ジェネレーション・ストラグル〜6日間革命〜

0o0【MITSUO】

6日目(9)―断固拒否

 
 ――16時30分

 ほぼ同時刻で、NHKおよび民放キー局全局が緊急報道特番を開始した。

 やはり、旧校舎爆破のインパクトは大きかった。実際、旧校舎が爆破されるシーンは、どの局でも繰り返し何度も放送された。

 各局のアナウンサーたちも、一様に興奮気味にまくしたてた。

「……番組の途中ですが、ここで緊急報道特別番組を放送します」

「……港館区で立てこもり事件です!」

「犯人は高校生44名を人質にとった模様で……」

「……犯人らは、先程、都立港館高校の旧校舎を爆破した模様です!」

「要求は、団階三郎総理との直接対話で……」 

「専門家の意見によりますと……」

 各局とも情報が錯綜しているのか、訳知り顔のコメンテーターたちが、犯人の可能性があるのは中東の過激派の流れを組む団体だとか、右翼だとか左翼だとか、勝手な憶測ばかりを並べていた。

 一方、ネットでは、龍馬たちの生配信がさらに加速度的に視聴者を増やしていた。テレビの特番が始まると、ついに動画配信最大手のサイトが公式でミラー放送を開始。一気に、視聴者数は合算で100万の大台を超えた。

 また、様々なSNSでも龍馬たちの事件が大きな話題となっていた。もちろん、犯人は誰なのか? という一点がもっとも議論されてはいたのだが、いじめの隠蔽を暴いたという点については、ネット世論は軒並み称賛の声を上げていた。龍馬たちを、いわゆる義賊ぎぞくと見る声も少なくなく、その勢いは加速しつつあった。

 ――17時00分

 首相官邸。

 地下一階の危機管理センターには、団総理はじめ関係閣僚らが休日返上で続々と集まっていた。同時刻、政府は官邸内に緊急対策本部を設置。その第一回会合が、今まさに行われようとしていた。

 センター内の巨大ディスプレイには、警視庁のヘリによる現在のハーバースクエアの空撮映像が映し出されている。ディスプレイ前にある大きな縦長テーブルの一番奥に首相の団、隣に内閣官房長官の菱川がすでに座っていた。関係閣僚、政府職員なども、軒並み席に着いていた。

 首相の団は、あからさまに不機嫌な表情を浮かべていた。週末ごとの日課になっている床屋の途中で無理矢理駆けつけたからだ。まさに、ひげ剃りの途中であった。一方、官房長官の菱川ひしかわは顔色ひとつ変えず静かに手を組みディスプレイをただ見つめていた。

 この一瞬でもわかるように、団と菱川のふたりは、あらゆる面で対照的だった。感情が顔に出やすい団。感情を表に出さず何を考えているかわからない菱川。性格も大胆で思ったことをすぐ口にする団。常に冷静で水面下での調整や根回しを好む菱川。

 このように対照的なふたりだが、政府のツートップとしては歴代まれに見る名コンビと言えた。ふたり二人三脚で二度の衆院選を大勝に導き、戦後でも三本の指に入る長期政権を築き上げてきた。

 これは、二世議員として着実に権力の階段を登った団の政治センスとリーダーシップによるところもあったが、その影で政権を取り仕切ってきた菱川の手腕によるところも大きかった。

 菱川のその手練手管てれんてくだは、さながら老練ろうれんな軍師のようだった。ゆえに、官邸や与党内では菱川を「闇将軍」、「影の総理」などと揶揄やゆする声も少なくなかった。事実、それに足る絶大な実権を握っていた。

 そんな菱川が、頃合いを見て着席した面々に向けて声をかけた。

「それでは、はじめたいと思います。現在、東京都港函区で発生している人質立てこもり事件について、政府としては爆発物等を使った重大テロ事件に当たる事案と判断し、本日16時45分に団総理を本部長とする緊急対策本部を官邸内に設置いたしました。本会合は、その第一回の会合となります。それでは、各省庁の報告をお願いします」

 それから、関係省庁の事務方がこれまでに入った情報を整理し報告した。しかし、官邸にもその時点では大した情報は入っていなかった。最後に、犯人の要求が首相との対話であることが告げられると、団はわかりやすく顔をしかめ、菱川にだけ聞こえるほどの声音で「クソったれ」とつぶやいた。

 報告が終わると、菱川は団に短く耳打ちした。団が無言でうなずくと、菱川は参加者にこう告げた。

「まずは、人命尊重が第一。犯人に従うようでしゃくではあるが、警視庁や都とも連携し、施設近隣の住民避難を最優先に。また、なにぶん情報が不足している。各位より一層の情報収集をお願いします。以後の方針は、さらなる情報が集まった後の判断とします。みなさん、一致協力し緊密に連絡を取り合い、断固たる態度を持って本事案に臨んでください。それでは、解散」

 団、菱川の官邸の最初の一手は、端的に言えば情報収集と様子見であった。

 ――17時30分
 
 首相官邸では、菱川官房長官による緊急の記者会見が開かれた。

 その模様は、NHKおよび民放各社、動画サイト等でも生放送された。しかし、マスコミ各社の期待をよそに、会見の中身は緊急対策本部を設置したこと、情報収集に全力をつくすこと、近隣住民の避難および非常線による周辺封鎖を行ったことなど、折り込み済みの話ばかりで会見はわずか5分程で終了した。さらに、質問の一切は次回以降の記者会見でと退けられた。

 菱川は、当然知っていた。マスコミが一番聞きたいこと、それは総理が犯人の要求に応じ直接対話するか否かの一点だ、と。ただ、この問いに答えるわけにはいかなかった。官邸もまだ情報不足で、犯人の要求にどう対応すべきか判断のしようがなかったからだ。

 だが、菱川自身の本音を言えば、犯人と総理の直接対話など絶対にあり得なかった。そもそも、テロリストとは交渉しないのが大原則であるし、仮にも対話に応じればそれは政府にとってリスクでしかないと考えたからだ。

 たとえば、もしも犯人が対話中に爆破を強行したら? あるいは人質を殺害したら? さらには、そうした事態がテレビで生中継されたら? おそらく、政府も総理自身も厳しい批判にさらされるのは避けられないだろう。

 加えて、団は概してアドリブに弱く、さらに激昂げきこうすると時々とんでもない失言をしてしまう悪癖あくへきがあった。そんな団が得体の知れない相手と生で対話すること自体も、大きなリスクだと菱川は考えていた。

 いずれにしろ、影の総理こと官房長官菱川の腹は「交渉には応じず、要求は断固拒否」で決していた。

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