ジェネレーション・ストラグル〜6日間革命〜
1日目(19)―再会
気づくと、龍馬は母親の病室の前まで来ていた。
ひと呼吸し、その扉をスライドさせる。
外光のほとんど入らない薄暗い大部屋。
向かって右側の一番奥のベッド。
それが、母のベッドだった。
はずだ。
ゆっくり歩みを進め、ついに病床の仕切りも兼ねた白いカーテンに手をかけた。
(――母さん)
第一声は、言葉にならなかった。代わりに鼻の奥がツーンとして、視界がぼやけた。
そこには、たしかに在りし日の母がいた。まだ意識もしっかりした、やさしい笑顔があった。
「あら、りょうちゃん? 来てくれたの? 今日はもう来ないんじゃないかと思ってたから、母さん、うれしいわ」
龍馬は、しばらく返事ができなかった。涙をこらえるのに必死だったからだ。
「ん? りょうちゃん、どうしたの? なにか嫌なことでもあった?」
「……いや……なんでもない。ちょっと……花瓶の水、替えてくる」
龍馬はベッド脇の花瓶を手に取ると、すぐ母に背を向けた。そして、そのままトイレへと急いだ。トイレの個室に入り鍵をかけると、龍馬はようやく少しだけ泣いた。
やがて個室を出ると、洗面台の前に立ち冷水で顔を何度も洗った。そして深呼吸をひとつすると、花瓶を手に再び病室へと戻った。
「ごめん、洗面台混んでてさ……」
言ってから、明らかに嘘だとわかったろうなと後悔した。
「……そう、ありがとうね。それでね、りょうちゃん……」
「なに? 母さん」
できるだけ笑顔を作り、母の方を見る。
「じつは……今日、岩槻先生がここにお見えになられたの」
母の口から意外な名前が出て驚く。岩槻とは龍馬の担任で数学教師なのだが、少し生徒のことを小馬鹿にしたところがあり、龍馬はあまり好きではなかった。
「でね、りょうちゃんが……今日、学校を無断で休んだって……」
そういうことか、岩槻め。余分なことをしやがって。龍馬はそう内心憤ったが、努めて冷静に応えた。
「あぁ、そうだったんだ。ごめんね、心配かけて」
「いいえ、母さん、心配は少しもしてないの。りょうちゃんが無断で学校を休むなんて、よほどのことがあったんでしょう?」
そうだった、母はこういう人だった。息子のことを無条件に、100%信じている。そういう人だった。
「じつは、ちょっと色々あって……」
龍馬は、母になんと話すべきか迷った。下手なことを話し、病身に心配をかけたくなかった。
「ひょっとして、また母さんの仕事のことで嫌な思いなんて――」
「――してない! してないから……そんなこと一切ないから」
英恵は、また自分のせいではないかと勘ぐっているようだった。
「そう……なら、いいんだけど。なにか困っていることがあるのなら言ってね。こんな状態だけど、できることは何でもするから、ね」
「わかったよ、母さん。でも、今は自分の体のことを一番に考えて」
「ありがとね、りょうちゃん。でも……できれば母さん、学校には行ってもらいたいな。岩槻先生もね、りょうちゃんのことよくできた息子さんだって褒めてたのよ。成績も優秀だし、生徒会もがんばってるって。本当に鳶が鷹ですねって」
「アイツ、そんなこと母さんに言ったの!」
龍馬は苛立った。あの岩槻なら言いかねない。きっと母を仕事のことで見下したに違いない……。
「いいの、りょうちゃん。本当のことだもの、鳶が鷹よ。でもね、私うれしいのよ。りょうちゃんは、本当に母さんにはもったいないくらいの、いい子だから」
「でも、母さんのこと――」
「――いいの! りょうちゃん。岩槻先生の言うこと、ちゃんと聞くのよ。わざわざ、こんなところまで尋ねてくれるのは、りょうちゃんこと目にかけてくれてる証拠なんだから」
母の穏やかな笑みに、龍馬は強く握った拳を密かに隠した。
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