闇を統べる者

吉岡我龍

綻び -新たな出会い-

 ザラールからの指示を受けたクレイスは地上を飛び回る。というのも『トリスト』の天空城には物資の限度があるので『天界』へ送るとこちらが困窮する恐れがあった為だ。
「父上!お久しぶりです!」
「おお!クレイス・・・クレイス?随分と立派になったなぁ・・・」
ついでにウンディーネが提案してくれた帰郷をこなすと父や重臣が喜んで迎え入れてくれる。1年以上戻っていなかったので懐かしさが胸に込み上げていたが彼らの方は再会の喜びよりも成長した姿に驚いているようだ。
いつの間にか父と同じくらいの身長になっているのか。視線が同じ位置だと気が付くとそれがまた嬉しかったクレイスは謁見の儀礼も早々に小走りで近づき、固い握手の後がっしりと抱きしめ合う。
それから来賓室に移動した彼らは国外追放中に出会ったルサナとノーヴァラットを紹介し、前回の『ジグラト戦争』である程度の功を立てた事により将軍に任命された話をすると父やプレオスは溶けるような笑顔で聞き入ってくれる。
「そうかそうか。最初こそなし崩し的にお前を旅に出させるような真似をしてしまったが・・・それこそが正道だったのかもしれんな。」
これにはクレイスも同意しかない。
あの旅で初めて悔しくも恐ろしい思いが心に芽生え、そこから王族としての責務とそれを全うする為の力を見直し始めたのだ。旅先での出会いも今となっては良い思い出だし、これからも仲間達との繋がりは一生大事にしたい。

「はい。皆に支えられてきたお蔭で今の僕がいると考えると成長を求めるという意味で旅は続けたいですね。」

何となく感謝と未来への期待からそんな風な事を口走ってしまったのだがこれにまた父やプレオスが目を丸くした後涙を浮かべて喜んでしまったのでやや照れ臭かった。
「ご安心ください。これからもずっと私が傍にいて支え続けます。ですから旅をされる時は是非二人きりで・・・」
ところがその雰囲気を察したのか別に思惑があるのか。今まで黙って座っていたイルフォシアが火蓋を切って落とすと空気は一変する。
「貴女王女でしょ?!家出ばっかりしてないで少しは国務に携わったらどうなの?!クレイス様~?あんな放蕩娘は置いといて私と二人で旅をしましょう?」
これに反応しない訳がないのだ。ルサナも即座に反撃を繰り出すが国務に関してはクレイスにも刺さるという部分を考慮して欲しかった。
「いや、今のは例え話でしょ?二人とも必死になりすぎなの。それにクレイスだって王族だし彼こそ国務に関わるべきじゃないの?ねぇ義父様?」
その通りだ。ウンディーネの理解ある発言に2人がぐぬぬ顔を浮かべていたが最後の一言は看過できない。何故義父と呼んだのか?
「難しい所ねぇ・・・今は『トリスト』の将軍になったばかりだし。でもキシリング様もクレイスの成長を期待なさっているのよね?だったら最優先すべきはそちらかしら?」
最後は家庭教師兼副将軍のノーヴァラットが大人の対応で締めてくれるとやっと場は収まったかに思えた。
「ふむ。お前の息子はもやしのようだと聞いていたが中々に良い面構えではないか。クレイスよ。もしハルカがヴァッツと良好な関係を築けなかった場合は端に加えてもらえんか?」
だが先程まで姿も形もなかった白髪ではあるもののしっかりとした体幹を持つ老人が感心しながら頷いて口を挟むと何故か白い眼がクレイスに集まるのだった。



あれから親子での場を設けるべく2人は馬車に乗って街へ出かけるとキシリングも息子が思っていた以上の女たらしになっていたと勘違いしていたのか、話題はそこから始まった。

「お前も既に14歳だからな。誰かを娶るのであれば私も応援したい。しかし何だ・・・いきなり3人、4人?は少し多くないか?」
「父上。勘違いなさらないで下さい。僕が一番大事に想っているのはイルフォシアだけですし、彼女以外と結婚するつもりはありません。」
「そ、そうか・・・そうなのか?」
息子が堂々と告白してきたので父も意外そうな声を上げるがこちらも真面目に尋ねる。
「そうですよ?僕も父を倣って妻は1人でいいと考えています。」
やはりこういった時両親の影響が見え隠れするものだ。生涯で1人しか選ばなかった父を間近で見て来たクレイスもそれが当たり前だと思っている。
ところがこれには何か理由があったらしい。

「ふむ・・・私とお前とでは年齢や環境も違うから多くは語るまい。だが、もしお前が少しでもその気になれば分け隔てなく愛を注ぐのだぞ?」

含みのある言い方に今度はこちらが目を丸くしていたが父はそれ以上教えてくれる事は無く、こちらもほとんど記憶が無かった城下の様子を確かめながら王族として何をすべきかを考えるのだった。





 翌日クレイスは『ビ=ダータ』の東側にある『ワイルデル領』に足を運ぶ。
何でも『トリスト』が抑えている領土の中では一番都合が良いらしく、必要なものはこの地から運ぶようにとショウに教えてもらった為だ。
「ようこそおいで下さりました。」
早速領主のバディールが出迎えてくれるとクレイス達は城内へ案内される。そこでふと気が付いたので疑問を漏らすと意外な答えが返って来た。
「・・・去年ご招待された『ビ=ダータ』の王城に似てますね。」
「はい。ここも『ビ=ダータ』も元は『リングストン』が建てた物ですからね。」
副王の居城とは他の場所でも規模や造りは同じらしい。こうする事で他との差別がないようにしているのだとか。これも独裁国家の知恵なのだろうが平等という意味を考えれば賢いやり方かもしれない。
こうして5人は歓待を受けた後、物資についての詳しいやり取りを始めるのだが世界は既に力の均衡を失いつつあった。



それが『ワイルデル領』内の農耕地帯に突如現れた巨大な建築物だ。



周辺では見かけない様式をしており歪な角度で道と農地を塞ぐように現れただけでなく、外部からの接触をしようとするととんでもない力を持つ住人に追い返されるのだそうだ。
「この地の責任者を呼べ。話はそれからだ。」
唯一の救いは相手が真っ向から敵対する様子を見せていない事だろう。告げて来た内容を『ワイルデル領』の副王と一緒に聞き届けたクレイス達も目を丸くする。

次に衛兵が慌てて報告を持ってくるとバディールも一瞬悩んだらしい。だが『アデルハイド』の王子と『トリスト』の第二王女を前に隠し事をすべきではないと判断したようだ。
「そ、それが、マハジーという蛮族が火急の話があると言って乗り込んで・・・」
その名前には覚えがある。確かバラビアの弟にあたる人物のはずだ。

ばんっ!

恐らく相当な焦りがあった為だろう。突然扉が強く開けられると一度か二度会った記憶のある青年が衛兵達に止められつつも無理矢理会議室の中へと押し入って来た。
「バディール様、大族長の様子はどうなっているのでしょう?」
「・・・と、いいますと?」
副王も仕方なく対応する事を選んだようだがマハジーの眼は据わっている。いや、これは疲労から焦点が定まっていないのか?
「毎月二回、必ず連絡を寄越すようにと約束したはずなのにこの一か月全く連絡が来ていない件ですよ。部族間の不安も高まっているので是非我らの方から一度様子を伺いに向かいたいと打診していた筈ですが?」
どうやらこの話は既に何度かやり取りが行われていたらしい。クレイスも漏れてくる話を聞きながら『モクトウ』までの街道は危険だという話を思い出す。
「ふむ・・・しかしあの街道は未だごろつきが多い。ですので『トリスト』に報告してから遣いを送ってもらうよう頼みましょう。」
「遅い、遅すぎます。こちらとしては今日明日にでも姉とその夫からの返事を貰いたいくらいなのですよ。」
これは飛空の術を期待しての発言だろうが疲れきっていたマハジーはもっと可及的速やかな対応を迫って来る。
詳しい事情を聞くに未だ大族長の力が浸透しきっていなかったのに突然他国へ嫁いでしまった事で多民族の入り混じる集落では不穏な空気が流れているそうだ。

「・・・でしたら僕が見て来ましょうか?」

発言の大きな理由は『モクトウ』という国への興味が半分以上を占めていたが他にもどれくらいの距離なのか、とかテキセイという男に会ってみたい等々、バラビアの安否以外の理由が大きかったのは秘密だ。
「クレイス様?それでは『天界』への物資搬入が遅れませんか?」
「大丈夫。種類と数は割り出してあるし後は2人に任せればいいからね。」
イルフォシアが少し心配そうな様子だったがマハジーの期待に満ちた目を見てしまった後では引くに引けないだろう。
そういって立ち上がったクレイスは早速空を飛んで『トリスト』に帰還し、ショウとヴァッツに理由を説明すると再び『ワイルデル領』に戻っていった。





 マハジーとバディールに見送られて空へ飛び立った5人は真っ直ぐ東へと向かう。
途中南側にバルバロッサが修業していたという黒雲が立ち込める雷峠も見えたが今はバラビアの安否が優先だろう。
「皆は待っててくれてもよかったのに。結構距離があるみたいだよ?」
「クレイス様、貴方こそ王子なのですから御身を弁えて雑用は他の者に命じるくらいでよろしいかと。丁度ヒマそうなルサナやウンディーネが近くにいますし。」
イルフォシアはどうしても納得がいかないのか抱えているルサナをぶんぶんと振り回しながら諫めてくるが彼女も負けじと無言で黒い翼を生やして空力に抵抗していた。
そもそもルサナも飛べるようになったはずだがその力はあまり長続きしない為に今でも移動時はこうやってイルフォシアに抱きかかえられている。
そう考えると彼女くらいは置いておくべきだったのかもしれない。いや、定期的に自身の血を与えているのだから帰還予定がわからない留守番を任せるのもよろしくないか。
「ひどいの!私はちゃんとクレイスの癒し役として傍にいるんだから!イルフォシアみたいにいっつも怒ってばかりじゃない・・・危なっ?!」
雑用と聞いてウンディーネが反論するとルサナの体が音を立てて飛んできたので慌てて避ける。
確かにイルフォシアはすぐに怒る・・・というよりやきもちや拗ねるような素振りを見せてくれるがクレイスはそれが嬉しかった。
なのでそういった言動の後は必ず彼女との時間を取り、時には肌に触れあったりもする。大義名分を得て2人きりの機会が得られたのだから内心万々歳と喜ぶ時もあるくらいだ。

「でもほんと。クレイス様もイルフォシアの事は少し考えた方が良いですよ?か弱い女子をこんな風に扱うなんて傍若無人が過ぎます。」

最近ではその扱いにすっかり慣れてしまったのか。ルサナは両足首をしっかり両手で掴まれたまま武器のように振り回され、下着どころかおへそまで丸見えの着衣と髪の乱れを気にせず腕を組んで諭して来る。
「う、うん。そうだね。イルフォシア、流石にその持ち方は色々と・・・」
これではいくら彼女のみと決めているクレイスも目のやり場に困る。それに気が付いたイルフォシアも慌てて後ろから腰に手を回す抱き方に変えたのだが何故か振り回していた本人から白い目で見られたので理不尽さを心の中に押し殺していた。



一度中休みをとったものの、合計で4時間強の移動を続けると見た事の無い建物が見え始める。

「あれが『モクトウ』・・・」
茅葺や瓦といった言葉も知識もない屋根は空を飛んでいる彼らだからこそより印象的な景色に見えたのだろう。イルフォシア以外は感嘆の声を漏らす中、クレイス達は更に東へと進み話で聞いていた王都に向かう。
そして塔のように縦長な王城と広大に広がる城下町、周囲を細かく囲む塀などをより興味深そうに観察しているとこほんと軽い咳払いが聞こえる。
「クレイス様。まずは国王様の下へ向かいましょう。」
彼女の言葉にやっと本来の目的を思い出したクレイス達はその正面らしき入口の前に降り立つと衛兵達に槍やら弓を向けられた。
こちらの国では魔術が全く浸透していないようで空を飛ぶという存在も前回やってきたアルヴィーヌ以外は見たことが無いのだろう。
「驚かせてしまってごめんなさい。私は西の国『トリスト』からやってきました第二王女のイルフォシア=シン=ヴラウセッツァーと申します。よろしければ国王様に取り次いで頂けますか?」
だが彼女は敵対する意思がない事と首に下げていた国紋を取り出して見せると彼らも警戒しつつ納得はしたようだ。

「よっ!まさかお前達が来るなんて。一体どうしたんだ?」

それからしばらく待たされた後、異国の衣装に身を包み、お腹を一杯に膨らませたバラビアと只者ではない雰囲気を纏った男が一緒に出迎えてくれた事でこちらも驚愕はしつつも安堵の表情で顔を見合わせていた。





 目つきの鋭さが一刀斎に似ているのかカーチフに似ているのか。カズキとはまた違った面持ちの男は静かに頭を下げて名乗りを上げる。
「『トリスト』の方々、ようこそ『モクトウ』へ。私はこの国の大将軍を任されているテキセイと申します。」
「貴方がテキセイ様・・・カズキの叔父様ですね。あ、僕はクレイス=アデルハイドと申します。」
友人達から聞いていた通りの優しくも強い男にこちらも順に名乗りを上げていくと彼も優しい笑顔を零す。ただ口元を大きな襟巻で隠してはいるもののやはり左頬に入った大きな入れ墨は若干気になる所だ。
「実はバラビアの弟であるマハジー様から連絡が途絶えたという情報を頂きまして。私達はその安否と様子を確認する為に参りました。」
それでも城内に通された面々が造りの珍しさからきょろきょろしていた所、イルフォシアが代表して経緯を説明するとバラビアも歩きながら驚く。
「えっ?!おかしいな・・・月二回は連絡を寄越せって五月蝿いから毎回それだけは欠かさず送ってるんだけど・・・あんた、何か知ってるかい?」
「いいや、手筈に抜かりはないはずだが・・・一度調べてみよう。」
『トリスト』の飛空兵も駐屯しているがこちらは緊急連絡用でバイラント族への手紙は陸路で届けているらしい。そして直近二回の伝達兵が未だ帰還していないようなのでここに問題があったのだろう。
テキセイが口伝で素早く調査団編成を命じると配下が速やかに退室する。こうしてやっと一息ついた一行は歓談を交えながらもまずは『モクトウ』での作法から習い始めるのだった。



それから夕方に差し掛かる頃、国王と謁見する為に先程と同じような場所に通される。
そこは玉座こそないものの、ゴシュウは少し高い位置に座っており周囲には近侍がいつでも動けるように身構えていた。
早速テキセイの教わった通り全員が頭を深く下げて数秒間その姿勢を維持・・・するつもりだったが彼は早々に許可を出して全員が面を上げる。

「よいよい。其方達はカズキの友人であり上官なのだろう?であれば気兼ねする事は無い。旅の疲れが癒えるまでゆっくり体を休めてくれ。」

先代でもある『天人族』のダクリバンが一極集中型の権力を築き上げていた事もあり、この国の政治形態は『リングストン』に近いものだとばかり思っていたがそうでもないようだ。
「ありがとうございます。」
ある意味テキセイよりも接しやすい国王に代表して謝意を伝えると続けてその部屋に酒食が運ばれてきたのでクレイス達は驚いた。これが『モクトウ』の文化なのであれば失礼に当たるのかもしれないが自国の玉座の前でいきなり晩餐会を始める光景を想像すると呆けずにはいられない。

こうしてその夜は歓待を受けつつカズキらによる国王陥落、『ネ=ウィン』の侵攻にカーチフとテキセイの戦いと面白い話を沢山聞いているといつの間にか真夜中近くになっていた。



立派な石造りの大浴場に浸かると若干目は冷めたが、客間に戻って来て慣れない寝具に身を包んだら一瞬で眠りに落ちていた。

そして翌朝、焼き魚や漬物といった朝食を頂いた後イルフォシア達がこの国の珍しい衣装に袖を通してやって来た。それを見て物見遊山な楽観的思考に流されかけるとクレイスは軽く首を振った後笑顔で答える。
「うん。似合ってるよ。可愛いね。」
「それは私が一番似合ってて可愛いってことですよね?!」
「何言ってるの。この中では一番調和のとれた私が何を着ても似合ってて可愛いって事なの。」
任務の途中だと気を引き締める意味合いも含めて、あえて簡素な言葉に留めたのだが意図せず言い争いが始まるとノーヴァラットもうんざりしながら仲裁してくれる。

ところがこの後テキセイから立ち合い稽古のお誘いが入るとクレイスは先程の戒めを全てを忘れて喜びで浮足立つのだった。





 思い返せば一刀斎の息子であるカーチフとの戦い。あれも貴重な体験であり財産になった。

ただあの時は何も分からないまま剣を振るって気が付けば自身は傷だらけにされていたのだ。そして三年の月日を経てまた一刀斎の息子と立ち合える機会を得たのも縁なのだろう。
石の上にも三年という。ならば成長した姿を披露できるかもしれない。そんな淡い期待が霧散したのは始まってすぐ後だった。

ぶふぉっ!ぶぉんっ!!

カズキでさえ軽くあしらわれたという話を聞いてはいたもののまさかこれ程とは。全ての攻撃を身を躱すだけで凌がれるとは思いもせず、終わった時には体力と共に積み重ねて来た自信も失っていた。
「あ、あ、ありがとぉございますぅ・・・」
久しぶりに手足が重く感じ、呼吸も乱れて言葉すら発するのが苦しかったがテキセイの方は涼しい顔で頷いている。
その格差が辛くて若干表情が妙な事になっていたがそれを感じ取ったのか和服に身を包んだイルフォシアが固く絞った手ぬぐいを持って姉のようにととと~と小走りで近づいてきた。
「クレイス様、お疲れ様です。」
見た事の無い仕草に僅かながら心は癒されるも如何ともし難いこの差は埋まる時が来るのだろうか?考えると怖くなって手ぬぐいを顔から離せなくなる。
「でもどうして魔術を使われなかったんですか?」
気が付けばルサナもこちらに駆け寄ってきて素直な感想を漏らすがこれはあくまで武術の稽古なのだからクレイスはそれを良しとしない。

「うむ。では少し休憩してから魔術を見せてもらえるか?」

ところがテキセイからの要望が出たので話は変わって来る。決して好きな少女の前で良い格好をしたいとかそういう下心がある訳ではないがそれでも自身の得意とする分野を交えた場合、この強大な男にどれだけ通用するかは試したかったのだ。
こうして呼吸が整う程度の小休止を貰った後、クレイスは無手で水の剣を展開すると見物人から驚愕と興味の声が漏れる。
今回敢えてこの武器を選んだのは当たってもそれほど実害がないからだ。逆に言うとこの時は本気で立ち回り一太刀浴びせるつもりだった。

しかし飛空の術式と風の魔術を同時に展開し、音の速さすら超えて背後を取ったとしてもクレイスの攻撃が当たる事は無く、周囲に突風を巻き上げるだけで二度目の稽古も幕を閉じた。



世の中には強い人間が沢山いるのは理解していたつもりだが、もしかすると彼の強さは『天族』のウォンスを超えているのかもしれない。

人間でもそんな存在がいるんだなぁと疲れと感嘆から訓練場で空を見上げていると何やら王城内から慌ただしい音が響いてきた。
「何かしら?」
クレイスの悔しさを察してか、4人も傍に腰を下ろしていたのだがノーヴァラットが立ち上がって様子を伺いに離れていく。それからすぐに戻って来て叩き起こされるとクレイス達はテキセイの部屋に案内された。
「客人なのにすまないな。実は昨日送った調査団がほぼ壊滅状態で戻ってきてな。ちと要領を得ない話なので意見が欲しいのだ。」
よくわからないが協力を求められているのならば応えるべきだろう。クレイスは早速大怪我を負ったという男が休んでいる部屋に向かうとその内容を聞いて全員が唖然としてしまった。

「・・・巨人、ですか。」

何でも街道に入ってすぐ、10尺(約3m)はあろうかという大きな生き物に遭遇すると訳もわからないまま襲われて命からがら退却してきたのだという。
しかもその生き物というのは人間とやや形態が異なるという話だ。
「そんな存在が西側にはいるのか?」
「いいえ、聞いた事がありません。でも・・・」
世の中には『天族』や『魔族』といった種族も存在するのだから自分達の知らない場所で巨人が生息していてもおかしくはない。
「ふむ。では私が行って直接確かめてくるか。」
すると自らの目で確かめるという結論に至ったテキセイが当然のようにまとめるがそこに妻が待ったをかける。
「ちょっと。もうすぐ子が生まれるってのにあたいから離れるつもりかい?」
「む?!そ、それは・・・・・」
バラビアのお腹は衣服の上からでも十分わかるほど大きくなっているのだから言葉通りいつ生まれるかわからないのだろう。
だがただでさえ不明瞭な点が多い東西の街道を放置しているとまた『ネ=ウィン』のような思わぬ敵が襲ってくるとも限らないのだ。
国を護る将軍として、子を授かる前の父として板ばさみになったテキセイがバラビアの熱い視線から逃れようとやや顔を背ける姿は妙に親近感を覚えたがこれを放置しておくわけにもいかない。

「でしたら僕が行って調べてきましょう。」

調査兵の怪我から見ても恐らく相当危険な存在なのだろう。であれば尚更見過ごすわけにもいかないし、何より己の腕を鍛えられる良い機会かもしれない。
一挙両得を閃いたクレイスはここ数日で二度目のお使いも気にせず得意げに提案したのだがこれにはイルフォシアだけでなくルサナからも若干冷ややかな視線が送られてきたのは気になるところだ。
「ふむ・・・・・ならば頼らせてもらおうか。しかし相手があまりにも不明確だ。もし命の危険を感じたらすぐに戻ってきてくれ。」
少し考え込んだ後テキセイは正式に委任する形で頭を下げると後はとんとん拍子で話が進み、5人はその日の昼過ぎには街道の入り口前へと到着していた。





 念のためと用意してくれた馬車や食料はクレイスの巨大水球の魔術によって運搬してきたので、この日は既にかなりの魔力を消耗していたのだがそんな心配が彼の脳裏に過ぎることはない。

「さぁ、行ってみよう!」

むしろ1人だけ妙に張り切っていたところも相まってやっぱりイルフォシア達から冷ややかな視線を向けられていたがこれは『モクトウ』の為、ひいてはバイラント族の為にもなるのだから誰一人反対の声は上げなかった。
決してテキセイに全く歯が立たなかった落胆を何かで紛らわせようとした訳ではない。
「クレイス様、何かあれば迷わず退却を選んでくださいね?まぁ御怪我などをされた場合は私が問答無用で連れ戻しますが。」
「あまり同意はしたくないけどこればかりは譲れませんね!私もクレイス様に何か起きた場合は無理矢理にでも後退しますから!」
「もう大分魔力を消費してるよね?大丈夫?何なら一日休んで明日でもよかったんじゃないの?」
「・・・ああ。もしかして私達の魔力を宛てにしているの?あれをされると力が抜けるのよね・・・その場合は責任を取ってね?」
だが代わりにしっかりと釘を刺して来る。4人が4人とも非常に後ろ向きな意見だったが同時に注意点も絞れた。

「うん!魔力が尽きなければいいんだよね?!」

つまりそういう事なのだ。魔力が尽きればかなり弱い部類の戦士だという自覚はあったし油断はない。
そんな思考こそが油断なのだが一切気付く様子の無いクレイスは久しぶりの陸路と未知への期待を胸に早速馬車を走らせて木々の茂る街道に入っていくのだった。



10尺(約3m)を超える巨人。その言葉だけで注意力を散漫させるには十分だった。

最初の変化は突然の濃霧に襲われた所から始まる。一寸の先すら見えず、街道はおろか周辺の木々さえ見えなくなった為馬も何度か立ち止まってしまう。
ただしこれは自然現象なのだから注意にも限界があるだろう。クレイスはルサナに松明を灯すよう指示を出し、自身は水球を展開して念の為の奇襲に備えながら馬車を進めると一瞬で視界が晴れた。

「あれ?クレイス様?何か空気が変わりませんでした?」

すると隣に座るイルフォシアがそんな事を言い出したので小首を傾げていると逆隣りに座るルサナも頷く。
「だってほら。見て下さい。さっきの濃霧もそうですがいきなりお天気が・・・あの雲、どこから湧いて出て来たんでしょう?」
言われてみると先程まで快晴だったのに上空には真っ暗な分厚い雲が覆いかぶさっている。更に街道を囲んでいた木々の種類も広葉樹から見た事の無い針葉樹に変化しており暖かかった気温も寒さを感じるものへと変化しているではないか。
「クレイス。気を付けて。何かおかしいの。」
ウンディーネもいつもの軽く明るい口調は鳴りを潜め、自らも警戒の為の水球まで展開し始めている。これは不味いとクレイスも慌てて切り替えるが今の所襲われそうな気配はない。
「・・・ちょっと空から見てみるよ。皆は地上をお願い。」
周囲の木々が太く高いものばかりで視界が悪い為、まずは全容を確かめるべくそう告げると真っ直ぐに上空へと昇った、と次の瞬間。

「危ないっ!!!」

ずどんずずどどんっ!!!

突然削られた丸太が矢のように、しかも相当な数が飛んできたのでクレイスは慌てて大地の魔術を展開するとそれらを受け切る。
そして飛んできた方向に目をやると上半身をすっぽりと覆う何か動物の皮で作られた鎧兜に身を包んだ青黒い肌を持つ巨大な人影がいくつも現れてこちらにゆっくりと近づいてくるのだった。





 「また小人が迷い込んできたか・・・しかし最近多くないか?」
「だな。あいつらわしらを怖がるくせに向こうからちょっかいを出して来るのは何だろうな?」
「それよりも今のは何だ?わしらの投げ槍がせり上がった地面に邪魔されたぞ?」
大きくも威圧感がある容姿とは裏腹に彼らの低い声で交わされていた会話の内容は期待を裏切る程軽いものだった。そしてクレイスは今までの経験から戦端が切られる前に急降下した後彼らの前に躍り出る。

「あ、あのっ!!すみません!!僕達は敵対するつもりはありません!!もしここが貴方方の領土というのであれば大人しく引き上げますのでどうか、剣を納めてもらえませんか?」

もし碌な経験も知識も得ずに相まみえていたら恐怖と保身のあまり剣を抜いていたかもしれないが彼らのややのんびりした口調から荒々しさを感じる事は無かった。
だからクレイスは接触を選んだのだ。言葉が通じる相手であれば話し合いで解決するに越したことは無いのだから。

「お?お前・・・わしらの言葉がわかるのか?」
「はい。多分全て理解出来ていると思います。僕達は小人・・・なのでしょうか?」
「ほ~。こりゃ驚いた。てっきりまたわしらの首やら皮やら血が欲しいと宣う蛮族かと思っていたが。しかし空に浮いてるなんてお前、変わった小人だなぁ。」
このやりとりを馬車に居た4人ははらはらしながら見守っていたようだが巨人達から殺気や闘気を感じないのを確認するとイルフォシアも静かに飛んで来て自己紹介を始めた。
「私達は遥か西の国『トリスト』という所からやってきました。まさかこの街道に貴方方のような巨大な種族が住んでおられるとは・・・その、巨人さんとお呼びすればよろしいですか?」
「『トリスト』?聞いた事ねぇなぁ・・・」
「いやいや、そもそもわしら小人の国なんて知らねぇだろ。」
「ちげぇねぇ、がはははは。」
「ま、わしらと戦う気がねぇんだったら襲う必要もないか。それよりわしらと喋れる小人ってのは珍しい。折角だ、小人の国について詳しく聞かせろよ。」
どうやら巨人達は敵対さえしなければかなり友好的な種族らしい。それぞれが大笑いしあっている姿を見て安心したクレイスも早速話を切り出すが彼らは随分上機嫌で自分達の集落へ招待すると申し出てくれたのでついて行くことになった。



「はわわわわ・・・ク、クレイス様ぁ、本当に信用して大丈夫なんですかぁ?」

いきなり丸太を投げつけられて来たのもそうだが初めて見る種族に驚いたノーヴァラットが頼りない様子で体を寄せてくる。
「だ、大丈夫だよ。多分・・・」
答えるクレイスも若干の不安を感じてはいたがここでそれを見せる訳にもいかないだろう。緩やかな傾斜に切り開かれた集落へ到着すると早速簡易的な屋根のついた下へ通されるともてなしの料理が振舞われる。
ただ焚火が自分達の体を丸焼きに出来るほど大きく、使っている器も小部屋や寝具ほどの大きさなので食器類だけは自分達のものを用意した。
「おお~さすが小人だ。よくそんなちんまい道具を作れるなぁ・・・」
「うむうむ。しかもそんな小食じゃぁ大きくなれんだろう。うむ?そうか・・・わしらと食べる量が違うから小人なのか?」
いや、そもそも種族の違いでは?と切り返したかったがこちらも彼らについては何も知らないのだ。一先ず愛想笑いで返した後、気になるからとずっと空を飛んでいたイルフォシアもやっと降りてくる。

「クレイス様、ここは『東の大森林』ではありません。といっても確証もないのですが、その辺りを念頭に置いて彼らから情報を聞き出してもらえますか?」

彼女はクレイスと出会う前に世界を飛んで見て回っているので地形や様子から判断したのだろう。それに気温や景色の変化から考えても妥当な結論だと思う。
「あの~巨人さん。この辺りは何と呼ばれているのですか?」
「その巨人さんってのは止めてくれ。誰の事かわかんねぇからな。がはははは。」
こうして遅れながらも双方が自己紹介を終えるとクレイスは早速巨人族の中でも代表者的な権力を持つイムと会話を始めるのだった。





 「ここは『冷たき風の地』だ。」

全く聞いた事の無い名前を深く刻みつつクレイスは山ほどあった疑問をどんどんと投げかけていくと彼もがさつな言葉遣いながら全てに答えてくれる。
何でも彼らは300年ほど前に移住してきたという。理由は小人達による迫害だそうだ。
「昔は多少言葉を理解し合ってたそうだが今ではさっぱりだ。だから今、わしらは先代達の景色を重ねているのかと思うと少し嬉しいよ。」
そんな過去がありつつもイムは橙色の瞳を輝かせて笑いかけてくれる。思っていたよりもずっと友好的な彼らの言動についつい流されそうになったがクレイスにも目的はあるのを忘れてはいけない。
「あの~、僕達が来る前に同じような言葉を話す人達・・・小人達が来ませんでしたか?」
「あ~?そういえば若干何かを聞き取れるような小人がいたような・・・もしかしてあれはお前達の仲間だったか?すまんな、多分蹴散らしてしまったぞ。」
どうやら『モクトウ』の調査隊も彼らと遭遇し、そして大いに痛めつけられたらしい。
だがこれに関してクレイスが非難する事は無い。むしろ自分でもよく戦わずに交渉出来たと驚くほどだ。
「おいおい。さっきからわしらの話ばかりじゃねぇか。長、小人の世界についてもっと聞こうぜ?」
確かにこちらから一方的に質問攻めしていたにも関わらず、イムは快く応対してくれていたのでつい甘えてしまっていた。
クレイスも軽く謝意を述べた後、彼らからの質問にてきぱきと答えつつも、明らかに聞いた事の無い地名や国名が出て来るのでイルフォシア達と細かく目を合わせながら情報を吸収していくのだった。

「ところでクレイス、これあんまり美味しくないの。もうちょっと美味しいご飯を作ってくれるよう頼めない?」

かなりの時間が経って夜と彼らの交流も深まって来た頃、随分気を許して来たウンディーネがこっそり耳打ちしてきたのでクレイスは馬車から塩を取り出してきて器に塗した。
「お?何だそれは?」
すると会話こそ聞こえなかったものの、その様子が気になったイムはほろ酔い状態で尋ねてきたので隠す訳にもいかず、それが塩だと答えたら彼らは仲間内で顔を見合う。
「塩?どこかで聞いた事があるぞ?」
「あ~確か小人達と交流があった時には手に入っていたやつだ。何でも食い物を美味しく?出来るらしい。」
「ほ~?」
クレイスも素材の味を堪能していたが彼らの作った汁物に何も入っていないのはわかっていた。それでもしっかり臭みは抜いてあるし調味料がない状態と考えると十分美味しい。

「・・・よければ明日は僕が何か作りましょうか?」

しかし出会いともてなしにお礼がしたかったクレイスは提案すると彼らは目を丸くしてから喜んでくれた。
「小人達の料理か!ふむ。そりゃ有難てぇがわしらは大食いだぞ?任せて大丈夫かの?」
指摘を受けると確かにそうだと納得する。しかも集落にいる人数は30人強、子供ですら自分より太く大きいのだからどれだけの料理を作ればいいのか想像しただけで顔色が真っ青になる。
「だ、だ、だ、大丈夫です!明日は任せて下さい!!」
一度有言してしまった以上、ここで実行しなければ失礼にあたるだろう。クレイスも覚悟を決めてぎこちない笑顔で答えるとその夜はかつてない程不安な夜を明かしたのだが翌日はそれ以上の困難が待ち受けていた。



外は寒いという事で馬車ごとイムの家屋内で一泊した後、朝日で目が覚めるとクレイスは早速表に飛び出した。

「ここがイムの村か・・・」

昨日は魔力の残存量も考慮してあれ以降全く魔術を展開していなかったので改めて空から見下ろすとその規模を確認と同時に周囲の景色がまるでサルジュの住処のようだと感じる。
正確には集落の名も彼らの種族名も無いそうだが便宜上の了承を得てそう呼ぶことにしたのだ。
それから急降下したクレイスは早速彼女の妻に普段どんな料理を作っているのかを尋ねて驚愕する。
「基本的には鹿だねぇ。この地は鹿が多いから。」
「鹿ですか・・・鹿、鹿?!」
昨日捕らえられたばかりという解体された肉を見て声を出さずにはいられない。何故ならそれはクレイスの知る大きさを遥かに凌駕していたからだ。
それこそ彼らの家くらいあるそれはクレイスの持つ包丁では切り落とすのさえ難しい。吊るされている巨木のような枝肉にただただ圧倒されていたが約束は約束だ。
再び気合いを入れ直したクレイスは馬車に戻ると全ての調味料を持ってきて早速調理を開始する。といっても彼らが普段作っているものに少しだけ手を加えるだけだ。
そうしないと極端な味付けや料理は基本受け入れられない。食文化をも大切にするクレイスはこうして普段彼らの食す汁物に二手間程かけて完成させると目を覚まして来た巨人達は大声を上げて喜びを表現するのだった。





 「それにしてもまさか調理に魔術を用いるなんて・・・いえ、いいんですけどね。美味しいですし。」

彼らと同じようにそれを頂くイルフォシアはやや不満を漏らしつつもクレイスの手料理を笑顔で頬張る。それはウンディーネも同じだったが彼女はまたも脚を人間のものへ変えていた。
というのも昨日の宴で小魚だと言われたのが相当悔しかったようで以降はこのままで行く!と断固決意したらしい。
ちなみに鹿肉が大きすぎたので切るのを水の剣で、串に刺す時もまずは水槍で下穴を開けてからであり、運ぶ時も巨大水球と出来る限り自身の力のみで作った為、下手な戦闘よりも消耗していたのだがこれは内緒だ。
「いや~~~小賢しい。小賢しいな小人!いや、クレイス!!」
イムの喜んでぱくぱくと食べている姿を見ると達成感と喜色で満面の笑みを浮かべていたが調味料もほとんど底をついてしまったのも内緒だ。
とにかく約束を果たせたのだからほっと一安心したクレイスは自身も腹を満たした後、この場所を進むか退くかについてイルフォシア達と相談していると再び新たな出会いに遭遇してしまうのだった。



「おやぁ?ま~た小人達がやってきたみたいだぞ?クレイス、お前の知り合いかどうか一緒にきて確かめてくれんか?」

お昼前にイムから相談を受けたクレイス達は顔を見合わせると早速その場所へ移動を開始した。
昨日と違って若干晴れてはいるもののやはりこの地は日の光も弱いのか寒さと薄暗さを感じずにはいられない。そんな中、高い木々の間を進んでいくと白を基調にした鎧兜に身を包んだ一行を目の当たりにする。
旗印からも適合する知識は無いし人間で間違いはないだろうが彼らからは警戒と敵意をびんびんと感じていた。
「イム。どうも彼らは君達の言う侵略者っぽいよ。僕達の知らない連中だし追っ払う?話でも聞いてみる?」
個人的にはこの地の情報を集めたかったので話を聞きたい所だが雰囲気から難しいだろう。かといって深く首を突っ込む気は無かったので殺すという選択肢は提示しなかった。
するとイムも少し考え込んだ後、真剣な表情で答えてくれる。

「う~む。わしらでは判断が難しいな。何せ言葉が通じんのだ。どうだ?全てを任せても良いか?」

彼も不定期に訪れる小人の侵略について、その理由を探ろうとしているようだ。ならばこちらの責任は重大だろう。
静かに頷くとイルフォシア達に待つよう指示を出し、早速連中の前に徒歩で姿を見せる。これは敵対するかもしれない相手に手の内をさらけ出さないようにだ。
「こ、こんにちは~良い天気ですね?」
しかし見知らぬ人間にどう声を掛ければいいのか全く思い浮かばなかったのでかなり適当な入りになってしまった。
これには隠れて様子を見ていたイルフォシア達だけでなくイムも苦笑いを浮かべていたそうだが性格と経験不足故仕方がない。

「ほう?変わった人間もいるものだ。ここは巨人達が跋扈する地だと知って足を運んだのか?」

すると彼の侍従だろうか。馬を引いていた男が兜を上げて嫌味と憎たらしい笑みを投げつけて来たのだから後方が殺気立つ。今はやめて、と心の中で彼女らに願うがそれが届く事は無い。
「え、えっとその、迷い込んだような?形でして。」
だがこの発言により後方からは顔を覆うような羞恥に切り替わり、正体不明の連中からは警戒と呆れの様子が芽生えたようだ。
「・・・おかしな奴です。皇子、ここは処分を・・・」
侍従から不穏な空気と言葉が漏れると彼らは一斉にクレイスを囲い込む。その動きから見るに相当訓練された部隊だとわかる。
どうする?もう話し合う道は残されていないのか?自身の問答に反省する余地のなかったクレイスはまだ凌げるだろうとぎりぎりまで戦闘態勢を取らなかったがそこに長であろう男が馬上から白い豪奢な兜を取った事で緊張が走った。

「ふむ。お前、何処の国の者だ?」

それはどう見てもナルサスだった。いや、彼より若干髪が長いか?とにかく鋭く冷酷な目に聞きたくも無かった声が耳に届くと今度は理性がぎりぎりまで失われた。





 「ナルサス・・・どうしてここに?」

今までと違ってやや怒りを漏らして言葉を発したのは相手にも気づかれたらしい。囲んできた兵士達がより強く槍を向けてくると彼は不思議そうに小首を傾げた。
「ナルサス?・・・お前達の中にそんな名前の男はいるか?」
「いいえ!殿下!!奴を始末します!!ご許可を!!」
もしクレイスがもっと違う世界の違う知識を持ち合わせていればそんな早とちりはしなかったかもしれない。だが後ろにイルフォシアが隠れている事も鑑みれば焦りから早々に追い払う選択をするのも頷ける。
瓜二つの人物という可能性は考えられず、憎き存在と容姿が被るので心身はどうしても戦いの方向へ引っ張られてしまう中、その様子を見かねた人物が飛び出して来た。

「私達は『トリスト』という国から来たものです。私はイルフォシア、彼はクレイスと申します。決して怪しいものではございません。」

空を飛ばずに小走りで出て来たのは相手を警戒しているからだろう。だが彼女は相手がナルサスではないと判別出来たまではよかったが中身の類似関係は考えなかったらしい。
「・・・・・ほう?」
先程までと違い、興味に光った双眸を見逃さなかったクレイスは素早く彼女を隠すように動く。
「・・・しかし『トリスト』か。聞いた事が無いな。どれ、詳しい話を聞きたいのでイルフォシアよ、私の国に来てはくれぬか?」
本人ではないにしてもクレイスの存在を完全に無視して話を進める所などはナルサスそっくりだ。これにはイルフォシアもややうんざりした表情を浮かべてしまうが相手は構う事等無く騎乗したまま近づいてくる。

その時取り囲んでいた兵士達の警戒が解かれていたのだが流石にそれだけで戦いが始まるとは予想出来ないだろう。

「あの!イルフォシアはどこにも行きませんから!!貴方達も大人しく引き下がって・・・」
あまりにも無遠慮に近づいてくるのでクレイスが声を荒げた瞬間、彼の腰に佩いていた白金に輝く長剣が眩く光ると同時にイルフォシアの長刀が真っ二つに斬り落とされる。
彼女だけはその攻撃を読みきっていた故の行動だが彼を護る為に顕現させたのもあまり意味が無かったようだ。
「ほう?有翼種か?益々欲しくなったぞ。」
真っ白な羽を顕現させた彼女に好奇と欲望を向けてきたのでこちらも更なる迎撃をと体勢を整えたが既に勝敗は決まっていたらしい。

「・・・・・っがっ・・・」

イルフォシアが庇ってくれたにも関わらず敵の光る剣はクレイスの胸元に大きな斬撃を残していたのだ。みるみる血で染まり、呼吸が苦しくなるもここで退き下がる訳にはいかない。
まずは無力化を図るべく至近距離から巨大水球で相手を一気に閉じ込めるとそのまま勢いよく中空へ射出する。それから全力で仕留めるべく思い切り地上へ叩きつけたのだがまるで何事もなかったかのように騎乗しているではないか。
「・・・貴様も中々面白いではないか。」
不意を突かれたとはいえ先制攻撃を受けた時にもっと力をよく推し量るべきだった。傷の深さから長期戦は不味いと考えたクレイスはまず地の利を得る為にイルフォシアを抱きしめて上空へ飛ぶ。
ところが敵も馬ごとこちらに飛ぶ、いや、跳んできたのだから目をむいた。魔術ではない。恐らく力技でそれを成し遂げているのだ。
「こ、のぉっ!!」
もはや素性など気にしていられない。こちらも手傷を負っている為、イルフォシアを護る為に全力の水竜巻を撃ち出した。

ずばばばぁっ!!!

しかし至近距離で放たれた三回の斬撃によりこれも根元から分断されるとクレイスの体に更なる刀傷が走る。
「ク、クレイス様っ?!」
「お前も中々に興味深い存在だったが、まぁ縁がなかったな。」
最後は容赦の無い一突きが放たれると意識を半分失いながらも魔力を全て振り絞った大地の壁で凌ごうとしたがそれはあっけなく貫かれてクレイスの胸に刺さった。
油断があったと言われればそれまでだが突然迷い込んだ異世界と存在達にどう立ち回ればよかったのか。
後悔で意識が遠のく中、無理矢理捕らえられたイルフォシアの姿を最後に垣間見ながら魔力と共に空から落ちていく。

だが彼は1人ではないのだ。

地面に叩きつけられる直前にウンディーネが受け止めてくれると次の瞬間、文字通り目の色と形態を変えたルサナがナルサスに似た男へと襲い掛かっていた。





 「ほう?これはまた珍しい・・・貴様、魔物の類か?」

イルフォシアを左腕に抱えながらも右手に握る光を放つ剣だけでルサナの6本からなる紅の刃を軽く受け流している光景は武術に長けていないノーヴァラットから見ても異様だった。
恐らく彼女では勝てない。それを最年長である彼女は悟るとまずはウンディーネとクレイスの下へ飛んでいく。
「ウンディーネ、あの男は私が何とかしてみるからクレイスをお願い。決して無理はさせないで。」
相当な重傷と魔力が枯渇しているにも関わらず体を起こして助けに行こうとする彼にもしっかり聞こえる声で告げると次に上空で激しい戦闘を繰り広げる2人に近づいた。

「2人ともお待ちなさい!」

まさかクレイスが負けるとは思わなかった。その驚きで再び冷静な顔を覗かせた彼女が声を張り上げると辛うじて理性を残していたルサナも手を止めてこちらに顔を向けてくれた。
「ノーヴァラット!!貴方も手伝って!!この男は・・・絶対に生かしてはおけないっ!!イルフォシアもどうしたの?!そんな男の腕くらいさっさと振り払いなさいよっ!!」
言われてみればその通りだ。イルフォシアも姉程ではないにしても『天族』であり、比肩する者を探すのが難しいくらいには強い。
なのにもがく姿勢は見せているものの男の腕から一向に逃れられないというのはこちらが思っている以上に敵が強いという事か。
「ふむ。私で良ければ相手をしてやるが、出来る限り女は手にかけたくないものだ。」
なるほど。近くで見聞きすればするほどナルサス皇子にそっくりだ。だが『ネ=ウィン』に在籍していた時に白銀の鎧兜など見たことも聞いた事もないし、何より元4将であるノーヴァラットへの反応すら初対面のそれだ。
ならば本当に別人なのだろう。そして今はイルフォシアが連れ去られそうな場面であり、力に頼ってどうにかなる状況でない事も正確に把握すると一度ルサナを無視する形で男との会話を始める。

「私は『トリスト』王国で家庭教師を務めるノーヴァラットと申します。もし王女を連れていかれるというのでしたら私もご一緒致します。」

「王女?ふむ・・・するとお前も有翼種か?」
「はい。」
そんな馬鹿な。といったルサナの表情だけがやや目障りだが今は演技の最中なのだから邪魔だけはしないで欲しいと祈りつつ即答すると男も少し考え込む。
ちなみにイルフォシアも一瞬あっけに取られるが、すぐにその真意を悟ったのか暴れる事も止めて様子を見守っている。
「・・・ではノーヴァラットよ。随順を許す故、『トリスト』やイルフォシアについて詳しく教えてもらおうか。」
「仰せのままに。」
思っていた以上に事が上手くまとまって内心ほっと安堵するもまだここで終わりではないのだ。ノーヴァラットは深く頭を下げて従順な素振りを見せた後ルサナに近づいてそっと囁く。

「こっちは何とかするから。」

5人の中で戦力が一番下なのは理解していた。だから何かが起こった場合は必ずクレイスを命に代えても護りきると覚悟してきた。
しかし彼にとってイルフォシアもそれくらい大切な存在なのだからこちらも護り通す必要はある。もしバルバロッサが生きてこの場にいれば必ず同じ行動を起こしていただろう。
彼女も血が頭に上ってはいたものの決して愚かではない。その理由を下から見上げていた2人の視線から悟ると小さく頷いて紅い刃を引っ込める。
「では参りましょう。ところで貴方の国と名前を存じ上げませんわ。よろしければお聞かせ願いますか?」

「ふむ。私はナハロール。聖国『モ=カ=ダス』の王子だ。」

初めて聞く国と名前を各々が深く刻み込んだ後、ノーヴァラットは大人しくナハロールの部隊に合流するとイルフォシアと共に『冷たき風の地』を下りていくのだった。

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