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あの狼たちによろしく

エイジ・シンジョウ

第10話  決戦、あるいは真の初戦

 男が少しずつにじり寄ってくる。
 レスリング。地面は土。土手。大樹あり。
 タックルされて川に落とされたり、樹にたたきつけられたりしたら負けだ。
 川や樹を背にしない方がいい。

 左利き(右前)で構える俺は、右ローキックを軽く放ってけん制する。
 何度も出すとタイミングを狙われるに違いない。
 
 ジャブ。
 手ではじかれる。
 ジャブのふりをして手首を掴む。
 外された。
 すごい力だ。

 大柄の男が相手の場合、決め手は少ない。相手が狙ってこない限り、金的と目つぶしは使いたくない。
 消耗を待つのが得策——そもそも闘いたくない人は走って逃げるのが一番よい。

 ジャブとローで距離をとって相手を焦らせる。

 攻撃が単調にならないように距離をとってハイキック。当たらなくてもいい。
 ムエタイの回し蹴りは1回転して元の構えに戻る。
 隙が多いように思われるが、蹴りをかわした後、攻撃の届く範囲に入るのは難しい。入ってきてもこちらも攻撃ができる体制になっている。
 相手にローキックがあたる。
 少し苦しそうな表情。効きはする。
 ローを続けるか。
 相手が大きく腕を振ってきた。
 打撃は速くない。タックルのための布石だ。

 また、膠着状態。

 ——そろそろ誘うか。

 もう一度ハイキックを放つ。
 回り際に相手が飛び込んでくる。
 俺は蹴った足を地面につけ、その瞬間に上半身を右肩から勢いよく体の内側へ回す。
 飛び込んでくる相手の顎に肘を——。

 低い!
 
 相手の巨体が地面すれすれに飛んでくる。
 このままでは、こめかみに肘が入る

 —―失明させるかもしれない。

 恐れが一瞬、俺の肘を鈍らせた。

 気づけば目の前に太い樹の枝—―—―高く—―—―持ち上げられている!

 持ち上げられれば出来ることは少ない。
 とっさに両腕で頭を覆った。

 背中から地面にたたきつけられる。
 一瞬呼吸が止まった。
 追い打ちを受けないように転がって逃げる。
 川に落ちないギリギリのところで膝立ちで止まることができた。

「手加減か? お兄さん」
「そっちだって頭から落としたり、川に投げたりできたろ?」
「人殺しにはなりたくない」
 また寂しげな表情だ。
「手加減して貰ってるってことね」
 男は答えない。
 喧嘩とは何か、格闘技とは何か。その答えを出せずにいるのはそもそも俺自身だ。

 もっと本気にさせなければいけないということか。
 土手を上がると、俺はもう一度構えなおした。

 男は鼻を鳴らすと――癖なのだろう――もう一度突進してきた。
 捌いてかわす。
 さらに二度捌いてかわした。
 ギアを上げた速めのローを何度もあてた。さすがにしぶとい。こちらの息も上がってきている。
 次の突進。
 突進を捌くのが精一杯だと思っているだろう。確かに捌いた後に攻撃のタメを作る余裕は全くない。
 捌いた後の攻撃はないと十分に思わせたなら――。

 今度は右に体を躱して相手の懐に入る。
 チャンスとばかりに抱きかかえるようにして捕まえに来る。
 右前に出ながら躱した後は、相手に対しては左足が前になる。タメを必要とする攻撃はしづらいが――。

 右足から右ひざ、右ひざから腰へ、腰から胴体、左足、左肩へ。

 左肩から肘、左手首へ。

 全身による数センチの重心移動の全てが、相手の腹に添えた左の掌へ向かう。
 
「はっ!」

 気勢とともに自分のすべてを相手の鳩尾—―重心であり急所だ――に送る。

「ごふぁ!」

 唾液か胃液かわからないものを吐きながら、男はゆっくりと膝から崩れた。
 吹き飛ばされる方ではなく、受けきる方を選んだ結果だ。

「がはっ、ごほっ」

 男は呻きながらもすぐに立ち上がってくる。
 化け物じみた体力と打たれ強さ。ただの喧嘩好きではなく、競技者だけが持つ忍耐強さ。日本の体育会が誇るハードワークという名のオーバーワークによる賜物だ。

「やるなぁ、いまのは何だ」
「話せば長くなるさ。受けられただけ貴重だと思ってくれ」
 子どもの頃から憧れて練習を続け、高校・大学時代の親友の助言で完成した、自分なりの奥義だ。
「茶飲み話をする仲じゃないってか。そりゃそうだ」
 男は立ち上がるともう一度構えた。

 まだやるか。
 俺も構えようとしたら、木の陰から細身で長身の男がすっと現れた。手足は細いが肩幅は異様に広い。
「カワカミ、お前でも駄目だとはな」
 現れた男は、手に白木の棒—―ドスだろうか—―を持っていた。
 存在を知られている—―逃げなければ!
 俺は全力で駆けだした。後ろは振り返らない。

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