ジェネレーション・ストラグル〜6日間革命〜

0o0【MITSUO】

3日目(7)―隠し撮り

 
 6限の終わる15分前、14時45分。

 龍馬と碧は、校長室最寄りの階段の死角で落ち合った。

 ふたりの狙いは、ズバリ、校長と教育長の会談を隠し撮りすることだった。運がよければ、いじめ隠蔽の決定的証拠を手に入れられるかもしれないと考えたからだ。

 計画は、いたってシンプルだった。校長室内に、先程、田頭も隠し撮りした例の超小型ビデオカメラを仕掛ける。そして会談の様子を密かに撮影。しかるべき後、カメラを回収する。ただ、それだけのことだった。

 しかし、そのカメラを仕掛けるタイミングが問題だった。校長室には、当たり前だが校長が常にいるため、15時までに校長が校長室にいない一瞬を狙うしかなかった。

 最も確実に校長が校長室を出るタイミング。それは、おそらく訪れた教育長を昇降口まで出迎えるその時だろう。ふたりは、その短時間にかけ、カメラをセットすることにしたのだ。そして現在、龍馬と碧は校長が出てくるのを今か今かと待っていた。

 10分後、校長の定岡が校長室を出た。
 ふたりは、直ちに行動を開始した。
 
 足早に校長室に近づくと、すぐ室内へ。龍馬はビデオカメラの設置ポイントを探し、碧はそのまま扉を半開きにし辺りを警戒した。

 室内には、奥に定岡の執務用デスク。その手前には、応接用のローテーブルと4人掛けソファがあった。おそらく、このソファで会談は行われるはず。龍馬は瞬時に判断すると、ソファ全体を見渡せる角度でカメラを設置できる場所を探った。
 
 すると、ちょうどいい角度の壁沿いにスチールの用具入れを見つけた。ちょうど立った目線くらいに細い覗き穴があり、そこにカメラを仕掛ければソファに座る人物をバッチリ撮影できそうだ。

 すぐさま、龍馬がその用具入れに手をかけた瞬間、碧の鋭い声が聞こえた。

「急いで! 校長の声が近づいてきてる!」

 もうかよ! 龍馬は心の中で毒づいた。

 急ぎ用具入れを開けると、中にはゴルフのパターが1本だけ入っていた。カメラを覗き穴の高さに設置するには、用具入れの中に収まり三脚的な役割を果たすなにか台のようなものが必要だと思われた……。

「ねえ、まだ? もう来るわよ!」

 先程より切迫した碧の声がそう告げた。一方、用具入れに収まる都合のいい台のようなものなど見つからなかった。

 ダメだ、こうなったら! 
 
 龍馬は、咄嗟の判断で扉まで戻ると、碧の手を強引に奥に引っ張った。

「えっ、どうするの!?」

 碧の表情に動揺が浮かぶ。龍馬はそのまま碧の手をさらに引き寄せ、先程の用具入れの中に導いた。そして、すぐに自分も中に収まると、急いで内からその戸を閉めた。

「嘘でしょ!? こんなとこに隠れ――」

 龍馬は、右手で碧の口を塞いだ。ほぼ同タイミングで、定岡と教育長の柳田が室内に入ってきた。

「さあさあ、どうぞ柳田先生」

「おいおい、もう先生じゃないだろ? 定岡くん」

「あっ、そうでした! またやってしまいました〜。これはとんだ失礼を……柳田教育長」

 ふたりはそう話しながら、時代劇の悪代官のような高笑いをしてソファに収まった。

 一方、用具入れの中では、龍馬がちょうど正面から碧を抱き抱えるような体勢で息を殺していた。少しでも手足を動かせば、互いにより密着してしまうほどの距離感だった。

 やがて龍馬は、碧の口を塞いでいた手を離すと、人差し指を立て唇の前に持ってきた。碧は、小さく2回うなずいた。

 暗くてよく見えないが、碧の頬は心なしか赤い。龍馬も碧との近すぎる距離感と、見つかるかもしれない緊張感で心臓が早鐘を打った。 

 しかし、とにかくカメラを回さなければ……。

 龍馬は手探りでズボンのポケットから小型カメラを取り出すと、光が差す覗き穴のところまで持ち上げようとした。

 が、運悪くその手が碧の胸に当ってしまった!

 碧は目を見開き、口を真一文字にし、苦しそうに顔を横に振った。

 これには龍馬も焦り、即座にもう片方の手を上げ「すまない!」というポーズを取ろうとしたのだが……その手がまた運悪く碧の反対側の胸に当たる。

「……ぅ」

 碧は口を閉じ必死にこらえたが、声にならない吐息のようなものだけもれた。

「ん? 今、なにか聞こえませんでしたか?」

 定岡がその声に反応した。

「いや、僕にはなにも……」

「そうですか? なにかこう……切な気な……」

「それよりな、定岡くん聞いてくれ。どうも最近ね、耳の方がちょっと遠いみたいでね……」

 幸い、柳田の耳が最近遠くなったらしく話はうやむやになった。
 
 碧は耳たぶまで真っ赤にし、恨みがましい涙目で龍馬を見た。
 
 龍馬は、今度こそ慎重に「すまない!」というポーズを手で作り、小さく頭を下げた。そして、もう片方の手でゆっくりカメラを覗き穴まで持ち上げ「RECボタン」を押し――

〈――ピッ!〉

 その瞬間、カメラから甲高い電子音が鳴った。

 RECボタンを押した瞬間に鳴る、録画開始を告げる短い電子音だった。これには、龍馬も碧も心臓が止まるかと思うほど驚き、青ざめた……。

「今度こそ、なにか『ピッ』と聞こえませんでしたか?」

「いや、なにも聞こえんかったよ。『ピッ』って……エアコンかなにかじゃないのか?」

「いいえ、それとは少しちがうような……」

 すると定岡が立ち上がり、音の出所を探るかのように用具入れの方向に歩き始めた。

 一歩、また一歩。定岡が徐々に近づいてくる。

 龍馬と碧にとって、その時間は異常に長く感じられた。

 龍馬は慎重にカメラを覗き穴から下げ、自身の姿勢も極力用具入れの下の方にずらした。

 しかし、姿勢を下げれば下げるほど碧と密着することになり、色々な意味で鼓動が加速した。おまけに用具入れの中は蒸し暑く、ふたりとも互いの肌が徐々に湿っていくのまでわかった。

 校長はもう用具入れの前まで来ただろうか? 

 姿勢を低くしたためほとんど真っ暗な視界の中、ふたりが同じことを想像していた時、

〈ピッ!〉

 という音がどこからか聞こえた。

「あぁ、なんだ。グラウンドで体育の教師が笛を吹いてました」

 その声に、龍馬と碧は胸を撫で下ろす。どうやら、タイミングよく体育教師が笛を吹いてくれたらしい。

「それよりね、定岡くん。例の件だが……」

 柳田のその声に、定岡が急いでソファに戻り腰を下ろすような音が聞こえた。

 龍馬は、慎重に体勢を再び上昇させ、覗き穴からカメラをソファのふたりに向けた。すでに録画状態のため、あとはカメラの向きだけ気をつければ録画はできているはずだ。

「例のいじめの件だが……ちゃんともみ消せたんだろうね?」

 いきなり柳田から飛び出した決定的な言葉に、龍馬は思わず息を飲んだ。そしてカメラを見上げながら、きちんと録画されていることを祈った。

「はい、その件については本日よいご報告がございます」

「本当かね? 例の担任は黙らせたんだろうね?」

「えぇ、柳田教育長にアドバイス頂きました通り、担任教師に改めて、もしいじめが明るみになればどうなるかということを、きつく言って聞かせました。すると、あやつ泣き出しまして私にすがりつきました」

「ふん、教師なんて所詮、一般社会に放り出されたらなにもできん存在さ。社会人経験ゼロだからね。教師ができるのは教師だけ。仕事がなくなり路頭に迷うぞと脅せば弱いもんさ」

「えぇ、まさに効果てきめんでした」

「で、うるさいと言っていた家族の方は?」

「そちらの方は、つい先日も姉がウチに来ましたが、この私、定岡自ら追い返してやりました。厳しく言って聞かせましたから、もう来ることもないでしょう。所詮、今どきの女子大生です。そのうち、亡くなった弟より合コンの方が気になりだしますよ」

「しっかり頼むよ、定岡くん。僕は君に目をかけてるんだ。区でもいじめゼロ運動を推進し始めたばかりでね。あのバカ区長もやかましい。私の指導力も問われかねん。だから今回の件はなかったことにしてもらわないと困るよ」

「もちろんでございます。それで教育長……」

「あぁ、君の定年後の件か?」

「はい、その件です!」

「安心したまえ。この件さえ押さえ込めたら、君も来年3月で退職だろ? 教育委員会の方に君のポストは用意しとくから。また楽しくやろうじゃないか」

「えぇ、柳田教育長に、不肖定岡、一生ついてまいります!」

「なにを言っとる? 本当は僕の後釜を狙っとるんだろ?」

「いっ……いや、滅相もございません!」

「フフ、まあいい。僕もそのつもりで考えてはおるからね」

「いやいや、恐れ多い! 柳田教育長の後釜などという大それた野望は、定岡には毛頭ございません。まあ毛根もございませんが……」

 再び、ソファのふたりが悪代官のような笑い声を上げた。

 一方、用具入れの中では龍馬が複雑な表情でそれを聞いていた。

 御影石妙の話を聞いていた龍馬としては、今すぐここから飛び出し、ふたりを一発ずつぶん殴ってやりたい衝動にも駆られたが、じっと耐えカメラを回し続けた。ただ、ここまで決定的な証言が手に入れば、龍馬たちの作戦には必要十分だろうと思った。あとは、校長と教育長の話が終わり次第、さっさとここを脱出するのみだ。

 が、その後も校長と教育長の話はなかなか終わらなかった。

 まったくどうでもいい昔話に、延々と花を咲かせている。すでに6限もとっくに終わっており、校内はホームルームか清掃の時間だろう。校長室の外からと思われる生徒の明るい話し声も聞こえ始めた。相変わらず、龍馬と碧はほぼ密着状態にあった。加えて、用具入れの中の暑さはより酷くなりつつあった。ふたりとも、背中に汗の雫が伝うのを感じるほどだった。

 そんなタイミングで、龍馬のズボンのポケットでスマホが振動した。
どうやら、メールかLINEを着信したようだった。が、龍馬と碧があまりに密着していたため、その振動が運悪く碧の内ももに伝わり反射的に碧が身をよじった!

〈――ガタン!〉

 碧の背中がスチールの内壁に当たると音を立てた!

 碧が一層恨みがましい涙目で龍馬を睨んだ。

「また音がしませんでしたか?」

 校長がその音に反応した。

「またか? 定岡君、気のせいだろう」

「まさか……自殺した生徒が、なんて……」

「な! バ、バカなことを言っちゃいかん! そんなわけないだろ!! あぁー、興が醒めた!」

 急に不機嫌な声を上げた柳田を定岡が慌ててフォローする。

「まあまあ、教育長。どうです? 今日はもう直帰でよろしいでしょう? この流れで、もうこっちに行きませんか?」

 おそらく定岡は、片手で一杯あおる真似でもしているのだろう。

「……ふん、まあよかろう。君がそこまで言うならね」

「えぇ、参りましょう、参りましょう。いい焼き鳥屋を見つけましてね……」

 そのやり取りを聞いて、龍馬も碧も安堵した。

 まもなく、定岡と柳田が校長室を出ていき扉が閉まる音がした。

 さらに少しだけ待つと、ようやく龍馬と碧も用具入れの外に出た。
 
 ふたりとも暑さと緊張のせいで汗びっしょりで、顔も紅潮しており、さながら長時間のサウナに入ったあとのようだった。

「あなたねー!」

 開口一番、碧が非難の声を龍馬にぶつける。が、龍馬は唇の前で人差し指を立て、続いて扉を指差すと「まず出よう」と身振りで促した。

「……もう!!」

 碧は地団駄踏み、さっさと扉を開けるとそのまま外に出て行ってしまった。

 急いで龍馬もそんな碧の後を追った。こうして、急遽行われた龍馬と碧の校長室潜入隠し撮りミッションは終了した。

 ふたりにとっては散々な潜入撮影だったが、その成果はじつは大きかった。

 なぜなら、龍馬が決死の覚悟で構えたカメラには、決定的な定岡と柳田のやり取りが鮮明な映像とともに記憶されていたからだ。

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