魔王様、溺愛しすぎです!
302. 王都殲滅戦
飛びかかってきた男の剣を弾き、続いた槍を叩き折る。露出度の高いドレスをひらりと揺らし、見事なプロポーションを見せつけながら、ベルゼビュートは人族の群れを斬り伏せた。聖水を手に騒ぐ神官の喉を突いて、容赦なくふたつに切った。
「この魔女め!」
「滅びろ」
飛んでくる炎の球や風の刃を無効化しながら、嫣然と笑う。この程度の魔術で、精霊女王の身に傷を負わせることなど出来ないのだ。
「失礼ね、まったく」
 文句を言いながら、ベルゼビュートは舞うように敵を排除し続ける。その流れる剣先に迷いはなかった。彼女が剣をふるうたび、ピンクの巻き毛がふわふわと揺れる。
ベルゼビュートの表情は硬かった。精霊はもっとも子供が生まれにくい種族のひとつだ。そのため子供は何にも優先して守ってきた。今回の騒動は、他人事ではないのだ。
たまたま誘拐されたのがリリスだったため、すぐに発覚したが、あれが別種族の子供だったら? ただの行方不明事件として扱われていたら? そう考えると恐ろしかった。
滅多に生まれぬ精霊の子が犠牲になった可能性もあるのだ。ぞっとする思いをぶつけるように、目の前の人族を斬り捨てる。後ろに続く魔獣が、左右に広がって大通りを埋め尽くしていた。
『ベルゼビュート様、我らは散開いたします』
魔獣の中でも武勇を誇る魔狼族が、群れの長である灰色魔狼セーレを通じて戦線の拡大を申し出る。都は大きく、獲物である人族の数も多かった。このままでは夜明けまでに終わらない。彼らはかつて己の一族の子狼を狙われたことがあり、たとえ子供であろうと人族を逃す気はなかった。
「わかったわ、何かあればすぐ退きなさい」
上位者の指示に、セーレは身を伏せて了承を伝えた。すぐに遠吠えを行い、魔狼族に指示を広めると、応じる形で遠吠えがあちこちの路地から返る。
魔熊は巨体に似合わぬ器用さを発揮し、街の路地を次々に攻略していた。他の魔獣も都のあちこちに広がっていく。殲滅戦の様相を呈してきた都は、人々が逃げ惑い泣き叫ぶ地獄だった。
「夜明けまでに、魔王陛下に勝利を捧げるのよ」
ただの勝利ではない。完全なる勝利でなければならない。この都に住む人族が落ちた地獄を知らしめ、人族が二度と魔族に逆らわぬよう。他の街が同じ轍を踏まぬよう、見せしめとして完膚なきまでに滅ぼす必要があった。
南の都には、すでにベール指揮下の魔王軍が展開している。王都は魔獣に明け渡された。現場の指揮はベルゼビュートに託されている。すべてが順調だった。
「あと少しね」
ピンクの巻き毛を指先でくるりと回したベルゼビュートは、精霊を使って集めた現場の情報をベールに転送した。
「えい!」
後ろから飛んできた瓶を、剣で弾いて落とす。割れた瓶から聖水の臭いがした。何度洗っても取れぬ、まるで呪詛のような臭いだ。振り返った先で、幼い少女が震えていた。
失敗すると思わなかったのか。聖水でやっつけられると信じていたのだろう。泣き出しそうな顔で後ずさる姿は、ベルゼビュートの追撃を鈍らせた。
「いいわ、行きなさい」
こんな子供が逃げても、すぐに他の魔獣に殺されるだけ。わかっていても助ける気はなく、しかし自ら切り捨てようとも思わなかった。運が良ければ、街から逃げ出せるかも知れない。幼子にかけた僅かな期待は叶わないと承知の上で、ベルゼビュートは剣をさげた。
「魔女、しねぇ!!」
叩きつけられた敵意と炎の球に、ベルゼビュートの紅を塗った口角が持ち上がる。剣を構えず、ただ己の前に展開した魔法陣で炎をそらした。続けざまに数を打った魔術師が力尽きたのを待って、ゆっくり近づく。初老に届く男の首を一太刀で落とした。
「……あら、運がないわね」
先ほど逃した女の子が、炎に焼かれていた。嫌なものを見たと眉をひそめ、ベルゼビュートはその場を後にする。
「陛下の方は終わったのかしら」
見上げた空は深い紺色をしていた。月が半分ほど雲に隠れ、早い風が雲を流す。美しい景色に表情を和らげて、彼女は意識を切り替えた。
「父さんの仇!」
叫んで斬りかかる青年に剣を突き立て、ぐいっと引き抜いた。真っ赤に染まる刃が、ぬらぬらと光る。
「人族に同情なんてしないわ」
自分に言い聞かせるように、ベルゼビュートは赤い唇で弧を描いた。
「魔王様、溺愛しすぎです!」を読んでいる人はこの作品も読んでいます
-
【完結】聖女と結婚ですか? どうぞご自由に 〜婚約破棄後の私は魔王の溺愛を受ける〜
-
17
-
-
炎鳥転生~最弱のひな鳥に転生した男の成り上がり冒険譚~
-
14
-
-
彼女が魔女だって? 要らないなら僕が大切に愛するよ
-
12
-
-
婚約破棄されたので帰国して遊びますね
-
15
-
-
【旧版】自分の娘に生まれ変わった俺は、英雄から神へ成り上がる
-
32
-
-
悪役令嬢と書いてラスボスと読む
-
10
-
-
【完結】魔王なのに、勇者と間違えて召喚されたんだが?
-
24
-
-
冒険者パーティー【黒猫】の気まぐれ
-
62
-
-
【完結】✴︎私と結婚しない王太子(あなた)に存在価値はありませんのよ?
-
20
-
-
最強聖女は追放されたので冒険者になります。なおパーティーメンバーは全員同じような境遇の各国の元最強聖女となった模様。
-
6
-
-
ブラックな魔道具店をクビになった俺、有名な冒険者のパーティーに拾われる~自分の技術を必要としてくれる人たちと新しい人生を始めようと思います~
-
4
-
-
完璧な辺境伯のお父様が大好きな令嬢は、今日も鈍感
-
5
-
-
ループしますか、不老長寿になりますか?
-
2
-
-
ハズレ勇者の鬼畜スキル 〜ハズレだからと問答無用で追い出されたが、実は規格外の歴代最強勇者だった?〜
-
9
-
-
水魔法しか使えませんっ!〜自称ポンコツ魔法使いの、絶対に注目されない生活〜
-
22
-
-
乗用車に轢かれて幽霊になったけど、一年後に異世界転移して「実体化」スキルを覚えたので第二の人生を歩みます
-
17
-
-
異世界行ったら、出会う女性みんな俺を好きになるので収集つかなくなっている ~スケッチブックに想いをのせて 死神に恋した男の無双&ほのぼのハーレム~
-
34
-
-
S級魔法士は学院に入学する〜平穏な学院生活は諦めてます〜(仮)
-
10
-
-
氷花の鬼神って誰のことですか?え、僕のことってどういうこと?
-
87
-
-
外れスキル【釣り】を極限にまで極めた結果 〜《神器》も美少女も釣れるようになったけどスローライフはやめません。〜
-
13
-
コメント