闇を統べる者

吉岡我龍

綻び -不思議なお店-

 『モ=カ=ダス』に新しい国王が誕生した夜、ヴァッツは『イェ=イレィ』に呼び出されていた。
その用件はただ1つ。

「ヴァッツ様。一晩だけで良いのです。どうか私にお慈悲を頂けませんか?」

この話題が出てきた時聞いていいのか、というかお前は喋っていいのか?と心と口がこんがらがってしまった。
ただ彼女も神であると同時に女なのだ。ヴァッツという破格の存在と出会えた事や彼の期待に応える見返りを少々求めてしまったのだろうと理解は出来た。
「でもオレ何の事かよくわかんないって言ったら色々教えてくれてさ。男と女ってああいう違いがあるんだね。」
「「「・・・・・」」」
クレイスでさえ無言を貫いている所をみると自分達は余計に黙っておくべきだろう。だが一瞬の抜け駆け要素を感じたルサナはすかさず口を開く。
「詳しく理解出来ました?」
「うん。多分。出来た・・・と思う。ルサナもクレイスと一緒にああいう事したりするの?」
「はい!!何せ私も毎晩寝所に呼んで欲しいくらいで!!!ね?クレイス様?!」
必死すぎてドン引きなんだけどもイルフォシアという絶対正妻がいる以上これくらい貪欲に行かねばならないのかもしれない。少し感心していたウンディーネだが相変わらずクレイスは軽い笑顔でかわすだけだ。
それから『イェ=イレィ』に見送られて4人は馬車で『冷たき風の地』へと向かう。
これはヴァッツが短い距離でもいいから旅をしたいという要望と、空を移動する際、彼を誰も担げないという理由が重なったからだ。

「・・・ノーヴァラットの傷、治ってるかな?」

本当はイルフォシアの名前を出したかったのだが自分でも鈍感な方だと自覚しているウンディーネですら躊躇してしまう。
「大丈夫よ。傍にはイルフォシアもついているんだし、ね?クレイス様?」
「そうだね。」
「それにしても巨人族か~!!めっちゃ大きいんでしょ?!楽しみだなぁ!!」
彼の素っ気無い返事はヴァッツの高揚に呆気なく掻き消されるが一体何がどうなっているのか。
ケンカをしたにしては引き摺りすぎている気はするし、好機のはずなのにイルフォシアの事も心配で前に出られないウンディーネはただただ彼の少し寂しそうな様子を見守るしか出来なかった。

「そういえば何でヴァッツがクレイスと一緒に現れたの?」

道中、やっと話題らしい話題を思い出したので尋ねてみると何でもクレイスから助けて欲しいといった声が届いたそうだ。
それで慌ててやってきたらこの世界だったという事で『イムの村』を詳しく見て回る余裕はなかったらしい。
「それよりも皆はどうやってこの世界に入ったの?『ヤミヲ』みたいな力でも使った?」
「それがよくわからないんだよね・・・最初は『モクトウ』から『東の大森林』に抜ける街道を走ってたんだけどいつの間にか、ね?」
「でも途中で深い霧に覆われたわ。そこから抜けると別世界だった、みたいな感じよ。」
「なるほど~・・・・・そんな事ある?!」
ルサナとクレイスの説明に嘘偽りはなく、同行していたウンディーネも特に補足すべき点はない。これが全てで事実なのだから問われても答えようがないのだが思わぬ所から疑問が投げかけられた。


【それは『神界』の影響かもしれんな。】


御者を任された従者だけがその声に驚いていたが一度聞いた言葉に皆が反応した。
「そういえば議会の時にも聞いたね。『ヤミヲ』様、その『神界』とは一体?」


【ふむ。人間より多少力を持つ者が住む世界だな。他の世界に干渉しては小さな名誉欲を満たしていたようだ。『イェ=イレィ』などもそうだ。】


「それと別世界に何の関係があるの?」


【恐らく奴らは力を失った事で自分の支配世界の均衡を保てなくなったのだろう。故に近い世界同士が意図せぬ形で繋がったり離れたりしているといった所ではないか?】


そのやり取りを聞いて世界の広さを痛感すると共に、もしそれが事実なら『ワイルデル領』に突如現れた建物の理屈にも繋がる。
一応言葉のやり取りも出来て社交的な部分が垣間見えるといった情報こそ出てはいたがショウが対応するといった話以降詳しい事情は届いていない。
「・・・出来るだけ急いで帰りましょう。」
彼にはイフリータが付いているものの、もしこの世界のように強大な力を持つ者と接触していれば危険かもしれない。
ウンディーネは道中を楽しむヴァッツに珍しく強気でそう促すと彼も姉に叱られた弟のような様子で渋々従うのだった。





 そんな彼女の不安を他所にショウは『ビ=ダータ』の『ワイルデル領』に足を運んでいた。そして妙な屋根の形をした不可解な建物を遠くから一周して見回った後軽く溜め息をつく。
「何ですかこれは?」
「それを確かめるのがお前の仕事だろう?」
決して答えが欲しかった訳ではない。それでも傍にイフリータがいてくれるお陰で多少の気は紛れるものだ。建物は道を塞ぐように建っているだけでなく若干傾いている。
言葉通り突如この地に現れた存在の中にはどのような人物がいるのか。報告では責任者を連れて来いというやり取りの話を聞いていたので会話は可能なはずだ。
「さぁさぁ!いつまでも様子を見てないで入りましょ!」
後は別の心配事として一緒にハルカがいる事か。ただこれには訳がある。それがルルーだ。
最初彼女が一緒に行くと言い出したのだが命の危険がある以上そんな場所に連れて行ける訳が無い。だが強かなルルーは色々な提案を持ちかけては何とかついて来ようと画策してきた。
なので姉であるリリーと一緒に住むハルカに説得を任せた結果、今に至るという訳だ。
「聞いた所戦いにはなりそうにないんでしょ?だったらこれで私も仕事をしっかりしてますって主張出来ていい感じよ!うふふふふ!」
それにしてもそういう話は心の中だけに留めていて欲しい。一応自身は左宰相なのだからと、こちらは心の中で呟くに留めると早速3人は門戸を叩く。

「・・・どちら様でしょう?」

すると割と力のある優しい声が返って来た。
「私達はこの地を任されている者です。お話を聞きたくて参りました。よろしければ中に通して頂けませんか?」
未だ相手の存在は何もわかっていないのでこちらも名乗りを上げる前にまずは面通しが出来ないかを打診すると静かに扉が開く。そして若干、いや、ハルカだけは隠さず驚いた。

「うわっ?!顔が・・・鳥みたい?!」

「別におかしくはあるまい?『魔族』でもこういう者はいるからな。」
イフリータがいて本当に良かった。彼女の自然な補足に心から感謝しつつショウは静かに頭を下げると相手もまた同じように行動する。
「なるほど。貴方方も中々に面白そうな存在。どうぞ、まずは当店自慢のお茶をお楽しみ下さい。」
鴉の頭に似た男が笑顔らしいものを浮かべて3人を案内してくれるととても甘い香りのお茶とお菓子が円卓に用意された。それから彼も椅子に座ると早速彼が名乗りを上げる。

「まずは主催である私から名乗るべきですかな。私はウォダーフ、『気まぐれ屋』の店長を務めております。」

初めて聞く業種に警戒というよりは考察を念頭にショウは彼が嘴で上手くお茶を飲むのを感心しながら眺める。
これには毒見という意味合いも含まれるはずだがそれはあくまで自身の周囲にある常識だ。果たして彼の行動にその意味は込められているのか。
と、そこまで考えていたのにハルカは既にお茶だけでなくお菓子にも手をつけている。いくら暗殺家業を止めたからと言って油断が過ぎるのではと呆れつつこちらも自己紹介を済ませると彼も話題を始めた。

「さて、ここに国の代表者をお呼び立てしたのは他でもない。私の商売に協力的か、非協力的か。それを判断させて頂く為です。」

口調以上に高圧的な意図を感じるがそもそも敵対を目的にやってきた訳ではない。ショウも一口だけ紅茶を頂くとその続きを促す。
「ありがとうございます。実は私、人の感情を取り扱いしておりまして。これを是非認めていただきたい。もちろん税もしっかりとお納めしますし国からの依頼も出来る限り応えてみせましょう。」
店の名前に業種内容を聞いても何を言っているのかさっぱりわからない。ただ怪しい雰囲気と時折見せる危険な雰囲気から真っ当な存在ではない事だけは理解出来た。
「私達も人に危害を及ぼさないのであれば特に咎めたり処するつもりはありません。ただ、どうも貴方の言う内容が理解出来ない。感情を取り扱う?とは具体的にどのような方法を用いるのですか?」
すると鴉顔の店主は固い嘴をにやりと歪ませた後、静かに席を立つと奥の部屋へ入っていった。それからすぐに黒く小さな箱を持ってくると円卓の中央に置いて開いてみせる。
そこには4つの丸く大きな真珠にも似た黄、赤、青、白の石が柔らかい布に埋まるよう納められていた。

「これが『喜』『怒』『哀』『楽』です。」

「「「???」」」
流石に説明不足が過ぎたせいで3人が3人とも小首を傾げているとウォダーフも認識のずれに気が付いたのか。軽く頭を下げて謝罪した。





 「ここではこれが何かもわからないという事ですか。ふむふむ。では・・・この宝石の中にはそれぞれの感情が封印されている、と言えば理解して頂けますか?」

「ほう?そのような事が可能なのですか?」
ぽかんとしているイフリータとハルカはさておき、ショウはすぐに嫌な予感に従って質問を始めた。
「はい。私の技術があれば可能です。元々私のいた場所はもっと森の奥深くだったので秘密裏に営業していたのですが気が付けばこんな農地のど真ん中に建物ごと移動していたもので。
ならば取り繕うより国の代表者と話をして正式な認可を貰ったほうが良いかと考えたのです。」
秘密裏という言葉が気になるもいくら知識を掘り起こしても彼のような容姿の種族やそんな技術など聞いた事がない。
それに建物ごと移動してきたという事は彼自身の意図も無く、本当にただ『気まぐれ』でこの場所にやってきたという事か?

「ふ~む。貴方の話を疑うつもりはありませんがあまりにも突飛が過ぎますね。それに感情を宝石化する最もわかりやすい利点は?」

このままでは拉致があかないのでショウも最も気になっている点を質問すると彼は再び得意げな表情を作って答えてくれる。
「怒りが収まらない人物からそれを奪って落ち着かせる。それを温和な人物へ使えば一気に激高させる事が出来る。それだけです。」
『怒』の宝石を摘まみながらウォダーフが説明するとイフリータとハルカはまたもぽかんとしていたがなるほど。ショウはその危険性に素早く気が付くとすぐに布石を打ち出した。

「わかりました。ただし取り引きは我が『トリスト』の国王か宰相である私のみ。もし他の人物にそれを売りつけたり買い取ったりした場合は即断罪します。」

「む?それはいささか困りますな。」
ここで初めて意見の対立が見られるも2人の少女は相も変わらずよくわかっていない様子でお茶とお菓子を楽しんでいた。
「何故です?別にそれを扱わなければ命に関わるようでもなさそうですし、普段は別の仕事で生計を立てればよいでしょう。そこは我が国もしっかり援助致しますよ。」
「いえ、私は感情を宝石化したものを集めるのが大好きなのです。この感情を抑えろと言うのは恐らく命を賭けても不可能でしょう。」
集めるだけなら問題はなさそうだがこの話が他国に、いや、他人に漏れてもかなり不味い。何故なら必ず悪用する輩が出てくるからだ。何とも厄介な人物に頭を悩ませるが彼の処遇は必ず何とかしなければならない。

「・・・ちなみに感情を宝石化する場合はどのような手順で行うのですか?」

「簡単な事です。様々な感情の人物に私が魔術を施せば結晶化してこのようになる。そしてそれが大きければ大きい感情であれば宝石もより大きくなります。」
その話を聞くと最近ではラカンの感情を奪い取った話を思い出す。あの時はヴァッツの逆鱗に触れてしまったようなのでこちらは口も手も出しようが無かったのだがこの男も彼と同じような真似が可能だという事か。
「ふむ。貴方の扱いは非常に難しいですね。」
「はっはっは。お褒めの言葉と受け取りましょう。それに左宰相様、貴方も相当な曲者ですな。」
腹の探りあいに全く心の篭っていない笑い声が飛び交う中、イフリータとハルカは既に席を立ち、店内の珍しい装飾品や雑貨を眺めたり手に取ったりして談笑している。

「因みに怨恨や怠惰を宝石にする事も可能ですか?」

「ええもちろん。ただ、その手の感情はあまり美しくはならないんですよね。私の好みではありません。」
想像以上の人物だと確認出来ただけでも収穫があったと言えるのか。ともかくショウは感情を宝石化する事だけは了承するものの販売は先程と同じように『トリスト』の国王か宰相のみという約束を取り付けると店を後にした。





 「ねぇショウ。あのお店そんなに危険なの?」
「ええ。とても危険です。まさかあのような存在がこの世に居るとは。」
「どう危険なのだ?具体的に教えてくれ。」
帰りの馬車内でハルカが不思議そうに尋ねてきたがこれはイフリータも同じように考えていたらしい。なのでショウは最もわかりやすい例え話をしてみた。

「非常に大きな『怨恨』の宝石を国王の側近に植えつけたらどうなると思います?」

「・・・・・おお!そういう事なの?!」
「ふむ。つまり他人の感情を使って別の人間を利用出来るのか。なるほど・・・それは危険では?」
やっとわかってくれた2人がとても驚いていたが他にも不貞の事実を作り上げたり同盟国の仲を引き裂くなどなど、ある意味ヴァッツの力のような危険さを感じずにはいられない。
「あれを放置するのだけは絶対にいけません。かといってまだどのような人物かわからないので『トリスト』に招き入れるのも危険・・・う~む。」
彼自身に戦う強さはあるのだろうか。それとも戦いになれば戦意や殺気すらも宝石に変えてしまうのだろうか。
全く底の読めないウォダーフという店主に今後どのような策を講じればよいのか。ショウは帰りの飛空馬車内でずっとその事を考えているといつの間にか『トリスト』城の中庭に到着していた。



あれからスラヴォフィルとザラールに報告した翌日。ショウは再びあの店を訪れていた。
「いらっしゃいませ。早速何かご入用ですか?」
しかも今日は店内に1人で入り、外でイフリータを待たせる形を取っている。それはもしもの時彼女を『トリスト』へ走らせる為だ。
「はい。実は相談がありまして。」
そう告げるとウォダーフは昨日と同じ応対で迎えてくれる。そして対面した形で座ると早速本題に入った。
「見た所貴方は我々と違う種族のようですが、異種族の感情も宝石に変えられるのでしょうか?」
「ええもちろん。私が元に居た場所でもあなたのような人種がよく来られていましたから。」
「ふむ。ではその相場は如何ほどでしょう?」
「そう!そこが問題なのですよ!!」
突然昨日は見せなかった様子を見せるとウォダーフは軽く咳払いをした後お茶を飲んで落ち着きを取り戻す。それから静かに語り始めた。

「・・・この国の価値や貨幣を失念しておりました。私はさほど儲けに興味はございませんが、それでも生活していけるだけの収入は必要なのです。そこでショウ様、貴方にこれらの価値を決めていただきたい。」

確かに彼の言うとおりだ。だがそこを失念していた訳ではなく、むしろ今日はそれが目的で来店したのだから思惑通りと言っても良い。
「わかりました。ではこのお茶がどれくらいのものなのか、ここから考えていきましょう。」
まずは共通の認識部分から価値を見出していく。そしてそれを基準に宝石の値段を割り出していこうと考えたのだ。
ただ彼の用意するお茶は元の国でも相当な高級品らしく、こちらが用意したエイムのお茶とは値段が倍ほど違った。しかし実際飲み比べてみるとその美味しさに鴉の表情からは舌を巻く様子が伺える。
「何と・・・これほどのお茶がその程度の値段だとは。ショウ様。これは私の用意するお茶か、それ以上の値をつけて頂かねば納得致しかねます。」
エイムも『魔族』であり彼女自身も儲けなどに興味は無く、ヴァッツに届けたいという理由で安く譲ってもらっている部分はあったのでそこは頷きつつ一杯価格を銅貨5枚程で換算すると早速昨日見た小さな真珠のような宝石達の希望小売価格を教えてもらう。

「この地の貨幣に換算すると基本的な4種類である『喜』『怒』『哀』『楽』。この大きさですと順番に金貨10枚、金貨5枚、金貨8枚、金貨10枚といった所でしょうか。」

「ふむ。」
思っていた以上の安価に内心冷や汗を流すが彼もまた儲けに固執していないと公言しているのでこれくらいなのだろう。そもそもあの小指の先にも満たない宝石に一体どれほどの感情が封じられているのか未知数なのだ。
「感情の種類や大きさに対する価値は値段に反映されているのだと理解しました。ではその効果はどれ程なのでしょう?」
「仰る通り。これは試してもらうのが一番なのですが如何なさいますか?」
まるで紅茶の試飲みたいに提案してきたので再び静かに冷や汗を流す。自分は怒りに弱い為それ以外ならと考えるが、もし間違って妙な言動を見せてしまった場合はどうすべきだろうか。

「・・・・・ではこの店で一番小さい『喜』『怒』『哀』『楽』を1つずつ下さい。」

未だ信用ならない彼の前で試すのを避ける為にショウは丸薬よりも更に小粒の4つを用意してもらうと対価を払い、その日は静かに店を後にした。





 (さて、どうしたものか・・・・・)

これは必ず自身の身で確かめる必要がある。でないと詳しい効果や危険性がわからないのだから。
イフリータと『トリスト』城へ戻ったショウは上への報告や誰を立会い人にするかを悩んでいるとルルーが嬉しそうに出迎えてくれる。
「おかえりなさい!!どうだった?その建物は?危険はなさそう?」
極秘情報なので今の所スラヴォフィル、ザラール、ショウ、イフリータ、ハルカの5人しか知らない内容を誤魔化しつつ執務室へ戻ると腕を組んで本格的に考え出す。
(・・・やはりスラヴォフィル様とイフリータだけに抑えておくか。)
ザラールもハルカも十分信用に値するのだがあの2人の前でおかしな言動をしてしまった後を考えるとどうしても踏ん切りがつかないのだ。故に水面下で動き始めたショウは自身で書き記す為の道具もしっかりと用意する。
傍から見てどのような印象なのかと服用した際の自身の感じ方、そのすり合わせについて後ほどしっかり考察して答えを導く必要がある。



実際ショウはいつにもまして慎重に準備を整えると後日3人が『アデルハイド』領のとある民家に集まった。



「ショウよ。例の宝石を試すのはワシでも構わんぞ?」
「いいえ。もしスラヴォフィル様に何か起こっては収拾が付かなくなります。イフリータ、万が一私が見境なく攻撃的な行動を取りそうなら貴女が私を取り込んでください。」
「う、うむ・・・・・し、しかし・・・い、いや、決意は揺るがないのだな。いいだろう。」
もしそうなるとショウが自我を保てない可能性や『魔族』に変化してしまう可能性は事前に聞いていた。だがそれを覚悟してでも試しておかねば今後世界を混乱させかねないのがウォダーフの宝石なのだ。

「では早速・・・『喜』から使ってみます。」

ここは一番影響の少なそうなものから使ってみる。でないと突然周囲を襲うような真似をしては実験は打ち切りになってしまうからだ。
そもそも今回『怒』だけは試すつもりはなかった。これは自身が怒りを最も身近に感じた為だ。
小さすぎる宝石を丸薬のように水で流し込んだショウは素早く筆を手に自身の変化を待つ。そして2人が見届ける中、確かな喜びを感じ始めたショウは感情のままつらつらと書き記し始めた。
その様子があまりにも必死で無言だった為、イフリータとスラヴォフィルは一回だけ顔を見合わせた後静かに質問を投げかける。
「ど、どうじゃ?どんな感じじゃ?」

「はい!私はアン様と元恋仲であり『孤高』の一角を担うスラヴォフィル様にお仕え出来てとても幸せです!!イフリータの復活も無事に遂げられただけでなく本当の姉のように頼りになりますし私ほどの幸せ者はこの世に存在しないのではないでしょうか?!
最近だとあのルルーに見初められているのですよ?!いや~あれほどの器量良しに好意を抱かれるなんて喜びを隠すのが大変です!!
それに友人にもとても恵まれている!!破格の存在であるヴァッツは昔からずっと頼りになりますし何よりクレイスの成長ぷりが素晴らしい!!カズキも孤狼のような性格を保ちつつ面倒見のよい部分はどんどん伸びています!!
この調子で行けばセイラム様の仰る未曾有の危機など嬉々として跳ね返してごらんに見せましょう!!」

とんでもない早口で思いの丈を喋りつつそれをそのまま羊皮紙に書き記した後、いきなりぴたりと動きを止めたショウは羞恥のあまり顔を上げる事が出来なかった。

故に平常心に戻るまでその姿勢のまま待つこと数分。

「・・・ふむ。これが『喜』ですか。」

いつもの自分に戻ったと確信してから口を開いて顔を上げると2人は逆に口を開いたまま放心状態だ。
「・・・ま、まだ続ける、か?」
「・・・・・もちろんです。」
恥ずかしすぎて止めたいと魂が叫んでいたがまさかここまで強力だと続けない訳にはいかない。他に試そうとしている宝石は2つ。一体どれ程の変化が心を襲うのか。

「・・・では次に、『哀』でいきましょう。」

本当は『楽』にしたかったが『喜』があまりにもおかしな事になったので一度落ち着いた自分を再確認してもらいたかったショウはあえて順番を外す。
だがこちらも口内から飲み込んだ後、まるで自分とは思えない程悲しみが襲ってくると筆と口を走らせずに入られなかった。





 ショウの人生で哀しかったのは母のように慕っていた女王アンが殺された事と『シャリーゼ』が滅んだ事、サーマが死んでいた事だ。
「何故・・・何故女王様が殺されなければならなかったのか・・・あの時もっと私に力があれば助けられたのに・・・サーマも・・・サーマさえ生きていてくれればこんな気持ちにはならなかったのに・・・」
しかし今回は口数も少なく、走らせる筆もただ過去に起こった悲しみの事象をつらつらと書き記すだけに留まる。
いや、それだけでも相当おかしな様子だったそうだが宝石の効果なのだろうと割り切って2人は黙って見守っていてくれた。

そして再び平常心に戻るまで時間を計ると大きさに比例しているのか。今回の効果も5分前後で切れた。

「・・・ふむ。では最後に『楽』を。」

「おいおいおい?!だ、大丈夫か?!そんなに乱用しては・・・もう少し休憩を挟んでからでも良いぞ?!」
「いいえ、逆に今は『楽』になりたいです。」
最後にぽろりと本音を漏らしたショウは残った宝石をぱくりと飲み込んで楽しい高揚感を激しく求めた。
そのせいではないだろうが彼の心に今まで感じた事がない程の楽しさが芽生えると三度筆を走らせつつ、今度は聞かれてもいないのにまたも言葉が紡ぎ出されていく。

「いや~『トリスト』城での生活は楽しいですね~!何よりやりがいがある!!スラヴォフィル様にお仕え出来る喜びだけでなくその権力のほぼ全てが自分の思うように扱えるのですから楽しくて仕方が無い!!
ルルーが毎日執務室に来てくれるのも楽しいんです!!彼女は気も利くし明るくて私には勿体無い!!本当に私の何処を気に入ってくれたのか・・・
時々ザラール様に無理矢理こじ付けで仕事を丸投げするのも楽しいですよね!!あの方ああ見えてかなりお優しいのでついつい甘えてしまいますが、これも年下の特権ですよね!!!」

・・・・・

「・・・なるほど。この宝石はとても危険だという事が理解できました。お二方はいかがでしたか?」

「う、うむ。ショウ。お前はもう少し普段から感情を表に出すよう心掛けるように、これは命令じゃ。」
「しかし同化していたわしからするとさほど驚く内容ではなかったな。」
これにはショウも頷かざるを得ない。確かに普段からあまり感情を表に出さない故の反動が強かった可能性も考えられる。
ただイフリータには自身の心の内をほとんど知られていたらしい。意外というよりは当然だなと感じたショウはこうして2人が立ち会う実験を終えると共に書きなぐった羊皮紙は隙をついて一瞬で灰燼に帰した。



「全く。何のための記録だったのだ。」
帰城してからイフリータにだけは少し咎められたもののスラヴォフィルはやや困惑した表情で頷くに留めてくれたのだから助かった。
「いいではありませんか。記録ではなく効果の実証が目的だったのですから。」
それにしてもザラールやハルカの前でなくて本当によかった。でないと心の中にいるサーマを忘れられないまま無意識でルルーに惹かれている自分がばれるところだった。

いつかスラヴォフィルが言っていた。生きている存在は強いと。

それを痛感した今回の実験は深く心に刻むと同時に翌日、やはり販売を禁止にすべきだろうとショウは三度お店を訪れる。
「これはこれは。すっかり我が店のお得意様ですね。」
「はい。私も貴方の宝石があれほどまでとは思いもしませんでした。そこで提案です。貴方の持つ在庫を全て私が買い取りましょう。」
これは自身で経験した故の結論だ。だがウォダーフもまさかそんな乱暴な提案をされるとは思わず鴉の顔ながら大いに狼狽した後まずはとお茶を用意してきた。

「ショウ様がまさかそれほど強欲な方だとは。私の観相学もまだまだですな。」

「別に買い取ったもの全てを利用するつもりはありません。ただ危険なので私が保管するというだけですよ。」
脅すつもりは無く多少上乗せしても良い。そんな気持ちで来店したのだがウォダーフがその話に頷く事は無く、しばしの間無言が続いた後彼も本心を告げ始めた。





 「ショウ様。私は光る物が大好きなのです。」

「・・・・・ふむ?」
それとこちらの商談に何の関係があるのか?一瞬戸惑ったショウは生返事を返しつつ様子を伺うとウォダーフは再び嘴を開く。
「つまりここの宝石達は感情という付加価値があるだけの私の収集物、という側面もあるのです。ですので全てをお譲りする訳にはいきません。どうかその話はなかった事にしていただけないでしょうか?」
「・・・・・なるほど?」
この時鴉の習性を知らなかったので曖昧な受け答えになったがどうやら彼はその見た目通り、本能的な部分で光る物を欲しがっているらしい。

故に彼はこの日一度退店したのだが後日、情報を整理した後再び彼の店に訪れるとまずは前回の非礼を詫びる。

「この前は失礼しました。貴方の都合を全く考えずに無理な提案を。お恥ずかしい限りです。」
「いえいえ!あなたなら絶対にわかって頂けると確信しておりました!!やはりあなたは若くて聡明な方だ!!」
こうしてもはや茶飲み友達みたいにいつもの円卓に腰掛けた2人だったがショウもただ謝罪に来たわけではない。

「ところで貴方は光る物を大いに好むと仰っていた。つまりそれは他でも代用が利くのではないか?と思いご提案に上がった次第です。」
「・・・こう見えて私は目が肥えています。満足させるのは難しいですよ?」
それでもやるしかないのだ。一応周辺には『トリスト』の精鋭を護衛に付けてはいるものの猛者に襲われた場合、彼の命も感情の篭った宝石も奪われかねない。
なのでショウは『トリスト』の関係国全てからあらゆる宝石の類を、特に質と大きさに拘って買い取って集めてきた。
そしてそれを1つずつ円卓の中央に置いては名前に産出地の説明等をしていくとウォダーフの目の色が文字通りころころと変わっていくではないか。

「す、素晴らしい・・・いや、素晴らし・・・いやいや、すみません。他に言葉が見つからなくて。」

「いえいえ。そういっていただけると私も苦労してかき集めた甲斐があるというものです。では次は砂漠の国から取れたというこちらの宝石を・・・」
彼が抽出した感情の宝石とは違う、天然素材を職人が磨き上げた宝石の類はショウ自身も関心するばかりだ。
そんな数々の名品を淡々と説明し続けるとウォダーフの方はまたも文字通り軽い目眩を起こしたらしい。目元を隠すように頭を軽く揺らした後、ショウの話を遮る。

「わ、わかりました。それでしたら私の持つ最大の感情遺物以外と、その中からいくつかを交換させていただきましょう。」

『最大』のものが彼の手元に残ってしまう懸念点に若干残念ではあったが交渉はかなり前向きに進んでいるのだ。
見るだけでも体力を消耗している彼を気遣う意味でもショウは喜んで快諾すると早速店の在庫とこちらの用意した宝石との価値について話し合いが始まるのだった。



それだけでほぼ1日が終わってしまったが満足感と安心感で一杯だったショウは最後の最後に最も気になっていた質問を投げかける。

「貴方は私の感情を利用して国の根幹を揺るがすつもりはないのですか?」

これは彼が何度も出して来た紅茶やお菓子に混入する機会があったのに一切そういった行動を取らなかった点から改めて尋ねてみたのだ。
「ありませんね。最初に申し上げたように元は森の奥でひっそりと、しかも儲け以上に収集が目的で商いを行っていたのです。それにもしそんな事をしでかしたら多勢に無勢。私の命は一瞬で摘み取られてしまうでしょう。」
どうやら鴉の顔に慣れていないせいか深く疑り過ぎていたようだ。その答えを聞いた瞬間安堵が訪れるもウォダーフは間違いなく曲者だった。

「それにあなたからは微弱な猜疑心しか感じない。それを宝石にしたところで面白くも何ともありませんし、何かしらの感情を埋め込んで国を混乱させても私に何の得がありましょうか?」

ずっと疑いの目を向けていたのは流石に気付かれていたか。思わず苦笑いを浮かべると彼も新たに入手した世にも珍しい宝石の類をいそいそと仕舞い込んでいく。
「それよりも今の私の興味はこれらの美しく素晴らしい宝石をどう飾るかですね!盗難や強盗は避けたいがこれを披露しない理由はありませんし・・・」
「それでしたら我が国から精鋭を付けましょうか?」
「よ、よろしいのですか?そこまで恩を受けてしまうとが怖い気がしてならないのですが・・・」
「ただし、感情の入った宝石の販売や譲渡はあくまで我が国の国王と私のみという約束を守って頂ける事が前提条件です。」
こうして全ての商談が纏まると翌日からは『トリスト』でも有力な戦士達が日替わりで彼の店番兼護衛を務める事になったのだがその栄誉ある任務に選ばれたのはハルカ、イフリータ、リリーにティナマの4人だった。





 「ハルカ~!遊びにきたぞぉ!!」

『気まぐれ屋』が表向きにはただの茶店として紹介され、その給仕役としてハルカが3日中2日の割合で働き始めると『アデルハイド』で剣客扱いだったトウケンが必ず通うようになった。
ちなみに基本的には女性客が7割を占めておりその目的は飾られている宝石の類と美味しいお茶やお菓子だ。
「おじいちゃま!今は仕事中だから邪魔しないで!!」
「そうだぞ。お客様への接客とは所作と心遣いが大切なのだ。それを邪魔し、お店の雰囲気を著しく損なう場合は出入り禁止とさせてもらおう。」
そして残り3割はリリー目当ての男性客がほとんどだ。しかし彼女はそこいらの男に力で伏せられるような存在ではなく、言い寄られた場合もヴァッツの許嫁だという最高の断り文句を手にしていたので皆は高根の花をただ遠くから眺めるだけしか出来なかった。
ティナマは『トリスト』でも評判の看板娘として名を馳せていたのでこの店の教育係として借りて来たのだがこれが結構良い仕事をしてくれるらしく、ウォダーフも感心するほどだ。

「うーむ。確かにお店は繁盛しているし宝石の展示も問題ないのですが何か違うような・・・」

彼としては博物館的なものを想像していたらしいが折角の美味しいお茶やお菓子を提供しないのも勿体ないし、何より日替わりで彼女らがウォダーフの所有する宝石の類を身に着けるだけでより華やかさを演出出来る。
と、ショウは考えていたのだがそこは種族での価値観に大きな障壁があるらしい。
リリーなどは人間から見ると誰もが振り返って凝視する程の美しさを持っているにも関わらず、そんな彼女に様々な宝石を身に着けてもらってもウォダーフは本気で豚に真珠程度にしか感じないようだ。
「あっはっは!それはあたしも思う所だね!」
しかし自身の美しさに無頓着なリリーは腹を抱えて笑っていたのだから必要以上に気負いするよりよかったのだろう。
こうして可愛い店員達が働く茶店は評判となり、あわせて周囲の農地と道の整備も早々に終えたのだが『感情』を宝石化する話を除いても話題は他国へも広がっていくのだった。



そんな成功を収める中、1人だけ納得のいかない少女がショウの執務室でむくれ顔を披露する。
「ねぇショウ様。何で私は行っちゃ駄目なの?私もお茶くらい淹れて運んだり出来るよ?それにお姉ちゃんやハルカちゃんと働きたい!」
「駄目です。」
即答するショウに見たことがない程頬を膨らませて顔を近づけてくるのでこちらも心の中で面白さと後ろめたさでつい目を逸らすが元の器量がとても良いのでこれはこれで眼福の類に入る。
「そもそも貴女には私の傍で手伝ってもらうという契約でしょう?それとも感情を優先して約束を反故にするおつもりですか?」
「うぐっ・・・ショウ君てば意地悪だなぁ・・・」
そもそも彼女には傷を癒す『緑紅』の力があるのでおいそれと地上に送る訳にはいかないのだ。
後は本心でやや認めてしまっている感情から傍に居て欲しいという理由は宝石の効果がない限り金輪際口に出す事は無い。
「さぁさぁ。私達にはやるべき仕事が沢山あります。今日もしっかり働きましょう。」

こうしてショウはウォダーフから買い取った宝石のほぼ全てヴァッツの部屋へ運び込んだ後、彼が戻ったら全て破壊するようにレドラへ説明だけ終えると楽しく業務を進めるのだった。

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