ジェネレーション・ストラグル〜6日間革命〜
1日目(5)―未来の宰相の説得
一瞬の沈黙があった。
碧は、謎の宇宙言語を聞いたような表情を浮かべた。
『俺は未来から来たんだ!!』
龍馬の言葉は、彼女の予想の斜め上を行くものだったからだ。
  彼女は瞬時に、その聡明な頭を高速回転させ、その真意を探った。が、直後、ただの苦しい言い訳と判断し、ついに「実力行使」の決断をした。そして、小さくうなずくとボソリと龍馬に告げた。
「わかったから……手、離して」
龍馬はその言葉に安堵した表情を見せ、言われるがまま手を離した……その時。
碧は龍馬の足を、思い切り踏みつけた!
反射的に、龍馬は体をくの字に縮める。
刹那、碧は見事な回し蹴りを龍馬のに喰らわせた!!
カンフー映画の悪役のよろしく、龍馬は後方に吹き飛んだ。そして、第二科学準備室の外の廊下に倒れこんだ。間をおかず、扉は閉められ、内から鍵がかけられた。
――その間、約3秒。
みぞおちを圧迫され、龍馬は最初、呼吸もままならなかった。そして、そう言えば、高校時代、護身術を習ってたって言ってたっけな……。そんな後の祭な回想をしていた。状況から見て、交渉は見事に決裂したように見えた。
しかし、今の龍馬に「あきらめる」という選択肢はなかった。だから、龍馬は腹を押さえながらも扉に近づくと、扉を叩きながら声を上げた。
「おい、誤解だ! この扉を開けてくれ!!」
「金輪際現れないで! さもないと、本当に通報するわよ!!」
その言葉に龍馬は、歯噛みした。何とかして、碧に自分のことを信じてもらわなければならない。しかも、早急に!
未来の宰相は、再度、扉越しの彼女の説得を試みた。
「わかった! 今から、俺が未来から来た証拠を話すから! 聞いてくれ!!」
「まだそんな苦しい言い訳、言ってるの? 早くそこから立ち去りなさいよ!」
「未来で、俺と君は……友達だった」
恋人だった、とは言えなかった。ますます、ストーカーっぽかったし。
「寝言は寝ながら言いなさい! それより早く――」
「――君は今年中にアメリカの大学に飛び級で編入する」
「……」
扉越しで碧は少し驚いていた。そんなことまで、このストーカーは知っているのか、と。なにせ、自分の留学話は、じつは親にも相談していない碧の野心だった。もちろん、友人や知人にも話していない。いったい、どこでその話を……。
「その大学には、追って俺も留学する。それ以来、俺と君は友達になる。未来の君とは色々な話をした。たとえば……」
それ以降、龍馬は、友達しか知り得ないはずの碧の幼い頃の思い出話や彼女の口癖やクセの話、さらに彼女にこれから起こる未来の話を語り続けた。ただ唯一、自分と碧が付き合っていたという話を除いて。
「……そうやって、地道に化学を前進させてきた君は、ついに2037年にノーベル化学賞を受賞する。日本人女性として初の快挙だった」
そこまで一気に扉越しにまくしたてると、扉の鍵が内側から「カチャ」と開く音が聞こえた。
「その話……詳しく聞かせなさい」
扉を少しだけ開けると、碧は続けた。
「早く入って……周りに聞かれたら、おかしく思われるでしょ」
龍馬は、その時、やはり目の前の女子高生はあの碧だと思った。
碧は容姿などをいくら褒められても喜ばないくせに「化学の才へのおだて」にはめっぽう弱かった。よくケンカすると、龍馬はこの手に逃げたものだった。再び、第二化学準備室に入ると、龍馬は同じ方法で協力を取り付けるべく、さらにたたみかけた。
「私は本当にその……ノーベル賞を……獲るの?」
「あぁ、2037年にノーベル化学賞を受賞する。さっきも言ったが、日本人女性としては初の快挙となる」
「そう、日本人女性初の快挙……ふーん、そうなんだ……」
碧の口角がかすかに上がったのを、龍馬は見逃さなかった。龍馬は、その碧の表情を見て「ここが押しどころ」だと感じた。
「君の未来は約束されている。ただ、その未来も2039年の7月に潰えてしまう。いや、君だけじゃない。渋谷の、東京の、日本の何百万人という人々の未来も――」
それから龍馬は、自分がタイムリープに至ったあの核攻撃の話を碧に語り始めた。あえて、10年の政治家生活で培った人を動かす手練手管を駆使せず、まっすぐその目を見つめ、かつての彼女に誠心誠意、語り続けた。なんとしても、目の前の「天才」の協力を取り付けたかった。
はじめは、疑心暗鬼な視線で龍馬の話を聞いていた碧だったが、龍馬があまりに切実に真摯に語りかけるので、その言葉を次第に受け入れるわけではないが、聞き入れるようにはなっていった。
「――俺のことを100%信じてくれとは言わない。まったく荒唐無稽だと思うし、俺自身、嘘や夢であってくれたらって本気で思う」
龍馬はここで言葉を区切り、再び続けた。
「しかし……しかし! 仮に俺の話が真実なら、未来の何百万という人々の命が、未来が、俺のこれからの6日間で左右されることになる。俺が失敗すれば、何百万という人々の命と未来も潰えてしまうんだ!」
龍馬の言葉は、さらに熱を帯びる。
「それを食い止めるには、俺の力や知恵だけじゃどう考えたって足りない! 6日間だけでいい! 6日後には、俺を煮るなり焼くなり殺すなりどうしたって構わない! だから、俺に協力してくれないか? 君のその天才的な頭脳を、未来の人々を救うために貸してもらいたい!  お願いだ、頼む!!」
気づくと、龍馬は無意識に碧に顔を近づけ、その両手を力強く握っていた。
一方の碧は、心臓の鼓動が加速し、無意識に頬が火照るのを感じていた。ある意味、男性にこんなに熱く迫られることは初めてだったし、眼前の少年の端正な顔立ちに似合わない力強い言葉は、彼がその話の中で語った未来の宰相であることを暗に彼女に確信させていた。
信じられないが、彼の言葉にはそれを信じさせる力があった。さらに言えば、彼女の動悸は、自覚はないながらも、彼女の中で無意識にある種の恋のようなものと解釈されていたのかもしれない。いずれにしろ、
「――わ、わかったわよ。わかったから……6日間だけ……私の天才的な頭脳を……ほんの少しだけなら貸してあげてもいいわ」
言葉とは裏腹に、真っ赤になった顔を隠すように、碧はうつむいたまま応えた。
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