魔王様、溺愛しすぎです!
487. 魔法陣を解析したけれど
ばたんと騒々しく音を立てて、窓から入ってきたベルゼビュートが風を散らす。転移魔法陣を使って城の中庭に戻った彼女は、そこから風の精霊に命じて飛んできたらしい。息を切らした美女は、乱れたピンクの巻き毛を指先で直しながら入ろうとして……立ち止まった。
「ベルゼビュート、やり直しです」
「……ご、めんなさい」
反論しようにもアスタロトの顔が怖い。ついでに言うなら、俯いているルシファーとリリスも気になった。説教の最中にでも遭遇したかしら? そんな疑問を抱きながら、廊下に出るため隣の部屋を通過して衛兵に笑顔を向ける。
「失礼しますわ」
礼儀正しくノックして返答を待ってから開いた扉をくぐった。風景が逆になっただけで、中の様子は何も変わらない。それでも満足そうに頷いたアスタロトに会釈して、そっとソファに腰掛けた。
用意された長椅子に腰掛ける聖女とその兄、隣に勇者もいる。大きく胸元を開いたドレス姿のベルゼビュートと目が合うと、自然に胸元に視線が移動し……焦ったように俯いた。可愛らしい反応じゃない。赤い口紅が鮮やかな唇が弧を描く。
「緊急の幹部会議とお伺いしましたわ」
言葉の外で「なぜ召喚者の人族が混じってるのか」と問いかけるベルゼビュートへ、ベールが淡々と説明した。
「当事者である召喚者も同席を許しました。では全員揃いましたので、始めましょう」
ルキフェルはベールに寄り掛かって転寝している。資料の用意と整理が終わったあたりから、うとうとしていた。新しい研究材料をもらって嬉しかったらしく、ほぼ徹夜で解析していたらしい。ルシファーの許可でそのまま寝かせてあった。
「ルキフェル……起きられますか?」
ベールがそっと揺すると、目を擦りながら水色の髪をかき乱したルキフェルが体を起こす。はふぅと欠伸をして瞬きを繰り返した。意識がはっきりしてきたようで、テーブルに置いた資料に魔法陣を飛ばす。事前に準備してあった資料が、スライドとなって映し出された。
お茶を淹れ直したアデーレが一礼して部屋を出た。扉の閉まる音が合図となって、ルキフェルが説明を始める。
「まず、魔法陣の解析結果から説明するよ。この魔法陣は、元となった攻撃魔法陣の中に潜ませてあった。その理由は、魔力の供給回路が繋がっていたから。魔法陣単独では作動しないんだ」
くるりと魔法陣の図式を立体的に表示させて回す。召喚者以外は魔法陣の基本知識があるため、問題点に気づいた。
「確かに魔力の供給先の指定がありません」
アスタロトが頷き、隣でベルゼビュートが首をかしげる。
「ねえ、座標の魔法文字が変だわ」
「それ以前に作用する方向がおかしい」
ルシファーが止めをさした。つまり、この魔法陣は使えない。ルキフェルが指摘した「単独での使用ができない」という問題を解決しても、魔法陣に召喚者を本来の世界へ送り返す機能はなかった。
静まり返った部屋で、かりかりとお菓子を噛む音がする。アスタロトの目を掻い潜ったルシファーが、リリスに焼き菓子を与えていた。気づいて片眉を持ち上げるが、人前なので注意を控えたアスタロトが溜め息を吐いた。
「いいですか?」
アベルが手をあげて質問があると示す。進行役になることが多いアスタロトが頷くと、アベルは魔法陣を見ながら疑問を口にした。
「この魔法陣じゃ帰れないんですか?」
「そういうことだ」
ルシファーが溜め息をついた。可能なら元の世界に戻してやるのが、役目だと思う。しかし作動しない魔法陣では送り返せない。彼らの安全が保障できない魔法陣は使えなかった。
「簡単にまとめるなら、この魔法陣に魔力を注いでも動かないんだ。攻撃魔法陣を発動させなきゃならないからね。しかも座標が、君達が召喚された魔法陣と明らかに違う。別の世界に接続しちゃうよ。どうやら設置に関わった異世界人は、君達と違う世界の人だったみたいだ」
説明したルキフェルがお茶を飲み、ほっと息をついた。
攻撃魔法陣の発動条件は大量の人族の死による魔力供給だ。この異世界への転移魔法陣を使うなら、攻撃魔法陣と接続し直した上で、大量殺人が必要となる。さらに本来いた世界以外の場所に転送されれば、今度は命の危険も考えられた。送った後はこちらから干渉できないのだから。
帰せる先が元の世界と別の世界ならば、帰るのではなくただの異世界移動となる。
「魔法文字がおかしいのは、世界を示す部分が曖昧なせいだと思う。意味が繋がらないから、記憶を頼りに描いたんじゃないかな? あと……これが最大の問題だけど、召喚時の魔法陣から座標計算をしたら……最低でも250年はかかるね」
「「「250年?!」」」
アベル、イザヤ、アンナの声が重なった。
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