ジェネレーション・ストラグル〜6日間革命〜

0o0【MITSUO】

6日目(11)―説得

 
 ――19時00分

 リミットまで、ついに1時間を切った。
 
「――県立南北高校生徒会の諸君!」 

 突然、屋外から拡声器によると思われる声が響いた。
 
 おそらく、警察が100メートルの非常線の外側から拡声器を使い語りかけていると想像された。その声は、さらに続けた。

「諸君らに会わせたい人間がいる。そちらからではよく見えないと思うので、NHKでも同時に生放送する。ぜひ、そちらを見てほしい。以上だ!」

 それだけ一方的に告げると、声は途切れた。
 
 会議室内ではその声を受け、即座にテレビが運び込まれ、チャンネルがNHKにチューニングされた。龍馬たちメンバーに加え、他の生徒たちもテレビを囲むように画面に見入った。と、ちょうど映像はスタジオのキャスターの映像から中継映像に切り替わった。

 画面には、〈現場から生中継〉という文字が左上に表示され、正面奥にハーバースクエアが見え、手前には黄色い非常線が見えた。おそらく、カメラはハーバースクエア入口から正面に100メートル離れた警察の最前線を、後方から捉えていると思われた。

 やがて逆光気味の画面に、両脇を女性警官と思われるふたりに支えられたひとりのか細い女性が、非常線の手前まで引っ張り出されるようにして歩く後ろ姿が映った。
 
 直後、龍馬の背筋に悪寒が走った。

 見覚えのあるパジャマとカーディガン。後ろ姿のみだったが、すぐに龍馬にはわかってしまった……。

 ――今、テレビに映っている女性はだ。
 
 龍馬の顔は、みるみる青ざめた。その明らかな動揺に気づいた碧が、心配そうに龍馬を見た。

「ねえ、どうしたの?」

「……あれは……母だ」

 その声は小さかったが、碧、東海林、桐生に加え、他の生徒たちもみな一斉に龍馬を見た。

 画面には、さらにこんなスーパーが追加で表示された。

〈犯人特定前につき、プライバシー保護のため音声は加工してあります〉
 
 立てこもり犯の説得に、犯人の母親が呼ばれるケースは前例としてあった。しかし、犯人特定前の時点で容疑者の母親を説得に当たらせることは前代未聞だった。これは警察の判断ではなく、官邸からの強い指示によるものだった。つまり、菱川が強行に主張し警察にある意味やらせた・・・・ことだった。

 まもなく、両サイドの女性警官の肩を離れ、その女性が覚束おぼつかない足取りでさらに一歩前に進み出ると渡された拡声器を使って話し始めた。

「――りょうちゃん?」

 テレビの音声は甲高く加工されていたが、龍馬は一言目でそれが母の英恵であるとわかった。

「母さん、警察の方にりょうちゃんが犯人の可能性があるからって言われて、ここまで来たんだけどね……」

 そこで、英恵は咳き込んだ。おそらく、かなり具合の悪いところを、無理矢理、連れて来られたのだろう。龍馬は、思わず両拳をぎゅっと握りしめた。

「りょうちゃんは本当に優しい子だから、きっとなにかの間違いだろうって……思ってます」

 再び、英恵は今度はひどく咳き込んだ。テレビの視聴者にすれば、それは芝居じみて見えたかもしれない。しかし、これから数ヶ月後に死ぬ定めにあることを知る龍馬には、胸が張り裂けそうな思いだった。

 ただでさえ、残りを限定された母の命が、今この瞬間の心労でさらに削られていくような気がし、怒りとも悲しみともつかない感情が龍馬の中に沸き起こった。

 ようやく英恵は、再び、ゆっくりと話し始めた。

「ごめんなさい。でも、もしも……もしも、りょうちゃんが犯人だったとしても、きっと、賢いりょうちゃんのことだから、母さんなんかにはわからない深い深い訳があっての行動だと思います。だから……母さんはね……りょうちゃんを応援したいと思います」

 この発言には、官邸でテレビを見ていた菱川は驚愕した。

「何を言ってる、このバカ親! 子も子なら親も親だ! さっさと投降を促せ!!」

 気づくと、テレビに向かって怒鳴っていた。官邸スタッフの表情が一様に驚いていたので、仕方なく腕組みし再び画面を睨んだ。
 
 一方、龍馬は思いもよらぬ母の言葉に胸が震えていた。画面では、英恵がついに少しよろけた。後方に控えていた女性警官がすぐさま手をのばす。

 しかし、英恵はその手をそっと払うと、再び自分の足だけで立ち、最後の力を振り絞るように語りかけた。

「母さんは……母さんは……いつだって、無条件でりょうちゃんのこと信じてます。だって、りょうちゃんは……母さんの唯一の……唯一の……誇り……」

 最後まで言い切ることができず、英恵はその場に倒れた。

「――母さん」

 思わず、龍馬の口からその言葉が漏れた。

 そして堪えていた涙がついに溢れると、一筋のしずくとなって頬を伝った。
 
 現場では、倒れた英恵をふたりの女性が急いで抱え上げ、後方に引きずるようにして消えた。中継も不自然にそこで途切れ、スタジオの映像に切り替わった。アナウンサーもつなぐ言葉が見つからなかったのか、

「……現場からの中継でした」

 とだけ告げた。そして、映像は事件発生から今までを振り返るVTRに切り替わった。
 
 碧は、龍馬の手をそっと握った。
 
 東海林は、反対側の肩を抱いた。

 2階から一旦戻ってきていた桐生は、それでも龍馬を見据え、あえて言った。

「――で、どう反撃する? 龍馬」

 その言葉に龍馬は乱暴に涙をぬぐうと、ひと呼吸し、はっきり告げた。

「……今の中継を逆手に取る。そして、政府の姿勢を徹底的に非難する!」

 その言葉に桐生は微笑んだ。碧も東海林も、龍馬のその横顔を見てうなづいた。

 龍馬は、さらに続けた。

「そして、これを機に世論をいっきに味方につける! 政府にも警察にも、言わば倍返しだ!!」

「「「おう!」」」
「「「了解!」」」

 龍馬を心配そうに見ていた生徒たちからも、威勢のいい声が上がった。

「東海林、ちょっとしたビデオを作りたいんだが」

 すぐに龍馬は具体的な指示を出し始めた。もうその瞳に涙はなく、強い意志のみが宿っていた。

「任せろ!」

 東海林はうれしそうに返事した。

「みんな、心配かけたなら、すまなかった。僕なら大丈夫だ。だから、改めて協力をお願いする」

 さらに龍馬は、頭を下げ、生徒たちにも声をかけた。

「本当に大丈夫か?」「私たちにできることはない?」などの温かい声も上がり、生徒たちの中で、みなで龍馬を支えようとする空気のようなものが生まれていた。

 どうやら、英恵の言葉はある意味、生徒たちの心にも火を灯したようだった。ここまで母親に絶対の信頼を寄せられ、あそこまでの言葉を引き出す龍馬という人間に対し、生徒たちはある種のリスペクトとさらなる信頼を寄せたようだった。結果として、この中継は龍馬たちと生徒たちの絆をより深いものにした。

 ――その意味では、政府の、菱川の企みは、むしろ裏目に出たと言えた。

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