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あの狼たちによろしく

エイジ・シンジョウ

第12話  観戦

「先生、例のあれ、今日あるんだって」
 入室してきたソウタが声をかけてきた。
 顔が暗い。
 ”例のあれ”とは、親友が参加するという公園のケンカのことだ。
「ボク、見に行こうと思う」
 言うと思ったよ。
 ソウタは袖の中の手をぎゅっと強く握っている。決意の表れだ。
「じゃあ一緒に行ってやるよ」
 仕方なさげな顔を作る。本当はちょっと興味あるんだが。
 ソウタの顔がぱっと明るくなる。大きく瞳を開くと、より魅力的な表情になる。
 子どもに笑顔を。大学時代にアルバイトをしていた学習塾の教育方針だった。

 授業が終わり帰り際にまたソウタが来た。
「じゃあ先生、9時半にパルコ前ね!」
 パルコとは、大手デパートグループが経営する若者向けのファッションモールだ。服に少しでも興味がある若者ならば誰でも知っている。中規模以上の都市には必ずあり、この街でもちょうど中心部にある。
「ちょっと見て帰るだけだからな」
 念押しして手を振る。
「おめかしして来てよ!」
 ソウタも大きく手を振って塾を後にする。
 もう安心しきってるな。
 ――何しに行くか、忘れるなよ。
 言わなくてもわかっているだろうから言わない。一番不安なのはあの子だ。

「先生ー!」
 待ち合わせの場所だ。
 俺は念のため、動きやすい靴とズボン、フードつきのパーカー、黒のマスクをつけている。ポケットにはいつもの手袋も入れておいた。
「先生、黒のマスクとか、変なの」
 ソウタが俺を指さして口に手を当てて笑っている。
「昔の不良は大体こんなマスクつけてたぞ? 顔を覚えられないようにな」
「あ、そういえばいるね。そういう怖そうな人」
 まだ笑っているが、どうやら理解はしてもらえたらしい。
 ソウタは、細身のズボンに首回りが大きめのハイネックでチェック柄の上着を腰に巻いている。ひと昔前に流行っていた気がするが、また流行っているのだろうか。
「行こう、先生」
 ソウタが歩き出す。真剣な眼差しだ。
 俺はマスクのずれを直しフードを目深に被ってソウタの後を追った。
 
 繁華街から少しだけ外れた場所にある公園。住宅が少ないから人の気配も少ない。歩いて帰宅する酔客が時々通りかかるくらいだ。
 夜に集まるなら恰好の場所。
 近づいて行くと公園の隅に人が集まっている。
 12、3人か。
 中央で男2人が向き合い、それを他の若者達が取り囲んでいる。

 対戦か。

 よく見ると対戦者は手にグローブをつけている。
 
 オープンフィンガーグローブ――拳と顎を痛めないための綿が入った指ぬきグローブ――だ。
 ただの無謀なケンカではないらしい。

 対戦は少しの膠着状態から一転、ひとりが拳を突き出したところをくぐって、もうひとりが相手に押し寄せた。
 タックルだ。
 川沿いで戦ったレスリングの大男に比べると断然遅い。
 それでも倒した方が上になり、パウンドを繰り出したところで、横から別の男が飛び込んできた。
 2人に割って入る。
 その男が両手を何度も頭の上で交差させている。
 試合終了の合図だろう。
 レフェリーまでついているというわけだ。
「先生っ」
  気づくとソウタがこちらを見上げている。
 試合に気をとられ過ぎたか。
「先生、シンちゃん、いる」
 事前に聞いていた、シンちゃんというのがソウタの親友、サナダ・シンイチロウ。俺と同じくらいの身長だという。手だけでなく足用のプロテクターも付けて準備をしている。
 次の試合なのか。
「あの様子じゃ、大丈夫そうだぞ。RIZINを真似て試合形式でやってるみたいだからな」
「RIZIN? 年末にやってる格闘技番組?」
「そう、その真似事みたいな感じだ」
「怪我とかしない?」
「しないこともないだろうが、勝負が決まれば途中で止めるみたいだしな」
「あんまりひどいケンカじゃないってこと?」
「試合だと思って見届けてやるのも手かもな」
 次の対戦者達もすでに試合前で真剣な表情だ。
「ひどいことになりそうなら止めにいってやるよ」
 ソウタが見上げてくる。瞳が潤んでいる。
「先生、こういうことに慣れてそうだね」
 鋭い。
「人生経験ってやつさ。大丈夫だよ」
 ソウタの肩に手をおいて安心させつつ、試合を待つ。
 テコンドーを使うという子の試合を見てみたい。

 先ほどのレフェリーらしき男が中央に立つ。
「ではK-1ルールで時間は無制限。始め!」
 声とともに手を振り下ろす。
 サナダ・シンイチロウ――ソウタの親友—―とその対戦者が構える。
 K-1ルール。つまり打撃のみで肘はなし。倒れた相手への攻撃もなしだ。

 相手は構えのバランスが悪い。あまり経験者ではなさそうだ。
 サナダがステップを踏む。両足が揃ったテコンドーのステップだ。

 試合が始まる。

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