まちがいなく、僕の青春ラブコメは実況されている

0o0【MITSUO】

第3章 僕は、普通の夏休みを過ごしたい。7

「赤坂先輩!」

 新垣さんが心から安堵した表情で、赤坂を見上げる。
 その瞳は、さっきまで僕を見ていたものとは明らかになにかちがった。

「たまたま通りかかったら、ちょっとピンチそうだったから」
 赤坂は照れくさそうに頬をかいた。

「はい、助かりました。先輩には、この前も学校で助けて頂いたばかりなのに。なんてお礼を言ったらいいか……本当にありがとうございます」
 新垣さんは深々と頭を下げた。

「いいよ、そんな。気にしないで。ほっとけなかったし」
 そう言って、赤坂は爽やかな笑みを浮かべた。

 新垣さんも笑顔を返した。その頬は少し朱に染まって見えた。
 感情を抜きにして見れば、お似合いのヒーローとヒロインのようにも見えた。

 一方、僕は地べたで鼻血を流したまま、そんなふたりをただ見上げていた。
 思い出したかのように、赤坂が僕を見下ろした。
 緊張が走る。

「また……君か」
「乙幡くん、大丈夫?」
 新垣さんも駆け寄り、心配そうに見下ろした。

「あっ、鼻血!」
 彼女が差し伸べた手を、僕は振り払い、顔を伏せた。
 どうして、咄嗟にそんなことをしたのかわからない。

「だ……大丈夫、です」
 取りつくろうように、僕は言った。

「本人が大丈夫って言ってるんだ、きっと大丈夫だよ」
「でも……」
 その後、赤坂は僕の正面に回り込むと、
「乙幡くんて言ったっけ? 立てるか?」
 そう言って僕に肩を貸す。

 僕は内心、戦慄しながら、その肩を借り立ち上がる。
「その様子なら、歩けるな?」
 黙ってうなずく。

「じゃあ、俺は新垣さんを送っていく。君も気をつけて帰れ」
 それだけ言うと、赤坂は背を向け新垣さんの方を向いた。

「えっ、いいんですか? その……送っていただいて」
 言葉とは裏腹に彼女の表情は、少しうれしそうだった。

「こんなことがあったのに、女の子ひとりでは帰せないよ。それにまだ、奴らがうろついてる可能性もあるしね」

「ありがとうございます……赤坂先輩」
 改めて彼女は深くお辞儀し、僕を振り返ると少し気まずそうに言った。

「乙幡くんも……気をつけてね」
 そして、ふたりは僕に背を向け歩き始める。

「あっ、ごめん。ちょっと待ってて」
 ふいに赤坂が何か忘れ物をしたかのように立ち止まり、僕の方に駆け戻った。
 そして僕の肩を組むと、新垣さんには背を向け静かに耳打ちした。


「――おまえ、あのデブはた・・・・だよな? 今、思い出したわ……相変わらずデブでクソ情けねえヤツだなぁ? てか、おまえさ、もう新垣さんの半径5メートル以内に近づくな。わかった? 身分の違い、わきまえろ。ブタ」
 

 心底、戦慄した。
 赤坂が僕を思い出してしまった……。

 夏だというのに、凍えるように寒かった。実際、震えていた。
 この前のように気を失わなかっただけ、まだましかもしれない。
 
 どういうわけか、伊達さんの実況もその数十秒だけは沈黙していた。
 ひょっとすると、依代の精神的ダメージは憑依している霊にも何らかダメージを与えるのだろうか? あるいは、伊達さんの実況が聞こえないほど僕の心が麻痺しおかしくなってしまったからだろうか? 

 震えが止まらないなか、そんなことを現実逃避するかのように考えていると、すでに数十メートル先を歩く赤坂と新垣さんの後ろ姿が見えた。赤坂は、その手を新垣さんの肩に馴れ馴れしくまわした。それを見て、幼い頃の赤坂の不敵な笑みがフラッシュバックし、吐き気をもよおした……。

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