まちがいなく、僕の青春ラブコメは実況されている

0o0【MITSUO】

第5章 僕は、チカラになりたい。16

 
 赤坂は僕につかみかかろうとした。
 しかし、斬日の選手が一斉に動くと、その場で地団駄踏んだ。

 ほんの数分で、パトカーが数台やってきた。
 その頃には、赤坂たちも観念したのか、ふてくされた表情でその場に座りこんでいた。

 僕は隣の新垣さんに「もうこれで大丈夫だから」などと声をかけていた。
 警官は、そこに斬日本プロレスのバスがあり、屈強な選手までいたので、ひどく驚いていた。

 選手たちが関わっていると誤解されると迷惑をかけるので、僕が警察に事情を話した。そして、あくまでも選手たちは通りすがりで無関係だと強調した。

 その際、僕は警官に赤坂たちの犯罪を立証する切り札・・・を再生した。スマホをスピーカーモードに変えて……。

《ぜ、全部! そ、そこにいる赤坂が立てた計画だったんです!》

《ヤレる女紹介しますって、誘ってきたのはおまえだろうが‼》

《コイツ! 似たような手口で何人も女子高生騙して売りに斡旋して、ちょっとした商売してんすよ!》

《彼女を助けに来た僕に、こうして目頭から出血するほど蹴ったり殴ったりしたのは……いったい、誰でしたっけ?》
《それは、その……すまなかったよ》

《あなたたちの話を総合すれば、そこにいる赤坂が誘ったにしろ、もし僕がここに来なければ、彼女を襲っていたってことになりますよね? より正確に言うなら、強姦していたってことですよね?》
《それは……そうかもしれねえが》

《赤坂が似たような手口で何人も女子高生を騙し、その体を男たちに斡旋し商売していたっていうのは本当ですか?》
《あぁ、それは本当だ! 間違いない‼》

 その音声の再生中、赤坂は動揺を隠しきれず泳いだ目でつぶやいた。

「いつの間に……録音を」

 一部始終を聞いていた、警官のひとりが言った。

「なるほど……君には暴行だけじゃなく、色々と余罪もあるみたいだね。もっと詳しい話、署で聞かせてもらえるかな。今晩は家に帰れなくなるかもな」

 その表情は、鋭く赤坂を凝視していた。
 赤坂は、息を呑むように縮こまった。

 じつは、このスマホでの録音、伊達さんのアドバイスによるものだった。斬日の選手たちがバスで乱入し、赤坂たちが互いに言い争いを始めたあたりで、伊達さんが『剛、スマホで音声を録音しろ! なにか証拠になるかもしれない』と僕に耳打ちしたのだ。

 そして「―−悪くない、そう言いたいんですか?」と僕がいきなり話し始めたのも、伊達さんが耳打ちしたものだった。録音を始めた時点で、僕も伊達さんが意図するところは理解できていたので、伊達さんの耳打ちを聞きながら自分でも考え、赤坂たちをあえてけしかけ・・・・・・・、その自供を引き出したのだった。

 赤坂に続き、僕に暴行を加えた男たちも次々にパトカーに押し込まれていった。僕と新垣さんに関しても調書を取りたいので、署まで同行してほしいと言われた。
 
 もちろん了承したが、その前に僕は大鉄さんや選手たちと少しだけ話をさせてほしいと頼んだ。警察はパトカーで待っているので、終わったら来てくれと言った。警察がその場を去ると、大鉄さん、斬日の選手たちが僕と新垣さんのもとに集まってきた。

「剛、その傷、本当に大丈夫か?」

 まっさきに声をかけてくれたのは、小谷選手だった。

「ええ、なんとか」

 肌がつっぱり傷口が痛んだけど、僕は何とか笑顔を作った。
 そして、最初から思っていた素朴な疑問をぶつけた。

「でも、みなさん……どうして?」

「あぁ……じつはな、俺たち明日から東北に巡業なんだ。今日は、その移動日でな。湾岸道路から高速に入ろうと走ってたら、血相を変えて剛が走っていくじゃないか。窓からみんなで呼びかけたんだが、ガン無視されるは、挙げ句の果てに『ウォ――――!』って雄叫び上げて細い道に急に入っていくは、明らかに雰囲気おかしかったから、大鉄さんの指示もあっておまえの後をバスで追ったんだ。こっちはバスだからさ、最後の路地に入るのに手間取っちまって助けに入るのが遅くなった。悪かったな」

「そう、だったんですね……」予想外だった。

「夢中だったせいか、みなさんの声に気づかずこちらこそ失礼しました」

 僕は選手たちに再び頭を下げた。
 
 他の選手たちも、僕をいたわる声をそれぞれかけてくれた。胸が熱くなった。僕は、この奇跡のような偶然に感謝した。神様なんて絶対にいないと思っていた。だけど、ひょっとすると神様は、いるのかもしれない……。

『たったひと夏ではありますが、ヤングライオンたちと乙幡剛が培った絆は、すでにかけがえのないものとなっているようであります。この偶然は、まさにそんな絆が生んだ奇跡ではないでしょうか。これまでの16年、ひとりで生きてきた、生きてこざるをえなかった乙幡剛が初めて手にした絆、あるいは友情かもしれません! 私、伊達も…………感無量です!』

 僕は選手たちとの会話に夢中になるあまり、ある大事なことを忘れかけていた。そのことに、大鉄さんが気づかせてくれた。大鉄さんは、ひとつ咳払いをすると、言った。

「おっ……おい、剛! そちらのお嬢さんのこと、我々には紹介してくれんのか?」

 大鉄さんにしては珍しく、少し恥ずかしそうな物言いだった。その言葉にハッとし、僕はすぐに新垣さんを見た。彼女は、手持ち無沙汰と居心地の悪さのせいか、うつむいてしまっていた。

「――ご、ごめん! 新垣さん‼ 紹介するね」

 焦って僕が告げると、彼女は微笑を浮かべ顔を上げた。

「えっと……みなさん、こちら僕のクラスメートの新垣玲奈さんです。で、新垣さん、こちらの方々は、僕がこの夏、大変お世話になった斬日本プロレスのみなさん、です」

 新垣さんは、自らも挨拶した。

「はじめまして、新垣玲奈と申します。みなさん、先ほどは助けていただき本当にありがとうございました」

 そして、深々と頭を下げた。

「……可憐だ」

「……けしからん」

「……うらやましいぞ……剛」

 選手たちはそんな声をもらした。あげく大鉄さんまで、

「で……剛、その……新垣さんとは……その、お付き合いを、しているのか?」

 と、とんでもないことを聞いてくる。

「なっ、なに言ってるんですか⁉ だ、大鉄さん! そ、そんなことあるわけないじゃないですか!」

 すると選手たちがすぐさま、

「じゃ、新垣さん……フリーなの?」

「よかったら、今度、道場に!」

「あのー、筋肉って、嫌いですか?」

 などと悪のりしてくる。

「み、みなさん! 新垣さんを、からかうのやめてくださいよ!」

 僕が焦って返すと、

「なんだなんだ、剛? ヤキモチか?」

「おぉ、剛がヤキモチ焼いてるぞー!」

「アツいアツい」などと、はやし立てた。

「やっ、やめてくださいよー!」

 僕はさらに焦ってしまい、両手を上げて止めにかかった。
 
 でも、当の新垣さんは、そんな僕らを見て自然と白い歯をこぼした。
 
 やっぱり……新垣さんは笑っている方がいい。横目にその笑みを見て、僕は改めて思った。

「――おーい、お前ら! あとは剛に任せて、そろそろ東北のお客さんを楽しませに行くぞー!」
 
 大鉄さんが締めるようにそう声を上げると、選手たちは名残惜しそうにバスに乗り込んでいった。
 
 バスが動き出すと、選手たちはみな窓から顔を出し、

「じゃあ、剛、新垣さん、またなー!」

「新垣さん、剛のことよろしくねー!」

「今度は、ふたりで道場に遊びに来いよー!」

 などと声をかけ、手を振った。
 最後の言葉には思わず顔が熱くなった。

 それでも、小さくなるバスに僕は大きく手を振った。
 隣を見ると、新垣さんも笑顔でバスが見えなくなるまで手を振っていた。

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