魔王様、溺愛しすぎです!
618. 無礼者だけど刺激剤
「やだ、そうじゃないわ。襲撃があったんでしょう?」
「我が君、我を覚えておられるか」
「ちょ、押さないでよ!」
騒々しい連中が庭から入ってくる。ベルゼビュートが聖剣を抜くが、苦笑いしてソファに立てかけた。どうやら敵ではなさそうだ。見覚えのない者とよく見知っている者が混じっていた。
アベル、オレリア、ヤン、アンナ、イザヤの順で飛び込んでくる。ルシファーが首をかしげて、側近に説明を求めた。肩を竦めたベルゼビュートが新しいカップを用意しながら、収納空間からソファも出して並べ始める。
「みんな、とりあえず座って。説明するわ」
これはアスタロトが帰ってくる前に説明しないと場が持たない。何しろ人数が多い上、途中で名前が変わっていたり、今までいなかった者が増えたのだ。一番変化がないのはオレリアか。
顔を見合わせると、申し訳なさそうなオレリアがぺこりと頭を下げた。心配だったのと、彼らと出会って抑えきれなかったのだろう。半泣きでルシファーに抱き着いたヤンは「年取ったな~、セーレ」と昔の名前で呼ばれ耳をぺたんと倒す。無理やりガラスの隙間をすり抜けたヤンは、ベルゼビュートに叱られて牛程度まで身体を縮めた。
「もう! こんなときにアスタロトはのんびりとっ!」
「のんびりと?……どうぞ続けてください」
斜め後ろから駆けられた声に、飛び上がってソファの陰に隠れる。そこに黒衣を纏う吸血鬼の姿を見つけるとさらに飛びのいて、ヤンの後ろに身をひそめた。
「おや、もういいのですか」
大きく首を縦に振るベルゼビュートが、手をかざして置き去りにした剣を引き寄せた。風を操った彼女の手で、銀の剣が輝く。柄に赤い宝石が埋め込まれた聖剣に気づき、ルシファーが首をかしげた。
「それは聖剣だよな、ベルゼビュートにやったか?」
「え、ええ。褒美にいただきましたの」
記憶との齟齬に不思議そうな顔をしたルシファーへ、アスタロトが説明を始めた。さりげなくベルゼビュートが居なくなった椅子に陣取る。
「よろしいでしょうか。陛下の私室は、魔王城の地下魔法陣に仕掛けられた罠により爆発しました。その際に陛下は……」
近くに置かれたソファに左側からアベル、オレリア、イザヤが座り、イザヤの膝の上にアンナがちょこんと座った。なぜか見覚えがある光景のような気がして、ルシファーは彼女達を凝視してしまう。既視感というのか、明らかに記憶を刺激する状況なのだが思い出せない。
眉間に皺を寄せて視線を足元に落としたルシファーの様子に、全員が息を飲んで見つめた。アスタロトも説明の声を止めて見入る。
「何か、気になりますか?」
「いや……何でもない」
さらりと流されてしまい、アスタロトが残念そうに息を吐いた。向かいのヤンとベルゼビュートも派手に肩を落とす。ヤンのふかふかの毛皮を手招きして撫でながら、ペットのように足元に座らせたルシファーが続きを促した。
魔王城の地下に設置した魔法陣への改ざんによる爆発、魔王の私室がターゲットであったこと、直撃した爆発に巻き込まれてケガをした状況、その際に巻き込まれた者が多数いた話……そこまで一気に説明した後、最後にアスタロトは、感情を消した声で付け足した。
「ルシファー様の記憶は、795年分が失われております。その間にいろいろとありましたが、ルシファー様にとって最も重要なのは……魔王妃殿下の存在です」
「魔王妃、殿下?」
ぱちくりと瞬きした美貌の魔王の反応に、誰もが肩を落とした。
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