あの狼たちによろしく

エイジ・シンジョウ

第8話  邂逅

 夜が来た。
 伸縮性のジーンズに長袖シャツ、手袋、コンタクトレンズをつける。
 今日は妻と息子が実家に泊まり。明日は仕事も休み。思う存分に出かけられる。
 今日の目的地はもう決めてある。
 繁華街—―あの高級ソープランドの前—―を通る。
 マンションを出るまでは興奮を抑えて、いつものように川沿いを目指して歩き始めた。

 この街の川沿いはきれいに整備されていて、土手の左右には高い樹が植えられている。
 土手の地面は押し固めた土や煉瓦敷き、場所によってはジョギング用にゴムチップの舗装材が使われているところもある。
 その土手を道路側に降りれば、ラブホテルが建ち並ぶ通りだ。一人用のマンションも多く、そこは繁華街のホステス達が帰途につくねぐらだ。
 中心部から少し離れたこの辺りは、かつて「赤線地区」と呼ばれ、いわゆる遊郭のあった場所だ。戦後すぐの頃には、川沿いに客待ちの女達が立っていたと言われている。つまり、夜の治安はあまり良くないと思われている場所、ということだ。
 土手を降りて繁華街に向かうおうとしたところで、人の姿が目の端に映った。
 向こうから歩いてくる。

 —―ロングコートの男。

 あの立ち姿。
 あの男だ。出勤時間だろうか。
 顔をうつ伏せて歩き、静かにすれ違う。
 
 すれ違って数歩—―足音が消えた。

 すぐさま振り返る。

 男は振り返らず、立ち止まっていた。

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