜しまないよ。」
「はい。実は『ラムハット』では現在後継者を巡る派閥争いが激化しているようで。ツミア様のお兄様は既に暗殺され、ご自身も身の危険を感じた為『ジョーロン』や『ボラムス』に潜伏されているそうです。」
「ふむ・・・む・・・それって僕がまた魔術で兵士達をって話になる?」
未だ自身の力は未熟だと理解はしているものの今は『トリスト』の将軍であり、魔術を知らない兵卒を相手にするのなら一方的な展開になるのは前回の経験から痛い程熟知している。
故に初心をしっかり覚えているからこそあの手は使いたくないのだ。となると他国内の権力争いにクレイスという部外者が助力出来る方法などあるのだろうか?

「そうですね。現在彼女の姉2人が担がれているようですがどちらかが正位に付けば片方は賊とみなされるのでそれを一掃する、といった関わり方もあるでしょう。」

何か含みを残す物言いにクレイスはぴんとくる。彼は昔からそうだ。スラヴォフィルも呆れるほど腹芸を好む傾向があるのだ。
他の重臣がいるのも忘れて彼はすまし顔のショウに若干疑いの視線を向けると仕方なくその本意を尋ねた。
「それだと余計な遺恨を生まない?そもそも『ラムハット』がそんなに危険な国ならいっそツミアをずっとこっちで生活させてあげるとか。」
「彼女は第三王女であり、その責務をしっかり背負っておられる。だから潜伏中であるにも関わらず国土を汚染した『腑を食らいし者』の対処を貴方に願い出たのでは?」
「・・・・・た、確かに。」
おかしい。当時気が付かなかった点を堂々と指摘されたクレイスは嫌な予感と共に若干の不安を覚えた。

「だから貴方を選ばれたのでしょう。『アデルハイド』の次期国王でもあり、類を見ない強力な魔術を持つ貴方と縁を組む事で『ラムハット』の内情を押さえ込む。これがツミア様のお考えかと。」

「ふむ。クレイスを相手に出来る者が世界にそう何人もいるとは思えぬし汚染した土地を浄化したという成果、由緒正しき『アデルハイド』の王族と考えれば私もそう提言しただろう。」
ショウの推論にザラールも後押ししてきたので訳がわからなくなってきた。ただこのままでは不味いと直感が体に走るのだ。流されると本当に婚約させられるぞ、と。
「えっと、それ以外の方法だと?」
「2人の姉を始末し、ツミア様を正統な王女として立てる。くらいですかね?」
更に難しい提案を軽く言ってのけるショウの表情から緊張感のかけらも見受けられない。しかし他国のお家事情など首を突っ込んでもろくなことにならないのはよく理解出来た。
「始末とか物騒な話じゃなくて!話し合い、とかで譲り合うとかさ。何かないの?」
苦し紛れの提案にスラヴォフィルだけが深く何度も頷いてくれたのが唯一の救いか。だがショウやザラールだけでなくネイヴンからも否定的な雰囲気が見て取れる。

「クレイス。彼女の姉達は既に実兄を暗殺しているのですよ?一度一線を越えた連中は二度と元の関係には戻れません。そんな甘い考えだとツミア様も刺客に暗殺されてしまう日は遠くないですね。」

「うぐぐ・・・」
いつの間にかどんどんと退路を失う感覚は決して勘違いではない。彼らの意見には納得するしかなく、このままでは残る選択肢など1つしか無くなるではないか。
「クレイスよ。今回の件、無理して引き受ける必要はないぞ?」
最終判断をスラヴォフィルに促されると余計に悩んだ。婚姻以外で考えていくとツミアの実姉達をどうにかしなければいけないのは間違いないのだ。

「・・・・・受けます。僕が考える、他の手段を使って何とか『ラムハット』の国内を鎮めて見せます。」

この時頭の中に何か妙案があった訳ではない。ただ一度受けるといった手前、そして彼女の国が疲弊している話を思い出すと放っておけないと心が動いたクレイスは気が付けば静かに宣言していた。

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