ジェネレーション・ストラグル〜6日間革命〜
5日目(2)―終業式のあと
――2時間後。
龍馬は、終業式の会場にいた。
壇上では、ちょうど校長の定岡の挨拶が始まった。3年生はこの夏が正念場だとか、1、2年も羽目を外しすぎないようにだとか、おそらく去年や一昨年と寸分違わぬコピー&ペーストをくどくどと言い連ねていた。
龍馬は、そんな定岡の話は完全に上の空で、今朝の妙とのやり取りを思い返していた。正直、妙の協力したいという申し出には戸惑った。しかし、一方で作戦実行を翌日に控え、大人の協力者が欲しかったのもまた事実だった。
特に必要となる機材、さらには今晩とある場所に仕掛ける予定の爆弾の運搬などに車両があるとありがいと思っていた。龍馬に何度も懇願し、他言は一切しないと誓う妙に対し、龍馬も根負けしたところもあり、情報漏えいのリスクがないよう、計画の断片的かつ最小限の情報だけ話すと、限定的に妙の協力を仰ぐことにした。妙が運転できるというのも大きかった。
現在、龍馬宅に集約している物資の搬出にはワゴンタクシーを利用しようとしていたのだが、そこから足がつくリスクを考えると、正直あまり使いたくないオプションだった。その部分について、龍馬は妙の協力を仰ぐことにしたのだ。
明日には、この男の教師人生も終わるんだな……。
壇上でまだ話を続ける定岡を見て、龍馬はまるで他人事のように思った。
作戦実行を明日に控えた今日、あえて龍馬が学校に来たのには2つの理由がある。ひとつは、この後、母を見舞いに行くのに、どうしてもこの後配布される「成績表」が必要だったこと。これがないと、また母にいらぬ心配をかける。そしてもうひとつは、明日の計画に関わることだった。
「榊、ここに……置いとくぞ」
成績表を渡す際、担任の岩槻はなぜか龍馬の時だけ腰が引けたようになり、教卓の上に成績表を置き、それを龍馬に取るよう促した。どうやら、岩槻が龍馬の母を見舞った翌日、龍馬が「前日の礼とともに、母が合併症で飛沫感染する重い感染症にも感染した」と告げたのが、いまだに効いているようだった……。
あれから岩槻は感染を恐れてか病院を訪れることもなくなったし、龍馬自身にも露骨に距離を取るようになった。どちらも龍馬には好都合だったが、岩槻の小心さにはさすがに閉口した。
まったく、ここにはろくな教師がいない。
心の中で毒づいた。
教室を出ると、龍馬はまっすぐ生徒会室へと向かった。今日学校に来た2つ目の理由がこれだ。明日の全国生徒会会議について、龍馬は小暮玲香と話さなければならなかった。
――小暮玲香。都立港舘高校生徒会長、その人である。
2年時には龍馬と同じく副会長を務め、3年で順当に会長となった。かと言って、まじめかというとそうでもなく、自由奔放、傍若無人。身長150cmもない小柄ながら、ささいなことは気にせず常に自由かつ豪快に振る舞い、誰に対しても臆せず思ったことはそのまま口にする。
そんな昭和の大物政治家のような人だった。かと言って、敵が多いわけでもなく、なぜか学年を問わず男女問わず驚くほどファンが多く、ほとんど人気投票で会長にも選出された異色の生徒会長である。
しかし、ともに生徒会運営を取り仕切る龍馬にとっては厄介な会長でしかなかった。とにかく、細かいことは気にしないので、実務をまったくと言っていいほどしないのだ。
当然、あらゆる仕事が副会長である龍馬のもとに乱暴にぶん投げられた。先の時間軸でも「会長、仕事しなさすぎにもほどがあります」と、よく文句を言っていたのを思い出す。
そんな玲香に会うのも、実質、20年ぶりだ。龍馬は、その懐かしい顔を思い浮かべ、少し不思議な感覚で生徒会室の扉を開けた。
果たして、小暮玲香はそこにいた。
「遅いぞ、榊! そっちから呼び出しておいて、会長を待たせるたぁ、君も随分えらくなったもんだなぁ? 謀反でも企ててるのか?」
開口一番、玲香は、気だるそうに扇子でパタパタと自らを扇ぎながらそう言った。記憶と寸分違わぬ昭和の政治家然とした玲香を見て、龍馬は思わず吹き出しそうになった。
「なんだ? 人の顔を見て、いきなり笑う奴があるか! 失敬な!!」
「……失礼しました、会長。本当にお変わりなく」
「たかだか一週間ぶりで、お変わりあってたまるか! ん? いや待て……ひょっとして私の身長、伸び――」
「――てません、全く」
「やかましいわ! で、話ってのはなんなんだ? 榊」
そう言って玲香は扇子をたたむと、それで龍馬の肩をポンポンと叩いた。
「明日の全国生徒会会議の件、なんですが……」
龍馬はそう切り出し、玲香の反応をうかがった。彼女は何か嫌なことを思い出したような表情になる。龍馬は内心、「よし」と思った。
「ん? 明日? だったか……。ち、ちなみに榊、知ってるか? 私が今年は受験生だってことを」
「えぇ、まあ」
「『夏を制す者は受験を制す』なんて言うだろ? それだけ我々、受験生にとって、夏というのは大きな意味を持つんだ」
「でしょうね」
「そもそも会長になれば、当然のように推薦のひとつやふたつ貰えるもんだと思っていた! ところがだ! つい最近の進路面接でな、担任に1、2年時の成績があまりに酷すぎて会長になったくらいじゃ内申点を取り戻せるレベルじゃないとはっきり言われたんだ‼」
「それは……お気の毒です」
「酷いと思わんか? 早く言えと! これじゃ、会長なり損じゃないか‼」
「会長は推薦狙いで会長になられたんですね?」
「おまえ、嫌な言い方するな」
「ところで、最初にお話していた全国生徒会会議の――」
「――だ、か、ら、受験生の私にとって、この夏はめちゃくちゃ大事だと言っただろ! その全国生徒会……超会議?」
「全国生徒会会議です」
「うっさい! 正式名称なんてどうでもいい!! とにかく、そんなしょーもない会議に出る暇など、一秒たりともないっ! だから副会長、明日のそのなんとか会議については、君に全権を委任する!!」
その言葉を聞き、龍馬は心の中でガッツポーズした。
「つまり、会長に代わり学校代表として会議に出席しろ、ということですか?」
「あぁ、そうだ。超多忙な私に代わってな。これは名誉なことなんだぞ? 榊」
「……仕方ありませんね、わかりましたよ」
「えっ、いいの? 本当にいいの? いつもなら、このタイミングで文句や小言のひとつ言うだろ? どうした、悪いもんでも食ったか? 榊」
「いいえ、私も心底、会長には明日の会議より受験勉強の方が大事だと思いましたんで。受験生の会長におかれましては、夏休み初日から思う存分に勉強していただければと」
そう龍馬が応えると、玲香はへそを曲げた表情をし言った。
「おまえ、マジで嫌なこと言うようになったな……」
すると玲香のスマホに着信があった。
「もしもし……えっ、明日? 大丈夫、大丈夫! 今、ちょうど空いたとこ。おっ、海? いいねいいね! 9時に駅な? わかったわかった、ビーチボール? OK、OK、持ってくから! じゃ、明日〜♪」
玲香は満面の笑みで電話を切った。
話の内容から察するに、明日、海に行く誘いが入ったようだった。
「まさか先輩、明日、海に行くわけじゃないですよね?」
「ん!? んなわけないだろ! その……アレだ! 予備校だ! 夏期講習だ!」
「予備校にビーチボールなんて必要なんですか?」
「うっさい! これからちょっと水着……い、いや、参考書を買いに行かなければならない。だっ、だから、先に帰るぞ! そういうわけで明日は頼んだぞ、榊! これはチャンスだ、励めよ、副会長! じゃあな!!」
そう言って、玲香は逃げるように生徒会室を出て行った。龍馬はその背中を、微笑みながら見送った。
龍馬は、最初から玲香には会議に出席してほしくないと考えていた。じつは、先の未来での全国生徒会会議の記憶が曖昧で、玲香が出席したか否か、どうしても思い出せなかった。そのため今日、玲香を生徒会室に呼び出し、明日の会議についてなにか理由をつけて、自分に一任してほしいと頼むつもりでいたのだ。なにかと面倒なキャラの玲香が出席すれば、計画にさまざまな支障をきたしそうだったし、龍馬自身の作戦時の行動も玲香がいることで制限される可能性が高かった。
しかし、すべて取り越し苦労に終わった。玲香本人から一任すると頼まれたのだから。龍馬は玲香の変わらぬ「ぶん投げっぷり」に感謝しつつ、少しだけ懐かしさに笑い、玲香に続いて自分も生徒会室を後にしたのだった。
会長がああいう人で、よかった。龍馬は、心底思った。
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