ジェネレーション・ストラグル〜6日間革命〜

0o0【MITSUO】

6日目(1)―決行の朝

 
 ――9時30分

「おざっす。今日こちらの501会議室で使うイベント用機材を搬入しにきた業者の者なんすが……」

 ハーバースクエア1階。台車を押すグレーの作業着の大柄の男は、ぼそっと守衛にそう告げた。男は帽子を目深に被り、台車にはブルーシートのかかった大きな荷物が載っていた。 

「あぁ、搬入? はいはい、どうぞ。ご自由に」

 齢70近い白髪交じりの守衛は、いかにも面倒くさそうに男を見もせず、手だけで行けと合図した。
 
 男はうなずくと素早く台車を押し、そのまま真っすぐ1階のカフェスペースを抜け、エレベーターに乗り込んだ。扉が閉まると、男は一度帽子を取り額の汗を拭った。

 その男とは、桐生だった。

 たしかに東海林が言う通り、ここの守衛はザルだ。桐生は思った。そのまま5階に上がると、会場の「501」と書かれた大会議室を通り過ぎ、一番奥にある「503」と書かれた小会議室へと台車を滑りこませると素早くドアを閉めた。

 さらに、桐生は室内を入念に見渡した。当然、人影はなく、窓の外も隣接するビルの外壁が見えるのみだった。そうしてようやく、ブルーシートの荷物を6回リズミカルにノックした。

 すると、ブルーシートをはねのけ碧と東海林が勢いよく姿を現した。

「ちょっと証城寺! 私のスカートの中、見てたでしょ?」

 ふたりとも、すでに例の県立南北高校の制服に身を包んでいる。碧のスカートはやはり短かく、その端を一生懸命に下に引っ張るようにして碧が言った。 

「見てないって! 第一真っ暗だったじゃないか!!」

 東海林も必死で碧に弁明している。桐生はやれやれといった表情で、ふたりに落ち着けとジェスチャーする。ふたりは渋々、押し黙った。
 
 桐生は、続いてポケットのスマホとワイヤレス接続された超小型のブルートゥースヘッドセットに小声で呼びかけた。

「こちら04。05、念のため聞くが、このフロアにはまだ人はいないよな?」

「こ、こちら05です。フロアにも、建物全体にも、まだ守衛さん以外に人はいないです」

 05というのは、百武未来だ。

 龍馬たちは、作戦中のやり取りに常時グループ接続可能な無線アプリを使用することにしていた。そして、互いのコールネームも事前に決めていた。と言ってもシンプルな話で、01が龍馬、02が碧、03が東海林、04が桐生、そして05が百武だった。

「05、了解。このまま02、03は機材の準備を行い、04は残りの荷物の搬入を続ける」

「04、了解です。こちらは監視カメラのチェックをつづけます」

 すでに、ハーバースクエアの全監視カメラは百武の支配下にあった。

 本来なら守衛が詰めている1階の守衛室で各所の監視カメラ映像をリアルタイムで集約し、チェック、録画しているのだが、そこに映る映像もすでに百武によって無人のループ映像に差し替えられていた。

「05、了解。頼む」

 桐生のその言葉で、メンバー最初の無線通信は終了した。

 龍馬は、そのやりとりを車中で聞いていた。右耳には、他のメンバーと同じ小型ヘッドセットがすでに装着されている。

「よし、順調だな」

「榊くん、なにか言った?」

 隣の運転席に座る御影石妙が不思議そうに尋ねた。

 龍馬は、現在、真っ赤なハッチバックのドイツ車の助手席に座っている。この車は妙のもので、ハーバースクエアの1ブロック裏側の通りにハザードを付けて停車していた。

「あっ、こっちの話です」

 龍馬は何もなかったかのように返す。

「そ、そう……。あのさ、榊くん! 本当にこれだけでいいの? 私が手伝うのって……」

「大丈夫です。あとは僕らに任せてください」

「そっか……でもね、もし他になにか必要なことがあったら――」

「――ありがとうございます。でも妙さん、その話、三度目です」

「えっ、あれっ? ……そうだったっけ?」

 妙はばつが悪そうな表情を浮かべた。

「はい、お気持ちはうれしいですし、先程もお伝えした通り、作戦の途中で本当に必要な
際には、お言葉に甘えご連絡させていただくかもしれません」

「そっか、そうだったね……私ったら何度も同じこと。ごめんね、榊くん」

「いいえ。ですので、残りの荷物を降ろしたら、あとはお任せていただければと。妙さんとご家族のご無念、必ず晴らしてみせます」

「ありがとう、榊くん。でも、なぜここまでやってくれるの?」

「妙さんと同じですよ。あの校長と教育長だけは許せない。ただ、それだけです」

 龍馬はこの時点でも妙には二番目の要求について伏せていた。妙を龍馬たちのたくらみにこれ以上、巻き込みたくなかったし、情報ろうえいのリスクも最小限にしておきたかった。

「ひとつ、聞いてもいい?」

「えぇ、どうぞ」

「榊くんって、本当に高校生?」

 想定外の質問に、龍馬は一瞬困惑した。

「正直、年上の私なんかより落ち着いてるし、大人っぽいし……榊くんといるとね、私の方が落ち着きのない子供みたいな気がしてくるの……」

 龍馬は内心、妙の勘の鋭さに舌を巻いたが、あえておどけて答えた。

「あぁ、バレましたかー……。じつは俺、中身30過ぎのおっさんなんですよ。黙っててすみませんでした」

 龍馬は、そう言って仰々しく頭を下げた。すると妙も破顔し、切り返す。

「榊くんも、そんな冗談言うんだね。でも、精神年齢っていうの? やっぱそれは30過ぎっぽいかも」

「やっぱ俺……老けてますか?」

 あえて落ち込んだように龍馬が返す。

「ちがうちがう! 老けてるとかじゃなくて、しっかりしてて……それに頼もしいってこと、だよ」

「本当に思ってます?」

 すると妙は急に真剣な表情になると、龍馬の目を見据えて答えた。

「思ってる! 本当の本当にだよ。だから榊くん……本当にありがとう」

 感極まったのか、その瞳は少し潤んでいるようにも見えた……。と、ちょうどそのタイミングで、ハッチバックのガラスがノックされた。その音にふたりが振り返ると、そこには作業着を着た桐生の姿が見えた。

「残りの荷物、取りに来たみたいです。僕も荷降ろし手伝うんで妙さんとはこれで――」


 ――そう言いかけていた途中、龍馬の左頬になにか湿ったものが触れた。


 驚いた龍馬が左を向くと、至近距離に妙の唇があった。

「すべて片付いたら、またお姉さんと会ってくれる?」

「えっ、あの、その……」

 思わず言葉に詰まる龍馬に、妙は笑顔でつけ足した。

「榊くんの高校生っぽいところ、初めて見れたかも。でも、冗談とか、からかってるとかじゃなくて、本当に全部終わったら……お礼がてらお姉さんとデートしてほしいな」

 妙のまさかの発言に、さすがに龍馬もたじろいだ。

「そっ、その件は、また……改めて」

 龍馬は早口でそう言い終えると、急いで車を降り桐生の方に走った。その姿を見て、妙はまた微笑んだ。

 まもなく、荷降ろしが済むと、

「榊くん、さっきの件、忘れないでね!」

 妙は去り際にパワーウインドウを下ろすと、それだけ言い残し走り去った。 

「妙さん、ちょっとタイプだったんだよな……俺」

 ぼそりと桐生がこぼした。

「ま、まさか! 見てたのか?」

「あぁ、見てたというより見せられた。短い恋だったなぁ……あっ、今のこと碧には言わないでおいてやるから、代わりになんかおごれよ。全部、終わったら」

 それだけ言うと、桐生はさっさと台車を押して先に行ってしまった。

 龍馬は気持ちを切り替えるため、両手で自分の頬を2回ピシャリと叩くと、急いで桐生の後を追った。

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