プロローグ（６）―無知の罪

　
　龍馬は、さらに、まくしたてる。

「今や、わが国の高齢者の割合は35％を突破した！　当然、その方々を支える年金、社会保障費も莫大だ。一方で、この20年でわが国の働く世代の人口は、じつに１７５０万人も減った。１７５０万人もだ!!」

　龍馬は、一拍おき聴衆を見回す。

「にも関わらず、高齢世代の年金や医療費の多くを働く世代が負担する、いわゆる還付かんぷ方式に根本的なメスが入ることはなかった！　少子化を想定するどころか人口過剰を恐れ、右肩上がりの経済成長を仮定した大盤振る舞いの社会保障を無責任に垂れ流し続けた！」

　会場は、どんどん静まり返っていく。

「結果、20年前には１５０兆もあった公的年金積立金こうてきねんきんつみたてきんを切り崩しに切り崩し、ついには今年でそれも底をつこうとしている。――20年以上前からわかっていた！　予測ができた！　こうした喫緊きっきんかつ深刻な問題をただただ先送りにし、この国の衰退を直視しようともせず、てめえさえ逃げ切れれば、これから生まれてくる孫やひ孫の代なんて知らねえと腹の底では思っているのは、いったいどこの誰か・・・・・？」

　龍馬に押され、聴衆は完全に沈黙した。

　が、怒りを露わにする高齢者が現れた。

「まさか、俺たちのせいだって言うのか！」

　齢よわい90近いと思われる男性が口火を切った。

「あのな！　俺たちは日本のために命を削ってがんばってきたんだ！　年金だって払ってきた！　その対価を得るのは当然だろ！」

　他の高齢者たちからも声が上がる。

「そうだ！　老人の貧困だって深刻なんだ！」

「気でも触れたか！　年長者を敬え！　国民の孫じゃねえのか！」

「老後の安心が第一ですって、あなたが言ってたんじゃない！」

　龍馬は、表情ひとつ変えずに答えた。

「――無知とは、罪ですね」

「無知だ？　俺はてめえより長く生きてんだ！　色々な知識と経験ってヤツを積んでんだ！　てめえみたいなケツの青い若造に、無知だなんて言われる筋合いはねぇー！」

　口火を切った男性が、すぐに激昂げきこうした。
　周りで小さな拍手も起こった。

　が、龍馬は、顔色ひとつ変えず返す。

「色々と知識と経験を積んでらっしゃるにも関わらず、ご自分の暮らしがどうやって成り立っているかもご存知ないようですので無知だと言わせていただいたんです！　いいですか？　あなたがなんとなく肩が痛いとか、なんだか腰が痛いとか、大した症状でもないのに茶飲み友達に会いに行くために行く病院の費用や毎月きちっと振り込まれる年金は、あなたが大昔に納めたものなんかじゃない！」

　老人たちは、何を言われているのかわからないような表情を浮かべた。

「まだ生まれてもいない世代も含めた若者世代に、強制的に支払いのツケを回し仕送り・・・させることで成り立ってるんだ！　そして、その額はあなたが大昔に納めた金額を遥はるかに凌しのぐ！　もしあなたが団塊の世代だとしたら、今年オギャーと生まれた子供より、約１億円も多く社会保障の恩恵にあずかることになる。単に早く生まれただけで、１億円の差だ！　おかしいとは思いませんか？　不公平だとは思いませんか？」

　龍馬は、さらに続ける。

「しかし！　しかしです！　わが国の現行制度では、この不公平がまかり通っている。つまり、増える一方のあなた方高齢者の暮らしは、減る一方の若者の富を将来に渡ってまで掠かすめ取り、搾取さくしゅすることで成り立っているんだ!!」