闇を統べる者

吉岡我龍

綻び -別世界-

 居ても立っても居られない様子のクレイスが体中に包帯を巻いた体で追いかけようと動き出すのでルサナは思い切り抱き着く。
「痛たたたっ?!ル、ルサナ、ちょっと離れて?!」
「そうです!痛いでしょ?!クレイス様は今大きな手傷を負われているのです!!」
あれからナルサスに似た男はノーヴァラットとイルフォシアを手に入れると必要以上に暴れる事もなく帰っていった。
ただこちらも黙って見過ごしていた訳ではない。ルサナも諭されてからは静かに闘志を燃やしつつ彼らの部隊がどういう道で下って行ったのか、どの方向に進んだのかをしっかり尾行していた。
お蔭でこの場所がはっきりと『東の大森林』ではない事や山の麓には肥沃な地が広がっている事、『モ=カ=ダス』という国の所在や周辺にいくつかある集落の位置もしっかりと記憶に叩き込めたのだ。
そしてイムの村に帰って来ると早速馬車の中から貴重な羊皮紙を無造作に取り出して思うがままに地図を描き始める。

「ほ~~~。この辺りはこんな地形になっておったのか。いや~空を飛べるってのは羨ましいな。」

彼らからすれば小さすぎるという事でこの世の物とは思えない大きな鹿の毛皮にも拡大して周辺の様子を描き記すと大いに感嘆の声を漏らしていた。
「ねぇウンディーネ。イルフォシアの方は私が何とかするからあなたはクレイス様を連れて一度『トリスト』へ帰ってくれない?」
それから地理の説明が終わったルサナが提案すると2人はめをぱちくりとして固まってしまう。理由はよくわかるが今は時間が惜しい。
「い、意外なの・・・まさかあなたが率先してイルフォシアを助けようとするなんて。しかも自分からクレイスの傍を離れる提案は・・・何か裏があるわね?!」

当然だ。ルサナもイルフォシアとクレイスがただならぬ関係になっているのは気付いている。
だからこそこの危機、いや好機だろう。これを何とか利用してもう少し寵愛を求めようと画策しているのだ。

「でもウンディーネは魔力が尽きたらただの小魚になるでしょ?だったら血さえ手に入ればずっと戦える私の方が適任だと思っただけよ。違う?」
なのでここはバレないように落ち着いて自身の理論を展開するとウンディーネはぐぬぬ顔で言葉に詰まった。これで彼の好感度は手に入れたも同然だろう。
「・・・わかったよ。それじゃ2人にお願い出来る?」
「「ぇへぇっ?!」」
ところがこの完璧な作戦にクレイスから代替案を用意されたので可笑しな声を漏らしてしまった。
「だってルサナは頭に血が上り過ぎる所があるじゃない?そういう時ウンディーネに護って欲しいんだど駄目かな?」
これにはぐうの音も出ない。確かにルサナは『血を求めし者』を取り込んでいる為感情が、特に戦いの最中ではおかしな心の躍動に支配される事はある。
そう考えるとやはり自分はクレイスの傍にいるだけで精一杯なのだろうか。いやいや、イルフォシアも『天族』という他種族なのだから諦めてはいけない。
「・・・その間クレイス様はここで大人しくお留守番して頂けるのですか?絶対に私達の後を追って来たりしませんか?」
「え?!あ、う、うん。もちろん!!」
ウソだ。彼は素直で純粋なので咄嗟の場面では絶対にぼろが出る。つまりルサナの為という建前を使ってウンディーネを遠ざけた後、自身も『モ=カ=ダス』へ向かうつもりだったのだろう。
これにはルサナもウンディーネと顔を見合わせて頷く。

「・・・ではこうしましょう。もし約束を破って私達の後をつけたり単身で『モ=カ=ダス』へ入った場合、責任を取って私と結婚して下さい。いいですね?」
「あっずるい!!私も私も!!!」

「ぇぇぇぇ・・・・・わ、わかりました・・・・・」
良心の呵責に付け込む形になってしまったがこの機を逃せば次があるかわからない。なのでルサナは欲望全開の約束を取り付けるとウンディーネも便乗してきた。
冷静に考えると何故ルサナとの結婚話が持ち上がるのかは謎だがクレイスも考えを見透かされていた負い目から言及する事は無く、渋々頷いてくれたのでこちらも俄然やる気が満ち溢れてくる。
「では行って参ります!!イムさん、絶対に彼をここから動かさないようにお願いしますね!!」

こうしておかしな2人は木々の真上をすれすれに飛んで麓まで降りるとそこからは怪しまれないよう徒歩で『モ=カ=ダス』へと向かうのだった。





 しかしルサナは失念していた。聖国『モ=カ=ダス』は思っていた以上に距離がある事を。

これは上空からのみの判断だった為仕方のない所ではあるが歩き慣れていないウンディーネには相当な負担だったのか、まるで子供のような進行の遅さにルサナはうんざりしていた。
「ほらほら!!急がないとイルフォシアが危険な目に合わされるわよ?!」
「はぁ・・・はぁ・・・だ、大丈夫なの。そ、その為の、ノーヴァラット、なの・・・ぜぇ、ぜぇ。」
話すと余計に体力を消耗するので以降はあまり無駄口を叩かずに歩くも目的地は未だ影も形も見えない。このままでは何日かかるか・・・流石に焦りを感じ始めたルサナも何かないかと思案に耽ると後方から馬車がやってきた。
(・・・私達もあの馬車を持って来ればよかった。)
今から引き返そうかとも考えたが既に半日近く歩いていたので往復の労力を考えた後頭をぶんぶんと横に振る。
「ぜぇ、ぜぇ、な、何?虫でも・・・飛んで、た?」
「あなたは喋らなくていいからほら!避けて避けて!!」
馬車がこちらを追い越しやすいよう脇に避ける2人。近くで見ると特に豪奢なものではないにしても、やはり今まで見た事の無い造形が所々に現れているのでつい通り過ぎるまでじっと眺めてしまう。
そしてそれが通り過ぎた後を再び歩き出そうとした時、馬車はゆっくりと減速してから停まると中から中年男性が降りて来た。

「もし君達。こんな何もない街道で一体何をしているのかね?」

鼻の下には整えられた髭を蓄えており、着ている服もかなり立派な仕立てだ。馬車に乗っている事からも恐らく相当な資産を保有する人物なのだと推測出来る。
「私達は『モ=カ=ダス』へ向かってるんです。」
故にルサナは警戒もせず素直に答えると男性は驚いた様子だったが疲労困憊のウンディーネを見て何度か頷いた。
「・・・色々と常軌を逸している気はするが、ふむ。だったら一緒に乗っていくかい?」
「え?!いいんですか?!ありがとうございます!!」
この提案には疲れを忘れた小魚がぴちぴちと跳ねて喜んだ。お蔭でルサナの方が若干の警戒心を持つ事が出来たのだが今は時間が惜しい。
「・・・でしたらお言葉に甘えさせてください。ほら!ウンディーネももう少し落ち着いて!!」
見た目も年齢も自分より年上の彼女に何故母親のような説教をしなくてはならないのか。思わず渡りに船を手に入れた2人は軽く自己紹介を済ませると早速馬車に乗り込んだ。

「ところで君達は何故・・・と言ったら失礼かな?いや、しかし何故そんな軽装で『モ=カ=ダス』に向かっていたんだい?」

カトルという名の中年男性は行商人らしい。走り出してからすぐに不思議そうな表情で質問されたので少しだけ声を掛けて貰った理由がわかってきた。
まず2人は手ぶらだった。そして衣服も清潔にはしていたがとても遠出するような恰好ではない。故に不思議というよりは不信感を覚えたのだろう。
「えっと、その。急ぎの用事があったので居ても立っても居られなかったんです。それで気がついたら2人で走ってて、ね?」
「そ、そうなの!でも私歩くの苦手だから・・・飛びたいなぁ・・・」
隠す気があるのかないのかわからない発言をしたのでその太腿を裏からつねるとウンディーネの表情と言葉が凍った。恐らく何も勘づかれてはいないだろうがこの地は不明な点が多いので滅多なことを口に出すべきではない。
「そうなのかい?まぁ明日には辿り着くから安心するといい。」
彼も優しい笑みでそう伝えてくれるとこればかりは仕方ないとルサナも諦める。
ただ未だに良く分からない土地で見知らぬ人物を頼ったのは早計だった。夜になってから空を飛べば目立たずに素早く目的地に到着したかもしれないのに。



常にクレイス達と共に行動し、彼を頼りに旅をして来たのも原因だろうが見知らぬ土地の見知らぬ人物に何の警戒も持たなかった人は目が覚めた時、何故か2人の手首足首には頑丈な鎖の拘束具が嵌められていた事実に理解が追い付かなかった。





 「あの~・・・これは一体?」
「ああ、おはよう。良い朝だね。」
自分達が囚われたという認識がなかったのでルサナも昨日と同じ口調で尋ねるが、カトルも同じ様子で答えて来たのだから余計に混乱する。
一体何の為に?自身の知識と経験から考えるにこんな扱いを受ける存在など奴隷くらいしか思いつかない。
「むにゃむにゃ・・・おはよ~・・・はれ?何か手足についてる・・・?」
遅れてウンディーネも目が覚めたようだがルサナよりも知識に乏しい彼女はきょとんとしたままだ。

「おはようウンディーネ。さて、君達は私の商品になった訳だ。今からはご主人様と呼ぶように。」

・・・・・
どうやら本当に奴隷として扱われているらしい。以前のルサナならこの状況を嘆き悲しんでいたかもしれないが今は色々と事情が異なる。
「・・・わかりました。ご主人様。」
そこで彼女は言われる通りに言い直すと彼も満面の笑みを浮かべていた。これには理解が追い付いていないウンディーネだったがルサナは耳元で静かに囁いた。
「いいから。今は彼に話を合わせて。」
「???え、えーと、わかりました。ご主人様?」
こうして2人は奴隷商人の馬車に乗せられて一路『モ=カ=ダス』を目指す。しかし奴隷というのはもっと過酷な環境を強いられるのかと思ったが今の所手枷足枷以外は昨日と同じだ。

「安心しなさい。君達をこき使うような輩に売りさばいたりはしないから。」

気になったのでカトルに色々尋ねてみると自分達は相当器量の良い女の子と認識されているらしく、聖国の貴族か大富豪に商談を持ちかけるつもりらしい。
特にウンディーネはその格好から上質な踊り子と勘違いされているのか、手放す前に一度その舞を見せてくれと頼まれた程だ。
「・・・ねぇルサナ。私達売り飛ばされちゃうの?」
未だに寝ぼけているのか、ウンディーネは本気で心配そうな声を漏らしていたのでルサナは膝の上にあった彼女の手を優しく握る。
「大丈夫。ご主人様も優しい方にしか私達を売らないって言ってくれてるから。」
「うんうん。」
何を頷いてるんだ。殺すぞ?などと心の中で血が騒ぐも今は黙って従おう。ここで騒ぎを起こしても何も得られないのだから。

故にルサナは狙っていた。その取引の瞬間を。

未だこの世界や国についてほとんど情報はなかったが少なくとも奴隷売買時に必ず金銭の収受が発生するだろう。まずはそれを奪う。彼らの生死はその時に決めればいい。
長居をするつもりもなかったが金は非常時にあって困るものでもないのだから手に入れておいて損はないはずだ。
そう計画を立てたルサナはより従順な、そして若干の怯えを演じつつもこの世界や『モ=カ=ダス』について色々と話を聞き続ける。
「ルサナは勤勉だね。しかしあまりにも知識が乏しいのは・・・そうか。君達は元から奴隷だったんだね?そして主人から逃げて来た。そんな所かい?」
最後には勝手にこちらの身分を押し付けられる形になったがその勘違いは泳がせておこう。
いつの間にか呑気に寝息を立てていたウンディーネを尻目に聖なる神『イェ=イレィ』を崇めるという『モ=カ=ダス』と王子ナハロールの情報を頭の中に叩き込んだ頃には日が傾きつつあった。





 先入観から奴隷とは酷い扱いをされるものだとばかり思っていたが少なくともカトルは違った。
「君達は大事な商品だからね。」
そう言って彼の屋敷に辿り着くと2人は監視下でまずは風呂に入れられる。そして身なりを綺麗に整えると次は豪勢な食事が待っていた。
「お~!奴隷っていうのも悪くないの?!」
意味が解っていないウンディーネは喜んでそれを頂くもルサナは眠っている間に手枷足枷を嵌められた事を忘れてはいない。
毒ではないにしろ睡眠薬くらいは仕込んであるかも・・・ただお腹が空いていた事実から顔を背ける訳にもいかず、彼女もそれに手を付けると後は歯止めが利かなくなり全てを平らげていた。

「君達はよく訓練されているね。これなら今日中にでも商談を進められそうだ。」

翌日、朝食時にカトルが少し感心していたので2人は小首を傾げているとどうやら食事の作法についての言及だったらしい。
本来なら奴隷としての価値を高める為にそれを教え込もうと考えていたそうだがクレイスやイルフォシアという本物の王族が傍に居たので彼女達にも自然と身に着けていたのだ。
そしてその流れはルサナとしても有難かった。いくらノーヴァラットが傍にいるとはいえイルフォシアに何かあってからでは遅いし、結果次第ではクレイスに見限られる恐れもある。
焦りは禁物だが早いに越したことは無いのだ。
ルサナはウンディーネに従順であるよう耳打ちすると早速豪奢な衣装に着替えさせられた2人は再び馬車に乗って貴族の屋敷が立ち並ぶ場所へ向かうのだった。



道中、窓の外を眺めながら王城と方角を確認する。
イルフォシア達と合流できた後はバレても問題ないと考えていたので飛んで帰る計画はしっかりと頭に叩き込んでおくべきだろう。
しばらくして馬車が止まるとそこはかなり大きな館だった。力も見せておらず、終始従順だった2人には見張りこそ付いていたものの既に手枷足枷は外されている。
警戒は最小限に抑えられていたので内心不敵な笑みを浮かべそうになるがまだだ。ここから貴族に良い印象を持ってもらい金銭の収受中に暴れて強奪する、つもりだったが中に入ってその考えを少し改めた。
何故なら案内された場所は舞台裏の小部屋であり、そこでカトルから詳しい説明を受けたからだ。
「いいかい?今から君達は舞台の上でお客様からよく吟味される。しっかり粗相のないようにするんだよ?因みにルサナは2番、ウンディーネは3番だ。」
一体何の事だろうと2人は顔を見合わせていたが自分達とは別の奴隷が登場するのを舞台袖から見てやっと理解した。

「では早速参りましょう。本日の品評会はこちらの1番からです。」

見た目はウンディーネに近い年だろうか。赤毛の少女がご主人様に連れられて衆人の前に現れると感嘆の声が聞こえてくる。
「ふむ。生娘かね?」
「年齢は?あと出身も教えてもらおう。」
「言葉はどうだ?読み書きは出来るのか?」
「何か学問は習得しているのかい?ああ、武術関係ならいらないよ。」
それから矢継ぎ早に質問が飛び交うとやっとこの状況が理解出来た。垂れ幕の向こうでは奴隷をそういった目で見てくる貴族らがとても楽しそうに品定めしているのだ。
ただ若干の嫌悪感こそ覚えたものの納得もする。一人一人を呼びつけて商談するのは労力に見合わないだろうし効率化した結果、この形に落ち着いたのだろう。

「1番の落札者はヘラクルー様です!おめでとうございます!」

楽しそうな喧騒が続いた後、木槌の音と共に1番と呼ばれていた少女の買い手が決まる。
そしていよいよ2番目である自身の番が回って来るとルサナは男達の欲望を一身に受けながら、この場で何を優先すべきかを必死で考えていた。





 少なくとも今は暴れるべきではない。それがわかっていただけでも十分だろう。
ルサナの最終目的はイルフォシアとノーヴァラットを無事にクレイスの下へ送り届ける事なのだから。
「さぁさぁ、続いて参りましょう。こちらは2番となっております。」
名前ではなく数字で呼ばれるのは後から名を与えられる可能性を考慮してとの事だが、この思考からも奴隷とはどういった立場なのかがよくわかる。
「少し幼いが、ふむ。器量は申し分ないな。」
「年齢は・・・いや、ここは敢えて知らないままの方がよいか。」
「変わった髪と目の色だな。どこの出自だ?」
先程とは違い貴族達の質問にはより愉楽の色を感じた。恐らく見た目の幼さから様々な感情を抱いているのだろうがルサナはクレイスのものであり、断じて彼らの自由にはならない。

「すみません。どなたか王子ナハロール様と懇意にされてる方はおられませんか?」

故に彼女は相手の質問に一切答える事なくこちらから尋ねると会場は一瞬で静まり返った。
「・・・2番。お前から質問する事は許されない。後で仕置きが必要だな?」
一緒に並んでいたカトルが初めて怒りを見せるも『血を求めし者』が何の力も感じない中年男性に怯えるはずがないのだ。
そんな声を耳に届ける事無く、会場に視線を送る貴族らをゆっくり見回すもルサナの希望に応えられそうな人物はいないらしい。

「でしたら王城に連れて行ってくれる方はおられませんか?私はそういう高位の主人を求めています。」

最初の予定では金銭を掠め取るつもりだったがこういう形で売買されるのであればこちらもしっかりと要望を提示し、それに適う人物を利用しよう。
ルサナは静まり返った会場を再びゆっくりと見回すが誰一人声を上げる者はいない。しかしそれも当然なのだ。
この国で本当に力を持つ者はここにいるようなうだつの上がらない貴族達を奴隷のように扱う。故に高位なる者達は奴隷などを囲う必要が無いのだ。
だが彼らは違う。貴族という身分を持ちつつも普段から権力者達に媚びへつらうしか能がない。だからその鬱憤と虚栄心を満たしたくて奴隷を求めるのだ。
つまりこの中に質や身分の高い人物がいる訳がない。そんな事情を知らないルサナは内心がっかりしていたがやっと1人が軽い声を上げた。

「お前は王城で何をしでかそうっていうんだ?暗殺か?」

「・・・囚われている友人を助けに行くだけです。」
貴族の問いかけにどう答えるか一瞬迷ったが幸いここに本人はいないのだから言ってしまっても問題ないだろう。
ところが目的を真っ直ぐに伝えてみても買い手が声を上げる事は無い。当然だろう。こんなにも面倒臭そうな奴隷に金を払う変わり者は滅多にいないのだから。
「カトル。この奴隷は随分と質が悪いな?どれ、銀貨一枚くらいで引き取ってやろうか?」
「おいおい。こんなのに銀貨の価値はないだろう。私が銅貨三枚程度で買い取ってやろう。」
「ならば私は銅貨二枚だ。」
そしてやっと競売が再開されるとあろうことがルサナの価値はどんどん値下がりしていく。
これは彼女の言動から安く買いたたけるという下心丸出しの卑しい思考が集団真理として働いた結果なのだが、それを見て更にがっかりするルサナと真っ青になるカトルの対比は面白い。
「ル、ルサナッ!!今からでもいい!!全てを撤回して謝るんだ!!でないと鞭打ちだぞ?!」
「どうぞ。ていうか勝手に奴隷にしておいてよく言うわね?」
完全に諦めがついた彼女ももはや演じる事を投げ捨てる。情報は少ないがやはり夜襲などで一気に奪還を狙うのが最短かとも考えていると貴族の1人がぽつりと呟いた。

「・・・金貨10枚で買い取ろう。」





 予想外の過ぎる発言にまたも会場には沈黙が降りて来たが重要なのはその人物が利用できるかどうかだ。
「おじさんが私の希望に応えてくれるの?」
「勘違いするな。どういった経緯があるにせよお前は奴隷で私が新しい主人になるのだからそんなものを聞く道理はない。」
非常に目つきの鋭く、ぴんと整えた口髭と油で後ろに流した頭髪はてかてかに光っていていかにもな感じの貴族だ。更にひょろっとした体躯と無駄に背が高いのも絶対に碌な人物ではないというのが読み取れる。
「だったらお断りします。」
「はい!!2番の落札者はファーシュ様に決定いたしました!!ありがとうございます!!」
ここしかないと収拾がつかなった競売を強引に締めた司会は木槌を何度も打ち付けると話が勝手にまとまってしまう。
既に興味を失っていたので相手の事などどうでもよかったルサナも特に口を挟むつもりは無く、カトルも安堵の溜め息を漏らしていたが1つだけ譲れない点があった。

「ファーシュ様。では次の3番も落札していただけますか?彼女は私も友人なので。」

この発言には再び会場が静まり返った。それこそ奴隷の戯言だと皆が無視を決め込むとルサナは舞台から下ろされ、次にウンディーネが姿を見せると鎮火していた会場の熱は再び高潮していく。

しかしルサナがあまりにも奴隷とはかけ離れた言動を続けたせいで印象が悪かった3番もファーシュしか落札者がいなかった。

「全く。何とか商談が成立したからよかったものの、君達は新しい主人に強く躾けてもらわないといけないな。」
一方的に捕えて奴隷にしたとは思えぬカトルの発言に思わずウンディーネと顔を見合わせていたが強面のファーシュは特に口を挟む事無く2人の契約書に名を書く。
そして見たことのない金貨で支払いを終えると2人の所有権が正式に譲渡された、らしいが元よりルサナは自分が奴隷だと認めていないしどうでもよかった。
「さて、それじゃよくわからないけど早速私達を王城へ連れて行ってもらえますか?」
なので相手が主人だとかは関係なく先程の要望を口にするとファーシュから鋭い視線が飛んで来る。
ただそれはあくまで彼の感情のみであり、彼自身からは別段強さなどは感じないのでこちらの態度は凪を受けるように自然体のままだ。

「・・・まぁよい。お前達、名はなんと言う?」

あれから馬車に乗せられると中で最低限のやりとりが行われたが後は全く会話がないまま彼の屋敷に到着する。
これはいよいよ当てにならないな、と感じ始めた時、2人は執務室に通されると今度はまた違う雰囲気でファーシュが語りだした。
「さて、お前達は王城にいる友人を助けたいと言っていたな?」
思っていた以上にこちらの話をしっかり聞いてくれていたらしい。それに頷くと彼は話を続ける。
「その手続きはしてやろう。ただし、お前達には一仕事してもらうぞ?」
どうやらファーシュという男は外見通り、何かしらを企んでいたようだ。そしてその為に不良奴隷であるルサナ達を安価で引き取ったらしい。
「何でしょう?私達で出来る事なら何でもしますよ。」
「ちょっと?!ルサナ先走りすぎなの?!言っておくけど余計な騒ぎを起こすつもりはないからね?!」
「何、簡単な事だ。ナハロールに一服毒をもってもらえればそれでいい。」
間違いなく余計な騒ぎになる内容にルサナも目を丸くしていたが奴はクレイスを傷つけた存在なので遠慮はいらないだろう。むしろ主人からの命令だという大義名分も貰えて万々歳といったところか。

「いいわよ。」

「いや駄目でしょ?!?!」
軽く答えるとウンディーネが両肩を揺らしながらまるでお母さんのように口うるさく説得してきたがルサナの気が変わる事は無い。
「うむ。ではまず召使いの服を用意しよう。実行日は後ほど告げる。」
想像よりもとんとん拍子で計画が進み、イルフォシアを助けられるまであと少しだと若干の安堵を覚えていたがファーシュの行動は彼女らの想定を軽く超えて来た。

なんと1時間後には2人が似たような召使いの服に身を包むと後は軽い説明を受けただけでそのまま王城に送られるのだった。





 後から聞いた話だと問題があった2人だったからこそ、もし事件が発覚しても全ては彼女らの独断で行ったと切り捨てる予定だったらしい。
そんな思惑など知る由もなく、ルサナとウンディーネは新しい召使いとして紹介されると早速仕事を割り振られる。
「まずはお部屋を覚える事。言っておくけど王族の皆様には近づかないようにね。」
「ええ~?!何でですか?!」
「当たり前でしょ?!ファーシュ様からの推薦があるとはいえあなた達はまだ新人も新人よ?まずはしっかり仕事を覚えて、信用を得てからに決まってるじゃない!!」
恐らくノーヴァラットと同い年くらいだろうか。召使いの長に言われてとても納得はいったが自分達には悠長にしている時間もない。
「・・・わかりました。」
一先ず素直に返事をするもウンディーネには間取りをしっかり覚えるよう耳打ちしておく。とりあえずほぼ最短で城内への侵入は成功しているので後はイルフォシアの居場所さえ掴めばさっさと合流しておさらばすれば良い。
そう考えていたのだがやはり王族の居室関係はさっぱりわからず、こうなれば闇夜に紛れて虱潰しに探すしかないなと方針を固めていた時思わぬ僥倖が訪れる。

「さぁさぁ!今夜は前夜祭だから忙しくなるけど粗相のないようにね!」

日が傾きかけた頃、召使いの長が皆に檄を飛ばすと全員が厨房と舞踏会の場を慌しく往復し始めたのだ。どうやら明日大事な催しがあるらしく、今夜は重臣や有権者達が集まって何やら宴を開くらしい。
よくわからないままルサナとウンディーネも指示通りに食器や椅子、食卓に燭台、卓掛けを配置すると今度は山のような料理を次々に運び入れる。
そして全てが整った瞬間、会場に人が入りだしたのだから召使い達の熟達した技に舌を巻いていた。



完全に日が落ちた後、会場では盛大な宴が始まるとルサナは静かに心を躍らせる。それは正に夢のようなお城の舞踏会だった。
ただ不満があるとすれば自身の立場が召使いでありそれを楽しめない事と傍にクレイスが居ない事があげられる。
(・・・早くイルフォシアを連れて帰ってクレイス様を安心させなきゃ。)
でないと彼は本当に後を追いかけて来かねない。いや、それはそれで結婚の約束を果たしてもらえるのだが彼は時々見境無いときがあるのだ。
それは『血を求めし者』とは違う、熱い魂からの行動なので止めるのも大変なのだがもし亡くなりでもしたらこちらが後悔してもしきれないだろう。
だが今の所何の手掛かりもなく、前夜祭の状況から考えて今夜行動を起こすのは難しいか。雑念と疑念を胸に秘めながらせっせと働くルサナだったがそこで主人のファーシュの姿を捉えた。

「あら?ファーシュ様もご出席されていたんですね。」

「当然だ。しかしお前の働きっぷりも悪くないな。これで今夜、決着はつきそうだ。」

何の事か本気でさっぱり忘れていると彼は飲み干した銀の杯を静かに渡す。その中には小さく折りたたまれた紙が入っていた。
「・・・しくじるなよ?」
「・・・は~い。」
そうだった。王城の中へ入れてくれた条件に王子ナハロールの毒殺を命じられていたのだった。しかしイルフォシアを奪い、クレイスを深く傷つけた相手に遠慮などいらないだろう。
ルサナは怒りすら現す事無くそれを受け取ると早速王子に近づく機会を伺う。

(・・・そうか。私達を急いで王城へ送ったのもこの為だったのね。)

あまりにも急すぎる計画や進入してみると王族に近づけなかったり状況を全く読み取れなかったが全てはこの好機に間に合わせる為だったのだ。
奴隷扱いされて不満しかなかったものの、実際ファーシュは約束を護ってくれたし王子ナハロールを始末出来ればイルフォシアの救出もより容易くなる。
ここで初めて利害の一致を感じたルサナはもし失敗しても『血を求めし者』の力で刺し殺す覚悟を決めるとその瞬間が訪れるのを遠巻きに観察し続けるのだった。





 様々な人物が宴に出席する中、イルフォシアもノーヴァラットもいない点に疑問を持つべきだったがこれは世界が違うのだから答えに辿り着けなかったのも無理はない。
ルサナは彼の杯が空いたのを確認するとウンディーネを使って他の召使いを足止めさせて自然と近づき代わりを差し出した。
「うん?何だ?貴様人間ではないな?」
するとナハロールは顔を見る前にこちらの気配を察してきた。これは彼が特別だからか他の人物もそうなのか。異種族にはとても敏感のようだ。
周囲からも忌諱な視線が向けられて来たのでどうするか悩むがこういった場合無言は肯定と同じだ。ならば駄目元で行動してみよう。
「私はファーシュ様に仕える奴隷です。詳しくはご主人様にお尋ね下さい。」
死なば諸共。もちろん死ぬ気は無く、彼を巻き込む事で有耶無耶に出来るかもしれないと考えたのだがその名を聞いてよりナハロールの気配がより鋭くなる。

「ほう?あの男か。」

思ったとおりの反応に内心にやりと笑っていたがその発言は想像以上の効果を生んだ。何故なら先程とは桁違いの怨嗟や憤怒といったものがファーシュに向けられたのだ。
詳しい理由はわからないがどうやら自身を買い取った男も相当な曲者だったらしい。そういう立場に慣れているのか一瞥した後とても落ち着き払った様子で他の面々と話を続けている。
「恐らくその中にも毒が仕込んであるのだろう。全くくだらん。」
ナハロールがそれを払いのけようと悪態をつくがその手は止まる。こちらとしてもバレても特に問題なかったのだが彼は性格でもナルサスに似ている部分があるようだ。

「そうだ。主人の潔白を証明する為それを飲んで見せろ。」

この提案に周囲も下卑た笑い声で同調し始めたのだからルサナの闘争本能が一気に燃え上がる。
言うまでも無く自身の主人はクレイスただ一人であり決してファーシュとかいう胡散臭い中年ではないのだが相手がこちらを異種族と見抜くのと同様に初対面時からこちらも奴が気に入らなくて仕方なかった。
「わかりました。では失礼して。」
売り言葉に買い言葉をそのまま体現したルサナは迷わずに綺麗な銀の杯をそっと手に取り勢いよく飲み干す。
流石に本気だと誰も思っていなかったので皆があっけに取られる中、彼女はすまし顔を一切崩す事無くむしろ少しの笑みを見せた。
「毒見は終わりました。さぁ皆様もどうぞ。」
だがルサナが用意した杯は誰一人手にするものは無く、ナハロールも苦々しい表情を浮かべるとその場を去って言った。



「だ、大丈夫だったの?!」
こちらとしても大見得を切った後なので下手な行動を見せるわけにはいかなかったが裏方に戻ってくるとふらふらになりながら水をがぶ飲みする。
「・・・大丈夫、じゃないけど。これ、何の毒だろ・・・」
それからすぐに排水溝近くに向かうと自身の指の爪を延ばして体内から毒と一緒に血を流出させ始めた。
恐らく即死したり苦しみもがくものではないはずだ。だから辛うじて働いてはいられたし体外に瀉血すると気分も収まってくる。
ただ彼女は『血を求めし者』なのだ。それが枯渇するとどうしても本能が補給を求め始めてしまう。
「わ、私の血でよければ・・・いる?」
それはまず表情に現れていたらしい。若干の影を帯びた鋭い眼光と多少荒い呼吸、そして体内の血を捨ててしまった事を察してウンディーネが恐る恐る提案してくれるがルサナは素っ気無く突っぱねた。

「・・・いい。私はクレイス様からしか戴かないって決めてるから。」

しかしこの我慢はいつまで続くのか。ナハロールを襲って奪ってしまった方が合理的?ではないかとも考えるが一番の目的はイルフォシアを連れて帰る事なのだ。
「それよりウンディーネ、早く会場に戻りましょ。あいつらの話を聞いていれば何か掴めるかもしれないわ。」
今度仕掛けられたら殺す。それだけは胸に刻み込んだルサナは心配そうな彼女を連れて再び舞踏会の召使いとして慌しく動き回る。

すると明日に行われる催しというのが聖なる神に供物を捧げるものだという内容を掴むのだった。

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