闇を統べる者

吉岡我龍

綻び -神の証明-

 凛としたノーヴァラットはとても聡明な女性だ。故にイルフォシアの変化にも目ざとく気が付いていた。
「ナハロール様、イルフォシア様はとても繊細なお方なので何かご用命がありましたらまず私を通して下さい。」
しかしそれを知られるわけには行かない。今はクレイスとイルフォシアの為に家庭教師としての立場を前面に押し出しつつ話を進めるとナハロールもある程度納得はしてくれた。
「案ずるな。興味があるのは彼女の力と見目麗しき姿だけだ。」
この物言いは本当にナルサスと見紛う程に似ている。つまり是が非でも己の妃に迎え入れると言いたいのだろう。
そもそも彼らは巨人族を討伐する為に『冷たき風の地』へ入ったはずなのに接触すらする事無くクレイスを倒し、イルフォシアを無理矢理連れて帰った。
それの意味する所はなんだろうか。不思議に思いつつもノーヴァラットは『モ=カ=ダス』と『トリスト』の情報交換を行う。

だがお互いが全く知らない存在であり、崇拝する神も全く違うのだから探りあいにはならず、軽い談笑のような雰囲気で話は進んでいく。

「しかし遥か西にそんな国が存在するとは・・・いやはや世界はまだまだ広いのですなぁ。」
宰相格の老人がわざわざ対談してくれているのだからこちらも敬う態度を忘れてはいけない。
「ええ。私達も聖なる神『イェ=イレィ』という存在を始めて知りました。しかもこうして厚遇していただけるなんて、正に神の思し召しですね。」
無理矢理拉致された部分以外は特に問題はない。それにこちらは空を飛べるのだからいざとなれば闇夜に紛れて逃げる事も可能だろう。
ただそんな談笑が行われている場面でもイルフォシアはぼーっと広がる城下街を眺め続けている。これは今までの彼女を知るノーヴァラットからしても異質に見えた。
もし普段のイルフォシアならクレイスの仇を取るべく大暴れしそうなのに何故か。それこそが心当たりはあるものの未だに怖くて確認できていない部分なのだ。

とにかく来賓なのか花嫁なのかはわからないが丁重なもてなしを受ける現状に不満はない。

クレイスも昔から多くの手傷を負ってきたようなので命に別状さえなければ何週間後かにはこの国へ乗り込んでくるだろう。
そんな楽観とも受け取れる考えを持つノーヴァラットだったが翌日、ナハロールから動きが見られた。
「ノーヴァラット。明後日にとある儀式を行いたい。それには絶対にイルフォシアの協力が必要だ。後ほど司祭に説明をさせるので一緒に話を聞いてもらえるか?」
「わかりました。ただしイルフォシア様が拒絶された場合は諦めて戴く様お願い申し上げます。」
この時はてっきり婚儀の話だと思っていたのだが聖なる国『モ=カーダス』についてまだまだ知識の浅かったノーヴァラットはその勘違いに後から気が付く。
「そういう訳にはいかんな。何せ巨人族以上の存在だと私が見初めて連れ帰ったのだ。必ず参加はしてもらう。」
何故巨人族の話が出てきたのか。流れが理解出来ないまま仕方なく頷くに留めると早速司祭が2人に対して儀式とやらの説明を始める。
それは1ヶ月以上、神の奇跡が顕現されないという事で、いわば雨乞いのようなものを行うらしい。
てっきり婚儀の話だとばかり思っていたノーヴァラットはそれを聞いてほっと一安心するもこの聖なる国の神と奇跡は自分達が思っている以上に荘厳で権威のあるものなのだ。

「では前日に身を清め、当日にはイルフォシア様が祭壇に上がっていただくという流れでお願い致します。」

確かに彼女は見目麗しく、翼を顕現させた姿は正に天の使いと言っても差し支えはない。心ここにあらずなイルフォシアの代わりに返事をすると司祭も快く退室していく。
ところが儀式の詳しい内容は当日になるまでわからず、水面下ではルサナとウンディーネが2人を救出しようと動いていたのを後から知ることとなる。





 「イルフォシア様。心配なさらずともクレイスなら回復して必ずナハロールを打ち破るでしょう。」
敵城の中であるにも関わらず我ながら大胆な会話だと思うが彼女があまりにも落ち込んでいて、それでいて元気がないので何とか励ましたかったのだ。
しかしイルフォシアは寂しそうな笑顔を浮かべるだけでそれに受け答えする様子はない。
何が原因で彼女の心に暗雲が覆っているのか、ノーヴァラットも正確な理由が掴めないまま前日には2人でかなり豪勢な食事を戴いた後、召使いと司祭が現れていかにも儀式らしい衣装を持って来た。

「司祭様。申し訳ありませんがイルフォシア様が袖を通すにしては少し生地が薄く、装飾に欠ける気が致します。彼女は王女なのですからもう少し豪奢な仕立ての物を用意していただけますか?」

白色のひだ飾りすらない衣装はそれこそ小奇麗な奴隷が着る様な印象だ。確かに神官が袖を通す衣装にも派手なものはないがそれにしてもこれはあんまりだろう。
「これは申し訳ない。でしたらすぐに代わりを用意致します。」
それから多少はましな衣装が用意されるも色は乳白色で何というか寝巻きのような印象だ。ただこれ以上を求めると花嫁衣装のようになってくるのでここが妥協点か。
相変わらず一切口を挟まないイルフォシアの様子だけは気になったものの、決して奴と婚儀を結ぶわけではないのだからここは大人しく従ってもらおう。
そう思ってノーヴァラットも深く追求しなかったのだが翌朝、王都の中央にある巨大な祭壇には数えるのも馬鹿らしくなるほどの国民が儀式をまだかまだかと待ちわびているではないか。

これは想像以上の宗教国家なのかもしれない。

その時やっと再認識するも既に周囲は騎士団達が厳戒態勢を、神官達は荘厳な佇まいで儀式の祈りを捧げ始めている。
『ネ=ウィン』ではあくまで戦う理由付けとして『バーン教』を利用しているし『トリスト』では王女2人がセイラムの娘というだけで別段信仰に頼る体制ではない。
では『モ=カ=ダス』はどうなのか。以前あった『ユリアン共和国』のように神と呼ばれる者がその国の支配者なのだろうか?
初めて後悔と不安を覚えたノーヴァラットはまるで小高い山のような祭壇の頂上に誘われるイルフォシアを止めに入ろうとすぐに空へ跳んだが周囲から恐ろしい勢いの矢が襲いかかってくる。
それは『ネ=ウィン』にいた時ですら見たことのない程強いもので僅か3本だけだったにも関わらず風の防御魔術を貫通して彼女の両腕と太腿を的確に射抜く。
元々気弱な性格の彼女は生粋の魔術師なのだ。その痛みに意思があっという間にへし折られると追いかけることも下りる事も出来ない状態でイルフォシアの後姿を見守るしか出来なくなった。

それでも止めなければならないと感じた感性に間違いはないはずだ。

何故なら祭壇の頂上には畏怖を象ったような面を被り、一度突き刺せば絶命は免れない見事な返しの付いた短剣を持った司祭が堂々と立っているのだから。
自身の経験と知識から導き出された答えは生贄の儀式だ。そして選ばれたのは紛れも無くイルフォシアなのだ。なのに聡明な彼女が未だに何の抵抗も示さないのは納得がいかない。
「イルフォシア様っ!!それを上り続けてはいけませんっ!!」
乳白色の衣装は決して儀式へ招待される為のものではない。己が儀式の供物になる為なのだから飾り気などいらなかったのだ。
かなり文明が進んでいるにも関わらずまるで蛮族のような信奉主義の中身におぞましさを感じながらも最後の勇気を振り絞って叫ぶとイルフォシアは一瞬だけ立ち止まる。
だが彼女はこちらを振り向くことすらなく祭壇の階段を登りきると司祭に命じられるがまま石棺のような上に横になった。

これだけは絶対に止めなければ。

ノーヴァラットも死を覚悟すると全ての魔力を展開し、まずは周囲の衛兵と神官を吹き飛ばす事に専念する。それからイルフォシアを助け出して共にクレイスの下へ帰ろう。
彼女らしからぬ浅くも脆い策謀だったが力不足ゆえ、これくらいしか思いつかなかった。
「家庭教師か。いかんな?主の意思を阻害しては。」
わかっていた。この国にはクレイスをも退けたナハロールという存在がいる事を。光る剣を手にした彼は自分達と違い空を自由に飛びまわる事は出来なくとも浮遊する力を振るう事は十分可能なのだ。
そしてその凶刃によって自身の人生が終わると考えると少し後悔が脳裏を過ぎる。まさかクレイスもイルフォシアも護れないまま無駄死にしてしまうなんて・・・

ぎゃりりりりっ!!!!

しかしノーヴァラットは1つだけ見誤っていた。他にクレイスを慕う者達やその強さを。
「ウンディーネッ!!イルとノーヴァラットをお願いっ!!」
蝙蝠のような黒い翼を腰から生やし、背中から紅い刃を生やしたルサナは身内とはいえその異形さに若干引いてしまうがあれからウンディーネと共に『モ=カ=ダス』へ入っていたらしい。
『血を求めし者』の刃がナハロールの一撃を見事に受けきると、その隙をついてウンディーネが巨大水球にノーヴァラットを包み込んだまま頂上にいるイルフォシアへ向かって放り投げた。





 かなりの距離があったように感じたがそこは魔術たる所以だろう。間近にいた凶悪な仮面を被る司祭には触れる事無くイルフォシアだけを吸収した巨大水球はそのまま更なる上空へ浮かび上がると一路『冷たき風の地』がある方角へ退却を開始した。
「え?!ま、待って!まだルサナが残ってるじゃない?!」
「だってあの子はあいつを絶対許さないって言ってるんだもの。それにまずはあなた達をクレイスの所へ送らないと絶対無理を押してこっちに向かって来ちゃうでしょ?」
言われてみれば深く理解出来る。クレイスはイルフォシアが絡むと見境が無くなるのが欠点なのだがルサナを放っておいて良い道理もない。あの光る剣を持つナハロールという男は相当に強いのだから。
「だったらウンディーネ、あなたが手伝ってあげて。『冷たき風の地』に帰る位なら私達だけで十分だから。」
本音を言えばイルフォシアの力を借りたい。だが彼女は何故かずっと心ここにあらずといった状態で戦うどころか逃げる素振りすら見せないのだ。
もしこのまま戦火に巻き込んでしまえば間違いなく怪我を負うだろうし、それこそ本末転倒だ。故に現状で最も勝算のある戦略を提打ち出したのだがウンディーネは違う心配をしていたらしい。

「・・・本当に大丈夫?途中で力尽きたりしないでね?」

強力な矢に射抜かれた両腕は既に痛みだけでなく手指も動かない。更に最後は魔力のほとんどを使って風を起こした事でノーヴァラットの全ては枯渇寸前なのだ。
それでも魂が抜けたようなイルフォシア1人くらいは運べるだろう。巨大水球の中で彼女をしっかりと抱きしめて力強く頷いた後、それが収束すると妙に重さを感じるイルフォシアを抱きしめながら南の山へと飛んで行った。



「そうか。貴様はあの時の。なるほど敵討ちという訳か。」
ナハロールの発言に一瞬で頭に血が上ったルサナは背中の六刃を一斉に放つ。言葉に表すとまるでクレイスが死んだように感じ取れた為だったがそのような理由を知る由もなく、相も変わらず光る剣で軽く捌ききる。
一体どれ程強いのか。と呆れ返りはするが彼女に悲壮感はない。何故なら少しでも攻撃が掠れば相手から大量の血液を抜き取れるからだ。
初めてイルフォシアと対峙したときもそうだったが生き物であれば血を失うのは死と同義と言っても過言ではない。つまりこちらが諦めない限り勝機は必ずあるはずなのだ。
「ほらほらルサナ!!冷静に立ち向かえば勝てない相手じゃないの!!」
そこに2人の輸送をお願いしていたはずのウンディーネが助言を飛ばしてくる。恐らくノーヴァラットの差し金だろうがこれでますます勝利に近づいたはずだ。
「ふむ。やはりファーシュの手の者か。よかろう。貴様らを捕えた後にあの家は取り潰してやる。」
勝手な憶測からナハロールのやる気も満ち溢れていく。といってもその推論は大正解なのでこちらも反論するつもりはないのだがここまで大事になると思わなかったファーシュはとんだ貧乏くじを引かされたものだ。

「それじゃいくわよっ!!」

まだ慣れていない部分はあるものの、黒い翼を使って大きく旋回するとルサナは手指の爪を使って刺突攻撃を狙う。
これは背中の刃だと翼と干渉してしまう故の制限があるからだが10もある攻撃を見事にかわしきるだけでなく光の剣でまとめて数本斬り落としてくる所も流石だ。
更に上空からはウンディーネも助太刀として射出の早い水槍を何十も撃ち落としていたがやはり当たる気配は無く、それらは地上に居た衛兵や信者達に降り注いでいた。

これでは埒が明かない。

ルサナはすぐに悟ると爪を小剣程度の長さに伸ばし直すと急速に接近していく。
結局の所自身も危険な領域に踏み込まないと見返りは得られないのだ。未だ光の剣で攻撃を仕掛けてはきていないものの、近接戦を挑めば必ず何かしらの行動を返してくるはずだ。
後は上空から援護をしてくれるウンディーネにも信頼を置いたのが大きい。彼女は遠距離からの攻撃に長けており水の魔術は先程から絶妙に彼の動きを阻害しているのだ。
その2つの要素がかみ合った時、必ず『血を求めし者』の能力が彼の血を奪うだろう。そう信じて3人の攻撃が放たれた瞬間。

ひゅぃんっ・・・んっ

光の剣とは決して比喩ではない。クレイスですら追いつけない光の速度で移動と攻撃を放ったナハロールはいつの間にかウンディーネの上空に位置取っており、同時に2人からは深い刀傷と出血が見られるのだった。





 「決めた。今回の儀式は貴様を使おう。」
深手ではあるもののまだまだ戦えるルサナにナハロールは見下ろしながら伝えるとこちらもまた違った怒りが湧き起こってきた。
2人はたまたま奴隷としてファーシュに引き取られ、今朝方その内容だけは伝えて聞いていたのだから。
「やれるものならやってごらんなさいっ!!」
ルサナは自身の胸に走る血を指で掬うと投げつけた。そしてそれは鋭い小剣のようになってナハロールに飛んでいくとこちらも旋回しながら間隙を狙う。

この『モ=カ=ダス』で行われている儀式とは供物の心臓を神に捧げる事だ。

そうする事で聖なる神『イェ=イレィ』が数多の恩恵を授けてくれるらしい。例えば今ナハロールが持つ光の剣も神から授かった物であり、信心深い高位の神官などは簡単な傷や病気を治す力を得られるらしい。
ちなみにノーヴァラットの魔術を貫通した弓矢にもそれが宿っていた。つまり国全体が聖なる神の庇護下に成り立っていたのに一ヶ月前から一切恩恵を受けられなくなった事で相当緊迫した状況なのだ。
そこで最初は猛々しくも貴重な巨人の心臓をと画策したがそれ以上に美しさと真っ白な翼を持つイルフォシアに出会ってしまい、白羽の矢は彼女に立ってしまった。
だからこそルサナはファーシュの制止も聞かずにウンディーネと無理矢理イルフォシアを取り戻す計画を立てたのだ。

ただ敵は想像以上に多かった。国家に縋る国民や神官、将軍に衛兵ととても数え切れるものではない。

それでもクレイスに重傷を負わせ、イルフォシアを生贄に捧げようとした男だけは何としてでもこの手で殺さねば気がすまない。
無関係な人間達を出来る限り避け、的を絞って攻撃を続けるも地上から撃ち上がって来る矢も神の御力とやらが乗っているせいか鋭く危険な威力だ。
「どうする?!そろそろ退く?!」
しかしウンディーネはイルフォシア奪還に重きを置いている為、時間は十分に稼げたと判断して提案してきたが頭に血が上ったルサナがそれを素直に受け入れるはずはないのだ。
一傷でいい。それだけで相手に相当な負傷を与えられるのだから何としても・・・

ざしゅしゅんっ!!

当然焦りは動きに反映される。雑になった手爪の攻撃を見切ったナハロールは一気に間合いを詰めるとその両腕を斬り落とす。
悔しさと痛痒に思わず声を漏らすも彼女にはまだ背中の刃に血の攻撃が残っているのだ。これらを駆使すればまだ届く。そう信じていたのに光る剣は妙な力を解放し始めた。
「丁度この真下だな。」
こちらが必死で戦っている中、彼は自分を祭壇の真上へと誘っていたらしい。そこに突如発生した巨大な光の玉が彼の振るう剣を合図にルサナの胸に落ちていくと文字通り手足も呼吸さえも出来ないまま石棺の上に叩き落された。

どすん・・・

状況がわからないまま次の瞬間には光の剣が胸の中央に深く突き刺さる。そういえば以前自身の首を掻っ斬った覚えはあるが心臓を貫かれたのは初めてだ。
「ぐ・・・はぁ・・・ぁ」
最後は呻き声と共に多少の息と大量の血液が口から漏れるとルサナは意識とその活動を静かに終えていく。それが死だという事にも気が付かずに。

「『イェ=イレィ』よ!!我らへ恵みを与へたまえ!!」

そんな2人の状況とは全く関係のない所で王子が叫ぶと全国民が儀式の成功を大いに喜び叫んだ。恐らくこれで『モ=カ=ダス』にはまた奇跡の力が降り注ぐのだろう。
他国の、しかも野蛮な人間達の行いにいちいち苦言を呈す程ウンディーネも子供ではない。

だが未だにぴくりとも動かず、光を失った双眸が虚空を見つめる彼女の姿がそれを赦さないのだ。クレイスに重傷を負わせ、イルフォシアを拉致し、あげくルサナを生贄として殺した奴を放置する事を。





 社交的だったイフリータはウンディーネと違い地上へ赴くとみるみる人間達との交流を深めていった。そして純粋故に恋に落ち、自身の力を利用される為に薬で動けなくされた所をばらばらに切り裂かれたのだ。
後はそれらを実験材料にされ、食され、埋め込まれたりした。幸い魔力と意思が残っていた為適合したショウの中で復活を遂げられて今に至る。

当然再会は嬉しかったしその前にクレイスとのやり取りである程度人間への憎悪を許していたはずだった。
なのに今、自身の胸の内に渦巻く感情を懐かしさと嬉しさで迎えられたのは踏ん切りがついていなかったからか。それとも新たな憎悪によって上書きされてしまったからか。

歓喜に沸き立つ『モ=カ=ダス』の国民全てがまるで蟻、いや、死体に群がる蛆のように見えたウンディーネは周辺にある全ての水を拾い上げてクレイスが作るような水竜巻を展開する。
「・・・お前達は絶対に許さない。」
ルサナは同族でもなければ付き合いも短かった。それでも大切な友人だと感じていた彼女からすれば怒りで我を忘れるのも自然な流れだったのだ。
もはや遠慮など必要ない。もしこれがナハロールに当たらずともルサナの死を喜ぶ蝿を洗い流せるのだからウンディーネは遠慮なくそれを祭壇の周辺に落とすと人々は面白いように押し潰され、流され、飛ばされていく。
「命を犠牲にしなければ成り立たぬ国に価値などない。」
まるでショウのように冷酷な言葉を言い放った後も魔力の事情など一切考えずに祭壇周辺に大洪水を起こし続けると流石に衛兵やナハロールがこちらへ攻撃を放ってきたが彼女もバーンが生み出した優秀な魔族なのだ。
無数の水球を展開するとまずは飛んで来る矢を全て受け止め、妙に早い動きを見せる王子に対抗すべく巨大水球を展開した後その中に身を沈めて攻撃を凌ごうとした。
だがやはり王子の持つ剣だけは相当な力を保有しているらしく、その斬撃が腹部に走ると自身の体も上下に断ち切られて力なく地上へと落ちていく。

落下時の痛みこそ感じたものの傷が気にならなかったのは死が近づいているからか。

周囲には溺れたり水圧で押し潰された人間達が無数に転がっていたのである程度の満足感はある。ただ本命のナハロールに全く歯が立たなかった事だけは無念が過ぎった。
「お前も魔物の類だったか。いや、もしやその力も神から与えられたものか?」
上半身だけだったウンディーネに話しかけてくるのは未だ生きていると確信しているからだろう。
「・・・そうね。私を生み出したお方は神と崇められているわ。」
バーンならこの男に勝てるだろうか。あまりにも力の差がありすぎてよくわからないまま意識が遠くなっていくがもしこのまま消滅してもイフリータには知られたくない。

怨恨などで動いても碌な結果にはならないのだと今しがた痛感したばかりなのだから。

そして最後の時を迎えようとした時か、それともナハロールから止めの一撃が放たれる瞬間だったか。

「ウンデゥーネ!!しっかりして!!ああ!!ルサナも!!ほ、ほら!!僕の血を飲んで!!いっぱい飲んでいいから!!」

どういう訳か自身の傍にクレイスと、胸を深く突き刺されたルサナが隣に横たわっており、光の剣は絶大な背中を持つ少年によっていとも簡単に止められていた。
「・・・何だ貴様は?いや、貴様もまた異業種か?」
「・・・・・クレイス、ルサナには血を、ウンディーネには魔力をあげると大丈夫なんだよね?」
「う、うん!!多分問題ないはず!!ほら、いくよ!!」
「ほ、ほわあぁぁぁぁぁ・・・・・」
包帯を巻いたクレイスがその両手を遠慮なく胸に押し当ててくるとあの時とは真逆の、とんでもない魔力を流し込まれたのでウンディーネは悲鳴に近い喘ぎ声と共に意識が遠のくが、同時に下半身もみるみる修復されていた。
そしてルサナにも包帯を外して無理矢理傷口を開いてまで口に自身の血液を流し込む。すると死んだ双眸に光と力が宿り始めて軽く呼吸音が聞こえてくる。
誰が望み、彼をこの場に呼んだのかはわからない。
ただ絶対的な存在が現れた事で絶対に覆らない戦況が生まれる中、当人はあまり見せない怒りを周囲に漏らしていた。





 「名前は聞かなくてもいいや。ナルサスに似てる人。神なんてものに頼っても碌な事にならないから今後一切こういう事はやめてね?」

開口一番、ヴァッツが彼に告げるとナハロールは不思議そうに小首を傾げてから光の剣を退こうとするも人差し指と親指でつままれた切っ先が離れる事は無い。
「何を言っている?神の御力さえあればこそ多大な恩恵により衣食が整い、魔物の襲撃からも命を護って来られたのだ。我が国の神を侮辱する事は許さんぞ?」
その言葉にはしっかりとした信念を感じ取れるが光の剣は相も変わらずヴァッツの指先から一寸も動かない。
しかしナハロールの話など全く聞いていない彼が溜め息交じりにそう告げると光を帯びていた剣は一瞬で普通の長剣へと変化した。
これには魔力を過剰に押し付けられて無理矢理目が覚めたウンディーネもすぐに理解する。ヴァッツはあの強力な光を奪ったのだと。



そういう話を何度も聞いてはいたものの今回始めてその行動を目の当たりにした事で驚きに心身が動きを止めた。

闇の全てがこちらに向かってやってきた時、サーマの体の中から水眼によって見定めたヴァッツは確かにそれを統べていた。

ところがナハロールの長剣から力を奪った瞬間、彼女の目には間違いなく光に包まれたヴァッツの姿を捉えたのだ。

それはとても眩く、むしろ光そのものと錯覚するような。だからこそ彼は油断出来ない存在であり、周囲が打ち解ける姿に僅かな違和感をずっと覚えていたのだ。



それから指を離すと彼も異変を感じて距離を取り、普通の長剣へと戻った事実に混乱している様子だ。
「ナハロール。僕は神を冒涜するつもりもないしこの国の事情も詳しく無い。でもヴァッツの言うように争いを生む力は必要ないと思う。特に誰かの命を犠牲にしなきゃならない力は根本が間違ってるよ。」
未だ重傷であるはずなのにルサナへ血をふんだんに与えたりと相変わらず常軌を逸した行動を取るクレイスも先に帰ったノーヴァラットから説明を聞いたのか。反論には力と自信が満ち溢れている。
こういう場面を見せられるとまだ幼さが残る彼も王族なのだと再認識させられたがヴァッツもこちらを無事に護り通せた安心から無防備に振り向いた。

「ま、いいや。とにかくオレ達の世界に帰ろ。ここは違う世界だし。っていうかクレイス達、何でこんなとこに来たの?」

敵地のど真ん中であるにも関わらず隙だらけのようだがそうではない。実際彼に傷を付けられる存在などいないから堂々と振舞えるのだろう。
「え?違う世界?」
「うん。少なくともここは『トリスト』や『アデルハイド』の世界じゃないよ。『天界』とか『魔界』くらい離れてる場所って言えばわかる?」
つまり文字通り異世界に迷い込んだという事か。それなら何故『東の大森林』へ入ったはずなのにおかしな国や巨人達に遭遇したのかも多少は理解出来る。

「お待ち下さい。」

そんな2人の会話に突然割り込んできたのは自分とルサナがこの世界で知る数少ない存在、現在は主人という立場のファーシュだ。
『モ=カ=ダス』の人間が遠巻きに囲む事しか出来なかった中、いくらかの侍従を連れて丁寧に歩いて近づくと彼は一定の距離を置いて跪く。
「ヴァッツ殿、と申されましたな。私はこの国から爵位を賜っているファーシュと申します。此度は私の忠実な下僕であるルサナとウンディーネを助けて頂き、誠に深く感謝致します。」
その発言の意味は誰一人わからなかった。ただナハロールだけは直ぐに事情を照らし合わせて答えを導き出したらしい。
「ファーシュ。今すぐ下がれ。これは命令だ。」
「いいえ。やっとこの国から邪神が払い除けられたのです。ナハロール様、今後貴方に権力が残るなどと思わぬ事ですな?」
奴隷の競売会場で曰く付きの2人を落札した時から感じられた不気味で不敵な彼は何を考えているのか。よくわからないがこれ以上首を突っ込むのは面倒になる気もする。
「ま、その話はなかった事に。クレイス、さっさと『トリスト』に帰るの。」
よく考えれば奴隷扱いという話も決して自慢げに語れる事ではない。ルサナも自身も酷い目にあってばかりだしここはあまり頼りたくないがヴァッツの力でさっさと戻るべきだろう。

「えっと。ファーシュ様、その、ルサナとウンディーネが何故貴方の下僕に?経緯を聞いてもよろしいですか?」

だがクレイスによって会話が始まってしまうと彼はとても嫌らしい笑みを浮かべながら自身の館に案内すると馬車を用意する。
ここでアルヴィーヌのように「イヤ!」と強く拒絶出来ればどれ程人生が楽になるか。
彼の前向きな姿勢にヴァッツも呼応してしまったのでウンディーネも仕方なく治ったばかりの体を起こすと苛立ちをぶつけるかのようにクレイスの背中から強く腕を回して豊満な胸を押し付けるのだった。





 基本的には無口なのか。自己紹介程度だけを交わしたものの以降は屋敷に戻るまでファーシュが語る事はほとんどなかった。
それから自分達の入った事がない来賓室へ通されると自分達の時とは打って変わってとても丁寧な応対でヴァッツとクレイスを持て成す。
「まずは改めまして、この国を邪教から解放してくださり誠にありがとうございました。」
ただし2人は召使いの服を支給されて自身が傍に控えるように命じられた。これは彼がウンディーネ達を下僕と発言した事でクレイスも様子を見るために口を出さなかったのが理由だ。
「いえ、僕は何も出来なかったので。全てはヴァッツの力です。ところで、ルサナとウンディーネが下僕?召使い的な扱いになっている理由をお聞きしても?」
「はい。彼女らはとある場所で行われる奴隷の競売所にて売り出されていたのです。そこであまりにも破天荒な言動を繰り返し、誰一人まともに相手をしていなかった所、哀れみから私が落札致しました。」
う~ん。確かに間違ってはいないか?いや、破天荒な言動はルサナだけで自分はほとんど何も発言した記憶はない。
そもそも未だに奴隷の扱いがよくわかっていなかったので何かを発言するには色々不足していたというのが正解だ。

「崇められていた聖なる神『イェ=イレィ』頼みの国政。これを打破する為に彼女達の力でまずはナハロールを排除する策を授けました。ところがそれは失敗に終わり、最後は光の剣によってあのような結果に。私がもう少し強く止められていればと心を強く痛めておりました。」

ふむ。これも嘘ではないな。確かにイルフォシアが祭壇の上に登っていくのを止めようとルサナが動き始めた時、ファーシュはそれを制止した。
「最後はナハロールの手により2人が斬り伏せられ、またも儀式が成就したと思いましたが貴方方によって全てを阻止していただけたのです。この大恩に是非報いる機会を頂きたい。」
「???」
「いや、でも僕達も2人を助けるのに必死だっただけですしそこまで気を使って頂かなくても結構です。『モ=カ=ダス』がこの先良い方向へ進む事を願っています。」
ヴァッツはぽかんとした顔で小首を傾げていたがクレイスは未だ傷も治っておらずこの地に長く留まるのはよろしくないと察したようだ。
ウンディーネが心配するような深く首を突っ込む流れを断ち切ると次に2人を返してもらう話題に移る。

「いやはや。彼女達は私もとても気に入っておりますので・・・いくら積まれましてもお譲りするつもりは一切ございません。」

この髭は何を言っているのだ?その気になれば力尽くで帰れるというのに自殺志願者か何かか?
しかしその答えを聞いてクレイスはすぐに何かを察して悩み始めたが何故だ?この世界は自分達とは違う世界らしいのでそ知らぬ顔でさっさと帰国すればいいだけだろうに。
「・・・つまり2人の返還を条件に何かを求めておられるのですね?」
「流石に察しがお早い。私も貴方方の詳しい立場は存じ上げませんか風格からも相当な人物なのでしょうな。」
どうやら下僕?と言い繕われている奴隷状態から解放する条件としてクレイスとヴァッツの力を利用したいらしい。
あまりそういった話に縁の無かったウンディーネもヴァッツにつられてきょとんとしていると隣で静かに立っていたルサナから冷たい雰囲気が漏れ出してファーシュが身震いするのが見えた。

その後も2人は召使いなのに突っ立ったままで、本物の召使いがお茶とお菓子を用意すると本格的なやり取りが始まった。

「ルサナやウンディーネが相当な戦力を保有しているのは十分理解しました。しかしまだまだ足りてないのです。」
「と、いうと?」
「はい。この国には神から授けられた神器と呼ばれる武具の数々が多数存在し、医療も全て神の奇跡に頼ってきました。まずはこれらを全て排除し正常化していかねばなりません。」
紅茶を一口飲んだ後、ファーシュが一気に説明すると珍しくクレイスが難色を示す。彼の事だから何でも快く引き受けるのかと思っていたので意外な一面に内心驚いていると静かに口を開いた。
「その規模や正確な数はわかりますか?」
「さて、検討もつきませんな。何せ生贄を捧げ続けた国家体制は既に200年程経っていますから。」
つまり上下の関係なく国民全員がその庇護下に暮らしていたのだという。それをいきなり廃止して大丈夫なのだろうか?とウンディーネも素人考えを巡らせていたがこれはクレイスも同じ意見を持っていたようだ。

「ファーシュ様の仰られる事もわかります。ただ急激な変化は多大な反発と犠牲が伴う、と若輩ながら考えてしまう。僕達に出来る事は精々目立つ神器を破壊するくらいしか出来ないと思いますよ。」

「ええ。ですのでお願いしたいのは2つ。目立った神器を無力化する事と聖なる神『イェ=イレィ』を完全に放棄させる宣言に立ち会ってもらいたい。後は我々で何とかします。」





 意外な提案に隣のルサナと顔を見合わせていたがこれまた素人考えながらその程度なら直ぐに終わるのでは?と安心していた。
何故ならこちらにはヴァッツがいるから。神器などというふざけた代物は彼1人に働いてもらえば何とでもなるだろう。
そして聖なる神を放棄させるのもヴァッツを連れて行けばいい。今まで与えられてきた神器を無力化する彼を控えさせていれば誰も口出し出来ないだろう。

その間クレイスの療養を含めて自分はしっかり看護をする。うむ。非の打ち所が無い策謀だ。

後は期間がどれくらいかかるのかな?くらいに軽く、とても軽く考えていたウンディーネだったが依存しきっていた体制が急変するはずがないのだ。
それこそ国中にあるとされていた神器はヴァッツが軽く手を上にかざしただけで全てが無力化されたという。
そしてファーシュが邪神からの脱却について大掛かりな議会を設けようと東奔西走するがそれに応える者は僅か数人という有様なのだ。

それもそうだろう。今までの安寧をいきなり奪われ、突如国家体制を変えようとするには相当な覚悟がいる。

自身の権力や資産、神の庇護がなくなったと知れ渡れば他国との力関係にもどれだけの不利益が生まれるか想像しただけでも恐ろしい、らしい。
ファーシュの許可を得て2人はクレイスの療養を任されていたのだが、彼がふとそういうった話をしてくれたので何となく理解はするも『魔族』であるウンディーネには少し難しい内容だった。
「それにしても諦めが悪いですね。既にその何とかっていう神様からの庇護が一ヶ月以上ないんでしょ?だったらもう選択肢はないはずなのに。」
「そうだね・・・いや、でも難しいと思う。いくらヴァッツの力があったとしてもこれは国民全体の心構えの問題だし。・・・これだけは安請け合いするべきじゃなかったかな。」
傷口の痛み等よりも心痛で落ち込むクレイスを2人は好機とばかりに寄り添って慰める。というかこの状況になって既に一週間が経過していたがこの国の些細な事情よりも気になる点が1つあった。

それが彼の口からイルフォシアの名前が一切出てきてない事だ。

『イムの村』に帰還した後ケンカでもしたのかな?とも考えたがそれにしてもあれ程彼女第一で考えていた彼が全く触れてこないのは流石に違和感が凄まじい。
だからこそ余計に口実を作ってはより密着する機会を作る。彼の体に指を沿わせ、自身の肌を彼に当てたりもする。
しかし反応は今まで通りというかこちらに振り向いてくれる気配はない。何だ?一体何があったのだ?
元々ここは異世界だというし『モ=カ=ダス』の事情など知った事ではない。それはルサナも同じらしく彼女も手を変え品を変えクレイスに振り向いてもらおうと色々試行錯誤しているようだ。



こうして時間は更に二週間が過ぎ、クレイスの傷がかなり回復してきた頃、話が全く進まないという事で遂にルサナとウンディーネが直接呼び出されることになった。

「何でしょう?私達クレイス様の看護で忙しいんです。」

「お前達は私の奴隷だぞ?主人の命令は絶対なのだ。」
既に何度も聞いたやりとりから始まると執務室の椅子に腰掛けるファーシュは手を組んでいつも以上に冷酷な雰囲気を作り出している。
「お前達、ヴァッツ様というのはいつもああなのか?」
「「・・・???」」
その空気を感じ取っていた2人はもっと小難しい話が始まるのかと思ったら突然訳のわからない質問が飛んできたので言葉を失う。
「・・・それはどういう意味ですか?」
「いや、彼が『イェ=イレィ』の関係している国内外の神器を全て無力化したのは間違いないようなのだ。しかしそれが彼の力だと証明するものがなくてね。」
「あ~・・・確かに。ナハロールの光る剣も目の前でただの長剣になったのに信じてない人がいるみたいですし。」
クレイスも言っていたがこの国の聖なる神は信仰の頂点であり人生にも大きく関わっている。だからファーシュの提案に耳を貸さない所か『信じない』という選択肢がないのだろう。
「そんな彼を連れて有力者達を脅迫・・・説得しているんだがそもそも彼の雰囲気。あれは何だ?まるで普通の少年ではないか?」
「いや、まぁ・・・そこはウンディーネのほうが付き合い長いでしょ?」
返答に困ったルサナがこちらに話を振ってくると少し悩んだ。自身は『魔族』でありその力を少なくとも二種類の力を、この蒼眼で見届けた。
それには絶対的な力が宿っており、彼と比肩するような存在は恐らくいないのだろうと感じたのがウンディーネの素直な感想だ。
ただそれはあくまで力を振るう時のみで普段はアルヴィーヌと幼いじゃれあいの関係しか見ていないし、それこそ自分以上に何も考えていないはずだ。
『モ=カ=ダス』の国家方針を大きく転換する事業に従事しているという自覚は絶対にない。だからファーシュと共に訪れた場所でも普段通りのののほんとした顔しか見せていないのだろう。

「う~ん。でもヴァッツっていつもあんな感じなの。怒らせると何が起こるかわからないから余計に不気味なんだけど。」

「そうなのか・・・しかしあれでは抑止力として役に立たん。そこでだ、明日からはお前達を侍従に命ずる。行く先々で大いに脅しをかけるように。」
悪い容姿通りの悪どい発言にルサナは声を上げて笑っていたがこちらは争い事とは縁の遠い種族なのだ。そんな自分に脅しを求めるなんて・・・それならクレイスの体を拭いたり一緒にご飯を食べていたい。
「・・・わかったの。でも私そういうの得意じゃないから基本はルサナに任せるの。」

こうして翌日から神の加護を失った有力者達を無理矢理議会に参加させる行脚が始まり、遂に一週間後にはやっと議会を開ける状態にこぎつけるのだった。





 200年前には普通に集権国家として機能していたらしい。
そこに突如現れた神官が『イェ=イレィ』という神とその奇跡の数々を布教すると国民の関心が一気にそちらへと傾いていったそうだ。
だが国王もそれを黙って見過ごすわけにも行かず、神官と一触即発の会談を続けながらも共存する道を模索し、出来上がったのが今の聖なる国『モ=カ=ダス』という訳だ。

「その胡散臭い邪神の力が失われた今、誇り高き『モ=カ=ダス』に立ち返るべきだ。そうは思わんかね?」

簡単な経緯を説明した後、ファーシュが堂々と開会宣言をすると周囲は沈痛な表情で俯いたままの者、腕を組み眼を瞑る者等がほとんどだった。
「失われたという根拠は?」
しかし王子であり光の剣を無力化されたナハトールはすぐに反論を突きつける。そもそも彼が一番固執しているから話が進まないのだ。
「それはご自身が一番よくおわかりでしょう?光の剣は力を失い、生贄というふざけた習慣もただ命を無駄に散らすだけ。祖先に顔向けできぬ程の愚行をまだ続けるおつもりですか?」
元々ファーシュの曽祖父は昔この国の宰相だったそうだ。つまりその血筋と矜持がどうしても神という不確定な神輿を担ぐ国を認められなかったらしい。
だから奴隷の競売場に足を運んで気を紛らわせていたそうだがそこで面白い人物を見つけて覚悟を決めたという。

「・・・神にも事情があるのだろう。例えば我らの中に背信行為をしている者がいる、とかな。」

ナハトールの指摘に初めて場内がざわつくと視線は当然のようにファーシュへ向けられた。
「背信行為ですか。実に下りませんな。貴方も国務に携わる人物ならしっかり虚実で証明してもらえますかな?」
最初の印象ではただただ陰湿な貴族だとばかり思っていたが喋るときはよく口が動くんだなぁと侍従の位置にいたウンディーネは関心していると相手がとある方向に指を指す。
「その少年!!ヴァッツとか言ったな?そいつが来てから国がおかしくなったのだ。つまり・・・奴は悪魔だろう?!」
この意見には少し同意する部分もあったが悪魔って何だ?という疑問に掻き消される。悪い、とか魔が差す、みたいな言葉を組み合わせた感じだろうか。
そこから考察するとヴァッツからは最も遠い意味だろう。彼は恐ろしいが悪いという気はしない。いや、時に無知な部分が悪い結果を生む可能性くらいはあるか?
後はこの場にクレイスがいなくて良かったと安堵する。もし親友である彼をそのように罵られたらそれこそ怪我をおして戦いに発展しかねない。

「そいつを生贄に捧げれば『イェ=イレィ』も応えてくれるだろう!そして私達の聖なる国を今一度取り戻すのだ!!」

その発言に多くの賛同者が声を上げる。どうやら信仰と宗教というのはウンディーネが思っていた以上に根が深いらしい。
何故人間がそこまで妄信的になれるのかは置いといてヴァッツを生贄という発言には少し笑いが漏れてしまった。
「貴様、何がおかしい?!」
既に冷静な思考能力を失ったナハトールは目ざとくこちらを問い詰めてくるが彼の強さを知るからこそ堂々と答える。

「だってヴァッツはあなた達のいう神が与えた神器を悉く無力化したんでしょ?それに彼を傷つける事なんて誰も出来ないし、むしろ彼を神として崇めとけばいいんじゃない?」

馬鹿らしさも含めての返しに会場は一瞬静まりかえったので清々したウンディーネだったがこれに口を挟んだのが本人だった。

「あのさ、さっきから言ってる神って多分『神界』にいた人達の事だよね?ごめん!あの人達全然話を聞かないし『天界』を滅茶苦茶にするから力を全部取っちゃったんだ。」

いきなり飛び出してきた内容に誰一人理解が追いつくはずもなく、それでも彼は持論を展開する。
「だからこの国にも絶対力は届かないんだよ。もう諦めて?」
それは信じる者達にとって死刑宣告に聞こえたのか、それとも子供の戯言と受け取ったのかはわからない。ただ以降は議会が紛糾する事無く、かといって前向きに話が進む事も無く静かに幕を引いた。





 皆の生活と心にいる『イェ=イレィ』という絶対的な存在が消えるなど絶対に有り得ない。
それを一番よくわかっていたからファーシュは屋敷の警備を厳重にしたのだろう。
「私眠いんだけどなぁ・・・」
ルサナは夜目が利くのでぼやきながら外回りの任務を命じられ、ウンディーネは屋内を巡回する。ちなみにクレイスはヴァッツと一緒に就寝中だ。
護るという意味で彼ほどの適役はいないだろうが普通そこは年頃の女の子に任せるべきではないだろうか?いや、そうなるとまた目的が変わってくるか?
既にこの国での役目は十分果たしたはずなのでそろそろ『トリスト』に帰りたいなぁと気を抜いていると外から風を切る音が聞こえた。
恐らく何かしらの襲撃があったのだろう。しかし今は脅威となる物も者もいないはずだしルサナに任せておけばいい。
祭壇での悲惨な光景を思い出しつつ心の中では落ち着きを取り戻そうといくらか深呼吸をしながら仮の主人が眠る部屋に一応報告へ向かうが中からは女の嬌声が聞こえる。

(・・・・・こういう時ってどうすればいいの?)

経験不足なウンディーネは一応知識として持ち合わせてはいるものの邪魔をして怒られないか、とか自分も巻き込まれたら嫌だなぁとか考えていると中々決断出来ずにうろうろする。
結果外ではルサナがとんでもない数の刺客を葬っていたのだがそれ以上に主人の室内で刺客によりファーシュが殺されていると知ったのも朝日が昇ってからだった。



「もう帰りましょう!!これ以上は無駄ですって!!」
そもそも文化が違うのだから理解するのも仲介するのも反対していたルサナは沢山の血を得たからかとても元気に意見を述べる。
「で、でも!このままじゃ・・・ファーシュ様との約束も中途半端なままだし。」
「そう?ちゃんと全ての神器を無力化出来ているみたいだし国家の方針を昔に戻す話にも立ち会ったの。十分役目は果たしたわよ?」
ウンディーネも狂信的な彼らにこれ以上付き合いたくなかった。故にルサナの感情を自身の言葉で補完しながら説明するとクレイスも静かに項垂れる。
ヴァッツも言っていたがここは自分達と関係のない世界、異なる世界なのだから深入りする必要もないはずだし、何より彼らの妄信的で野蛮な行動はイフリータやルサナを酷く傷つけられた記憶を思い出して嫌気が差すのだ。
「それにこの屋敷の中にも裏切り者が潜んでるんでしょ?敵か味方かもわからない中で動くのは危険よ?」
昨夜ファーシュと床を一緒にした召使いが未だ特定出来ていないのも複数人が絡んで情報を錯綜させているからに他ならない。何なら朝食に毒を盛られたっておかしくない状況なのだ。
「・・・わかるよ。2人の言う事もよくわかる。でも僕、約束だけは果たしたいんだ。だって奴隷として売り出されてたのをファーシュ様に助けてもらったんでしょ?」
頑固な彼が遺体の前で祈りを捧げながら静かに答えるとこちらも何も言えなくなる。こうなると本当にイルフォシアくらいしか説得出来ないのではないか?と2人が顔を見合わせていると思わぬ人物から提案が生まれた。

「わかった。それじゃオレが何とかしてみるよ。」

力こそ破格で何でもありな彼だが果たしてここまでこじれた国政をどうにか出来るのだろうか?よく知らないルサナは若干の期待を抱いたようだが意外なのはクレイスだ。
「ほんと?!じゃあお願い!!」
「えぇぇぇ・・・こんな力だけの奴に何か出来るとは思えないの・・・ひぇっ?!」
彼の何に期待したのか?という素直な気持ちをつい漏らすと珍しくクレイスから怒気が放たれ、何故か自身の首元にある影から妙な形の刃が喉元に突き付けられるだけでなく全身が動かなくなる。


【言葉には気を付けるのだ小娘。彼は決して愚昧な存在ではない。】


どうやら『闇を統べる者』も出てきてしまう程怒らせてしまったらしい。泣き出しそうな表情で平謝りを繰り返すとやっと体は解放されたがルサナはウンディーネの心配より彼の力を興味深そうに観察していたので少し腹が立った。





 それからファーシュの執事を介して再び議会が開かれると彼の息子達も顔を出した。といっても父と違い彼らも聖なる神『イェ=イレィ』に忠誠を尽くしている。
ナハロールも次の生贄を模索しているという話がそこいらから聞こえてきているしファーシュが暗殺された件も知れ渡っており今回の場は完全に信仰主義者だけの場となってしまったが果たしてヴァッツはどうするつもりか。

「えーっと。皆、集まってくれてありがとう!!」

そこから議長が開会を宣言するとまずは元気よくいつも通りの挨拶をするヴァッツ。ちなみに今回はクレイスもしっかり参加しておりルサナとウンディーネは彼の侍従として傍に控えていた。
「ヴァッツといったか?今回の議会では失われた力を元に戻すか、お前が新たな生贄になり神の力を取り戻すかという認識で間違いないな?」
「えっ?!何でそうなるの?!」
まずは誰よりも信仰と恨みを抱くナハロールの牽制から始まると周囲もそれに同調し、自ら祭壇に立つよう怒号が飛び交う。
本当に人間というのは愚かだな・・・むしろ彼なら全員始末してしまえるだろうに何をするつもりだ?ウンディーネは不思議でならなかったが議長が木槌を何度か叩いて若干の静寂が訪れるとクレイスが軽く合図を送ってヴァッツにきっかけを促した。

「うん。だからね。この国は直接『イェ=イレィ』に任せようと思うんだけどどう?」

・・・・・
更なる静寂がしばらく続いたのは誰しもが彼の発言に理解が追い付かなかったからだろう。ウンディーネも心の中で遂に彼も狂信者側へ堕ちたのかと若干喜んでいたがそんな訳がないのだ。
「そこに異議などあるはずがない。皆がそれを望んでいるのだから、では次は力を取り戻す方法か?生贄ならお前本人か傍にいる魔物でもいいぞ?」
「ちーがーうって。生贄とかもうなしで。ちょっと待ってて。」
そう言うと彼は一瞬で姿を消す。その様子に皆も再び唖然としたが彼は机の影からすぐに再び現れた。
そして隣にはとても質素、というよりはそれこそ自分の想像通りな奴隷姿の女性が立っていた。
「え?!あ、あの・・・ここってもしかして?」
「うん。君がお世話してた世界の国だよ。えーと『モ=カ=ダス』だっけ?」
彼の事だから詳しい説明もせずに無理矢理連れて来たのだろう。これはある意味自分達に甘い言葉で近づいた奴隷商のカトルくらい質が悪いのではないだろうか。
苦手意識から斜に考えているとヴァッツが皆に大きな声で紹介する。

「この人が『イェ=イレィ』だよ。」

「・・・馬鹿にするな小僧っ!!」
「そんな薄汚い女を神と同等に扱うのか?!死だけでは済まされんぞ?!」
「せめてましな格好をさせたらどうかね?君の言動には浅慮しか感じられな・・・」
浅慮と口走った男だけは一瞬で姿を消した所を見るに『闇を統べる者』の力によって影へ飲み込まれたらしい。彼の生死は置いといて議長が再び木槌を叩くと今回は彼自ら質問を投げかけた。

「ヴァッツ君。何故その女性を我らが神だと申すのだ?根拠はあるのか?」

「うん。だってオレが『神界』に行って直接確認して連れて来たし。ね?」
「え、ええ。確かに私は少し前まで『イェ=イレィ』として崇められていたけど・・・貴方に力を奪われた今は奴隷に近い妾よ?」
「ほれみろ!!やっぱり奴隷じゃないかっ!!」
「妾にしてももう少しましな扱いをすれば良いのに・・・薄汚れてはいるものの器量は持ち合わせてそうだぞ?」
彼らの耳には一部の言葉しか届かないのか?奴隷に反応して再び会場が感情と言葉で熱くなっていくが今度は堂々と彼が発言をした。


【ヴァッツよ。今一度その女に力を戻せ。さすれば奴らにも理解出来るだろう。】





 地の底から響いて来る低い声はどんな喧騒の中でも皆の耳に届くものだ。その内容もさることながら皆が再び言葉を失うとヴァッツは喜んで『イェ=イレィ』の背中に軽く触れた。

するとどうだろう。ウンディーネ以外の眼でもわかるような、突然信じられないような力を顕現したではないか。

ぼろきれだった衣装も一瞬で豪奢なものへと生まれ変わり、痛んでいた金の長い髪もまるで清流のような美しさを取り戻す。目には人と違う確たる力の輝きが宿り、その右手には大きな鷹を象った柄の長い銀の杖が握りしめられていた。

あまりの変貌に何人かが呼吸を忘れていたらしく気を失っていく。いや、これは神々しさに中てられたからか?

「こ、これは・・・ヴァッツ、様。やはり貴方が・・・」
力を取り戻して一番驚いたのが本人なのだろう。名前に敬称を付けただけでなく、その態度からも心の底から感服した様子が見て取れる。
「どう?これで彼女が『イェ=イレィ』ってわかった?」
彼の問いに誰もが言葉を失った。いや、今まで信仰してきたのだから流石に心で理解しているのだろう。
「う、嘘をつくな!!そんなまやかしの術で我らを騙そうとは何と罰当たりな!!恥を知れ!!」

『恥を知るのは貴様だ無礼者っ!!』

突如場内に力のある声が響くと同時に激しい振動で建物全体が揺れる。もしかして崩れるか?とウンディーネも退避を考えた程だったが杞憂に終わったようだ。
ただし、彼女が手にしていた杖の鷹の嘴には何やら赤く蠢くものが摘ままれていた。そして先程発言した男の胸には鋭く深い傷が出来ており、鷹がそれを素早くぺろりと口内に飲み込むと男は絶命して倒れる。
「ヴァッツ様。この私に再び力を与えて下さった御恩、決して忘れる事はありません。」
「え?いや、その、もう皆に理解してもらえたしまた取り上げるつもりなんだけど・・・」
何となく話は掴めて来た。つまりこの女は本当に神と呼ばれる存在らしいが過去にヴァッツの手で全ての力を奪われていたのだ。
だがその状態だと会場に居る誰も信じてくれなかったので立証する為だけに一度力を戻し、恐らく彼の話ぶりから再び奪われるのだろう。

・・・・・

無邪気故か、『闇を統べる者』という悪知恵が原因か。何と残酷な事をさせるのだろうとウンディーネは肝を冷やす。もし自身にそんな事をされたら泣き喚いて彼に襲い掛かるに違いない。
なのに『イェ=イレィ』は一瞬驚く表情を見せたものの静かに跪いて頭を垂れる。
「はい。ヴァッツ様がそう判断されたのでしたら私からは何も申し上げる事はございません。どうか再び私の力を奪い去って下さい。」
これは周囲にも、そしてクレイス達にも聖なる神と崇められる存在がヴァッツより格が下なのだと表明してるに他ならない。
「う、うん。何か・・・ごめんね?期待させちゃった、よね?」
「いいえ。初めて貴方を拝見した時からその破格の存在は感じ取っておりました。でしたら足掻くよりも素直に全てを受け止めた方がより良く覚えて頂けるでしょう。」
完全に心服している彼女はとても潔く、正に神々しさと美しさを放っていたが信仰者達はこのやり取りをどう感じているのだろう。
下手に野次を飛ばすと再び彼女の持つ杖の鷹に心臓を食われてしまう。それだけは理解しているのか議長ですら口を挟めずにいた。
「う、う~ん・・・ま、まぁそれは置いといて!!とにかく今この国は大変らしいんだよ。だから『イェ=イレィ』に任せたいんだけどいいかな?」
「御意。」
つまりヴァッツは崇められていた彼女に直轄させようというのだ。
「え、え~っと。それって神様に全て任せちゃうって事?」
「うん!だって皆『イェ=イレィ』が大好きなんでしょ?だったらこれでいいかなって。」
「なるほど!『魔界』でもバーン様が直接王として君臨されてるんだしいい案だと思うの!」
聞いた事の無い提案にクレイスも困惑した表情を見せてはいたがウンディーネの当然といった態度を見ると直ぐに考えを改めたらしい。


【しかし『イェ=イレィ』の力はここでは強大すぎる。これは再び奪っておくべきだと私は考えるぞ?】


「うぐっ?!『ヤミヲ』ってばずるいよね・・・そういう事なら自分でやってくれればいいのに。」
どうやらヴァッツも好きで力を奪ったりはしたくないらしい。というか『闇を統べる者』もそんな事が可能なのだろうか?


【何を言う。『天界』の問題に首を突っ込んだのはお前なのだ。最後まで責任を果たすのもまた大将軍としての務め、だと思うぞ?】


2人のやりとりを全て理解出来ているのはこの場で恐らく誰もいないだろう。ただいつまでも跪いた神『イェ=イレィ』と動けば殺されるかもしれない恐怖と神々しさに身動きが取れない『モ=カ=ダス』の有権者達。
そしてクレイスは彼の判断に全てを委ねるかの視線を向けているとヴァッツも頷いて覚悟を決めたのか。再び『イェ=イレィ』に手をかざした。





 「・・・ヴァッツ様。これは・・・?」
誰よりも不思議に感じた『イェ=イレィ』が尋ねるとヴァッツははにかみながら両手を頭の後ろで組みながら答えた。
「つまり強力すぎなきゃいいんでしょ?少しだけ力は残しておくからさ、後は任せていい?」
「・・・慈悲深い神判に感謝しかございません。『モ=カ=ダス』の件、確かにお引き受けいたします。」
そう言って立ち上がった彼女はかなり力を奪われてはいるのだろうがウンディーネが戦っても勝てる気がしない位には力に満ち溢れている。

「『モ=カ=ダス』の民よ!!これよりこの地は『イェ=イレィ』自ら治める!!反論のある者は今、ここで申してみよ?!」

この中に彼女の存在の真偽について未だ考えている者は多いだろう。だが口を開けばあの鷹によって心臓が食いちぎられるかもしれないのに誰が好き好んで反抗の姿勢を見せるというのか。
「あ、そうだ。あと生贄は無くしてね。あれって意味ないでしょ?」
「あ、はい!そうですね。『神界』では供物として一応届いていたので鷹の餌にしていたのですが、わかりました。この子には別の食事を与えます。」
唯一堂々と発言出来るヴァッツとは一体何者なのか。今更ながら彼の正体について少しだけ考えてみるもあまりにも深く、強すぎて頭の中が真っ白になる為ウンディーネもすぐに諦める。
「それともう1つ。神器も駄目。あれって絶対争いの元になってると思うんだよね~。」
「はい!もう二度と彼らに渡さないと誓います!!」
というかこれは実質ヴァッツの統治なのでは?彼の言う事を何でもほいほい聞いてしまって若干の威厳を失いつつある『イェ=イレィ』だったが彼女の笑顔がとても眩しかったので黙っておく事にした。

「え、えーっと。では新しい国王には『イェ=イレィ』様が即位されるという事で、本日の議会を終えます。」

議長からも何とも言えない空気が漂っていたが決して悲壮感や虚無感はなく、むしろ光臨された神自らの統治という未来に胸を躍らせている様子だ。
こうしてヴァッツを崇める『イェ=イレィ』もクレイス達と一緒に会場の外へ出ると早速前国王とその関係者が直ぐに接近してきた。
「まずはこの国を選んでいただけた事、誠に感謝いたします。早速ですがその、戴冠式、などの予定をですな。」
「お部屋のご準備もすぐに致しますので2時間、いえ、1時間ほど猶予を頂けますでしょうか?!」
「宰相を務めるウェザラと申します。ところでこの地にも王族の方々がおられます故、統治するに当たってどのように扱われるご予定でしょう?」
他にも近衛長、参謀長、神官等が続々と押し寄せてきて大変な状態になる。
「ふむ。まずは私の部屋、とやらを早急に準備してくれ。私はそれまでの間ヴァッツ様と詳しい話を進めよう。」
「でしたら是非私もご一緒させて下さい。」
皆が大きく距離を置いて会話を進める中、一歩前に出たのはやはりナハロールだ。彼はこの国の王子で現在は病で臥せっている国王に代わり全権を握っていた。
なのでここで上手く取り入って何とか権力基盤の維持に努めたいといった所なのだろうが疎いウンディーネはヴァッツとほぼ同じような心境で小首を傾げる。

「ならぬ。」

しかしその下心も『イェ=イレィ』に一蹴された事で無に帰した。それから来賓室に案内されると彼女は早速相談を始める。
「ところでヴァッツ様、国を治める、というのは具体的にどうすればよろしいのでしょう?貴方の意見を全て実現させますのでどうか遠慮なさらずに全てを申し上げて下さい。」
うんうん、自分ももし勝手に王になれと言われたら同じ質問をしそうだ。彼女に親近感が湧いて一人で頷いているとヴァッツは困惑してクレイスを見やる。
「・・・えーっと。僕が口を挟んでもいいの?かな?」
「もちろん!だってオレ全然わかんないもん!!だからクレイスに聞けばいいって思ってたんだけど・・・駄目かな?」
2人の付き合いは3年以上でお互いが同い年の初めて出来た友人な為、この関係は知っている者と知らない者で感じ方が変わって来るだろう。
ただ『イェ=イレィ』も神と崇められている存在なので2人の只ならぬ仲にはすぐ気が付いたらしく、彼女も深く頭を下げてクレイスに教えを請うと彼も畏まりながらつらつらと語り始めた。



あまり深く触れるつもりはない、最初にそう前置きしていたはずが気が付けば3時間程経過していたらしい。

昼食の時間が近かったのもあり、早速皆で食事を頂くも『イェ=イレィ』が1つだけ排除したい者があるという。それが元王族だ。
「話を聞く限り、彼らは邪魔にしかなりません。そして私は彼らと親交を深めるつもりもありません。ヴァッツ様、よろしいでしょうか?」
「うん。そこは任せるよ。でもなるべく手荒な真似はしないでね?」
こうして新たな王室も形が整うと彼女はそこへ入っていく。やっと長かった異世界のいざこざに終わりが見えたのだとウンディーネもすっかり気を抜いていると最後の最後に思わぬ落とし穴があるのを後から聞くのだった。

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