魔王様、溺愛しすぎです!
467. 水没した厨房、消えた壁の穴
「怒られちゃったね、パパ」
「叱られたな」
言い直しながら、ルシファーが苦笑いする。珍しく自分で歩くと主張したリリスと手を繋ぎ、お気に入りのサンダルでお姫様はよちよち歩き出した。ダンスのレッスンで踵の高い靴を履いた際、なぜかその感触が気に入ってしまったリリスは、ふらつきながらも平らな靴を拒否する。
転びそうで怖いのだが、きちんと手を繋げば問題ないとルシファーも我が侭を許していた。ふらつくたびに手をぎゅっと握るのも可愛くて嬉しい。
「おやつはプリンなの?」
「今日はプリンじゃなくて、焼き菓子になるそうだ」
水浸しの厨房は腰の高さまで冠水したため、海水が消えても片付けや消毒に忙しいという。浄化である程度綺麗にしてきたが、職人のこだわりとやらで追い出された。昨日焼いて保管していた焼き菓子を出すと言われ、素直に頷いたのだ。
「明日はプリン?」
「そうだな。片付けを手伝えばプリンが食べられる」
「手伝う!!」
戻ろうとするリリスへ、後ろに従う侍女のアデーレが笑顔で首を横に振った。
「お姫様は厨房にはいりませんのよ。リリス様はお姫様でしょう?」
「うん、行かない」
あっさり前言撤回だ。相変わらず、お姫様とお嫁さんの言葉が大好きなリリスである。その単語に相応しいお嬢様になると宣言し続けていた。解いた髪をポニーテールに結ってもらったリリスは、庭の方を指さして足を止める。
「パパ、変なマークはあそこにあったの」
彼女が指さす先は、ベルゼビュートやエルフが丹精する薔薇の温室の向こうらしい。説明の際も薔薇の温室を通り抜けた先だと口にしていた。何か用事があるわけでもないので、彼女が引っ張るまま温室へ足を踏み入れる。温かなガラスの中は、季節関係なく薔薇が咲き誇る楽園だった。
美しい薔薇を眺めながら、棘に気をつけて通路を抜けていく。反対側にある扉を抜けたあたりで、リリスの護衛騎士イポスが合流した。ゆるく三つ編みにした金髪が背で尻尾のように揺れる。よほど急いで走ってきたのだろう。汗を拭く彼女へ、リリスがハンカチを差し出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
受け取ろうとしたイポスの手から、ルシファーがハンカチを奪い取った。代わりに別のハンカチを置く。リリスが気づかない間に行われた交換の理由は、肩を竦めてハンカチを揺らしたルシファーの仕草で理解した。リリスは自覚していないが、鼻をかんだハンカチを渡したのだ。
くすくす笑うアデーレが洗濯物を回収し、事なきを得た大人達は足元のお姫様にバレないように口元を緩めた。
「ここの……あれぇ?」
リリスが首をかしげる。先日確かに空いていた穴がなかった。よく見れば、新しく煉瓦が積まれているので、ドワーフの誰かが穴に気づいて補修したようだ。事情はわかったが、リリスはしょんぼり肩を落とした。せっかく見つけたマークなのに、見せる前に穴が消えるなんて……。
「ドワーフに頼んで、別の日に開けてもらおうか。今日はお風呂の薔薇を選んで、お茶にしよう」
「……でも明日はプリンだもん」
プリンだから来られない理由はわからないが「そうだね」と相槌を打つルシファーに、リリスが唇を尖らせる。彼女は別の日にするのが悔しいらしい。察したルシファーが片膝をついて目線を合わせた。
「我慢できるなんて、オレのお嫁さんは偉いな……そんな可愛いお姫様とお茶をご一緒させていただけますか?」
後半を畏まった口調で囁くと、赤い瞳を見開いたお姫様は予想外の言葉をつむぐ。
「アシュタみたい」
笑い出したリリスの例えに「それはない」と即答する失礼な魔王だが、彼女は機嫌よく手を繋いだ。立ち上がって歩き出すと、踵の高いサンダルに苦戦しながらもリリスは温室まで戻った。大量の薔薇は上を向いて咲くため、リリスの身長で薔薇の色は見えない。
「おいで」
薔薇の色がよく見えるように抱っこしたルシファーに、白い薔薇がある一角を指さした。
「あれ!」
近づくと無防備に手を伸ばそうとしたので、指を掴んで止める。その間に短剣で薔薇を1本折ったイポスが棘を払ってから差し出した。
「どうぞ」
「ありがと」
笑顔で受け取った薔薇は、白い花弁の外側に赤が浮かんでいた。外側が赤いのに内側が白いので、花びらが1枚ずつ独立して見える。珍しい種類だが、新種だろうか。エルフ達を後で褒めてやらないといけないな……そんなことを考えつつ、ルシファーはリリスを抱っこし直した。
「あの子、お姉ちゃんのお兄ちゃんだ」
姿勢を変えたことで見つけた人影を指さすリリスに釣られて、温室の外に目をやると……イザヤが正座で待っていた。
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