魔王様、溺愛しすぎです!
1052. その質問は何回目ですか
無言でアスタロトに報告書を手渡し、安堵の息をつく。記された内容を読み終え、アスタロトの表情も柔らかくなった。
「何とかなりそうですね」
「ああ。ルキフェルには褒美をやらないと」
安心したルシファーは、執務室の椅子に深く背を預けた。目元を手で覆って少し休んだが、すぐに身を起こす。報告書と一緒に舞い込んだ許可書にサインした。
ベールの城で行う実験への許可だ。当事者となる日本人や獣人達の許可を得て、見つけた解決方法の効果を試す内容だった。安全策がいくつも用意された実験は、回復役としてベールも付き添う。万全の体制だった。
「ルキフェルに回してくれ」
「承知しました」
預かったアスタロトが文官を呼び、すぐに届けるよう手配する。その間に別の財務書類が差し出され、ルシファーは内容を確かめて署名した。静かな室内にペンの音と、印章を押す音が響く。
「……ベルゼは落ち着いたか?」
思い出したように口にするルシファーだが、実はずっと気にしていた。ベルゼビュートは気が強い女性だが、単純で真っ直ぐだ。精霊女王である彼女が嘆くのは、いつも他者の不幸だった。
精霊が傷つけられたり、愛する森が焼かれた時がそうだ。今回も動物や魔獣が死ぬ可能性に涙ぐんでいた。
「はい。その質問は今日3回目ですよ」
呆れたと言いながらも律儀に答える。アスタロトにしたら、主君が人々に甘いのは周知の事実だ。その中でも付き合いの長い大公に対し、口で示すより深い親愛の情を示してきた。
「しかし盲点だったな」
「ええ。考えてみれば、大量の備蓄がありましたし……入れ替えだと思えば数十年で使い切っても構いませんね」
「そんなに貯めてたのか」
リリスがいるときは飲まないコーヒーを口に運び、ルシファーは唸った。魔王城はもちろん、周辺の貴族家には備蓄が義務付けられている。これは毎年予算が組まれ、魔王城から支給される費用が使われた。大量の食料は定期的に入れ替える必要がある。
今回すべての食料を供出し、魔の森が目覚めた後で再度備蓄する方向に決まった。というのも、過去に備蓄した食料からは、生命力が検出されたのだ。最近の森の恵みから失われた生命力だが、過去に森から得た食料は無事だった。
収納空間という隔離された場所に保管したのがよかったのか。何にしろ、これらを食べさせれば動物も魔獣や魔族も問題なく生活できる。栄養失調の心配は消えた。
数十年で目覚めるはずの魔の森が起きれば何の問題もなく、新しい備蓄を改めて貯めればいい。それまで備蓄で食い繋ぐ。単純だが確実な方法だった。ルキフェルの報告書はその話が記載されている。集まった日本人や獣人に対して栄養失調解消のため、備蓄食料を食べてもらう実験を予定した。
実験が成功すれば、もう心配はなかった。アスタロトがベルゼビュートを焚き付けて計算させた結果、備蓄量は120年分ほどある。問題が解決する兆しが見えた今、ほっとした魔王は周囲を見回した。それから手元のカップの中に半分ほど残ったコーヒーを見つめ、もう一度顔を上げた。
「なあ、リリスはどうしたっけ?」
「その質問は5回目です。リリス姫は新しい衣装を作るための採寸で、大公女達と別室ですよ」
「ああ、そうか」
「ボケたんでしょうか」
「お前、本当に失礼だぞ」
肩をすくめてかわすアスタロトに釣られ、ルシファーは苦笑しながら次の書類に手を伸ばした。
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