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【完結】✴︎私と結婚しない王太子(あなた)に存在価値はありませんのよ?

necoaya

第54話 幸せは手の届くものですのね

「伯母様も、結婚はお嫌でしたか?」

 伯母である元王妃アデライダ様の前、19代目まで読み終えました。竜の乙女の手記は、死の前日まで書き続けます。伯母様の日記も、私の記録も、まだ手元にありました。

 私はガゼボの赤い花の下で午後のお茶を口に運びます。貴族のしきたりやマナーもかなり緩和され、今は紅茶の飲み方一つに数か月かけて教育する必要はないと聞きました。他人を不快にさせない最低限のマナーが出来ていれば、それ以上の細かな作法は省略されるようです。

 お茶を口元に運ぶ角度や指の動き、スプーンの置き方まで教え込まれた淑女の仕草は優雅で綺麗ですが、そこまで細かな作法がなければ飲めないお茶に価値はないでしょう。

 私達の改革は、多くの貴族に歓迎されました。男女ともに学ぶ作法が減ったことで、心や生活に余裕が出ているそうです。

 自分が好きなことに時間を割けるようになり、人々に笑顔が増えました。余暇に新しい趣味を始める貴族が増え、経済が活性化したとも伺っています。良いことですね。内政に力を入れる貴族、家族との時間を優先する方々、どちらも正しいことですから。

 伯母様はカップを両手で包むようにして、思わし気に溜め息をつきました。

「そうね、私も逃げ出したかったわ。誰かに助けて欲しかった。愛してもいない男と身体を重ねるなんて、ぞっとしたけれど……」

 目の前で驚きに目を瞠るのは、伯母様の2人の娘でした。自ら王族の地位を返上したお二人は、侍女になりたいと願い出ました。しかし婚約者の青年たちが改めて妻に望んだ願いが聞き届けられ、カサンドラ様は侯爵夫人、リアンドラ様は伯爵夫人として新たな生活を営んでいます。

 王妃時代のアデライダ伯母様は、娘や息子との時間を極力減らしていました。王妃殿下のお茶会に招待されるのは姪である私と、いずれメレンデス公爵夫人となるフランカのみ。何度かお願いしたこともありますが、頑なに伯母様は彼女達の同席を拒みました。

「あなた達は本当によかったの?」

 伯母様が選んだ相手との結婚で構わないのですか。娘達を気遣う言葉を放った伯母様は、僅かに首をかしげて答えを待ちます。己が望んだ子でなかった。義務でしかないとしても、子供達に罪はなかったと……手記を読んだ私に叱られて気づいたそうです。

 娘達が母親に求めたのは無償の愛。それは代々の竜の乙女が奪われたものと同じではないかしら? そう気づいた伯母様は、姪の私が読み終えた竜の乙女達の手記に、目を通している最中です。あまりの内容に涙がこぼれるが目を逸らしてはいけない、と仰っていました。

 己の過ちから目をそらさず、他者の痛みも受け入れる。本当にお心の強い方ね。

「ええ、お……母様」

 母と呼んではいけない。幼心にそう刻み付けられたカサンドラ様ですが、現在は互いに歩み寄りの時期でした。ぎこちないながらも伯母様に頷きます。赤いドレスのスカートをテーブルの下できゅっと握る姿は、まだ緊張が窺えました。従妹の仕草に気づかぬフリで、フランカがお茶を追加します。

 これも細かなしきたりを取りやめたことで可能となりました。前は侍女が常に張りついて、注ぎ足しは彼女達の仕事だったのです。令嬢や夫人がポットに触れることが許されませんでした。厳格なマナーがなくなり、フランシスカは初めてポットを手にして、思ったより軽いことに驚いたそうですわ。

 実際に想像していたより軽くて驚いたのは私も同じ。逆にアデライダ伯母様は重いと感じたそうよ。私達貴族令嬢は窮屈なルールの中で、何も知らずに育った籠の鳥だったのでしょう。

 これから、新しい体験を積み重ねていくのです。楽しみですわ。

「私は幸せ者です。旦那様や屋敷の人は優しくしてくださいます」

 リアンドラ様は嬉しそうに頬を緩められました。明るく屈託のない性格の従妹は、母と一緒のお茶会が楽しみすぎて昨夜は寝られなかった。そう話を付け足しながら、お茶を淹れたフランカに礼を口にします。フランカが淑女の武器と呼んだ扇や手袋を持つご令嬢も減り、照れた頬をカサンドラ様は素手で覆いました。

 家族の幸せな風景に、私は晴れた空を見上げます。

 過去、竜の乙女は不幸が続きました。その連綿と続く呪いを打ち破ったのは、先祖や家族の悲劇を憂いた歴代のメレンデス公爵家の男達。娘や姉妹を奪われながら、それでも抗い続け、なんとか呪いから逃れようと戦った竜の末裔の華々しい戦果でした。

 自分の代で成し遂げられなくとも、いつかセブリオン家の治世に楔を打ち込むため『竜の乙女の正しい伝説』を民に残し、味方となる貴族を派閥としてまとめ上げてきたのです。

 口惜しい思いをしても、己の代で叶わなくとも、必死で戦った方々の記録は、手記の形で私達の目に触れました。お父様が憂いたように、酷い仕打ちを知って泣く日もありました。それでも知らなかった日には戻れません。無知こそ最大の罪なのですから。

 呪いの最後の犠牲となったアデライダ伯母様は、娘2人に歩み寄る決意をなさいました。これでもう不幸が生み出されることはないでしょう。

 安堵の息をついた私の頭上を、金色の竜が舞っています。きらきらと美しい鱗が光を弾き、くるりと旋回して高度を下げ始めました。

「戻ってきたみたい」

「きっとここへ降りるつもりですわね」

 フランカの指摘通り、テユ様は真っすぐにこちらへ駆け寄ってくるでしょう。幸せになった竜の乙女、この私を抱き締めるために――。

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