雷切のアカツキ 〜『何でも屋 オルヴェルグ』の日常〜

ibis

1話

「……ふーん……『六魔帝ろくまてい』の第六席が交代ねぇ……」

 紙切れに目を通す青年が、退屈そうにアクビを漏らした。
 ──ボサボサの黒髪に、鋭い紅眼。東の果てにある国『ジパング』で作られた着物に身を包んでおり、靴の代わりに草履を履いている。

「ジン様。どうされましたか?」

 青年の後ろに立っていた少女が、不思議そうに問い掛ける。
 ──雲のように綺麗な白髪に、美しい藍色の瞳。褐色の体には無駄な肉は一切付いておらず、外見年齢は十代前半のように見える。

「んや、『六魔帝』の第六席が入れ替わったんだってよ」
「第六席……はて、どなたでしたかね」
「おいおい……お前も『六魔帝』の一員なんだから、せめて他の五人の名前くらいは覚えてやれよ……」
「申し訳ありません、第六席は頻繁に入れ替わりますので……ジン様よりも強い者ならば、自然と覚えますけど」

 青年の名前は、ジン・アカツキ。
 東の果てにある国『ジパング』出身の『人類族ウィズダム』であり、『四天王』と呼ばれる組織の一員だ。

 少女の名前は、ミリア・オルヴェルグ。
 『四天王』に次ぐ実力を有する組織『六魔帝』の首席にして、『森精族エルフ』の変異個体である『黒森精族ダークエルフ』だ。

「それよりジン様、朝食の準備が整いましたが、どうなされますか?」
「……じゃあ、食べるかな」
「わかりました、少々お待ち下さい」

 美しく微笑み、ミリアが台所へと消えていく。
 ジンが紙切れを閉じ、ミリアの手伝いをしようとソファーから立ち上がり──
 ──ピタッと、動きを止めた。

「……ん……?」
「……ジン様」
「ああ……ちょっと見てくる」
「はい。何かあればお呼び下さい」
「おう」

 リビング兼客間を後にし、ジンは真っ直ぐ玄関に向かい──そのまま玄関の扉を開けた。

「あっ──」

 玄関の先には──少女がいた。
 まさかいきなり扉が開くとは思っていなかったのだろう。少女はジンの顔を見上げ、呆然と固まっている。
 ……年齢はかなり若い。それこそ十代前半か、それ以下か。
 こんな少女が、こんな時間に何の用だろうか──そんな事を思いながら、ジンは少女を安心させるように笑みを見せた。

「ようこそ、『何でも屋 オルヴェルグ』へ……依頼か?」

 ジンの言葉に、少女が我を取り戻したように口を開く。
 だが──続く言葉がない。
 パクパクと口を何度も開閉させ──やがて意を決したように涙声を発した。

「お、父さんが……お父さんがっ、何日も帰ってきてないんです……っ!」
「捜索依頼か……なるほどな。話は中で聞かせてもらうぞ」

 クルリと身を返し、ジンが家の中へと消えていく。
 数秒ほど、少女が行くかどうか迷うような仕草を見せ──恐る恐るといった様子で、ジンの後を追い掛けた。

 ──住居兼店舗『何でも屋 オルヴェルグ』。
 『多種族混合超巨大国家 ヘヴァーナ』の片隅でひっそりと営業している、ジンとミリアが建てた小さな店だ。
 その名の通り、どんな事でも、どんな頼みでも、どんな依頼でも引き受ける店である。

「ジン様」
「朝から悪いが仕事だ。客人に飲み物を頼む」
「わかりました」

 ジンが従業員用のソファーに座り──それと向かい合うようにして、少女が来客用のソファーに腰掛ける。

「紅茶は飲めますか?」
「えっ……は、はい」
「では紅茶をどうぞ。熱いので気を付けて下さい」
「あ、ありがとう、ございます……」
「お気になさらず。ジン様、お茶です」
「おう、ありがとな」

 自分の隣にミリアが座った事を確認し──ジンが少女に問い掛ける。

「それで……親父が帰って来ないんだったか?」
「は、はい……えっと……私、リーナって言います。ええと、その……」
「ゆっくりでいい。落ち着いて話せ」
「す、すみません……それで……お父さんが、ずっと帰って来なくて……」

 そう言って、リーナが声を泣きそうに震わせて顔をうつむかせる。

「親父は冒険者か?」
「そ、そうです」
「『冒険者階級』は?」
「え、えっと……『白銀級』だったかと……」
「『白銀級』か……『冒険者機関ギルド』には行ったのか?」
「い、行きました。けど……たった一人の冒険者を探すために、他の冒険者を使うわけにはいかないって……それに、冒険者がクエストを受けて行方不明になったのなら、自業自得だって……言われて……」
「まあ、そりゃそうだろうな」
「で、でも──」
「わかってる。そういう奴らのために、オレらがいるんだしな」

 ジンの言葉に、少女は安心したように肩から力を抜いた。
 だが──続く言葉を聞き、今度は表情を絶望に染める。

「それで……お前は、オレたちに何を支払える?」
「……え……?」
「だから、お礼の話だよ。こっちも命懸けでお前の親父を探すんだ。相応の対価があるはずだろ?」
「そ、それは……」
「……まあいい。それについては後で考える。親父が最後にどこへ行ったかわかるか?」
「は、はい。『東の森』にゴブリン退治へ向かったと聞いています」
「ゴブリン退治ねぇ……了解だ。お前、ちょっとここで待ってろ」

 湯呑みに注がれたお茶を一気に飲み干し、ジンが立ち上がった。

「ミリア、行き先は『東の森』で頼む」
「わかりました──では」

 ミリアがパチンッと指を鳴らした──瞬間だった。
 ──ズズッと、室内に黒い渦のような何かが現れる。
 渦は少しずつ大きくなり──やがて、ジンをすっぽりと覆い隠せるほどのサイズになった。

「う、そ……『空間魔法』……?!」
「ジン様、私はどうしますか?」
「今回はオレだけで充分だ。夕方までには見つけて帰る。その間、この子の世話を任せたぞ」
「……お気をつけて」
「ああ」

 傍らに置いてあった刀を手に取り──ジンが渦の中へと消えていく。

「……さて、そろそろいいですかね」

 そう言うと、ミリアが何かを握り潰すようにグッと拳を握った。
 瞬間──黒い渦が霧のように霧散した。

「リーナさん。朝食は取られましたか?」
「い、いえ……まだ、です……」
「でしたら、ジン様の分が余っているので食べられますか?」
「い、良いんですか……?」
「このままだと捨てるだけになりますので、私としても食べてもらった方が助かります」

 ミリアが台所へと向かい、ジンのために用意された朝食をリーナに差し出す。

「どうぞ。ジン様の好みに合わせて作ったので、お口に合うかわかりませんが」
「え、と……お二人は、結婚されているんですか……?」
「──そ、そう見えますかっ?!」

 唐突な大声に、リーナは怯えたように何度も頷いた。
 その姿に──何故かミリアは、満足そうに薄い胸を張る。

「えぇ、えぇ! そう見えますよね! やっぱり、お似合いの夫婦に見えますよね!」
「そ、そこまでは言って──」
「えぇそうでしょう! イチャイチャラブラブの夫婦に見せるでしょう! ……しかし、残念ながらまだ結婚はしていないんです」
「は、はぁ……」
「もうっ。私はいつでも嫁入りする準備はできてるというのに……仕方のない人です。そんな我慢強い所も素敵なんですけど」

 自分の分の紅茶を飲み、ミリアが幸せそうに笑う。
 ──自分はもしかしたら、とても面倒臭い地雷を踏んでしまったのかも知れない。
 別の話題に変えなければ──そう考えたリーナは、疑問に思っていた事を口にした。

「えっと……先ほどの魔法って、『空間魔法』ですか?」
「えぇ、そうですよ」
「……その……違っていたら、ごめんなさい。もしかして、『六魔帝』の……?」
「おや、私の事を知っているんですか? 私も有名になりましたね」

 驚いたような、嬉しいような表情を見せるミリア。
 ──有名どころの騒ぎではない。
 圧倒的な力を持つと言われている六人の強者──『六魔帝』。
 その中に、『空間魔法』を操る『黒森精族ダークエルフ』がいた。
 その者の名を──ミリア・オルヴェルグ。
 またの名を──“空間を紡ぐ者 ミリア”。『六魔帝』で最も強い者──首席と呼ばれている。
 多少の学がある者ならば、必ず知っている名だ。
 ミリアという名前と、『何でも屋 オルヴェルグ』という店名でまさかとは思っていたが──本当にあのミリア・オルヴェルグだったとは。

「では、ジン様の事はわかりますか? 私の事がわかるなら、ジン様の事もわかるはずですが」
「え、ええっと……ご、ごめんなさい。わからないです……」
「そうですか……まあ、仕方がありません。ジン様は自分の事を話そうとしませんし、異名にも家名の方が取られていますから、気づく人の方が少ないでしょうし……まあ、そんな謙虚な所も素敵なんですが」
「あ、あの方も『六魔帝』の一人なんですか?」
「いえいえ、ジン様は『六魔帝』の人間じゃありませんよ」
「……? て、程度、ですか……?」
「はい──ジン様は『四天王』ですから」

 当然のように言うミリアの言葉に、リーナは目眩のような症状に襲われた。
 ──『四天王』。
 それは、“勇者”、“竜王”、“雷切”、“聖女”──この四人で構成されている組織の事。
 単純な戦力ならば──『六魔帝』よりも『四天王』の方が強い。
 一人一人が一国の戦力に匹敵するような力を持っており──この世界で最強の四人と呼ばれている。

「う、嘘ですよね……? し、『四天王』の一人だなんて……そんな、まさか……」
「“雷切”という異名を聞いた事がありますか?」
「“雷切”……嘘……本当に、先ほどの方が、あの“雷切”……?!」

 ──“雷切 アカツキ”
 それは『人類族ウィズダム』の身でありながら、最強と呼ばれるに相応しい実力を有する者の異名。
 アカツキ家の者は特異な【魔眼】を有しており、その実力は『四天王』の中でも一位二位を争うほどだとか。
 
「で、でも! “雷切”は、もっと歳を取っているはずでは……!」
「それはジン様のお父様ですね。数年前に先代“雷切”から異名を継いだそうですよ」

 驚愕が止まらない。
 青年と少女の正体に、思わずリーナは視線を下に向け──それをどう勘違いしたのか、ミリアが見当違いな言葉を掛けた。

「安心して下さい。あなたのお父様は、必ず見つかりますよ」
「…………でも……」
「……?」
「でも……お父さんが見つかっても……お礼が…………私、そんなにお金持ってないですし……」
「ふふっ、安心して下さい。ジン様はお金なんて請求しませんよ」

 勢いよく顔を上げるリーナを見て、ミリアがクスクスと口元に手を当てて笑う。

「仕事だからああ言ってるだけであって、ジン様は特に何も求めてないんです。戻って来たらきっと、今度ともウチを利用してくれたらそれでいい──みたいな事を言いますよ。そのおかげで、店はいつも赤字なんですけどね……まあでも、他人に優しいジン様も素敵ですので、私は別に構わないんですけど」
「……………」
「お父様の事も大丈夫です。ジン様が見つけると言ったのですから、必ず見つかります。ジン様が言うのですから、絶対です」

 ジンに心酔しているとも言えるミリアの言葉には──根拠のない自信と確証があった。
 普通だったら、そんな言葉を真に受けるなんてあり得ないだろう。
 だが──今のリーナには、その言葉が現実になるという安心感があった。
 ──お父さんは、絶対に大丈夫。
 そんな根拠のない確証を胸に──リーナは、すっかり冷めた朝食を口に運んだ。

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