ジェネレーション・ストラグル〜6日間革命〜
3日目(6)―情報筋の素顔
「あぁ、私の情報筋? まあ、気になるわよね……。ちょうどいいは、今から呼び出すから」
碧は、意味ありげな笑みを浮かべると電話をかけた。
「もしもし? あっ、私。今すぐ第二化学準備室に来て。今すぐよ!」
電話を切ると龍馬に言った。
「持ってきた小型カメラ、こっそり回しておいてくれない? きっと、おもしろいものが撮れるわよ」
龍馬は、碧の意図がまったくつかめなかった。が、言われるがまま自分の鞄のジッパーをほんの少し開けると、なるべく外から見えないように小型カメラを仕込み、RECボタンを押した。まるで盗撮のようで若干気が引けたのだが……。
待つこと数分、まさかの人物が扉を開けて入ってきた。
「如月さん、困るよ〜。職員会議の最中だったんだよ〜?」
そこには、くたびれたスーツに金縁メガネ、後退した頭髪が脂ぎっている50代のひ弱な男が立っていた。
というより、教頭の田頭だった……。
田頭は、龍馬を見つけると、ひどくうろたえつつも虚勢を張った調子で言った。
「きっ、君は……たしか……せ、生徒会の……」
「副会長の榊です」
「そっ、そうだ、榊! きっ、君がなぜここにいる!!」
「別にいいでしょ! 私が呼んだの。なんか文句ある?」
「いっ、いや……」
碧にピシャリと言われると、田頭は怒られた子供のように小さくなった……。明らかに様子がおかしい田頭を見て、龍馬は碧に耳打ちした。
「碧、なにか弱みでも握ってるのか?」
碧は、不敵に笑うだけだった。
「……で、如月さん? どんな……用件なのかな?」
田頭は、もはやおどおどしながら尋ねた。
「さっき電話で聞いたいじめの件、彼にも詳しく話してあげて」
「ちょ、ちょっと待ってよ〜、如月さん。まさか生徒会が調査するなんてこと……ないよね? そんなことしたら校長に――」
「――あなたもとことん小物ね? この期に及んで校長のご機嫌うかがって、どーすんの? それに生徒会が調査する予定なんてないわよね?」
「えぇ、生徒会がこの件を調査する予定はありません」
「じゃ、なんのために……」
「いちいち、うっさい! あなたは、いじめについて知ってることを洗いざらい私たちに話せばいいの! もし話さないなら――」
「――わかりました! わかりましたから、それだけは勘弁してください!!」
田頭は何度もペコペコと頭を下げた後、言い訳めいた言葉から語り始めた。
「最初に断っておくけどね……私自身もつい一昨日、知ったばかりなんだ。だから隠蔽には関与していない。それだけは理解してほしい。如月さん……そして榊くんも」
「で?」
冷たい視線で碧が先を促す。男性が苦手な碧だが、田頭はなぜか別枠扱いらしい。完璧な弱みでも握ってるんだろうか? 田頭は額に脂汗を浮かべ、早口で語り始めた。
話を要約すると、こうだ。
一昨日、田頭は校長室での校長と陽斗の元担任との会話を盗み聞きしてしまったらしい。
元担任は、その時どうやら良心の呵責に耐えかね、いじめの事実をやはり公表すべきではないかと校長に迫っていたらしい。
しかし、校長は君の今後の人生がめちゃくちゃになるぞとか、教師を辞めてなにが君にできるとか、マスコミが君の家族を放っておかないぞなどと再三脅しを重ね、思いとどまらせたらしいのだ。
ここからは、おそらくという話だったが、学校でのいじめの内部調査もその元担任が主導しており、校長の指示を受け、元担任はいじめがあったと勇気を持って報告してきた生徒に対し、受験に響くぞなどと圧力をかけ、口封じを行ったのではないかということだった。
加えて、タイムリーな情報としては、今日の夕方、区の教育長が急遽、校長を尋ねて来ることになったらしい。田頭曰く、そこで今回の一連の騒動について校長から教育長への報告があるのではないかということだった。
ちなみに、その教育長というのは、校長の元同僚でふたりでよく飲みやゴルフに行くなど公私共につながりも深いことから、じつは教育長自身も本当は今回のいじめの件を知っていたのではないかというのが田頭の見立てだった。
おどおどしている割に口が軽く、ぺらぺらと自分の見立てまで話し終えると、田頭はやりきったとばかり額の汗を拭った。
「教育長が来る時間は何時なの?」
碧は、そんな田頭に息つく暇を与えず冷たく聞いた。
「たっ、たしか……午後3時かと」
「たしか?」
「えっ、えっとー……」
田頭は焦ってスーツの内ポケットから手帳を取り出し、確認すると言った。
「ま、間違いなく3時です!」
「ふーん、そう」
碧は天を仰ぐと、何か考え始めたのか上の空で応えた。
「これが私の知っていることのすべてだ! もう勘弁してくれ」
さながら懇願するように田頭が言った。
「わかった、いいわよ帰って」
碧は田頭の方を見もせず応えた。
「それでは……失礼するね」
最後まで田頭はおどおどしながら、第二化学準備室を出て行った。
田頭の足音が去ると、龍馬は小型カメラを取り出し録画停止ボタンを押した。そして、真っ先に碧に聞いた。
「いったいどんな弱みを握ってんだ?」
「あぁ、それ?」
「それって……あんなわかりやすくビビった大人、久々に見たわ!」
「そうなの! ほんっと小物よね! でもね、小物のくせに……あいつ痴漢野郎なの!」
「……はっ?」
それから碧は、田頭が碧の下僕に成り下がった経緯を話した。
発端は、1ヶ月ほど前の週末だった。
碧が混雑したバスに乗っていると、臀部に違和感を感じた。それが痴漢だとわかるのにそう時間はかからなかった。明らかに背後の何者かの手が碧の臀部を撫で回していた……。
最初は、碧も恐怖のあまり声も出なかったらしい。が、次第にエスカレートする手の動きに耐えかね、勇気を振り絞りスマホで自撮りする要領で、斜俯瞰から現行犯の犯人と自分の様子をいわゆるセルフィ撮影したらしいのだ。
驚いたことに、その写真に映っていた犯人こそ田頭だったのだと言う。
碧は犯人の正体が自分の通う高校のしかも教頭だとわかると、途端にある種冷静になり、かつ想像以上の怒りが心に渦巻いてきたらしい。
だから、普段の碧なら考えられないが、
「なにしてんですか? 教頭先生」
と振り返り睨みつけ、冷たく言い放ったらしいのだ。
すると、周りの目もあり、田頭はみるみるわかりやすく青ざめたらしい。休日ということもあり碧も私服で、しかも学校からも離れた地域のバスであったため、まさか自分の学校の生徒が乗車しているとは田頭も夢にも思わなかったのだろう。
次のバス停で碧が降り、早速通報しようとスマホで110を押そうとすると、後を追うように焦って降りてきた田頭がなんとその場で土下座したというのだ。
「なんでもするから、誰にも言わないでくれ!」
田頭は、そう必至の形相で懇願したらしい。その「なんでも」という言葉を聞いた瞬間、碧の悪魔的な頭脳は「これは使える」と即座に判断したらしい。田頭には、相手が悪かったとしか言いようがない。以来、田頭は碧の下僕に成り下がった……。
じつは、この第二化学準備室も田頭に用意させたものらしい。未来の元カノにこんな過去があったとは、龍馬も初耳だった。前の時間軸でも、碧の第二化学準備室は存在していたから、おそらく田頭のこの事案は先の過去にもあったのだろう。
しかし、田頭にしろ校長にしろ、仮にも教師を統べる立場にありながらレベルが低すぎる。龍馬は、先の時間軸で知らなかったとはいえ、これらを見過ごしていた自分にも腹が立った。
が、だからこそ、これは果たすべきもうひとつの大義になるとも思った。
碧は、意味ありげな笑みを浮かべると電話をかけた。
「もしもし? あっ、私。今すぐ第二化学準備室に来て。今すぐよ!」
電話を切ると龍馬に言った。
「持ってきた小型カメラ、こっそり回しておいてくれない? きっと、おもしろいものが撮れるわよ」
龍馬は、碧の意図がまったくつかめなかった。が、言われるがまま自分の鞄のジッパーをほんの少し開けると、なるべく外から見えないように小型カメラを仕込み、RECボタンを押した。まるで盗撮のようで若干気が引けたのだが……。
待つこと数分、まさかの人物が扉を開けて入ってきた。
「如月さん、困るよ〜。職員会議の最中だったんだよ〜?」
そこには、くたびれたスーツに金縁メガネ、後退した頭髪が脂ぎっている50代のひ弱な男が立っていた。
というより、教頭の田頭だった……。
田頭は、龍馬を見つけると、ひどくうろたえつつも虚勢を張った調子で言った。
「きっ、君は……たしか……せ、生徒会の……」
「副会長の榊です」
「そっ、そうだ、榊! きっ、君がなぜここにいる!!」
「別にいいでしょ! 私が呼んだの。なんか文句ある?」
「いっ、いや……」
碧にピシャリと言われると、田頭は怒られた子供のように小さくなった……。明らかに様子がおかしい田頭を見て、龍馬は碧に耳打ちした。
「碧、なにか弱みでも握ってるのか?」
碧は、不敵に笑うだけだった。
「……で、如月さん? どんな……用件なのかな?」
田頭は、もはやおどおどしながら尋ねた。
「さっき電話で聞いたいじめの件、彼にも詳しく話してあげて」
「ちょ、ちょっと待ってよ〜、如月さん。まさか生徒会が調査するなんてこと……ないよね? そんなことしたら校長に――」
「――あなたもとことん小物ね? この期に及んで校長のご機嫌うかがって、どーすんの? それに生徒会が調査する予定なんてないわよね?」
「えぇ、生徒会がこの件を調査する予定はありません」
「じゃ、なんのために……」
「いちいち、うっさい! あなたは、いじめについて知ってることを洗いざらい私たちに話せばいいの! もし話さないなら――」
「――わかりました! わかりましたから、それだけは勘弁してください!!」
田頭は何度もペコペコと頭を下げた後、言い訳めいた言葉から語り始めた。
「最初に断っておくけどね……私自身もつい一昨日、知ったばかりなんだ。だから隠蔽には関与していない。それだけは理解してほしい。如月さん……そして榊くんも」
「で?」
冷たい視線で碧が先を促す。男性が苦手な碧だが、田頭はなぜか別枠扱いらしい。完璧な弱みでも握ってるんだろうか? 田頭は額に脂汗を浮かべ、早口で語り始めた。
話を要約すると、こうだ。
一昨日、田頭は校長室での校長と陽斗の元担任との会話を盗み聞きしてしまったらしい。
元担任は、その時どうやら良心の呵責に耐えかね、いじめの事実をやはり公表すべきではないかと校長に迫っていたらしい。
しかし、校長は君の今後の人生がめちゃくちゃになるぞとか、教師を辞めてなにが君にできるとか、マスコミが君の家族を放っておかないぞなどと再三脅しを重ね、思いとどまらせたらしいのだ。
ここからは、おそらくという話だったが、学校でのいじめの内部調査もその元担任が主導しており、校長の指示を受け、元担任はいじめがあったと勇気を持って報告してきた生徒に対し、受験に響くぞなどと圧力をかけ、口封じを行ったのではないかということだった。
加えて、タイムリーな情報としては、今日の夕方、区の教育長が急遽、校長を尋ねて来ることになったらしい。田頭曰く、そこで今回の一連の騒動について校長から教育長への報告があるのではないかということだった。
ちなみに、その教育長というのは、校長の元同僚でふたりでよく飲みやゴルフに行くなど公私共につながりも深いことから、じつは教育長自身も本当は今回のいじめの件を知っていたのではないかというのが田頭の見立てだった。
おどおどしている割に口が軽く、ぺらぺらと自分の見立てまで話し終えると、田頭はやりきったとばかり額の汗を拭った。
「教育長が来る時間は何時なの?」
碧は、そんな田頭に息つく暇を与えず冷たく聞いた。
「たっ、たしか……午後3時かと」
「たしか?」
「えっ、えっとー……」
田頭は焦ってスーツの内ポケットから手帳を取り出し、確認すると言った。
「ま、間違いなく3時です!」
「ふーん、そう」
碧は天を仰ぐと、何か考え始めたのか上の空で応えた。
「これが私の知っていることのすべてだ! もう勘弁してくれ」
さながら懇願するように田頭が言った。
「わかった、いいわよ帰って」
碧は田頭の方を見もせず応えた。
「それでは……失礼するね」
最後まで田頭はおどおどしながら、第二化学準備室を出て行った。
田頭の足音が去ると、龍馬は小型カメラを取り出し録画停止ボタンを押した。そして、真っ先に碧に聞いた。
「いったいどんな弱みを握ってんだ?」
「あぁ、それ?」
「それって……あんなわかりやすくビビった大人、久々に見たわ!」
「そうなの! ほんっと小物よね! でもね、小物のくせに……あいつ痴漢野郎なの!」
「……はっ?」
それから碧は、田頭が碧の下僕に成り下がった経緯を話した。
発端は、1ヶ月ほど前の週末だった。
碧が混雑したバスに乗っていると、臀部に違和感を感じた。それが痴漢だとわかるのにそう時間はかからなかった。明らかに背後の何者かの手が碧の臀部を撫で回していた……。
最初は、碧も恐怖のあまり声も出なかったらしい。が、次第にエスカレートする手の動きに耐えかね、勇気を振り絞りスマホで自撮りする要領で、斜俯瞰から現行犯の犯人と自分の様子をいわゆるセルフィ撮影したらしいのだ。
驚いたことに、その写真に映っていた犯人こそ田頭だったのだと言う。
碧は犯人の正体が自分の通う高校のしかも教頭だとわかると、途端にある種冷静になり、かつ想像以上の怒りが心に渦巻いてきたらしい。
だから、普段の碧なら考えられないが、
「なにしてんですか? 教頭先生」
と振り返り睨みつけ、冷たく言い放ったらしいのだ。
すると、周りの目もあり、田頭はみるみるわかりやすく青ざめたらしい。休日ということもあり碧も私服で、しかも学校からも離れた地域のバスであったため、まさか自分の学校の生徒が乗車しているとは田頭も夢にも思わなかったのだろう。
次のバス停で碧が降り、早速通報しようとスマホで110を押そうとすると、後を追うように焦って降りてきた田頭がなんとその場で土下座したというのだ。
「なんでもするから、誰にも言わないでくれ!」
田頭は、そう必至の形相で懇願したらしい。その「なんでも」という言葉を聞いた瞬間、碧の悪魔的な頭脳は「これは使える」と即座に判断したらしい。田頭には、相手が悪かったとしか言いようがない。以来、田頭は碧の下僕に成り下がった……。
じつは、この第二化学準備室も田頭に用意させたものらしい。未来の元カノにこんな過去があったとは、龍馬も初耳だった。前の時間軸でも、碧の第二化学準備室は存在していたから、おそらく田頭のこの事案は先の過去にもあったのだろう。
しかし、田頭にしろ校長にしろ、仮にも教師を統べる立場にありながらレベルが低すぎる。龍馬は、先の時間軸で知らなかったとはいえ、これらを見過ごしていた自分にも腹が立った。
が、だからこそ、これは果たすべきもうひとつの大義になるとも思った。
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