闇を統べる者

吉岡我龍

綻び -君は鳥のように歌い-


 「ねぇヴァッツ!『天界』にいくなら僕とイルフォシアも一緒に連れて行って!!」
養生するよう言われていたが既に傷は半分以上回復していたし、何より『天族』全体の問題なら自分の眼でその行く末を確認したい。
そう思ったクレイスは『トリスト』に戻ると早速彼をスラヴォフィルの前まで連れて行って2人に懇願していた。
「うん!いいよ!」
当然友人の方は快諾するが問題は国王だ。父やショウにも動くなと言われていたのを無理矢理直訴しているのだからもしかすると後でお咎めを受けるかもしれない。
そんな不安がある中、スラヴォフィルは軽く溜息をついた後静かに告げてくれる。
「・・・念の為ルルーに傷を癒してもらえ。その後なら同行を許そう。」
恐らくヴァッツと一緒という条件も許可が下りた要因なのだろうがそんな細かい理由はどうでもいい。今は深く頭を下げて感謝を述べると早速2人はルルーのいるショウの執務室へ足を運んだ。
「うわっ?!び、びっくりした?!どうしたの?!2人で慌てて、また何か起こった?」
本来ならショウの台詞なのだろうがすっかり秘書のような立場に慣れていたルルーは臆することなく代弁してきたのでクレイスは周囲に漏れないよう小声で説明すると彼女もすぐに納得して『緑紅』の力を解放してくれた。
お蔭で痛みはほぼなくなり、包帯もいらないだろうからと後で外す事を考えていたのだがそこに意外な一言が告げられた。

「でもアルちゃん、最近ちょっと楽しそうだよ?」

これにはヴァッツですら驚いて目を丸くしていたがショウも初めて聞いたらしくその内容を重ねて尋ねるとルルーは自信たっぷりといった表情で胸を張りながら答える。
「それは本当ですか?ヴァッツの後を追えないし黒髪に戻っているしでハイジヴラム様や時雨様も相当困惑しているとお聞きしていましたが。」
「うん。最初はね。でも最近は露台や街外れに足を運んで歌を歌ってるんだって。」
「へ~。歌か・・・あんまり知らないんだけどどんなのだろ?」
ヴァッツも不思議そうに小首を傾げていたが何でも自分の好きな事しかやってこなかった抜け殻のような彼女に様々な対処を取っていく中で時雨が昔歌っていた子守唄がきっかけになったそうだ。
「ほ~ん。皆知らないんだ。そっか~えっへっへ~じゃあ聴いてごらん。アルちゃんの歌声、何だかとっても聴いてて楽しくなるから!」
ルルーが自分の事のように喜び自慢げに語って来るので気になったクレイスはまずイルフォシアを迎えに行こうと提案すると何故かショウとルルーまでついてくる。
「ちょっと。君達は仕事があるでしょ?」
「いえ、ルルーがそこまで言うのなら一度は聴いておきたいな、と。」
「ああ?!もしかしてショウ君浮気するつもりじゃないでしょうね?!」
浮気というのはある程度男女の関係が築かれた時に使うものだと正論を突きつけられながら久しぶりにイルフォシアの部屋の扉を叩くと中にはハイジヴラムが大きな体で小さな茶器を運んでいた。

「これはこれは、皆様お揃いで。」

その人数を確認すると再び追加の茶器と御菓子を用意する為に隣の部屋へと移動した彼を他所にクレイスは相変わらず力というか、気の抜けたイルフォシアに小走りで駆け寄ると人目も憚らずに隣に座って両手を握った。
「大丈夫。僕やイルフォシアも『天界』にいく許可は貰えたから。ヴァッツ達と一緒にいって皆元通りにしてもらおうよ。」
「あ、クレイス様。それに皆様も。」
やっと4人の姿を捉えたイルフォシアはやっぱり元気がない笑みを浮かべながら彼らを招いて紅茶を勧める。
こちらとしては一刻も早く問題を解決したいのに何故だろう?と少し疑問に感じながらそれを一口飲むとイルフォシアも人目を憚る事無く誘うような笑顔で心配そうなクレイスに顔を近づけてきた。

「大丈夫です。私のはその、落ち込むというよりずっと考えていただけですので。」

「考えてた?何を?」
まるで口づけをしそうな距離でのやり取りにルルーが思わず両手で自身の顔を覆うもその指の隙間はすかすかで目を被うつもりが無い事は伺えた。
「・・・『天族』としての力の在り方です。本来これは『神界』の者達によって同族同士で殺し合う為に与えられた、いわば呪われた力なのです。ですから今更それを取り戻す必要もないのかなって。」
何でも最初こそ戦う力を失った事に本気で落ち込んでいたそうだがヴァッツの説明を聞いた時に今の考えに至ったそうだ。
クレイスとしてもイルフォシアさえよければそれでも構わないのがそうなると移動時に空が飛べなくなったりクレイスやヴァッツが傍にいない時、もし万が一命の危険が及んだ時を考えると素直に同意しづらい。
本当ならそんな事を考えなくても良い平和な世界が築ければいいのだが今の情勢だと約束できるのはせいぜい国内までだ。

「そうか・・・そうだね。そういえば君のお姉さん、今は歌に夢中なんだって。一緒に聴かせてもらいに行こうよ?」

「姉さんが歌を?」
その姿が想像出来ないのは皆も同じだろう。揃ってきょとんとしていたがハイジヴラムが紅茶と御菓子を用意した後簡単にその経緯を教えてくれる。
「アルヴィーヌ様の美声は聴く者に安らぎを与えてくれます。ただ放っておくと何処へ赴かれるのか分からなくなるので今は時雨様と私が日替わりで付き人として御供させて頂いております。」
「へーー。それじゃ今はどこにいるかわからないの?」
「いえ、アルヴィーヌ様のお気に入りは街外れの木漏れ日が差す小さな草原とご自身のお部屋の露台から伸びる木々の木陰です。しかしここからその歌声が聞こえないとなると今は街外れに出向いておられるかと。」
姉妹の部屋は隣同士であり大窓が開いているにもかかわらずそれが聞こえてこない事からハイジヴラムが推論で答えてくれたので5人は紅茶と御菓子をぺろりと平らげると早速その場所へ案内してもらう。

「オレあんまりこっちの方来た事ないや。」

ヴァッツが軽い足取りでハイジヴラムの横を並んで歩く姿は見ているこちらも楽しくなってくる。
「そうですね。そもそも『トリスト』自体が空に浮いているのであまり端の方へは行かないようお達しされておりますし。」
空を飛べない者が足を滑らせると命はないのだ。これにはクレイスも聞いてて納得したものの道から外れた草原をひたすら歩き、茂みの前に差し掛かったところで異変を感じる。



それは確かに歌声だった。



言葉を綴ったものではなく鼻歌に近いものだったが一行を立ち止まらせるには十分過ぎる程爽やかな声は耳から体内に入って来て妙に心をそわそわさせるのだ。

しかしそんな中、ヴァッツだけはすぐに茂みの中へ入って行くとその奥には銀髪のアルヴィーヌが両手と白い翼を広げながら歌う姿があり、その傍では時雨が瞳を閉じてそんな彼女の歌声を堪能している様子だった。
「アルヴィーヌ!ただいま!」
更に彼は歌の途中であるにも関わらず中断させる形で声を掛けたのだから周囲は驚きを隠せない。
もしかすると邪魔をされたアルヴィーヌの怒りが爆発するかも、そんな予感すら覚えたが驚いた事に彼女はヴァッツの姿を見ると歌を止めて眩しい笑顔で彼の胸に飛び込んでいくのだ。

「おかえり。でも遅いよ。私ずっと呼びかけてたのに。」

「ごめんごめん。まさかあの声がアルヴィーヌのものだって気が付かなくて。君の歌声って小鳥の鳴き声みたいなんだね。凄く可愛らしかったよ。」
「むふふ、そう?なんか時雨もハイジも凄く褒めてくれたんだけどヴァッツに褒められるのが一番嬉しい。」
おや?まるで他の面々が邪魔にしかならないような雰囲気にクレイスは思わずイルフォシアと顔を見合わせた。あの2人はまだまだ幼くてそういう感情すら芽生えていないと決めつけていたのも大きな理由だが一体どうなっているのだろう。
「あの、ヴァッツはアルヴィーヌ様の歌声が聞こえてたの?いつから?」
「え?あれはクレイスに呼ばれて『冷たき風の地』に行った時、からだね。歌ってよく知らなかったけど何となくアルヴィーヌじゃないかなって思ってたんだ。待たせちゃった?」
「うん。待った、待ち飽きた。でも夫の帰りをじっと待つのも妻の務めだって時雨から教えてもらった。」
そんなやり取りを何故か教えた本人が気恥ずかしそうにしている姿を見てこちらの方が複雑な心境になったが我慢できなくなったイルフォシアが看過出来ない部分を尋ね始める。

「そ、それより姉さん。その髪と翼は・・・?」

そうなのだ。『天族』達の力が全て失われたとばかり思っていたのに何故か今のアルヴィーヌの姿はヴァッツにくっ付いていた時と同じ姿形を保っているのだ。
その事実を知らなかったルルーに時雨、ハイジヴラムだけは何の事だろう?といった様子だったが力を失った事を自覚していた本人はえっへんと胸を張って答える。
「うん。何か歌ってたら楽しくなってきて、それでヴァッツに早く会いたいなって。早く歌を聴いて欲しい、歌を届けたいなって思ってたらいつの間にかこの姿に戻れたの。」
一生懸命説明してくれてはいるが理解は追い付かない。一体どういう事だろう?


【アルヴィーヌはずっと傍でヴァッツの力を受け続けていたのだ。恐らく奴らの力とは別の形で復元・・・いや、再誕したのだろう。】


『闇を統べる者』がいつも以上に優しい声で説明してくれるとアルヴィーヌは翼を引っ込めた後、今までと違う感じでヴァッツを抱きしめるので見ているこっちもどきどきしてくる。
彼が何故再誕、という言葉を使ったのかすら忘れる程気恥ずかしさが伝播して一行が顔を背け始めた時。

「ほらアル!後はお城に戻ってからにしましょう!遅れましたがヴァッツ様、お勤めご苦労様でした。」

最後は時雨がそれを無理矢理引きはがしてから主に跪いて静かに頭を垂れるとヴァッツはその手を掴んで立ち上がらせた後、眩しい笑顔で時雨の気持ちにも応えるのだった。

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