闇を統べる者

吉岡我龍

波風を立てずに -爪痕-

 『ジグラト戦争』の爪痕は各地に多大な影響を落とす。
中でも『ネ=ウィン』では全兵力の半分以上を失った上にまたも4将が堕ちる結果となってしまい国力は目も当てられない程低下していたのだ。
それでも立て直しを図るべく皇帝ネクトニウスは自らが東奔西走して国民を鼓舞し、皇子ナルサスも見事に戦い抜いたフランドルを称えつつ国葬を執り行う。
半ば逃避にも見える忙殺具合はビアードも心配になる程だったが悲しみに暮れて国全体が意気消沈するよりは良いのかもしれない。

「よっ!」

そこに同じ戦線で戦ったカズキやヴァッツ、アルヴィーヌまで駆けつけてくれると荘厳な葬儀は無事に幕を閉じる。その時フランシスカへ形見を渡したりもしたようだ。
彼も国を担う優秀な戦士だったが負傷により将軍への道は断たれたと言っていい。フランドルの家族は一度に大きな柱を二本も失ったのだからその絶望は察するに余りあるだろう。

「あらあら。貴方がヴァッツ君ね?夫から話はよ~く聞いてたわよ。」

しかし葬儀後の弔宴ではフランドルの妻であるラティーフがヴァッツを見るとおっとりとした口調で笑顔を零した。他の息子達が悲しんでいる中、妻である彼女だけが普段通りな様子からその気丈さが窺える。
「あっ!え、えっと、は、はいっ!その、フランドルからはよく勝負~!って言われてその、ちょっと面倒臭かったです。」
こちらも珍しく緊張を見せてはいたものの発言の内容は普段通りだ。それを聞いて息子達の表情も唖然とした様子に上書きされていたがラティーフだけは小さな声を上げて心から楽しそうに笑っていた。

センフィス辺りが頭角を現した時からおかしくなっていったのか、それとももっと前、カーチフが一人娘を選んで4将を辞退した頃から始まっていたのか。

「お~ビシールも大きくなったねぇ。私の事はお姉ちゃんと呼んでいいよ?」
「お、お姉ちゃ・・・ん。アルヴィーヌお姉ちゃん?」
歓待を命じられていたのでヴァッツ達をいつも通り我が家に招き入れると彼らは息子と楽しく遊んでいる。だが微笑ましい光景を前に全ての同僚がいなくなってしまったビアードは複雑な心境だった。
次期候補だったフランシスカが選抜から外れた事、彼以外に秀でた人物がいない事等国務に詳しくない彼が少し考えただけでも溜息しか出ない。更に兵士も6割程を失っているのでこの先数年は忙しい年になるだろう。
「・・・・・」
ヴァッツとは言わない。せめてカズキがこの国の人間なら。ビシール達をそっと見守る彼を見てつい邪な考えが脳裏を過ぎる。
カズキは既に一流の武人であり小さな部隊の長も務めている経験から間違いなく4将に抜擢されるだろう。現在、彼に比肩どころか近い存在すらこの国にいないことが悔やまれて仕方ない。

この先母国はどうなってしまうのか。

戦闘に最も重きを置いた『ネ=ウィン』はその価値観だけでなく実利も依存してきた。つまり全てを戦果で賄ってきたのだから生産力は非常に乏しいのだ。
なのに侵略出来る軍がいないとなると困窮は免れない。一応支配下に属国はあるものの今が好機と謀反が起きる可能性だってある。
「ビアード?どうしたの?」
そこにヴァッツが心配そうな表情で声を掛けてくれたのだから自身に鞭を打つ。大事な客人を持て成している最中なのにこれではいけない。
「すみません、少し考えごとをしていました。さぁ皆さん、夕食までまだ時間があるのでどこかご案内しましょうか?」
普段の様子に切り替えたビアードは憂いを忘れて笑顔を作る。だが彼は感情を機敏に読み取って来る存在でもあるのだ。

「大丈夫?何かあったら言ってね?オレでよければ力になるから。」

どこまで見通して理解出来ているのかはわからない。ただヴァッツにそう言って貰えただけで気分が軽くなったビアードは今度こそ本当に気持ちを切り替えて街を案内するのだった。





 フランドルには6人の息子がいた。その内上の2人は年子なので次男のフランセルも今年17歳、十分な年齢と強さに達している。
なのに国内であまり話題に上がらなかったのには様々な理由が起因していた。
まず母親に似て人を支える性格なのだ。容姿にこだわる事もせず髪は適当に流したままで体つきはフランシスカより細い。更に長兄が良い意味で目立っていた為いつも比較対象くらいにしか思われていなかった。

結果として『ネ=ウィン』は眠れる龍とも呼べる彼の存在をずっと見つけられずにいたのだが遂に日の目を浴びる機会を得る。

それは『トリスト』からやってきたカズキという少年が原因だった。彼は敵国の人間ながらも恩義から『ネ=ウィン』を度々訪れていた。
今回も一緒に戦った父の葬儀に参列したいと彼の方から申し出てきたのを皇帝ネクトニウスが了承したらしい。
一緒に数々の逸話を持つ大将軍ヴァッツと別の意味で数多の逸話を持つ第一王女アルヴィーヌも顔を見せてくれたお蔭で母も嬉しそうだった。

問題は葬儀も弔宴も恙なく終え、父を歴代4将達の眠る地へと送って家族も悲しみと疲れに一区切りついた翌日に起こる。

「よっ!フランシスカは元気か?」

自身より3つ年下の父や兄が認めている彼が我が家にやってきたのだ。何でもヴァッツ大将軍やアルヴィーヌ第一王女の邪魔をしたくないというのが理由だったらしい。
2人が親族関係だという事は知っていたので最初聞いた時は意味がよくわからなかったが母が家に招き入れて詳しく聞き始めるとやっと理解する。
「あいつらに血縁関係はないしな。まぁ今の所2人が勝手に言ってるだけだけどショウ辺りは乗り気なのよ。」
「へぇ~。ショウって言えばお前と同い年の左宰相様だよな?やっぱり友人の門出を祝うとか?」
「いやぁ~~~~あいつがそんな事で動くとは思えねぇ~~~~。多分ヴァッツを次期『トリスト』国王にしたいんだろ?アルヴィーヌも第一王女で人気だけは高いし。」
友人だからこそ酷い言い草になるのだろう。カズキが渋い表情で自身の考えを述べると自身の兄弟達も興味深そうに頷いていた。
ただ破格の存在であるヴァッツという少年が国王になれば周囲は相当な抑圧を強いられるはずだ。
噂では兵士の数や強さなど物ともせずいとも簡単に全てを屈服させるらしいので歴史ある国家は彼が存命の間は煮え湯を飲まされるのか。それとも友好的な性格を利用して良好な関係を築き上げていくのか。

「『トリスト』ってよほど自国に自信があるのねぇ。普通なら他国と縁を結んで領土を拡大したり関係を強化すると思うんだけど。」

そこに交じって聞いていた母も焼き菓子をぽりぽりと食べながらのほほんと口を挟む。
「お~噂に聞く政略結婚、ですね。でもそれは第二王女の方で考えているのかな、と俺は思ってます。」
この家に来てからカズキは母であるラティーフにだけは敬語を使ってくれる。それが何となく嬉しかったのでフランセルも徐々に気を許していたのだがこれが間違いだった。
「・・・待て待て。てことはだ。近い将来『ネ=ウィン』と『トリスト』は相当強固な同盟を結ぶってのか?!」
「何でそうなるんだよ?」
「だってナルサス様がイルフォシア様を将来の妃にするって前に言ってたじゃん!そうなったらカズキも『ネ=ウィン』に来いよ!お前なら簡単に4将か筆頭まで行けると思うぜ?!」
兄が少し興奮気味にそれを告げると兄弟達も顔を見合わせる。確かにその話は聞いた事がある。ただフランセルの耳には脈無しというか、相当厳しいという形で届いていた。

「いや無理だって。あいつナルサスの事毛嫌いしているし何より今はクレイスにべったりだからな。」

その名前も聞いた事がある。確か北伐の邪魔をする『アデルハイド』の王子であり彼女を巡って国外追放になっていた筈だ。なのにいつの間にそんな仲へと発展したのだろう?
「あと俺はあくまで『トリスト』の人間なんだ。『ネ=ウィン』を必要以上に敵対するつもりはないが肩入れしすぎるつもりもない。4将もまぁ・・・な?」
最後は言葉を濁しつつこちらにちらりと視線を送って来たのでフランセルは静かに視界から外す。

こうして父や兄と関りを持つ少年は大人しく帰っていったのだが翌日、早朝の稽古に励もうと家の外へ出た時、彼が再び現れたのだった。





 「よっ!いい朝だな!」
もうすぐ4月なので温かいが変わりやすい天候から油断の出来ない時期でもある。故にご近所でも洗濯物を干すかどうか思案している最中といった朝だった。
「・・・おはよう。」
フランセルの家は結構な大所帯であったのと父が4将という身分から大きな庭には修練を行える場所も確保してある。
兄弟はみんな小さなころからここで父に武術を教わって来た。それは父亡き今でも脈々と続けられており、彼らは必ず毎朝同じ時間に起きては鍛錬を繰り返すのだ。
なのでご近所さんから見れば普段通りの、むしろ時計代わりに使われるほど当たり前の光景だった。

ただ周囲はあくまで将来自国を護る為に戦う戦士達というのをしっかり理解している。

故に鍛錬中に声を掛けるのはおろか集中を損なわないようにと見物するのさえ控えていた。そしてフランセルもそれが当然だと思っていたのに今朝はあっけなく打ち破られたのだ。
後は堂々と他人の敷地内にいた事も気になった。母のラティーフはとても温和なのでこの程度で怒ったり咎めたりはしないだろうが4将の家族にあまりにも無礼が過ぎないだろうか?
「・・・そっか。あなたは『トリスト』の住人だものね。で、わざわざ私達を待ち伏せしてたの?」
ここまでくると普段大人しいフランセルも気が付いた。昨日こそ『ネ=ウィン』と必要以上に敵対するつもりはない等と公言していたが結局のところ敵だったのだ。

「ああ。ちとお前の力を見てみたくてな?」
軍務に携わっている人間であればビアードでなくともわかっていた。今の『ネ=ウィン』は軍事力を相当失っている。つまり更なる追い打ちをかけるべく、まずはフランドル家の息子達を全て始末しようという事なのだろう。
「・・・いいわよ。私が斬り捨ててあげる。でも弟達には手を出さないと約束しなさい。いいわね?」
「おう!てか言ってるだろ?俺はお前の力だけに興味があるんだよ。つか・・・ま、いいか。ちょっと広い所へ行こうぜ?」
一度面識を作ってしまったせいか、普段皆の前では隠している言葉遣いが出ていたのにも気が付かずフランセルは彼の後を着いて歩く。

そして連れて来られたのは何と『ネ=ウィン』の大訓練場だったのだ。

「・・・呆れた。あなた敵対国家に遠慮はないの?」
「ん?それは昨日話した通りだ。それにここ広くて思う存分暴れられるから気に入ってるんだよ。」
確かに国内で一番広くて戦うには最も適した場所だ。ならばここで彼を斬り伏せる。そうすれば後顧の憂いもなくなるだろう。
父を失い兄の未来も断たれた今、祖国と家族の未来を護るのは自分に懸かっているのだと己を奮い立たせた後、合図も待たずに腰の二剣を素早く抜いて飛び込む。

「うぉっと?!いいねぇ?!」

だが流石は『トリスト』の若き『剣撃士隊長』だ。不意を突かれた事にも喜びを表しながら体を沈めつつ腰を捻って瞬く間に刀を抜くと迎撃態勢に入っているではないか。
その時点でフランセルは死と敗北を覚悟したのだが走った剣は止められない。

(・・・ごめんみんな。私も父さんの下へ行っちゃうかも・・・)

ならばせめて一傷でも。彼女は柔らかい筋肉を十全に使って深く重すぎる見せ太刀を放った後、本命の右剣をより強く振り下ろす。
しかし決死の二撃は受け流される事無く宙を描く。驚いて敵の動きを拾うが手にする刀がこちらに刃を立てる事は無かった。
「お前フランシスカより思い切りがいいな!」
「・・・くっ!」

兄と比べられるのには慣れていたし兄の方が優れているのも周知の事実だ。
ところがこの日、生まれて初めて兄よりも優れているような発言を受けた時、フランセルの中で何かが変わってしまうのだった。





 まだ早朝だった為に彼らの立ち合い稽古を目の当たりにした人物は少なかったが、フランドル家の次男であるフランセルの二剣を一切受け流す事無く躱すカズキには誰もが驚き見入っていた。

「ちぃっ!!」

当の本人も焦りに焦りを重ねる。このままでは一傷どころではない。何も残さないまま返り討ちにあってしまう。
何かないか?何か彼の動きを阻む方法が・・・
そこで彼女は更に深く踏み込むと斬撃を大きく上下に分けていく。これなら敵もより後ろへ大きく動かねば躱し切れない筈だ。

「お前・・・いいなっ?!」

なのにカズキは何故か喜色の声を上げている。そういえば戦闘狂という話もどこかで聞いていたがそれは真実らしい。若干の嫌悪感を覚えつつもフランセルは柄や蹴りも含めた多彩な攻撃を見せ始めるが終わりは突然やってきた。

ずむぅぅっ・・・!!

今まで護り一辺倒だった敵が遂に反撃を放ったのだ。その柄打ちはフランセルの鳩尾に深く突き刺さると彼女は一瞬で呼吸と意識を失う。



あれからどれくらい経ったのか、気が付くとそこは城内の医療室だった。
「お?目が覚めたか?いや、わりぃわりぃ。つい本気で殺す所だった。やっぱお前強いな。」
攻撃を一切受けないどころか反撃もたった一回しか放っていない者の言い草とは思えない。自身の命がある事よりも先に謙遜を超えた侮蔑を感じたフランセルは再び立ち上がって剣を取ろうとするが今いる場所は寝具の上であり腰巻や鞘、二剣は全て離れた机の上に並べられていた。
「・・・嫌味ですか?」

「・・・本心なんだけどなぁ。あとお前、何で男のふりしてるんだ?」

一瞬わからなかったが気が付けば自身が家族にしか見せない言葉遣いになっていた事に今更ながら慌てふためく。
「・・・何の事でしょう?僕は男ですよ?」
「ぇぇぇ・・・誤魔化すの下っ手クソだなぁ・・・つかここに運ぶ時も体に触りまくったし、っておい?!な、なんだその殺意は?!」

フランセルは女であったもののそれを隠して生きて来たのには理由がある。その1つが戦闘国家『ネ=ウィン』の事情だ。
この国では武力こそが価値観の全てであり強者は何をしても許される。あまり認めたくはないが力のある戦士は町娘を犯しても殺してもお咎めなしな事が多々あるのだ。
そんな事情を考慮して父フランドルは娘がしっかりと力をつけるまで男として他の兄弟と同じように育てて来た。ねじ伏せられないよう成長するまではと。

なのによりによって敵に大事な秘密がばれてしまった。

兄弟達の安否とこれからを考えるとやはりカズキは危険すぎる存在だ。フランセルは静かに二剣を手に取ろうとするが何かを察したカズキが先程の立ち合いで見せなかった速度でそれを掠め取る。
「わかってるよ!理由も聞かねぇし黙っておくから今は休んどけ!これもお前ん家に届けとくからな!」
それから彼は脱兎の如く部屋から飛び出ていった。その姿に若干の呆れと溜飲が下がるも奴は必ずどこかで仕留めねばならない難敵だろう。
家族の姿を思い出しながら決意も新たに立ち上がるフランセル。そこで初めて自身の腹部周りがすーすーする事に気が付き、再び怒りと殺意が沸き上がると急いで後を追いかけるのだった。





 二剣ごと腰紐を取り返すと素早く巻き終え、母から詳しい事情を聞く前にフランセルはカズキを探すべく再び家を飛び出した。
既に日は上っていたもののまだ市場が開いたばかりの時刻だ。そう遠くへは行っていないだろう。
ただ情報が何もなかったのでまずは歓待を命じられていたビアードの家へ向かう。既に出国している可能性を考えるとこの行動で間違いはないはずだ。

「あれ?確かフランドルの娘さんだよね?」

しかし自身の正体は既に吹聴された後らしい。玄関から出て来たヴァッツが応対と同時にそんな事を口走ったので奥に見えるカズキを睨みつけると奴は慌てて目を逸らす。
「おや?フランセルじゃないか。何があったのか知らないけどささ、お入り。」
それからすぐに出て来たセンナに促されると彼女も仕方なく怒りを沈めて中へ入った。それからどう話を切り出すか、どうカズキの口を封じるか悩んでいると家主も息子とアルヴィーヌを連れて登場したのでフランセルはより心を落ち着かせるよう努める。
彼は父と深く交流してきた人物であり、自身が女だという情報を漏洩しないよう協力してきてくれた恩人でもあるのだ。
「おはようございます。ビアード様。」
「うん?フランセルか?おはよう、朝からどうしたんだ?」
その質問に一瞬言葉が詰まったが同じ国の人間であり付き合いも長いのだから必ずわかってくれるだろう。
まずは声が漏れないよう玄関の扉がしっかり閉まったのを確認し、それから周囲への警戒をした後フランセルは静かに口を開く。

「・・・私の正体について漏洩する恐れがあったので参りました。カズキ、貴様の命を貰うぞ?」

「だ、大丈夫だって?!お前が男のフリをしてるのなんてこれっぽっちも興味ないし!!あとヴァッツ!お前いつからあいつが女だって気が付いてたんだよ?!」
あまりにも白々しい三文芝居に剣を抜きかけたがここはビアードの家でありご子息である幼いビシールも見ている。なので射抜く様な視線のみで抑えていた所、彼らから思わぬ言葉が漏れてきた。
「え?だってどうみても女の子でしょ?」
「うんうん。」
おかしい。自分はそれを隠す為に大き目の衣服に身を包み、髪も男と同じように雑に扱ってきた。言葉遣いも声色も変えていた為外見で判断は出来ないはずだ。
ところがカズキだけでなくヴァッツやアルヴィーヌも既に見抜いていたというのか。

「なるほど、そういう事か・・・いいだろう。フランドルの件もあるし全てを話そう。」

不安な様子を感じ取ったビアードが割って入って来るとカズキが目に見えて安堵していたのだけは腹が立った。しかし父の件とは何だろう?
そちらに興味を惹かれたフランセルは再び感情を抑え込み、朝食の席へと案内されると彼は早速疑問を一つ一つ教えてくれる。
「まずフランセル。お前も今17歳だろう?流石に体の成長具合から考えて隠し通すのには無理が出てきている。」
「えっ?!」
そして一つ目の説明から驚いて声を漏らしてしまった。自身では手足が伸び筋肉もついてきたなぁくらいにしか考えていなかったのだがそれほど女が表面化していたのか?
「だよな~肩幅は狭いし腰回りは妙に大きいし胸も腕も脚も男と違うし。」
「ほう?流石はカズキ殿、見ただけでそこまでわかるとは流石ですな。」
(いや違う。ビアード様、そいつは直接触ったから詳しいのです。)
とは口が裂けても言えない。それを認めるとフランセルは異性に体をまさぐられたと認めなければならなくなるのだ。
17年間男のように扱われ、育てられて来たので今更女心がどうとか言うつもりはないが無意識下での心の線引きは己を保つために必要なのだろう。

「つまりわかる人間にはわかるのだ。フランセルよ、そろそろお前も戦士として生きるか女として生きるかの決断をせねばなるまい。」

「・・・えっ?」
今更そんな解り切った事を言われて彼女も困惑した。というか男として、戦士としての教育を受けて来たのに何故また決断を迫られねばならないのか。
「で、何で女の子だって隠してるの?」
そこにヴァッツが不思議そうな顔で小首を傾げるとビアードは温かい紅茶を一口飲んだ後、いよいよ父の件について話を始めるのだった。





 「それはフランドルが娘を護る為、ですな。」

短い答えに『トリスト』の3人が同じような表情で小首を傾げていたがこれはフランセルも昔から聞いてきた話だ。
「・・・女は弱いからな。何かあった時手籠めにされるのを恐れて父からは強くなるまで素性を隠して生きるよう命じられていた。」
「ほへ~あのおっさんがねぇ・・・」
父をおっさん呼ばわりされて再び殺意が沸き起こったがビアードがわざとらしい咳払いをしてくれたお蔭でそれもすぐ収まる。
「女って弱いの?私あんまり感じた事ないんだけど?」
「アルヴィーヌは『天族』だし特殊だからね。オレから見ても人間の女の子って男の子と比べるとやっぱり弱いよ。」
2人のやりとりで少し話が逸れたものの基本的な考えは皆同じらしい。

「仰る通りです。ただ、フランドルが娘を鍛えた大きな理由は自身の人生を省みての結果なのです。」

それらを鑑みてビアードが再び説明を始めたのだが何故かこちらに優しい視線を向けて来たのだけは気になった。
「省みる?あの父が、ですか?」
あとは内容が意外過ぎた事だろう。フランドルは妻の前でこそ甘えた、というか頭の上がらない様子を見せてはいたものの基本的には自信満々で猪突猛進と言った性格だった。
故に何か失敗があっても中々認めない部分は短所でしかなく、最終的にラティーフから説いて貰ってやっと折れる場面が何度もあった。

「うむ。彼は1つだけ後悔していた事がある。それが妻ラティーフとの関係だ。」

「えぇっ?!」
確かに彼女にだけは頭が上がらなかったがそれは決して仲が悪かったとか尻に敷かれたという理由ではない。フランドルがラティーフを深く愛していたからこそだと信じて疑っていなかったのだ。
なのに彼らの関係は子供達の知らなかっただけで水面下では芳しくなかったのか。ビアードもフランドルが亡くなったから教えてくれているのだろうが初めて知るこの事実にフランセルの心も悲しみで涙が生まれそうだ。
「勘違いするな。2人の関係は間違いなく良好だった。だからこそ馴れ初めをとても後悔していたのだ。」
「・・・馴れ初め・・・」
そう言われてもピンと来ないし、そもそも両親からそんな話は聞いた事がない。ビアードは何を伝えようとしているのか。

「ヴァッツ様、アルヴィーヌ様、もしよろしければフランドルの家に行ってフランセルがこちらで朝食を摂っていると伝えて来て頂けませんか?」

先を聞くのが怖くてやや青ざめていた時、突然彼が幼い来賓に使いを頼んだ事で一瞬場の空気が入れ替わった。
「うん!いいよ!」
「え~?いいけど・・・何かこれって厄介払いってやつじゃない?」
「滅相もない。さぁビシール、お前も一緒に行ってくるんだ。」
これはアルヴィーヌの言葉が正しいのだろう。自身の息子でさえ退席させたいのだから余程の内容を告げようとしているのだ。ただカズキだけがこの場に居座っている点には不満が残る。
それでも3人が家から出て行くと少し広く感じた食卓の前には分別が付く4人が座っている。

「前置きとしてこれはよくある話なんだ。だからあまり感情的にならないでくれ。」

こうしてやっと本題に入るのかと思われた時、最後にビアードがそういった旨の注意を促してくるとフランセルは余計に心身からの緊張を感じ始めた。





 「2人の出会いはとある小さな村の略奪行為の最中だった。」

一体どれほどの話が飛び出して来るのかとやや期待していた部分もあったがなんてことは無い。戦闘に重きを置く『ネ=ウィン』の人間なら誰もが理解しうる範疇だ。
「ラティーフはその村の娘で最初はフランドルのいる部隊に輪姦されたんだ。」

「・・・・・え?」

それも別段おかしな話ではない。女は犯されるのが当たり前なのだ。むしろ犯されない女には相当な理由が存在するのだろう。
ただ言葉の聞き間違いか、母は父にではなく父の部隊に強姦されたように聞こえた。
「小さな村だったからな。戦利品も少なく猛っていた兵士達を沈める為に彼女は大いに利用された。」
「・・・・・」
「それでも彼女は持ち前の明るさと優しさで耐え凌いだそうだ。気が付けば全員の相手を終え、落ち着かせる事にも成功したそうだがフランドルだけは彼女に手を出さなかった。」
「・・・何故でしょうか?」
「ああ見えてあいつは臆病だからな。初めての実戦であり略奪だったから欲望を満たす事より同情が勝ったようだ。あとはその美しさに一目ぼれしたのも大きな理由か。」
臆病という言葉に思わず反論しそうになったがここで話の腰を折るのは良くないだろう。それにしても父が一目惚れしていたのも初めて聞いた。
いや、普段から妻に全く頭が上がらない姿をずっと見て来たのだからこれはフランセルが察するべきだったのかもしれない。
「とにかくフランドルは従軍を許されたラティーフを丁重に扱った。結果として3か月程共に行動したそうだがその間も彼女に触れる事は無かったそうだ。」
自身も女ではあるが自覚を押し殺したり男として育てられて来た環境から母よりも父の気持ちが気になった。故にこれが馴れ初めの話だというのと父の臆病さを失念したまま話を聞き続ける。
「そして凱旋後、ラティーフは正式な娼婦として働く事を提案されたが彼女はこれを断りフランドルの傍へ置いて欲しいと願い出た。」
そうか、こうして父と母は結ばれるのか。ただビアードから終わりを告げそうな気配はなく、センナから紅茶のお代わりを注いでもらうと双眸からはより強い光が放たれ始めた。

「最初に言ったようにあいつは初陣だったし一目惚れしたラティーフへの欲望も同情から抑え込んだ。だがこれはあくまでフランドルの主観でしかない。」

だとしてもここから話に大きな展開があるとも思えない。母もおっとりとした性格だし何か波乱があるのだろうか?

「ラティーフは村と己の体を破壊し尽された。そして他の男達と違ってそれに同情の眼差しを向けつつも何もしなかったフランドルに異常な憎悪を滾らせていたのだ。」

・・・・・
一瞬納得しかけたがあの母が憎悪に塗れる姿が想像出来ない。更にビアードの話が事実であれば普段頭の上がらなかった両親の光景も随分と変わって見えてくる。
まさかその時の憎悪が関係していたのか?だからフランドルはラティーフに強く出られなかったのか?思えば4将として名を馳せた彼が誰よりも妻に弱かったのは不思議だと思っていたのだ。
「・・・まぁ傍観ってのはどんな状況でも悪い印象しか生まねぇよな。」
混乱状態の中、カズキが静かに呟いてくれたお蔭で苛立ちと不機嫌さから自我を取り戻したが隠すつもりもない。
「うむ。だからフランドルも必死に説得したのだ。今後は自身の全てと名誉を賭けて自分が必ず護り抜くと。」
「・・・つまりそれが馴れ初め・・・ですか?」
想像していた内容と随分違ったがこれで両親の立場に明確な差がある事だけは理解出来た。しかしビアードは小さく声を漏らして笑うと更に続きを聞かせてくれるのだった。





 「ラティーフの憎悪は純粋な心を持っていたが故に凄まじいものだった。なのでフランドルの言葉など届くはずもなく、部屋に招いた夜は激しい戦いが繰り広げられたそうだぞ。」

一瞬その暗喩かとも思ったが母を1人の女性としてもう少し深く考えればそうでないのだろうと察する。
「ちなみにあいつの体にあった傷の半分以上はラティーフが付けたものだ。」
何だろう。聞けば聞く程知りたくなかった情報がどんどんと積み上がっていく苦しさにフランセルも困惑してきた。というか最も聞きたかった部分がまだ開示されていない事に気が付いていよいよ口を挟もうかと唇を薄く開けた時。

「ま、それでも1年以内にフランシスカが生まれた訳だが。」

やっと少しだけ救われる話を聞いて再び聞く姿勢に戻る。いや、そんな状態でよく子供が出来たものだ。まさか父も無理矢理押し倒して・・・いやいや、今までの流れでは無体をするとも思えない。
「ほへ~、そんな状態なのによく体を許したな。」
「うむ。話では毎日時間を掛けてゆっくりお互いを知っていったらしい。ただ憎悪に塗れたラティーフからは相当な無茶振りをされていたようだぞ。」
その1つが4将だという。フランドルも生まれつき優れた肉体を得てはいたものの彼女と出会うまでさほど出世欲や名誉にはこだわっていなかったらしい。
それなのにラティーフを娶りたくて、許しを得たくて背伸びをした。結果として妻は賢母のように立ち振る舞い、夫は妻の為と必死で武勲を重ねて今に至るという訳だ。

「・・・あの、ビアード様。私の両親は本当に愛し合っていたのでしょうか?」

母の過去が壮絶だったのもあり、僅かな猜疑心から話が終わった後フランセルはつい口走ってしまった。
自身も未だ女の悦びを知らず、また女として生きるつもりもなかったがもし同じ立場であれば死ぬまで暴れて相手を殺し尽くすだろう。
しかし最終的に母はそうしなかった。傍観者だった父と、むしろ傍観者だったからこそ父と結ばれ、自分達6人兄弟を生んで育ててくれたのだ。
愛はある。あるはずだ。それを誰かに教えて欲しくて彼女は今一度尋ねてしまったのだ。

「ああ。間違いない。2人は深く愛し合っている。それは今も変わらないさ。」

古い付き合いでもあるビアードが真っ直ぐな眼差しで答えてくれるとやっと安堵から肺が、胸が満たされる。最初に彼は言っていた。よくある話だと。
だがそこまでの憎しみをどうやって愛情へと変えたのだろう。安心すると今度は別の疑問が脳裏を過るが彼の伝えたかった内容はここからなのだ。

「だからこそフランドルはずっと後悔していた。あの時点であいつには十分な力があった。ラティーフが強姦されるのを無理矢理止められる力が。」

「「・・・・・」」
「初陣というのも言い訳にならない。もしあの時、最初からフランドルが身を挺して彼女を護れていれば誤解も心傷もなく、もっと真っ直ぐに愛し合えていた筈だと。」
言われてみればそうかもしれないが、それが実行出来ていたとしても仲間からは忌み嫌われていただろうし難しい問題だ。
「だからフランセルにはそんな思いをさせたくないからしっかりと武術を仕込んだそうだ。」
「・・・それは・・・?」

「男として育てた理由の全てはそこなのだ。フランドルはな。娘のお前には綺麗なままで嫁に行って欲しいと願っていた。余計な怨恨や傷を負う事無く綺麗なままで関係を築いて欲しいと。だからこそ十分な力をつけるまで性別を誤魔化して育てる事を選んだのだ。」

「・・・なるほどねぇ。」
複雑な心境だったのにまたしてもカズキが妙に納得した声を漏らしたので再び憤怒で感情が上書きされていく。お蔭で未解決のまま迷宮入りと化したがビアードは最後の話が残っていたようだ。

「どうする?お前さえ女としての人生を望むのであれば私も今まで以上に協力する。早々に結ばれて家に入ればあいつも喜ぶだろう。」

突然過ぎる内容にもはや混乱からの脱出は不可能に思えた。今まで男として、いや、厳密には家の中だと妹として、姉として、娘として扱われてきた部分はある。
故に油断すると話し方が普段と違うものへと変わるのだが女として目覚めているかと言われれば話は別だろう。
ビアードも紅茶を一口飲んだ後、急かす事無く静かに手を組みこちらに優しい視線を向けたまま動かない。

「でしたら私・・・僕は戦士の道を歩みます。」

父が亡くなり兄も活躍の場を制限された今、家族を養うという意味でも他の選択はなかった。それに父の望みとはあくまで純潔を護り、最終的には愛する者と結ばれて家に入れという事なのだから何も今すぐである必要はないだろう。
ただ答えを聞いたビアードは少しだけ寂しそうだった。それだけが心に引っかかるというか、何か罪悪感を感じてしまったがこれは奴の一言で真っ白に消え去った。

「いいねぇ!お前は絶対強くなれるからきっと親父も喜ぶぜ?!」

「お前はさっきから野猿のように鬱陶しいな?丁度いい、口止めついでに駆除してやる!」
これからも男達に囲まれて生きていく選択をしたフランセルは本来の目的を思い出して再び剣を抜こうとする。
「・・・今はそうだと受け取っておこう。あとカズキ、悪いがフランセルの性別については知らぬ存ぜぬで通してもらえるか?」
「だったらもう隠す必要はないと思うけどなぁ。」
恐らくカズキは既にフランセルが誰かに押し倒されるような存在ではないと言っているのだろう。だが父の親友であり、フランセルの叔父みたいな存在のビアードはやはり忘れ形見を大切にしたいが為にまたしばらくは国内外で箝口令を敷くのだった。





 『ジグラト戦争』により王都が完全に無くなった国家は現在『トリスト』の支配下にある。
だがブリーラ=バンメアと『闇の王』の力によって国民と資産のほとんどを失った地に価値はあるのだろうか?
《無いな。無い無い。》
答えは否だ。ナジュナメジナは確かめるように、諭すように静かな声で何度も呟く。
《ほう?何故だ?広大な土地はお前も欲していたではないか?》
《それは最低条件が揃っていたらの話だろう?人も建物も物資も失った土地だけ手に入れたところで何が出来る?》
《何でも出来るだろう?それこそお前の好きなように工業都市を作ってもいいし城を立ててもいいんじゃないか?》
ア=レイはわかっていない事がまだまだ多い。それは以前から知っていたが今回に限っては自身にも原因はある。

《人がいればな?今は労働力が皆無なんだ。いくら金があってもこればかりはどうしようも・・・》

言ってて思い出す。そういえばナジュナメジナは普段から金さえあれば何でも出来る風な事をいつも口走っていた。故にア=レイも資産を使って再建すればよいと軽く提案してくるのだ。
《事業も吸収したし金なら問題ないだろう?》
久しぶりに金だけではどうにもならない現実に直面して返す言葉がない。
そうなのだ。結局のところ金というのは人が決めた小さな価値観の1つでしかない。これだけで麦が作れるわけでもなければ人を殺せる訳でもない。
全ては人の手に渡り、人が動いて初めて金という力が発揮されるのだ。そんな相手がいない今、金の何と無力な事か。
もちろんア=レイの提案も不可能ではない。まずは移民を募り、それから都市計画を立てて実行に移す。するとどうなるか。
簡単に見積もっても当面の衣食住に材料費、治水やら衛兵やら役員やら法整備等々大きすぎる出費が手に取るようにわかる。
元来ケチで名の通っているナジュナメジナがそんな不透明な計画に投資するはずもなく、かといって金の価値観について揺らぎが生じるのを恐れて説明出来ないでもいた。

《・・・そもそもあんな傀儡の命令など無視しておけばよいだろう?!》

仕方なく矛先を元山賊に向けてみるが現在ロークスの都市長であり『ボラムス』国民でもある自身が王の命令に背くなどあってはならないだろう。
しかし今回ばかりは許されてもいいのかもしれない。何せ更地になった『ジグラト』王都を復興させよという無茶すぎる命令は否が応にも大量の金と時間を費やさねばならないのだから。
《おいおい。それでは私が友を裏切る事になるだろう?何かないのかい?突飛もない提案でもいい。私が力を貸そうじゃないか。》
そしてしつこく食い下がって来るア=レイに辟易してきた頃、突飛もないという言葉を捉えたナジュナメジナは相手を説得する意味で最も現実から離れた提案をしてみた。

《・・・だったら私の資産を一切使わず王城と都市を完成させてくれ。そうすれば残すは移住だけの問題だ。何とでもなるだろう。》

これだけの無理難題を立てれば静かになってくれるはず。そんな思いで口に出すとア=レイは軽く返事をした後静かになったのだから思惑通りではあった。

《よし。完成させたぞ。以前と全く一緒にしてあるが文句は受け付けないからな?改築などは後から手を加えてくれ。》

ところが数秒後にそんな事を言い出したのでナジュナメジナは呆れ返る。いくらこちらの気を引きたいからとはいえ、これでは子供の戯言だ。
《あのなぁ。いくら何でもそんな分かりやすい嘘を付くのは知性を疑うぞ?》
《ほう?今まで私の力を最も近くで見て来たのに信じられないか?》
皮肉を込めて諫めたつもりが相手も自信たっぷりに返して来たので言葉に詰まる。まさか本当に?と僅かに信じそうになったがそれよりも速くナジュナメジナの体は空に浮かんで南下を始めた。
元々ロークスと『ジグラト』王都は近かった為すぐに大きな都市と城が目に飛び込んでくるがア=レイは当然といった様子を崩さない。
更に彼の体は王城の高台に着地すると大窓を開けて城内へと進んでいく。何回か入った事がある為記憶と照らし合わせるもそこは間違いなく『ジグラト』城だ。
《さぁ、これで信じて貰えたかな?》
《・・・う、う~む。今更ながら天人族というのは恐ろしいな。》
こちらも提案してしまった以上投げ出す訳にはいかない。驚愕と感動を覚えつつ渋々了承するが後は移民を募るだけなのだから出費は最低限で済むだろう。

だがほっと一息ついてロークスへ戻った翌朝にはまたしてもガゼルから美酒を全て持って来いという無茶な命令書が届き、ナジュナメジナは大いに愚痴を零し、ア=レイは笑い転げていた。

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