魔王様、溺愛しすぎです!
575. 平和ボケする暇もない
「煩い……」
身を起こして、ルシファーは固まった。私邸の半分ほどが吹き飛んでいる。慌ててベッドの中を確かめると、まだリリスは寝ていた。爆音を気にせず眠れるのは、大物なのか。さすがはオレのリリスだと感心しながら、寝着から覗いた肩に上着をかけて隠す。
無意識に張った結界の外は、酷い有様だった。先日引き直した源泉が噴水状態になり、壊れた部屋は半分ほど野ざらしだ。天井がぱらぱらと破片を降らせ、結界に弾かれて地面に落ちた。壊れ方が酷いのは庭の方角で、廊下側はかろうじて建物の形を保っていた。
吹き飛んだ扉があった場所から、アスタロトの声が聞こえる。
「ルシファー様、襲撃です」
ああ、そのくらいは分かっている。頷いて身を起こし、口元に指を当てて「しー」と仕草で声を抑えるよう示した。飛び込んだアスタロトが首をかしげ、まだベッドの上で眠り続けるお姫様に気づく。
「この爆音で起きない人が、私の声くらいで起きるわけないでしょう」
もっともな正論を吐かれたが、気分的にはもう少し寝かせてやりたいので声量は落として欲しい。リリスの周囲を結界で幾重にも覆った。音を消し、光を遮り、振動をやわらげ、魔法と物理の双方の攻撃を無効にする複数の結界を張る間に、呆れ顔の側近が天井の欠片を吹き飛ばす。
寝ているリリスの上に落ちると危険なので、最初に落としておく案は悪くない。頷いてぱちんと指を鳴らして黒衣に着替えた。
リリスの服装に迷うが……勝手に着替えさせるのは気が引けた。他人に寝着姿を見せるのは嫌だが、着替えさせて起こしてしまうのも困る。迷った末、とりあえず足元まである長めの上着をもう一枚用意しておいた。起きてこれを羽織れば、他人に寝着を見せる心配もない。
「ったく、平和ボケする暇もない。これでいいか……ん?」
万全の準備を整えたところで立ち上がると、裾を掴む指に気づいた。きゅっと掴んだ白い指から手へ、その先の腕を辿って黒髪に縁どられた少女の尖った唇に、視線がたどり着く。
「リリス……起きていたのか」
「今、私を置いていこうとした?」
「危険だから、様子を見て戻るつもりだった」
「……置いていくの?」
潤んだ目と拗ねた口調で繰り返され、ルシファーは早々に降参した。理由はともかく置いていくつもりだったのは事実で、取り繕ってもリリスの機嫌は上昇しない。両手を伸ばすと、上着に袖を通したリリスがペタンと足を放り出して抱き上げるよう要求した。
拗ねた口元はまだ尖っている。苦笑いして、尖った唇にキスをしてから抱き上げた。横抱きにしたリリスは、長めの上着を羽織っている。魔王を示す紋章が刺繍された黒い上着に包まれた少女は、機嫌よく首に手を回した。
「一緒にいてくれるか? オレのお姫様」
「うん」
待たせたアスタロトの説明を聞きながら、瓦礫を避けて足早に移動する。転移で現場に移動すれば簡単だが、魔力が強すぎる場所で魔法陣を扱うのはご法度だった。
強大な魔力を爆発させた攻撃の所為で、魔力量が飽和している。そこで魔法陣を展開したら、勝手に発動する危険があった。最悪、暴走した魔力に制御を奪われる。予定外の場所に飛ぶくらいなら問題ないが、帰ってこられない地下空間に埋まったり海底に沈む可能性もあるのだ。
出来るだけ早く歩きながらも、両腕で抱き上げたお姫様は揺らさず落とさなかった。鼻歌交じりに純白の髪を編んでいるお姫様は、ご機嫌麗しい様子だ。先ほどの拗ねた状態が続いたら困ると思っていたルシファーは、ほっと安堵の息をついた。
瓦礫の山を2つほど越えたところで、ようやく爆発の現場にたどり着く。
「なんだ、これは……」
派手に吹き飛ばされた露天風呂の脇に、初めて見る獣が横たわっていた。
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