ジェネレーション・ストラグル〜6日間革命〜
プロローグ(5)―煽動政治家
しばらく、拍手は鳴り止まなかった。
龍馬は小さく手を上げ、その拍手に爽やかな笑みで応える。が、演説は始めない。
拍手が完全に止み、聴衆が自分に集中するのを待っているのだ。約一世紀前、かの独裁者も使ったお馴染みの演説手法だ。龍馬は人々を魅了する心理的な術は何であれ貪欲に学び、会得し、実践した。
圧倒的な支持率の正体も、かなりの部分がこの地道な努力の賜物だった。それは、地盤も支持母体もない龍馬が、大衆の支持のみを後ろ盾に、永田町でのし上がるために不可欠なことだった。
しかし、当の龍馬はそんな自分を密かに卑下し、ごく身内だけにこう漏らしていた。
「俺は、煽動政治家だ」
龍馬が、ようやく語り始めたのは、拍手が止み、静寂が興奮から緊張感に変わった頃だった。
「――かつて若者の活気に満ちていたここ渋谷を、こんな姿にしたのは誰か?」
静かだが、芯のある声音だった。
「いや、渋谷だけじゃない。日本中の街から、若者の居場所を、笑顔を、奪ったのは誰か?」
いつもなら爽やかな笑みで騒がしい老婆たちにもやさしく応え、愛想のいいアイドルのような立ち振舞だった龍馬が、これまでのどの演説でも見せたことのないシリアスかつ冷徹な表情で語り始めたため、聴衆とりわけ龍馬ファンの老婆らは面食らった。
しかし、そんな空気など顧みることなく、龍馬はそのままのトーンで続けた。
「コロナウィルスが世界を覆った、あの2020年。以来、わが国は坂道を転げ落ちるように衰退の一途を辿った」
秘書官の小菅は、龍馬を見上げ小さく息を飲んだ。
「政治家たちは『緩やかな縮小』などとお茶を濁したが、その実、衰退以外のなにものでもなかった。あのコロナの年、じつはすでにわが国の女性の2人に1人は50歳以上になっていた。そう、あのウィルス騒ぎの裏側でもうひとつの『終わりの始まり』はすでに始まっていたのです」
龍馬が語るほどに、会場の空気が変わっていく。
「その後、2024年には、国民の3割が65歳以上に。2025年には、ここ首都東京ですら4人に1人が高齢者になった――」
うちわを持った老婆たちも、徐々に戸惑いの表情を浮かべ始めた。
「――地方はもっと深刻だった。2030年代に入ると、地方からデパートが消えた。銀行が消えた。スーパーが消えた。ついには、コンビニさえ撤退した。深刻な人手不足で警察さえ満足に人員を割くことができず、地方ほど治安は悪化、犯罪の温床となった。さらに、電気、水道、ガスといった公共インフラも、人手不足で維持整備できなくなった。実に国土の約7割以上が、生活すること自体が困難な、いわゆる『生活困難地域』に変わり果てた。そして、国土の多くに人が住んでいないこの状況は、わが国の国防も著しく衰退させた。不審船程度で騒いでいた2010年代が懐かしい。現在では、日本海側の海岸線をわが物顔で闊歩する某国の軍服姿が、頻繁に目撃されるまでに至った!」
龍馬は、ここで言葉を区切った。
最後の言葉は明らかに怒気を孕んでいたため、ついには老婆たちも沈黙した。
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