闇を統べる者

吉岡我龍

綻び -新世界-

 若き英雄達が各地で新たな問題と対面していた頃、『トリスト』城の一部では数々の異変の報告からひりつくような緊張感が走っていた。

突如現れた国や大きな地形の変化、見たことのない生き物の出現と枚挙に暇が無い。

「まさかもう始まってしまったのか。」
スラヴォフィルは側近中の側近であるザラールにネイヴンを名乗るナイル、そして今回は旧友のレドラも執務室に呼んでそれらを告げると溜め息をついた。
「国王様、まだこれがセイラム様の仰っていた事象だと決まったわけではありません。確かに突飛もない出来事が同時に多発し過ぎているのは否めませんがこの程度なら十分抑えられると私は考えます。」
彼は決して阿るような性格ではない為、現在の国力と人材をしっかり割り振れば対処は可能だと言う。
「それに急を要する実害も出ていないしな。ショウも『ワイルデル領』に出現した異国の店を囲い込む事に成功しているし何も全てを力でねじ伏せる必要はないだろう。」
ザラールも冷静に分析し、既にいくつかの結果からそう判断したようだ。
「いざとなればヴァッツ様と『闇を統べる者』様もおられる。スラヴォフィルもあまり抱え込まず、もう少しセヴァ様との時間を大切にした方が良いぞ?」
レドラだけは随分楽観視しているようだが言われるまでも無く周囲がそういう環境を押し付けてくるお陰で2人の仲はどんどん進展している。
これには腹を立てるわけにもいかず、かといって誰かに報告するようなものでもない為言及する事は避けるも数ある異変の中で1つだけ酷く心配する事があった。

それが娘であるアルヴィーヌの様子だ。

最近ではいつもヴァッツと一緒にいて誰よりも仲睦まじく、ショウなどは2人の婚約を認めるべきだと言い出す始末だった。
そして時折ヴァッツが急用などでいなくなると彼女も矢のように追いかける。そんな光景が当たり前だったのに今回は随分と大人しく留守番をしているのだ。
彼に触れている間だけ維持出来ていた銀髪も今では短く黒い癖のある髪に戻ったままだし、御世話役のハイジヴラムもやっと満足に務めを果たせるはずが何故かとても寂しそうなので時雨に手を借りているほどだ。
「・・・そういえばセイラム様からの報告も途絶えたままですな。」
レドラに言われるまでもない。アルヴィーヌの様子もそれが原因ではないかと考えていたが『天界』へ赴ける人材も限られている。

「まずは主力の整理が必要じゃな。」

現状で満足に動けるのは他にショウくらいしかおらず、空を飛べる者となるとより限定されるのだから国王の提案に反対の声は上がらない。
「ヴァッツ様はどちらへ赴かれているのだろうな?」
「あのお方の情報だけは本当に闇の中といった様子ですので、また帰城された時に詳しくお聞きするしかありませんね。」
「ではまずカズキだな。随分『ネ=ウィン』に肩入れしているようだが奴を一度帰還させ、『シャリーゼ』南部に現れたという妙な新興国に当たらせる。」
一応新興国といったものの、報告だと突如出現した形なのでもしかすると歴史はある国なのかもしれない。
ただかなりの武力を保有しているのとそれを使い周辺を征圧する動きが見られるという事で予断は許されない状況だ。

「『東の大森林』が以前よりも広大に、そして様々な国や集落が発見されているのも気になるところだ。『モクトウ』へ出向いたクレイス達との連絡も途絶えているし、どれ、こちらは私が行ってみよう。」

虎の子であるザラールが城から離れるのは少し心配ではあったがその代わりショウを置いて行くという話でここにも結論が出る。
「ではヴァッツ様が戻られた際には『天界』へ赴いていただき、その様子を伺ってきてもらいましょう。」

こうしていつの間にか随分と便りにされるようになった少年達の次なる任務があっという間に決まる中、室内での話を盗み聞き、いや、心配で立ち聞きしていたセヴァも愛する人の為に何か出来ないかとこっそり画策し始めるのだった。





 「わり。何か緊急帰還命令が出たから帰るわ。」
なし崩し的にフランセルと行動を共にしていたカズキは初めて受け取る命令書を読んだ後すぐに帰国の準備をする。
「そ、そうなのか?珍しいな・・・いや、本来国に属している隊長がここまで自由に振舞っていたのがおかしかったのか。」
ビアードもカズキだけでなくヴァッツやアルヴィーヌといった面々の自由すぎる行動からつい本音が漏れていたが彼も心の中では深く同意したようで何度も頷いていた。
「ま、フランセルも武功を立てられたしこの国の人間にも活気が戻ってきたんだ。もう心配ないだろ。」
面倒見の良い彼が無自覚にそう告げると妻のセンナが少しだけ待つよう引き止める。
時間は既に夕刻前だったのだが彼女は家を飛び出ると急いでフランセルを連れて戻ってきた。

「・・・何だ。てっきりこのまま『ネ=ウィン』の4将でも狙ってるのかと思ってたのに。」

もう少し皮肉めいた別れの言葉を投げかけるのかと冷や冷やしていたが彼女から少し残念そうな様子を感じ取れたビアードは別れの場面を演出した妻を心から誇りに思う。
「だからそりゃ無理だって。俺は『トリスト』の人間なんだから。あ、あとお前は強いけど女だからな。無理はすんなよ。」
それは先日の内乱時に起きた件についての忠告だったようだが詳しい事情を知らないビアードには婚約までもう少しでは?としか感じ取れなかった。

「わかってる。あの時はありがとう。でも戦場で出会ったら容赦しないわよ?」

・・・・・これは進展したと捉えていいのだろうか?まるでフランドルみたいな別れの言葉にカズキが心の底から笑っていたのでよくわからない。
ただ日が暮れるのも気にせず彼は馬を駆って街を去っていったので彼女だけでなくビシールも兄がいなくなったような気持ちからか、その夜の食事は少し残す程度しか食べられなかった。







現在強固な護りによって空路を確保する事が出来ていた『アデルハイド』に到着すると早速飛空馬車に乗り込む・・・つもりが既に部隊がこちらで準備を終えていた。
「おかえりなさい。隊長。」
「おっ?皆揃ってるのか?てことは・・・相当火急の任務だな?」
「ええ。申し訳ありませんが貴方と『剣撃士隊』はこれから『シャリーゼ』南部に向かってもらいます。」
「おお?ショウじゃねぇか。珍しいな、地上に降りてくるなんて。」
最近ではすっかり王城で左宰相として鎮座している印象だったが旅支度を解きながら『アデルハイド』城内を歩いていると情報過多とも呼べる説明に頭がくらくらしてきた。

「な、何だ?つまり各地で色々起こってるって事か?」

「はい。クレイスからの連絡も途絶えたままですしヴァッツも突然姿を消したまままだ戻っていません。つい先日まで極秘として扱われてきましたが現在ではセイラム様が予言されていた未曾有の危機が迫っているという判断で皆が行動しています。」

それを聞いたカズキも最近緩めっぱなしだった心にぴんと弦が張ったような引き締まりを感じる。
「クレイスはともかくヴァッツの奴、どこいったんだ?」
「さぁ?こればかりは『闇を統べる者』様とのご関係もあるので何とも・・・」

「ただいまー!!!」

噂をすれば影というが彼の場合正にそれを自由に使いこなす。にも関わらず突然『アデルハイド』城の影から2人の前にヴァッツ、クレイス、イルフォシア、ルサナ、ウンディーネにノーヴァラットが一気に登場すると流石に眼が飛び出るほど驚いた。
「おまっ?!おかえり!!!つかどこ行ってたんだよ?!今丁度話をしてたんだぜ?!」
「え?えーっとね。『冷たき風の地』にある『イムの村』にいたんだよ。凄いんだよ~巨人族っていうの!!オレの倍以上の背丈があってさ~!!」
元々不思議な存在なので大抵の事には眼を瞑ってきたが初めて聞く地名や種族の話は中々に興味をそそる。それは隣にいたショウの表情からも見て取れたのだがそこは左宰相、すぐにいつもの様子へ戻すと彼もまずは帰還を労った。
「おかえりなさい。しかしこの帰還は大変喜ばしいです。実は今色々ありまして・・・」
「ただいまショウ。実はこっちでも色々あってさ、話は少し長くなると思うんだけど聞いてもらえる?」
何だ何だ?未曾有の危機とやらのせいかクレイスの様子も少しおかしい、というか首元に見えた包帯からまたどこかで怪我してきたな。などと別の方向で明察していると何故かイルフォシアがとても落ち込んでいるように見えた。





 彼女は『トリスト』王国第二王女で姉と違いしっかり者だ。それに社交性も高く常に気品を感じる、というのがカズキの率直な印象だった。
本来なら急いで『シャリーゼ』南部へ赴く予定なのをクレイスとヴァッツの話を聞く為、父であるキシリングが主催する晩餐会に参列すると他にハルカの祖父であるトウケンや何故かハルカにリリー、イフリータとティナマ・・・

「初めまして。私『気まぐれ屋』の店主を営んでおりますウォダーフと申します。此度は国王様自らお招き頂き恐悦至極にこざいます。」

そして顔が鳥みたいな奴が同席したので流石にショウに何ともいえない視線を送り続けたがヴァッツは喜んで近づき握手を交わした後、その顔本物?と尋ねながらぺたぺた触りだす。
その様子から困惑こそ見せたものの敵意らしいものは感じなかったので信用は置けるのだろう。
「まずは一番大事な事から説明させて。」
それから晩餐会の幕が開き、各々の席に豪華な食事が用意された後クレイスがすぐに口を開く。

「実はイルフォシアの力が失われちゃって・・・それがヴァッツの行動に関係しているかもって話なんだけど。」

それで随分と落ち込んでいる様子だったのか。納得したカズキは軽く蜂蜜酒を喉に流し込んだ後次に珍しくヴァッツが説明を始めたので黙って耳を傾ける。

「えっとね。『天界』にいる天族達って『神界』の話を聞かない人達に操られてたんだよ。んでその人達の力を全部奪ったんだけど、そしたら世界?とか関係してた人?の力にも影響が出てきたかもって話で?」

頑張ってはいるが言葉尻に疑問符が多い。ただいつの間にそんな面白そうな世界に言っていたのだろう。後で自分も連れて行ってもらえないか相談しようと考えていると久しぶりにあの声も聞こえてきた。


【恐らく世界では今後様々な変化が起きるだろう。それをどうすべきか相談したい、というのがヴァッツとクレイスの意見だ。】


「理解できました。」
既に未曾有の危機を察していたショウは悩む間もなく答えると食事もそこそこに書記官を3人程待機させると早速自身の計画を説明し始める。
「まずカズキと『剣撃士隊』は予定通り『シャリーゼ』の南側に現れた国家について調べてきて下さい。ただし武力での衝突は極力避ける方向でお願いします。」
「わかった・・・ん?戦わずにって事か?!」
てっきりその真逆で殲滅してくる命令かと思っていたのですかさず反論するが彼はいたって冷静に諭してくる。
「ヴァッツと『闇を統べる者』様の内容から世界が変わった、と捉えると相手がどのような手段や価値観を持っているのか見当も付かないのです。現にそこにおられるウォダーフ様も特殊な技術をお持ちですし。」
特殊なのは見た目だろ?!と言うのは野暮かもしれない。確かに鴉頭の種族など聞いた事もないしそんな彼がこの世界にやってきた所を見るにこれから対峙する相手が敵だと断定するのも早計と捉えられるのか。
「そしてヴァッツは一度『天界』へ赴いてセイラム様達の様子を見てきて下さい。推測が正しければ彼らも全員力を失っている可能性が考えられます。」

「わかった!でもその前にアルヴィーヌのとこに戻っていい?」

その発言にはショウ以下、全員が目を丸くして動きを止めてしまった。そこにどのような感情があるのか定かではないが普段少し面倒臭がっていたのに『天族』としてか、未来の妻としてか、それとも叔母としてか心配しているようだ。
「ええもちろん。彼女も随分落ち込んでおられるのできっと凄く喜ばれますよ。」
「じゃあ僕は何をすればいいかな?!」
クレイスもイルフォシアがとても落ち込んでいるので何か力になりたいのだろう。息巻いて尋ねてくるがこれは彼にも見抜かれていたようだ。

「貴方は『トリスト』でしばらく休養です。」

「何で?!」
「また何か無茶をして怪我をされたのでしょう?その見え隠れする包帯が何よりの証拠です。」
これには彼を慕うルサナをはじめ、ウンディーネやノーヴァラット、元気の無かったイルフォシアも強く何度も頷いていた上に父であるキシリングからも養生するよう求められたので彼は素直に引き下がざるを得なかった。
「とりあえず手元にある情報で優先すべきは以上ですね。さぁ、後はキシリング様がご用意してくださった晩餐の場を大いに楽しみましょう。」
珍しくショウがそういう方向で気を使って皆を盛り上げると神妙にしていた面々からもやっと再会とご馳走から笑顔と歓声がこぼれる。

(しかし世界の変貌・・・いや、新しい世界の迎合か?)

いまいちぴんと来ていなかったカズキは懐かしい面々との話題や『神界』についての出来事に呆れながら美味い食事を堪能しつつ、未知の相手に武力を使わずどう立ち回るかを真剣に考え始めていた。





 翌日、皆に見送られてカズキと『剣撃士隊』は西へ旅立ったのだがその前に珍しくヴァッツから小難しい質問をされていた。

「ねぇカズキ。カズキは戦う力って必要だと思う?」

イルフォシアら『天族』が力を失った事に起因しているのか、もともと戦いを好まない彼故の疑問か。一緒に見送りをしてくれているクレイスやショウも難しい表情のまま2人を見守っていたがこれには明確な答えを持っている。

「ああ必要だ。何故なら戦いこそが俺の人生だからだ。」

「ええええ?!そ、そうなの?」
「そりゃそうさ。人間も言葉や道具を使ってるだけで結局は動物なんだ。その根本はやっぱり弱肉強食なんだから強さは絶対に必要だ。それに・・・」
続けて話そうとしたが一瞬迷ったのは個人的な内容になるのでどうするか躊躇した為だ。だが4人が顔を揃えるのも久しぶりだしクレイスやショウにも知っていてもらった方が良いだろう。

「それに俺がじじいから唯一教えてもらったのが戦う事なんだ。それが危険で野蛮なのもわかっちゃいるんだが、やっぱり大切でもあるんだよ。」

「ふんふん・・・なるほどなぁ・・・」
「俺の爺ちゃんがスラヴォフィル様だったらまた違っただろうな。ま、これも環境や家庭の事情ってやつだろ。」
恐らく彼の強さを見抜いていたからこそ逆にヴァッツには戦わない価値観と教育を施してきたのだろう。でなければ計り知れない力を持つ少年がこれほど純朴に育つはずがない。
そう考えると世の中は上手く出来ていると感心する。ただもやしのようだったクレイスが今では自分以上に強くなっているかもしれない事実だけは認めるわけにはいかない。
魔術という部分では随分水をあけられたが仮にも師弟関係なのだからとカズキはより強くなる事を心に誓い直す。

「それじゃオレももう少し見守るよ。でも困った事があればいつでも言ってね?オレでも『ヤミヲ』でも力を貸すからさ。」

「その時は頼むぜ。てかもう何度も助けられてるけどな。」
最後は笑いあってから別れるとカズキは用意してもらった騎馬に飛び乗って颯爽と西の街道を駆けて行く。
『神界』の崩壊によって地上にどれ程の影響が出ているのか、これから出てくるのか全く検討も付かないが今ある数々の報告と彼が出発した直後、意外なところからも助けを呼ぶ声が上がってくるといよいよ『トリスト』は忙殺に飲まれていくのだった。



それはカズキ達が目的地へ向かう途中、補給と多少の休息を求めて『ボラムス』に立ち寄った時の事だった。
「おうカズキ!丁度良かった。実はクレイスの知り合いって奴が来てるんだがちと一緒に話を聞いてくれねぇか?」
傀儡王であるガゼルが出迎えると共に何とも微妙な様子でぶしつけに相談してきたのだ。ただこちらとしても休息の場を借りる訳だしこの城には『トリスト』の関係者も沢山いる。
なので特に断る理由もなかったカズキは早速軽装に着替えると来賓室に案内された。
そこには将軍ワミール、そして副王のファイケルヴィが上座の傍に控えておりフランセル程の歳の少女と見たことのない少し太った初老の男が既に座っている。
「悪ぃ悪ぃ。今し方その関係者が到着したもんでな。んじゃもう一回自己紹介からお願い出来るか?」

「はい。私は以前『ジョーロン』で召使いをしていたツミアと申します。」

「ほう?また懐かしい国名だな。最近行ってないんだよな~皆元気かな?」
3年前の旅で入国したのを最後にカズキ自身が西の大陸に出向いたのは『フォンディーナ』までだ。『ジョーロン』では『ユリアン教』関係で随分とひどい目にあったが、あれ以降より強さを求めるべく必死に修業してきたのも懐かしい。
「そして私が現在ロークスの都市長を務めるナジュナメジナと申します。」
「・・・ああ!確かショウやガゼルが胡散臭いって言ってた奴?!なんでここに?」
「実は我が都市でも妙な事件が多発しておりまして、そのご相談にと伺ったのです。するとそちらのお嬢さんも何やらご用件があるようで丁度鉢合わせした次第ですな。」
目の前で胡散臭いといわれても一切気にしない部分はとても高く評価すべきだろう。だが確かにその雰囲気は商人らしくない。
ただそんな大実業家と呼ばれる彼でも手に余る出来事が発生しているらしい。詳しい事情はわからないがカズキも椅子に座ると早速ツミアと呼ばれる少女の方から話が始まった。





 「まず召使いというのは仮の姿で私の出自は『ラムハット』の第三王女です。」

「ほう?そんなお上品なお方がなんでまた『ジョーロン』で召使いなんかに?」
ガゼルと似たような思考を持つカズキもその質問には同意していたがある程度考える頭を持つファイケルヴィやナジュナメジナからは推察するような表情が読み取れた。
「はい。実は我が国の兄妹達による派閥争いから身を遠ざけたくて『ジョーロン』に潜んでいました。そこでクレイス様とお会いしたのです。」
「ふむ。」
そういえば『ジョーロン』で養ってもらっていた時に何か隣国の問題に巻き込まれたような話も聞いていた。ただそこに召使いを装った王女が絡んでいたのは初耳だ。

「現在、王位継承者である兄が殺され、2人の姉が骨肉の争いを繰り広げております。どうかそれを治めて頂きたくお願いに上がった次第です。」

カズキの周りではあまり聞いた事の無い内容に思わずガゼルを見やるが彼も元々平民の出自だし隣にいるファイケルヴィに意見を聞く素振りを見せる。
「しかし貴方と『ラムハット』はクレイス様に多大な御恩こそあれど彼がこれ以上そちらに手を差し伸べる理由はありませんな。それこそ彼も王族なのです。物理的な距離こそ離れてはいるものの絡めばより厄介な事に・・・」
「はい。ですので私の全てを捧げに参りました。」
王女ツミアは静かに、そして凛とした眼差しでファイケルヴィに答えると珍しく彼が言葉を詰まらせて眼を伏せた。
「全てって何だ?金とか権力か?」
国政に全く興味のないカズキがまるでガゼルの代弁をするかのような質問をすると流石にワミールからもう少し勉強しろ、みたいな視線が送られてきたのでこれは不正解だったらしい。

「つまりツミア様はクレイス様に嫁ぐ、という事でしょう。」

ずっと黙って聞いていたナジュナメジナがわかりやすい答えを告げてくれるともやもやしていた戦闘狂と元山賊の顔がぱぁっと晴れた。と同時にカズキはすぐ口を開く。
「いや無理だろ。だってあいつイルフォシアしか見てないしそれこそ利で動く奴でもない・・・から逆に情で動くのか。いやでも嫁ぐってのは難しいんじゃねぇか?」
仮に婚姻を結んだとしても『ラムハット』と『アデルハイド』に強いつながりが生まれる程度で物理的な距離を考えても本当に利らしきものが見当たらない。それでもクレイスなら助けを求めれば手を差し伸べそうだが現在療養中でもある。
素人考えでは絶対に手を出すべきではないだろうなぁと考えていると同じような思考のガゼルにファイケルヴィも何か囁いていた。

「んー。まぁ折角海を渡って遥々やって来たんだ。長旅の疲れを取るのも姉達の派閥争いから身を隠すのもいい。ちょっとここで休んでいけよ。クレイスには後で連絡も送るから、な?」

何となくはぐらかそうとしているのだけは理解したカズキにツミアも気が付かない訳がないのだ。その当たり障りの無い返答を聞いて寂しそうな表情で俯くと重い空気が流れる。



「でしたら私が仲介して差し上げましょう。」



そんな空気を突如吹き飛ばす提案をしたナジュナメジナに周囲は唖然とするしかなかった。そしてすぐに口を挟んだのはガゼルだ。
「おうナジュナメジナ?!ちょっとばかし金を持ってて都市長やってるからって出しゃばらないほうが身の為だぜ?!」
「確かに。ちょっとばかり大金を持っていますがツミア様のお話にはそれを更に増やせる匂いがしたものですから。どうでしょう。我が事業を受け入れてくれるという条件で手を打ちませんか?」
なるほど。これは確かに胡散臭い。いくら5大実業家の1人とはいえ海を渡った最西の国にまでその事業を拡大しようというのだから強欲の権化みたいな性格なのだろう。

「ほ、本当ですか?!でしたらその・・・我が国はそれほど豊かではございませんのであまりご期待には添えられないと思いますがお好きになさってください!」

そしてツミアという王女も自身を捧げたり国を捧げたりと中々に吹っ切れた性格をしているらしい。その答えを聞いたナジュナメジナも満面の笑みを浮かべていたがこれにはガゼルが食らい付く。
「待て待て!本人もいないのに勝手に話を進めるな!それにナジュナメジナ!!お前こそロークスで何か起きてるからここに来たんだろうが?!他人の話に口を突っ込んでる余裕なんてあるのか?!」
「おお、そうでした。実は我が都市の西側に突如現れた国家から多少ながら侵略を受けておりまして。ただそれを討伐する為に今回『トリスト』からカズキ様が送られてきたのですよね?でしたら私の悩みはもう解決したも同然です。」
とても楽しそうに笑いながら葡萄酒を飲み干した彼の相談とはカズキの件に関することだったのか。しかし『シャリーゼ』にもちょっかいを出している話も聞いていたし相手は相当規模の大きな存在らしい。

その後彼から出来るだけそいつらの正体を事細かに聞き出しつつ、ツミアという王女の話は出来るだけ遅らせてクレイスに届くようガゼルに根回しだけするとカズキ達『剣撃士隊』も二日後には件の地へ出立した。





 しかしナジュナメジナの話だと人に危害を加えるというより家畜や田畑を荒らす夜盗のような存在らしい。
まるで鹿か猪みたいだな、と感じながら進軍する事4日。丁度『シャリーゼ』とロークスの間くらいに到着した一行は早速相手の情報を集める為の行動を開始する。
「さーて。どんな連中が暴れてんのかなぁ。」
内心とてもわくわくしていたカズキは斥候重視だというのも忘れて刀の素振りに力が入るがどうやら杞憂に終わりそうだ。何故なら相手はこちらが想定していた以下の存在なのだから。

こっそり木の上で待機し、不審な人影があれば危険が及ばないよう観察する方向で命令を出したその日に相手の正体がわかるとカズキも眼を見張った。

「・・・何となく俺が呼ばれた理由がわかったわ。」

その人影は獣の革で出来た衣服を身に纏っている。手にする道具も木や石といったもので出来ており髪の質感はまるで蛮族のそれだった。
つまり彼らは自分達と比べてかなり古代の文明人なのだ。となると余計に戦って力の差を見せ付けたほうがいいのでは?と短絡的に考えてしまうがこれは誤った回答なのだろう。
そしてもう少し深く知ろうと観察を続けていると真夜中に家畜や農作物を盗んでは風のように逃げていく。ここも情報通りなのだが予想外の正体に対策が全く思いつかない。
「なぁバルナクィヴ、これってどうすればいいんだ?」
「そ、そうですね・・・戦いを避けるように命じられているので柵でも立てます、か?」
自身の倍以上生きる副隊長に相談するも彼も頭を抱えて無理矢理出した答えがこの程度だ。確かにヴァッツが『ボラムス』の国境線を築いたように巨大な岩石で遮断出来れば良い提案と呼べるだろうがここにいる100人弱が協力してもあれを真似するのは不可能だろう。

「うーむ・・・仕方ない。ちょっと接触するか。」

こういう場合、深く悩むより行動に移す性格なのも彼の長所だ。一晩休んだカズキと『剣撃士隊』は早速彼らの集落があるらしき方向へ進軍するとそこには思っていた以上に拓けた大地と沢山の簡易的な家屋が建ち並んでいるではないか。

「な、なんだおまえたちは?!」
自分達とは全く違う、繊維を編みこんだ衣服に鉱石を溶かして作られた武具を身に纏うカズキ達を見て驚くのも無理は無い。
「俺達はお前らが盗みを働いたとこからやってきたんだよ。要件はただ1つ、今後その行為を一切やめる事。でないと全員ぶった斬るぞ?」
極力戦うなと言われていたが脅すなとは言われていない。やや屁理屈じみた論理だったが他に何も思い浮かばなかったので若干強硬手段に出てみたのだがわりと効果は覿面だったようだ。
脅し文句を受け取った村人は慌てて集落の中央へ逃げていくと木を叩いた警報のような音が響き始める。
「お~そういう道具はあるのか。ふむふむ。」
「だ、大丈夫か?カズキ、戦うなよ?絶対戦うなよ?」
副隊長がやや不安そうにしていたが問題ないはずだ。何せ彼らの道具は全て石と木で作られているのだから衝突してもたかが知れている。
この後彼らがどう動くのか、それをじっと立ったまま観察していると今度は思っていた以上の男達が遠くから石槍を構えてじりじりと近づいてきた。見たところ弓はなさそうか?

「あ~先に言っておく。こちらは一方的に被害を被ってるから怒ってる。それだけだ。戦う気はないが襲ってきたら痛い目見るぜ?」

言葉こそ通じてはいるが彼らも生きる為の食料が必要なのだろう。かといってロークスや『シャリーゼ』も条件は同じなのだ。それを盗んでいい道理はない。
「若いの。随分と強気じゃがこれだけの数の槍を受けたら死ぬのはお前じゃないのか?」
そんな中この村の長だろう。真っ白な髭と頭髪が伸びっぱなしの老人が杖を突いて近づいてくるとカズキは鼻で笑って見せた。

「んじゃやってみなよ。俺一人で全て凌いでやるぜ?」

「カ、カズキ。戦うなっていう命令、わかってるよな?!」
横からやかましく釘を刺されるがこれもカズキの理論で攻撃を防ぐのは戦いとは呼ばないのだ。なのでそこに徹底するだけでいい。そう考えていると長老が杖を軽く掲げる。

するとかなり距離が離れていたにも関わらず村人達から投擲された石槍が相当な勢いで一斉に飛んできたのでカズキは慌てて家宝を顕現させるとそれらを横に寝かせて全てを受けきるのだった。





 自分達よりも遅れた文明だと若干の油断があったのを心の底で深く反省しつつ、相手も突然現れた巨大な硬い塊に唖然とする。

「お前らなかなかやるじゃねーか。こんだけ戦力があるんだったらその辺で鹿でも猪でも熊だって狩れるだろ?いちいち家畜を盗むんじゃねぇよ。」
今も身体がどんどん成長しつつあるカズキが手にする『山崩し』と『滝割れ』も随分体になじんできた。ただ祖父の言う通りこれを振るう時は今だしっかり腰巻を硬く括りつけてあるのも楽に振るえる原因だろう。
「な、なんと面妖な術を・・・まさかお前らも『エンヴィ=トゥリア』の関係者か?!」
「何だそれ?」
長老らしき人物が腰を抜かさんばかりに驚いて尋ねて来たが全く聞いた事のない言葉にカズキは仲間を見回して誰か知っている者がいるか確認するが皆小首を傾げている。

「ここにいる者達は我が国の所有物なのだ。」

その途中、突然彼らの後ろから覇気のある声が聞こえてくると同時に多少の悲鳴と人が破壊される音が聞こえてきた。
顔を正面に戻したカズキ達が見たものはかなり巨大な体躯を持つ馬と、それに跨る男が村人達を踏み潰しながら前に出てくる場面だった。
それでも気づいた彼らは慌てて左右に散り、犠牲を最小限に抑えてはいたものの、その男に向ける気配は憎悪と畏怖だ。つまり所有物という言葉はそのままの意味なのだろう。
「ほ~。で、てめぇがここにいる奴らの元締めか。んじゃもう一回伝えとくわ。二度と周辺の農作物や家畜に手を出すな。」
「・・・はっはっは。貴様、まだ若いのに随分肝が据わっておるではないか。気に入った。わしの配下になれ。」
何だこのおっさんは?こっちは交渉しにきているのに聞く耳を持たないどころか見当違いの話をし始めたのでカズキもやや苛立ちを込めて睨み付けるが同時に相手の姿の違和感に気が付いた。
彼とほかに数騎、従うような形で前に出てきた彼らだけは衣服に鎧で身を包み、見えている武器もしっかり造られたものだ。

「えーっと。そこのじいさん。さっき何て言ってたっけ?何とかっていう国っぽい名前?」

「『エンヴィ=トゥリア』じゃ。」
「そうそうそれそれ。今馬に乗ってる奴らってのがその関係者か?」
「いかにも。わしが『エンヴィ=トゥリア』の虎、ナヴェルだ。」
未だに詳しい事情はわからないがこの蛮族らしき集落がその『エンヴィ=トゥリア』とやらに占有されているのだけは理解出来た。
「んじゃナヴェルのおっさん。あんたからもこいつらに周囲へ迷惑を掛けないようちゃんと伝えてくれよな。」
「断る!!そもそも我らは近日周囲を侵攻すべく行動を予定しているのだからな!!」
「ナヴェル様、その情報を敵らしき人物に伝えるのは・・・」
側近からこっそり釘を刺されると彼もつい口を滑らせた事を気まずく思ったのか、軽く咳払いをするとゆっくり背中の大槍を抜くと突然闘志と殺意を放ち始めた。

「ならば今ここで奴らを全員屠ればいいだけの話よ。」

何だろう。この頭の悪さというか短絡的な言動に扱う武器はどうしても『ネ=ウィン』の4将フランドルを思い出してしまう。そしてこちらにも事情があるのでこれを受けて立つわけにはいかないのだ
「待て待ておっさん。俺達は戦うつもりでここにやってきたんじゃない。話し合いにきたんだ。さっきから随分一方的に攻撃を仕掛けてくるけどもっと話せる奴はいないのか?」
普段は誰よりも早く刀を抜いて暴れる彼から今後一生聞けないのではないかという台詞を耳にした『剣撃士隊』の面々も目を丸くしていたがこれを挑発と受け取ったナヴェルは一瞬で激高するも側近の1人がそれを瞬時に止めると彼が口を開いた。

「少年。こちらは我が国でも猛将と名高いナヴェル様だ。そのおっさんというのはやめてもらおう。そして話し合いの内容を今すぐ述べるが良い。私が聞いてやる。」

細身ではあるものの彼からもそれなりの強さを感じる。恐らく相当な手練れなのだろうがそれを確かめるのもまた後日になるだろう。
「だーかーらー今後二度と他の国の農作物や家畜を盗むんじゃねぇ。それだけだよ。」
「しかし我々はこれからその他国に侵略戦争を仕掛けようとしている。話し合いにならないのではないか?」
「・・・・・本当だ?!え?!じゃあどうすればそれを取り下げてくれるんだ?!」
スラヴォフィルの命令をただ忠実に護ろうとこちらの要望を伝えたものの、相手は侵略すると言ってきているのだから話がかみ合わない所ではない。
ここは何としてでもそれを食い止めるべく『剣撃士隊』と制圧する為の戦いを・・・じゃない。戦うなといわれているのでその手段が取れない。
「ま、まずいぞ?!バルナクィヴ!副隊長として何か妙案を授けてくれ!!」
「・・・と、言われましてもこれは非常に難しいです。護りが戦いの中に入らないと仰るのでしたらここでずっと食い止める、というのはいかがですか?」
よくよく考えると『トリスト』で最も強い精鋭部隊を目指している『剣撃士隊』にそこまで頭の回る人物は存在しなかった。
故にまともな策謀もないまま衝突目前の彼は副隊長の策とも呼べない提案に苦笑いしか出てこなかったがそれしかない。そう思って覚悟を決めた瞬間。

「やぁやぁ。皆さん派手にやってらっしゃるようで。」

そこにあの胡散臭い男が姿を見せると全員がそちらに顔を向けていた。





 「ナジュナメジナのおっさん。何でこんな所に?」
確かに東へ少し行けばロークスなので彼の住居は相当近いのだろう。だがカズキが旅立つ1日前にロークスへ戻っていった彼が自ら危険を冒して姿を見せる意味はさっぱり理解出来ない。
「私も商売人ですからな。ここでカズキ様に恩を売り、是非クレイス様へと取り次いで貰おうと思った次第です。」
本当に食わせ者だなぁと内心呆れたがこの場を乗り切れるのであれば1つ程度の貸しくらい作ってもいいのかもしれない。カズキは急いで手招きして彼を部隊の傍に呼び込むと早速小声でその策謀を尋ねてみた。

「いやいや、何も大した内容ではありませんよ。そちらの『エンヴィ=トゥリア』の皆様、先程貴方方は周辺の都市に侵略戦争を仕掛けるような発言をされましたね?」

「うむ!!」
「でしたら私がいくらかお支払いするのでその金で手を引いてはもらえませんか?」
これはカズキ達には出来ない芸当だ。確かに大実業家の彼がどれほどの資産を保有しているのかわからないがその名声も加えると相手もある程度慎重な姿勢を見せねばならないだろう。
「・・・どこのどなたかは存じ上げませんが我らは血に餓えております故、金品は侵攻時に奪わせて頂きます。」
「おい!!全然話にならねぇじゃねぇか?!大実業家ってのは飾りか?!」
ぶっちゃけ戦いだけで生きてきたカズキも5大実業家の存在はクレイスやショウ達のお陰で知れたのだから相手が知らない事にも納得はいく。
それにここで犠牲を出さずに金品で解決するか、犠牲を払って全てを奪い取るかの選択など天秤に掛けるまでもない。カズキなら間違いなく後者を選ぶのだから。

「・・・ふむ。つまりあなた達もこの世界の住人ではない、という事ですな?」

ところがナジュナメジナが意外な事を口走ると『エンヴィ=トゥリア』の騎士達も目に見えて驚いていた。その言葉の意味は恐らくヴァッツの力が影響しているのだろう。
「・・・念の為にお聞きしよう。この大陸は何と言う?」
「ここはカーラル大陸と申しまして、この世界で最も広い大陸でございます。」
彼らの国がどの程度のものかはわからないが少なくとも大陸の名前すら知らない部外者なのは断定出来た。あとは穏便に話を進める事さえ出来ればよいのだが。
「ふ~む。ではわしらが全土を支配すれば『エンヴィ=トゥリア』の名が更に知らしめられるという事か。ハーシ!まずは目障りな連中を始末した後この事実を本国に持ち帰るぞ!」
「はっ!」
駄目だ。相手はかなり好戦的な性格をしている。というかこれではまるで『ネ=ウィン』みたいではないか。
そしてナジュナメジナの憶測通りなら彼の存在を知らないのも理解出来る。どこからやってきたのか知らないが5大実業家というのもこの世界の一部でしか有名ではないのだから。

「ちっ。仕方ねぇ。んじゃ俺が相手してやるよ。」

命令を無視するつもりはないが敵が全く譲歩する様子を見せないのあれば仕方なくといった様子を演じつつもカズキは胸を躍らせながら刀に手を掛ける。
「おや?極力戦いを避けるように命じられていたのではありませんか?」
しかしナジュナメジナからまるでヴァッツのように真っ直ぐ尋ねられたので思わずどきりとして手を引っ込めた。
「ん、んな事言われてもあいつら全然話にならねぇじゃねぇか!!言っておくけど俺だって好きで戦う訳じゃない!!そ、そうだ?!相手の武器を全部へし折ってやる!!これなら戦う内には入らないだろ?!」
自分で言ってても苦しい言い訳だと理解はしていたが虎と呼ばれる猛将が歩みを止める事は無い。騎乗したままだが大きな槍は今にも構えられそうなのだ。

「でしたら私の街の住人に相手をさせましょう。」

もはや迷う猶予はない。そう思って無理矢理戦闘態勢に入ろうとした時、またしてもナジュナメジナがおかしな提案をした事で双方の動きが一瞬だけ止まるのだった。





 「おい商人風情。今何と言った?」
これにはナヴェルが大いに怒りを内包させながら尋ねるが彼は涼しい顔でさらりと答える。
「こちらのカズキ様、及び『剣撃士隊』の皆様は接触のご命令しか受けておられないのです。ですからもし貴方方が無理矢理武力を行使されるというのであれば私が間接的にお相手します。」
このおっさん、相手の力量がわかっていないのか?少なくとも性格と見た目通り、『ネ=ウィン』のフランドルかそれ以上の強さをもっているはずだ。
それを街の住人に戦わせるとか公開処刑にも程がある。と一瞬考えたがこの大実業家は食わせ者だという事も思い出す。
恐らく奴に対抗出来るだけの人物を傍につけているのだろう。それこそ金は唸るほどあるのだろうから相当強い傭兵をつれてきているに違いない。

「いいだろう!ならばまず先に貴様とその住人とやらを挽き肉にしてやるっ!!」

思った以上の憤怒にこちらが身構えそうになるもナジュナメジナの方は相変わらず涼しい顔でそれを見守る姿勢を崩さない。
しかも瞬きすれば届く距離に接近してきているにも関わらず、その頼りになる住人とやらの姿はどこにも見当たらないのだ。
流石のカズキも無理だと判断し、速やかに刀を抜いてその一撃を何とか受けようと一歩前に出ようとした瞬間、やっと彼の言う男が風のように姿を見せると敵の槍を見事に受け止めた。受け止めたのだ。

がしっみしししっ!!!

ナヴェルの柄の部分と住人が持つ細身の槍が交差すると見た目通り嫌な音が鳴った。恐らく住人が持つ槍は既に折れかかっているのだろう。
それ以上にカズキでさえ目視出来ないほど素早く現れた住人は何者なのだ?見たところ着ている衣装も質素なもので体躯に優れている訳でもないのによくナヴェルの一撃を受けきったものだ。
だが彼は更に周囲を驚かせる。何とその状態で相手の馬の顎に思い切り蹴りを放ったのだ。

ばぎゃんっ!!

すると巨馬は首を思い切り左に折られてその場に崩れ落ちる。と同時に猛将も飛び降りて槍を構え直しながら驚愕の表情を浮かべていた。
「・・・これが住人だと?貴様、相当な猛者だな?」
「いいえ。彼は私の紡績工場で働くプフィという者です。主に運搬作業を担ってもらっています。」
そんな馬鹿な?!というのはカズキや『剣撃士隊』だけでなく相手も強く思ったらしい。更に気が付くと先程悲鳴を上げていたのは何とナヴェルの槍だったのだ。
何かしらの鉄鋼で覆われている刃の繋ぎ目が曲がっているのに対し、プフィという青年の持つ兵卒が持っていそうな槍はしっかり形を保っていた。
つまり初撃の交わりで相手は馬と武器を破壊されていたのだ。そんな戦士がロークスにいた事にも驚いたし2人の戦いが今後どういった展開に向かっていくのか。
興味の尽きなかったカズキはまるで自分の戦いのように真剣に見入っていたがそこに水を差したのは他でもないナジュナメジナだった。

「私の都市はここから東に向かえば直ぐにあります。そしてそこの住人は最低でも皆プフィと同程度の強さを持っています。」

はったりにしては度が過ぎると呆れ帰ってしまったが何故か彼の言葉には妙な自信を感じ取れたので周囲は何もいえなかったのだろう。
「それでもよければ侵略でも何でもお好きにどうぞ。ただし攻め入った場合、必ず全員殺します。」
ショウやガゼルはこういう部分に胡散臭さを感じていたのだろう。商人とは思えぬ力の篭った発言に思わずこちらまでたじろいでしまいそうだったが先に動いたのは『エンヴィ=トゥリア』の方だった。
「ナヴェル様、ここは一度引きましょう。」
「ぬうっ・・・おのれ、ナジュナメジナと言ったな?!覚えていろよ?!」
首の骨を折られた馬をその場に何とも陳腐な捨て台詞を吐いたナヴェルも事態を重く受け取ったのだろう。渋々だが槍を仕舞うとハーシという側近に譲られた馬に跨るとその場を去っていく。
こうしてカズキの任務は本当に何も出来ぬまま達成されたのだが今の彼は自身の不甲斐無さよりも突如現れたプフィという戦士のみに興味が注がれていた。





 「おいあんた!プフィだっけ?ナジュナメジナに雇われた傭兵か?どこ出身なんだ?」
未だ眼前に残る問題を放り投げて尋ねると彼の表情はとても穏やかな、そして少し自信なさげなものであり、態度も決して強気な部分は見えない。
「え、えっと、あの、僕はロークス生まれのロークス育ちです。あと傭兵だなんてとんでもない。『ジグラト』から侵略を受けていた時には仕方なく戦っていましたけど普段はナジュナメジナ様のお仕事に従事させてもらっているただの一般人ですよ。」
そんな馬鹿な?!とすぐ口を開きたかったがそれを遮るかのようにナジュナメジナが彼の働きを軽く褒めた後、周囲に残る蛮族らしき集落の住人に目をやる。
「そんな事よりもカズキ様。まずは彼らの事情を聞かれてみてはどうでしょう?」
「そ、そんな事って・・・い、いや。事情も何もあいつらは『エンヴィ=トゥリア』に支配されてるんだろ?」
「何故です?」
「え?」
「何故彼らは支配されているのです?」
立て続けに投げかけられた問答に思わず言葉が詰まった。確かに見たところ彼らを従えたり見張るような人物は見当たらないのだ。とすれば理由は限られるだろう。

「なぁ。さっきの長老っぽい人、この村は何であいつらに従ってるんだ?」

「・・・それは女子供が全て攫われたからじゃ。」
激しい戦いが予想されていた為、村人達に庇われるように護られていた老人が再び姿を現して答えてくれると納得する。考えてみれば見渡す限り男しかおらず女子供だけじゃない、老人も長老らしき人物1人だけだ。
単純でありながら最も効果的な方法に納得はいくもカズキの興味はプフィの強さから離れてくれない。それでも今回の任務について考えるとやっぱり自身は何も果たせていないという結論に行き着いてやっと少しだけ落ち着きと落胆を取り戻せた。
「んじゃあいつらからそれを取り戻せばお前達はもう悪さをしないんだな?」
「・・・それは難しいな。」
「何でだよ?!」
未だ自分が何の役にも経っていない苛立ちからつい声を張り上げてしまったがそれをなだめるかのようにナジュナメジナが肩に軽く手を乗せてくれると代わりに尋ねてくれた。

「君達も見知らぬ場所にやってきた感じかね?」

「・・・う、うむ。先程やりとりしていた大陸?というのも『エンヴィ=トゥリア』というのも最近まで聞いた事がなかった。それが突然襲ってくると女子供を攫い、老人を殺し、この村を支配下に置くと勝手に宣言されたのじゃ。」
「気持ちはわかるが、だからといって周囲の家畜や農作物を盗んでいい理由にはならねぇだろ?!」
「若造。それはお前達の理屈だ。わしらも何かを食っていかねば生きていけぬ。この地では何を食べて、何が食べられるのか。どんな生き物がいるのかもわからぬ場所なのだ。」
見た目以上に論理的な反論に思わず言葉を失う。確かに彼らの元いた場所というのをカズキは知らないし何を食べていたかなど考えた事もなかった。

「だから他の人間が食べている、もしくは育てているものであれば大丈夫だろうと仕方なく奪っておった。しかし謝るつもりもないしこれからも続けるつもりじゃ。」

「なっ?!てめぇ、ぶっ殺すぞ?!」
「隊長落ち着いて!」
バルナクィヴに制止されるほどに思考と精神が疲れていたらしい。収まらぬ怒りの中、またもナジュナメジナが静かに口を挟む。
「でしたらカズキ様、彼らに食べる方法をお教えしてはいかがですかな?」
「何で俺らがそこまでしてやらなきゃなんねぇんだよ?!」

「それが命令だからですよ。恐らくこの任務を与えた者はここの状況をある程度把握していたと私は考えます。そこで幼少の頃から野山で育ったあなたを指名されたのではないでしょうか?」

静かに諭されると心当たりからやっと落ち着きを取り戻し始めたカズキは深く息を吐く。確かに自分は3歳になった瞬間から山に放り出され、自身の腕と知恵で生き抜いてきたし、数年前にも部隊を鍛える為同じ事をさせていた。
つまり今回は彼らを救う為に派遣されたという事か。そうする事で周囲の窃盗被害を防ぐ為に。
「・・・わかったよ。だったら俺が食う方法を教えてやる。幸い畑仕事も経験済みだしな。」
まさかダクリバンの術に嵌っていた最中の『ボラムス』での経験まで生かされるときが来るとは夢にも思わなかった。
「でしたら私は農具や種籾、最低限の家畜くらいはお譲りしましょう。」
この提案に村人達は安堵と歓喜の声を上げたがカズキは真逆だ。
「おっさん、本当に胡散臭いな。こんな連中にそこまでやって何考えてるんだ?」

「おや?わかりませんか?私はここの連中ではなく、ここの連中を任された貴方に恩を売っているのですよ。」

その答えに胡散臭さの頂点を見たカズキは怒りやプフィの事などすっかり忘れて笑い声を上げると早速彼らに鹿や猪、熊といった食べるに適している動物を狩る方法に解体する方法を教え始めるのだった。





 『エンヴィ=トゥリア』という国の文明はここカーラル大陸でも平均的なものだった。
建物は主に石材を利用し繊維を使った織物に鉱石を溶かす技術、畜産に農業、林業から漁業とすべてが水準以上ではあったが何分周囲の情報が何も無いのだ。
故に最初の異変から1ヶ月は慎重に計画を立て、周辺国の様子や生息している動物や植物の生態をしっかり調査、研究していた。

そんな母国に戻ったナヴェルとハーシは早速蛮族の集落で起きた事件にここがカーラル大陸と呼ばれている事や東にあるロークスという都市についての情報を報告すると宰相であるスヴァザは軽く唸り声を上げた。
「ふーーむ。お主達が実際その眼と耳で確認したのであれば嘘ではないのだろうが、まさか本当に我らの知らぬ地へと変化していたとは・・・」
「はい。しかもナジュナメジナという男からは妙な気配を感じました。周囲は大実業家などと言っておりましたがあれは間違いなく相当な戦士です。」
ナヴェルもプフィと戦って遅れを取った部分よりもそちらを強調したのは決して自身の不覚を隠そうとしたわけではない。実際彼が最も危険だと判断した為だ。

「・・・となるともう少し調べる必要があるか。しかしこの1ヶ月での調査で周囲にそれほど強大な国家はないと判断したんだがなぁ。」

初老に近い背丈の低い宰相は軽い様子で呟きながら今後の計画に脳内で修正していくがそれもそのはず。すぐ東にあった『ジグラト』は荒野と化しているしロークスを擁する『ボラムス』も『トリスト』の庇護下に置かれているものの決して大きな国ではない。
北側も未だ復興作業中の『シャリーゼ』しかなく、西海岸にある小さな国家『シン』などは都市ほどの規模しかない。
その中央に突如現れてしまった『エンヴィ=トゥリア』からすればどれも取るに足らない存在と判断しても仕方がなかった。友好か侵略か。国家の特徴から後者を選び、それを行動に移そうとしていた矢先、彼らの報告が飛び込んできた事で再び選択を迫られているといった状況だ。

「・・・仕方ない。呪術師を使う。」

国王への通達を前に宰相スヴァザが決断すると2人もより深く頭を下げた。これはカーラル大陸はもちろん、この世界には存在しない術の1つだ。
あまりに強力な切り札の為普段この言葉が出てくる事すら滅多にないのだが2人の将軍から聞かされた内容を加味して彼はこの方法を選ぶしかなかった。
幸いこの地に飛ばされて以降1回だけ試用実験は行っており、しっかりと標的の人物を呪い殺す事は出来たので国としての力がしっかり保持されていた事には安堵したものだ。

「『エンヴィ=トゥリア』の虎にはそぐわぬ命だろうからハーシ、彼らとの接触は今後お主が指揮をとれ。そして友好を深める場を設けてそこで仕掛けるとしよう。」

スヴァザに命じられて静かに彼も了承するが珍しくそこにナヴェルが口を挟んできた。
「お待ちください。もし狙うのであればナジュナメジナだけになさってください。」
「というと?」
「はい。実は奴とは別の部隊も現れておりまして、そこにいたカズキと呼ばれる少年。私は彼を是非自分の配下へ付けたいと考えております。」
「ほほう?猛虎である其方がそこまで評価するとは・・・面白い。よし、私も参加してみよう。」
「えっ?!し、しかし相手の力は未だ未知数です。もしスヴァザ様に何かあれば『エンヴィ=トゥリア』の未来が・・・」
最も警戒していたハーシがその流れは不味いと判断してすぐに諫言するが初老の男はからからと笑った後笑顔で彼に答える。
「はっはっは。私の代わりなどいくらでもいるさ。我が国の力はそれくらい強大なのだ。もっと自信を持つが良い。」
「・・・して、本当の所は?」
「うむ!そなたが見初めた少年、是非私も直接この目で確かめたい!もちろんナジュナメジナという胡散臭い男もな。」
ナヴェルの問いかけに子供のように喜んで答えるとハーシも流石に笑って快諾するしかない。

こうして『エンヴィ=トゥリア』という文武だけでなく、呪術という今までにない力を持つ大国が行動を始めるとカーラル大陸の西側ではまたも新たな戦火が燻ぶりを見せ始めるのだった。







そんな新興国の思惑を他所にナジュナメジナは今更多少の出費で責め立てる事はなく、むしろガゼルが話していた内容とその事実を目の当たりにして自室で心を躍らせていた。
《まさか本当に別の世界から国ごとやってくるとはな・・・ア=レイよ。わかっているな?これはとてつもなく大きな商機だぞ?!》
《うむ。だがまずは『ラムハット』の件を最優先に進める。異議はあるまい?》
《いいや、ある!!最優先というのは流動するものだ。よって全てを平行して進め、その中で利が大きく実るものから順番に摘み取っていけばよいのだ!!》
流石は大実業家、多少の無理や相手の都合などは一切考えず己の利のみを追求する提案にア=レイも心の中で感心しかなかった。
《なるほど。つまり『エンヴィ=トゥリア』にも接触し、我々の事業介入を目論めばよいのか。》
《最終的にはな。だが異国であり知識が何もない彼らとの接触は慎重に進めた方がいいだろう。何せあの虎と呼ばれる将軍の馬を殺してしまっているのだから我らの心証はあまりよくないぞ?》
普段他人の気持ちなど一切考えないナジュナメジナも商機が関わるとそこまで意識を向けられるのだからア=レイも開いた口が塞がらない。

《・・・普段からその気配りを周囲にしておけばもっと名誉を得られたろうに。》

珍しく呆れた声で本音を漏らされると彼はそれを鼻で笑い飛ばす。
《ふん!そんなものは一銭にもならんだろう?!最終目標は金なのだ!金を手に入れる為だけに考え、行動する事こそが私達の使命と知れ!!》
《今日は随分元気だな・・・まぁ個人的にも未知の文明を持つ彼らには興味がある。ゆっくりと探って行こうじゃないか。》
この時点で既に2人の熱量には大きな差が生まれていたのだが流石に3年もの付き合いとなると内なるナジュナメジナも強くは求めない。
《うむ!どれ程の大国か。保有している資産もどれくらいあるのだろうか。考えただけでも楽しみだな!》
完全に目が眩んでそんな事を呟いていた彼は色々と見落としていた。まずは価値観の相違だ。果たして彼らはどのような貨幣を使っているのか。
そもそも何故この世界でない人間と流暢に会話が成立するのか。法律は?倫理観は?疑えば山ほどあるはずの疑問は全て皮算用の前には降りてくる余地がなかった。

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