まちがいなく、僕の青春ラブコメは実況されている
第3章 僕は、普通の夏休みを過ごしたい。2
目立たぬよう細心の注意を払い、足早に地元の駅へ。
そこから電車に揺られること、約30分。
夏休みなのに、僕は高校の最寄り駅にやって来ていた。
理由は、出かけるのに地元は避けたかったからだ。
中学時代の虐めっ子に会いたくなかったのだ。
そして、もうひとつが定期がまだ残っているので、タダで行けるからだった。
とはいえ、伊達さんに急かされるままにノープランで高校の最寄り駅までやってきてしまったので、これからどうすべきか思案しなければならなかった。ちなみに今は私服で、休日でも学校内に入る場合は制服着用が義務付けられているため、学校という選択肢はなかった。
そこで、学校側とは反対の繁華街や商店街のある方面の改札を出ることにした。考えてみれば、こちら側の改札は一度も利用したことがなかった。基本的に学校が終わると、いつも一目散に帰宅していたので、この駅のこちら側を訪れる機会がなかったのだ。
伊達さんに実況映えするシチュエーションを提供することはできそうにないが、夏休みの初日にこの商店街で休み中必要となる食材や日用品の買い物をあらかじめ済ませてしまうのは悪くないと思った。だからまず、僕は駅前から続くアーケードの商店街をぶらぶら歩いた。
こんなどうでもいい状況でも、伊達さんの実況は追いかけてくる。
『――文豪、川端康成は「雪国」の冒頭で「トンネルを抜けると雪国であった」と書きました。ここ南北駅の改札を抜けると、そこはアーケード商店街でありました。さあ! 我らが乙幡剛、セミもやかましい暑さの中、夏休み初日、まずはここ南北駅前商店街にやって参りました! 八百屋、魚屋、本屋、パン屋などが軒を連ねる、この一見何の変哲もない商店街におきまして、果たしてどんなドラマが待っているのでありましょうか⁉』
いやいや、何も待ってないでしょ……買い物したら帰るし。
『いいや! 我らが乙幡剛は、必ずやこの夏休み初日からぶちかましてくれるはずであります! まさに伝説を、レジェンドを作ってくれるにちがいないと、この伊達、これまでの付き合いから確信しております! なぜなら、乙幡はそういう男であるからであります! 少なくとも、何かしらの災難に巻き込まれる才能を秘めていることは確かであります‼』
怖い怖い怖い、変なフラグ立てないでくださいよ!
そんな僕にしか聞こえない伊達さんとのバカなやり取りを経て、僕はドラッグストアに入った。
「おっ、これ安い!」
そうつぶやいてしまうほど、激安になっていたティッシュをとりあえず買い物カゴに放り込んだ。ほぼ一人暮らしなので、日用品や食品の価格の損得を見極める目だけは無駄に育っていて、想像以上に安い商品には密かに興奮してしまう自分がいた。
ところが、そんな僕を見て伊達さんは、
『おーっと! 乙幡、大胆にもいきなりティッシュを手に取ったぞ! これは今宵、夜の右手の恋人こと新垣さんをおかずに、ひとりだけのパーティーナイトを繰り広げ、夏休みなのをいいことに、この5箱のテッシュを一気に使い切ろうという魂胆でありましょうか⁉』
「ティッシュひとつでよくそこまで言葉出ますね……って、それより新垣さんのことは――」
店内だったことも失念し、僕は普通に伊達さんと会話していた。
が、次の瞬間、視界がまさかの存在を捉え、僕はフリーズした。
「――えっ……乙幡、くん?」
そこには日焼け止めを手にした、新垣さんが立っていた。
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