ジェネレーション・ストラグル〜6日間革命〜

0o0【MITSUO】

4日目(3)―新たな同志

 
 最初に目に入ったのは、青白く発光する圧巻のモニター群だった。

 それはPCデスクから伸びた複数のモニターアームに支えられ、マルチディスプレイ化されている。昼間だったが、カーテンは閉めきられ室内は薄暗い。ゆえに、モニターから発せられる青白い光が照明代わりも兼ねていた。青白い光に包まれた室内は、ある種、神秘的で異世界のような錯覚をふたりに与えた。

 部屋の広さは8畳程度か。PCデスクとPCチェア以外にあまりものはなくガランとしており、パッと見は女子中学生の部屋というより理系の男子大学生の部屋のように感じられた。

 目の露出が合ってくると、青白いモニターの光を背負い床に体育座りする小柄な人影が見えてきた。目を凝らすと、それは少し大きめなパーカーのフードを目深にかぶった少女だとわかった。フードのせいでその表情はうかがい知れないが、手足はか細くとても華奢きゃしゃに見えた。

 龍馬と東海林も床に腰を下ろすと、ついにその少女と相対した。

「百武未来、さん?」

 龍馬が静かに第一声を発した。

 小さな人影がビクッと動いて、そして小さく首肯した。

 その反応を見て、龍馬はなるべく穏やかに続けた。

「昨日の今日で、家まで押しかけて――」

「――わっ、私のこと……警察に通報……しますか?」

 昨晩、龍馬が根拠なく告げた「君がすでにハッキングに手を染めていることは知っている」という脅しが、かなり効いているようだった。最初に発した言葉が、それを端的に表わしていた。よく見れば、小刻みに震えている。龍馬は少し可愛そうなことをしたと思った。

 この先、史上最悪のハッキング事件を起こす運命だとしても、それは7年も先の話。今の百武は、まだ中学生の少女にすぎない。だから、まず彼女の不安を解くところから始めようと思った。

「君を、警察に売るつもりはない。それに、そのことで君を脅すことも一切考えていない」

 龍馬は、きっぱり伝えた。

「本当……に?」

「本当だ。今日は、とにかく俺たちの話を聞いてもらいたくて来た。その上で君に協力してもらいたいことがあるんだが……君が気乗りしなかったら断ってもらっても構わないと思っている」

「おい、龍馬!」

 隣の東海林が真顔でツッこんだ。

 龍馬はその声に黙って頷き、東海林を静止した。そして百武に向き直ると、これまで碧や東海林、桐生にしてきたように、ただ真っすぐに語り始めた。

「君の力を貸してほしい。この国の未来を救うために」
 
 フードの奥の双眸そうぼうが、少し見開いたような気がした。

 龍馬はその後、これまでの経緯と、これから起こる未来の話を百武自身の将来の話も含め話した。ただし、彼女が起こしたテロについては詳細をぼかし「やがて君は、国家を揺るがすほどのハッカーになる」とだけ告げた。

 途中、美和がケーキと紅茶を持って上がって来たが、百武はやはり入室を許さず、ドアの前にトレーを置く音だけがなんとも切なく響いた。

「外のケーキと紅茶、いいのか?」

 と龍馬が問うと、

「はい、つづけてください」

 百武はにべもなく答えた。

 しかし、龍馬はドアの外で美和の厚意が冷めていくのがどうにも嫌で、東海林の肩をつつき廊下に置かれたトレーを室内に入れさせた。そして、あえて龍馬は東海林にも促し、ふたりで紅茶をひと口すすると会談をつづけた。

 その後も、目深まぶかに被ったフードのせいで百武の表情をうかがい知ることはできなかったが、彼女が龍馬と東海林の話に真剣に耳を傾けているのだけは、なんとなくわかった。

「――そういった経緯もあったから、最初から俺は君のことを知っていたんだ。だから、君のハンドルネームから本名が『百武』であることも類推できたし、おそらくハッキングに関しても、すでに興味本位などで初歩的なハッキングくらいには手を染めている可能性は高いんじゃないかって、要はかまをかけたんだ。君を脅すようなかたちになってしまったなら謝る。すまなかった」

 そう龍馬が告げると、百武が久しぶりに口を開いた。

「そう、だったんですね……。信じられない話……ですけど。わ、私に関しての話は、妙にリアリティがあって……正直、怖かった、です」

 どうやら、百武もまた碧や東海林、桐生と同様に自らの未来の話には真実味を感じ、龍馬の話は信じがたいが虚言や妄想とも切り捨てられないようだった。

 すると、百武が被っていたフードをゆっくりずらし、紅茶に初めて口をつけた。

 その瞬間、初めて、百武の素顔が露わになった。

 それを見た東海林は、思わず目を見開き唾を飲み込んだ。おそらく、百武が予想外の美少女だったからだ。

 モニターの青白い光のせいもあるが、透き通るような肌はその白さが際立ち白磁のようだった。加えて、母に似た切れ長で黒目がちな瞳はどこか憂いを感じさせた。その他の顔のパーツも品よく、かなり整っているのに、どこか繊細で脆い印象もある。

 ――ガラス細工のように脆く儚い、薄幸の美少女。

 そんな印象だった。龍馬が記憶している先の時間軸の報道でも、百武のそのビジュアルが話題になったことを思い出した。一部ネットでは、死後にも関わらず狂信的なファンが現れたほどだった……。

 心なしか、その印象的な瞳はやや潤んでいるようにも見えた。理由はおそらく、今しがた龍馬が告げた自分の将来への不安だろう。

「……でも、聞かせてもらって、よかったです。でも、そうなんですね……私の、未来」

 龍馬は百武の不安とうれいを察すると、まっすぐ彼女を見据えて言った。

「あぁ、残念ながらそういう君の未来を、俺は見てきた。……でも、でもね。今の話はあくまでも俺が見てきた、ひとつの未来の話なんだ。単なる可能性のひとつと言い換えてもいい。運命だとか定めだなんて、絶対に思わないでほしい。もし君が、未来を変えたいって本気で願うなら、そして本気で行動するなら、未来はきっと、いや絶対に変わる! 未来はまだ不確かで不確定で、いつだって未来は君のこの手にある・・・・・・・・・・・! 少なくとも俺はそう信じている!!」

 龍馬はそう語りながら、熱が入ったのかほぼ無意識に百武のそのか細い両手を握りしめていた。東海林が「おいおい」という表情で龍馬を横目で見たが、当の百武は頬を赤らめ、その印象的な瞳を何度もパチクリさせ何度もうなずいていた。

 さらに間髪入れずに龍馬は続けた。

「じつは、俺たちだって君と同じなんだ。この国の悲劇的な未来を、本気で変えたいと思っている。そして、限りなく不可能に近いかもしれないが、未来を変えるために本気で行動を起こしている。隣にいる、コイツも。そして、他のふたりの仲間も」

 演説のように熱を帯びてきた龍馬の言葉を、百武は静かに聞いていた。

「――もう一度言う。君の力を貸してほしい。それは、もしかすると君自身の未来も変えきっかけにもなるかもしれない。だから、君のそのたぐいまれな才能を、未来の何万人もの命を救うために活かしてもらえないか! 頼む!!」

 気づくと、龍馬はさらに前のめりになって百武に襲いかからんばかりになっていた。東海林が冷めた目で咳払いをひとつすると、龍馬もようやく気づき、慌ててその身を引い
た。

「ご、ごめん……つい力が入って……」

「い、いえ……」

「……でも、強制はしない。最初に言った通りだ。君がどんな判断をしても、俺たちは君の意志を尊重する。いきなり、とんでもない話で信じがたいと思うし、無茶を言ってるのも十分承知している。でも……でも、俺たちは徹頭徹尾てっとうてつび、本気だ。君に、この国の未来を救う仲間になってほしいと本気で思っている。だから、この通り、君の力を貸してほしい」

 龍馬はそう言うと深く頭を下げた。東海林も同様に頭を下げた。 
 
 百武は、そのままうつむくと黙考し始めた。そして、ゆっくり顔を上げると、静かだが意志のある声で言った。

「――私は、なにをすればいいんですか?」

 百武未来が、龍馬たちの同志・・になった瞬間だった。

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