あの狼たちによろしく
第11話 相談
朝。
最近は背中の痛みもなくなってきた。
何度もローキックした脛の青痣はさすがにまだ消えていない。
妻には気づかれていないはずだ。ここのところ裸を見られることはなかったし、家着は長ズボンだ。
顔にダメージも無かった。拳は手袋のおかげでなんともない。大丈夫だ。
あれから3週間ほどたった。
体は痛かったけど、キックボクシングと合気道には毎週ちゃんと通った。
一度も街には行っていない。
そろそろほとぼりもさめているだろうか。
今日も仕事に行く。土曜の仕事は朝から夕方まで。その後は合気道の日だ。
「グッモーニンッ」
英会話講師のパプテマスが声をかけてくる。
彼はいつも笑顔だ。「おはよう」と返す。日によっては「グッモーニン」と返すこともある。英語は苦手な方だ。
「ここのところ元気なかったヨ?」
そして彼はとてもよく気がつく。
「いや、トレーニングでちょっと痛めちゃって」
ズボンの裾を上げて、脛を見せる。
「オォ、イタソウ。でもダイジョウブ。治るときには、そこが前より強くなるんだヨ」
また笑顔で返してくれる。この明るさになんだか救われる。
「そうだね」
うまく笑顔が作れているか自信がないが、なんとか笑顔で答えた。
もう街には出られないかな。
「おはようございまぁす」
入口の自動ドアから生徒が入ってくる。
「あ、先生、いたいたー」
入ってきた生徒がこちらに向かってくる。
高校生の男子—―高校1年生で中高一貫校生徒専用コースのカノウ・ソウタだ。
伸びたカーディガンの袖から、かろうじて出した指を俺に向けてくる。
髪はサラサラの真ん中分け。横は耳まで覆っていて後ろだけ少し長い。変わった髪型だが今時の若い子は何でもありだ。細身の体に小さな頭がちょこんと乗っている。背は低くないが、遠目だと女子にも見える。
「おはよう」
「おはようございます。先生、ちょっと相談があるんです」
いつもより深刻な顔つき。相談なら当然。
俺の前に座って頬杖をついた顔を近づけてくる。
眉毛も整っていて、切れ長の目と唇は薄くて血色が良い。
問題は――俺には問題ではないが――男子なのに、とてつもなくカワイイ顔をしていることだ。周囲の女子にとっては大きな関心事に違いない。進学校で勉強もできるし、塾でも人気だ。
「ほぉ、どうした?」
恋愛相談ならあまりアドバイスできることはないけど、生徒の相談事には真摯に向き合うべき。
「学校の友達のことで……」
友達のことと言いながら自分のことを相談するパターン?
「その友達、テコンドーを習ってたんだけど、その道場がつぶれちゃって」
テコンドー? これは本人のことじゃないな。この子は格闘技をしている感じじゃない。
「それで最近ムシャクシャするから、公園のケンカにでも参加しようかなって」
公園でケンカ? 予想外な上に微妙な話題だな。
「僕にはよくわからないけど、ケンカとかってしたくなるものなんですかね」
「それは……」
――なる人とならない人がいるんだよ。すべての物事がそうだろ?
「どうも夜の公園で対戦っぽくケンカしてる高校生達がいるみたいで。そこに参加するって。止めるべきだよね?」
「そりゃ止めるべきだね」
当たり前に返す。
「何度も止めたんだけど。行くんだってきかなくて」
ソウタがうつむく。
「ケンカで、彼が大怪我とかしたらどうしようって思って。先生、何とかなりませんか?」
カーディガンの袖を掴んだ両手で顔を覆う。
「なんとかって、俺が? でも、その子、塾の生徒でもないし。どうしてやったらいいのか」
俺が格闘技をやっていることはパプテマス以外の塾の人には話していない。喧嘩の事に関しては尚更だ。この子もコース担任としての俺に相談してきたのだろう。
「あのおっきな英会話の先生にも聞いてみていい?」
ソウタがパプテマスを見る。パプテマスはいつも空手道場のロゴ入りカバンを使っている。体格といい、誰から見ても格闘技経験者に見えるだろう。
パプテマスを呼んで聞いてみた。
簡単に事情を説明すると、
「それは警察でショ。その子の親にも言わなきゃネ」
と返ってきた。そりゃそうだよな。
ソウタがまたうつむく。
「お母さんは警察には連絡するなって言うし、事が起きてからじゃ遅いじゃん! 小学校からずっと一緒の友達なんだよ。どうしたらいいのかわかんないよ」
「カワイソウだけド、他にはないヨ。友達なら説得し続けるンダ。応援するカラ、ネ、がんばろウ?」
パプテマスが優しく肩に手を置く。見上げたソウタは目に涙を溜めている。
「すみません。大声出しちゃって」
涙を拭いて頭を下げる。この子もちゃんとした子だ。
「何かあったらすぐに言ってね。お母さんとも話をするし、警察に連絡するなら協力するからね」
はい、と礼儀正しく返事をしてソウタは授業教室に向かった。明るく声を掛けてくる女子達に手を上げて返事を返す。
少し落ち着いたかな。今後も来た時には毎回声を掛けよう。
それにしても。
夜の公園で集まって対戦ね。
そんな手もあるわけか。
その日の合気道は、参加者全員が妙に気合が入っていた。ハナザワさんの俺に対する態度が特にきつかった気がする。
さらに嫌われたかぁ。
俺、何かしたかなぁ?
最近は背中の痛みもなくなってきた。
何度もローキックした脛の青痣はさすがにまだ消えていない。
妻には気づかれていないはずだ。ここのところ裸を見られることはなかったし、家着は長ズボンだ。
顔にダメージも無かった。拳は手袋のおかげでなんともない。大丈夫だ。
あれから3週間ほどたった。
体は痛かったけど、キックボクシングと合気道には毎週ちゃんと通った。
一度も街には行っていない。
そろそろほとぼりもさめているだろうか。
今日も仕事に行く。土曜の仕事は朝から夕方まで。その後は合気道の日だ。
「グッモーニンッ」
英会話講師のパプテマスが声をかけてくる。
彼はいつも笑顔だ。「おはよう」と返す。日によっては「グッモーニン」と返すこともある。英語は苦手な方だ。
「ここのところ元気なかったヨ?」
そして彼はとてもよく気がつく。
「いや、トレーニングでちょっと痛めちゃって」
ズボンの裾を上げて、脛を見せる。
「オォ、イタソウ。でもダイジョウブ。治るときには、そこが前より強くなるんだヨ」
また笑顔で返してくれる。この明るさになんだか救われる。
「そうだね」
うまく笑顔が作れているか自信がないが、なんとか笑顔で答えた。
もう街には出られないかな。
「おはようございまぁす」
入口の自動ドアから生徒が入ってくる。
「あ、先生、いたいたー」
入ってきた生徒がこちらに向かってくる。
高校生の男子—―高校1年生で中高一貫校生徒専用コースのカノウ・ソウタだ。
伸びたカーディガンの袖から、かろうじて出した指を俺に向けてくる。
髪はサラサラの真ん中分け。横は耳まで覆っていて後ろだけ少し長い。変わった髪型だが今時の若い子は何でもありだ。細身の体に小さな頭がちょこんと乗っている。背は低くないが、遠目だと女子にも見える。
「おはよう」
「おはようございます。先生、ちょっと相談があるんです」
いつもより深刻な顔つき。相談なら当然。
俺の前に座って頬杖をついた顔を近づけてくる。
眉毛も整っていて、切れ長の目と唇は薄くて血色が良い。
問題は――俺には問題ではないが――男子なのに、とてつもなくカワイイ顔をしていることだ。周囲の女子にとっては大きな関心事に違いない。進学校で勉強もできるし、塾でも人気だ。
「ほぉ、どうした?」
恋愛相談ならあまりアドバイスできることはないけど、生徒の相談事には真摯に向き合うべき。
「学校の友達のことで……」
友達のことと言いながら自分のことを相談するパターン?
「その友達、テコンドーを習ってたんだけど、その道場がつぶれちゃって」
テコンドー? これは本人のことじゃないな。この子は格闘技をしている感じじゃない。
「それで最近ムシャクシャするから、公園のケンカにでも参加しようかなって」
公園でケンカ? 予想外な上に微妙な話題だな。
「僕にはよくわからないけど、ケンカとかってしたくなるものなんですかね」
「それは……」
――なる人とならない人がいるんだよ。すべての物事がそうだろ?
「どうも夜の公園で対戦っぽくケンカしてる高校生達がいるみたいで。そこに参加するって。止めるべきだよね?」
「そりゃ止めるべきだね」
当たり前に返す。
「何度も止めたんだけど。行くんだってきかなくて」
ソウタがうつむく。
「ケンカで、彼が大怪我とかしたらどうしようって思って。先生、何とかなりませんか?」
カーディガンの袖を掴んだ両手で顔を覆う。
「なんとかって、俺が? でも、その子、塾の生徒でもないし。どうしてやったらいいのか」
俺が格闘技をやっていることはパプテマス以外の塾の人には話していない。喧嘩の事に関しては尚更だ。この子もコース担任としての俺に相談してきたのだろう。
「あのおっきな英会話の先生にも聞いてみていい?」
ソウタがパプテマスを見る。パプテマスはいつも空手道場のロゴ入りカバンを使っている。体格といい、誰から見ても格闘技経験者に見えるだろう。
パプテマスを呼んで聞いてみた。
簡単に事情を説明すると、
「それは警察でショ。その子の親にも言わなきゃネ」
と返ってきた。そりゃそうだよな。
ソウタがまたうつむく。
「お母さんは警察には連絡するなって言うし、事が起きてからじゃ遅いじゃん! 小学校からずっと一緒の友達なんだよ。どうしたらいいのかわかんないよ」
「カワイソウだけド、他にはないヨ。友達なら説得し続けるンダ。応援するカラ、ネ、がんばろウ?」
パプテマスが優しく肩に手を置く。見上げたソウタは目に涙を溜めている。
「すみません。大声出しちゃって」
涙を拭いて頭を下げる。この子もちゃんとした子だ。
「何かあったらすぐに言ってね。お母さんとも話をするし、警察に連絡するなら協力するからね」
はい、と礼儀正しく返事をしてソウタは授業教室に向かった。明るく声を掛けてくる女子達に手を上げて返事を返す。
少し落ち着いたかな。今後も来た時には毎回声を掛けよう。
それにしても。
夜の公園で集まって対戦ね。
そんな手もあるわけか。
その日の合気道は、参加者全員が妙に気合が入っていた。ハナザワさんの俺に対する態度が特にきつかった気がする。
さらに嫌われたかぁ。
俺、何かしたかなぁ?
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