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【完結】✴︎私と結婚しない王太子(あなた)に存在価値はありませんのよ?

necoaya

第35話 天使と出会った日(SIDEフランシスカ)

 *****SIDE フランシスカ



 前世界での記憶が蘇ったのは、婚約者と初めて顔合わせをした8歳のお茶会でした。

 栄誉ある竜の乙女の一族メレンデス公爵家との縁組です。断ることは出来ませんし、向こうから断られたら嫁の貰い手はなくなる、と父にキツく言い聞かされました。大人しく頷いて訪れた屋敷は大きく、その紋章には竜が使われています。

 この国は王族であっても竜の紋章はつけることは許されていません。従って、我が国唯一の紋章でした。精巧な彫りが竜の上に薔薇の冠を乗せたデザイン。その紋章ひとつで、メレンデス公爵家の特殊性が浮き彫りとなりました。

 まだ8歳になったばかり、父の侯爵位より上の貴族に会うのも初めてです。どきどきしながら、執事の案内で敷地に足を踏み入れました。ふわりと風が甘い香りを運んできます。

 これは薔薇かしら。誘われるように左手側の庭へ視線を向けました。そこに美しい薔薇の妖精を見つけて、心臓が高鳴ります。

 銀の長い髪がさらりと背を覆う、白い肌の少女が金色の瞳を瞬きました。この世にこれ以上美しい子はいないだろうと息を詰めます。

「フランシスカ、早くしなさい」

 父の促す声に視線をそらし、もう一度左側を見ましたが……妖精は消えていました。一生に一度の幸運なら、もう少し長く見ていたかったですわ。残念に思いながら婚約者が待つという庭のガゼボへ向かいました。

「エミリオ様」

 父が恭しくへりくだった相手は、僅か10歳の少年でした。目が合った瞬間、呼吸が止まります。先ほどの妖精の少女と同じ色……いえ、僅かに瞳の色が違うかも?

 妖精は金の瞳に見えたけれど、エミリオ様と呼ばれた少年は緑に金が混じった不思議な色の目。メレンデス公爵家は竜の血を繋ぐ家なので人外の宝石の瞳をしている、家庭教師がそう口にしていたわ。それがこの色なら、羨ましいくらい美しい宝石でしょう。

「足をお運びいただき、申し訳ありません。僕はエミリオ・ソラ・メレンデスです。そちらの愛らしい方がロエラ家のご令嬢?」

 挨拶を忘れて呆然と立ち尽くした失礼に気づき、慌てて習った通りスカートを摘んでカーテシーを披露しました。

「申し遅れました。ロエラ侯爵令嬢フランシスカと申します。メレンデス公爵家嫡男エミリオ様におかれましては、ご機嫌麗しく……」

 そこで覚えたセリフが途切れてしまう。真っ白になった頭で必死に探すが、続きの言葉が見つかりませんでした。あんなに練習したのに。パニックになった私の前に差し出された手に顔を上げると、笑顔の天使がいます。

「リオ兄様、こちらのお美しい方がお姉さまになってくれるの?」

「いきなり話しかけるなんていけないよ、きちんとご挨拶しなさい」

 無邪気に小首をかしげた天使は、銀髪に金の瞳でした。いや正確には兄のエミリオ様と同じ、緑が入っているけれど……光を反射して金色に輝きます。なんて美しいのかしら。

「メレンデス公爵家のエステファニアですわ。お兄様のお嫁さんになってくださるのでしょう? 私とも仲良くしてくださいね」

 年下とは思えないしっかりした少女の挨拶に、慌てて彼女へ名乗り直しました。

「エステファニア様、丁寧なご挨拶に御礼申し上げます。ロエラ侯爵家フランシスカと申します。フランカとお呼びください」

 こんな可愛い子が私の妹になってくれる。舞い上がって微笑みかけると、彼女も蕾が綻ぶように口元を緩めて微笑み返してくれました。差し出された彼女の手をそっと受けて、にこにこと見つめ合う。その隣で、エミリオ様が肩を竦めます。

「僕より妹の方が先に仲良くなったね。女同士は狡いな、伯母様もそうだけど……すぐにティファを独り占めにしたがるんだから」

 怒っているのかと振り向けば、婚約者の少年はくすくすと笑いました。彼は妹である天使を「ティファ」と呼びましたわ。とても羨ましいと思いますけれど、出会ったその日に愛称呼びをお願いするのは気が引けます。図々しい女だと思われるのは嫌ですもの。

 爵位が上の方を愛称で呼ぶのは、あまりないのです。ティファ様という柔らかな発音に惹かれながらも我慢しました。

 風が吹いて、薔薇が花弁を舞い上げます。その時に揺れたガゼボの薔薇の棘が、私達の髪を揺らしました。未婚の貴族令嬢のしきたりに従い、ハーフアップにした毛先が風に遊ばれ……。

「きゃっ」

 髪を手で押さえようとした私の手に、ちくりと棘が刺さりました。慌てたせいで引っ張ってしまい、手袋を裂く音と共に指先から血が滴ります。

「落ち着きのない子だ。誰か……」

 侍女を呼びに行く父の呆れた声に俯いた私は、傷の痛みと情けない状況に涙が滲んでいました。

 これからの人生をご一緒するエミリオ様と、妹で天使のようなエステファニア様――彼らの前で情けない姿しか見せていません。本当はもっときちんと出来るのに……口惜しさと悲しさで滲んだ涙を必死で堪えました。

 泣いて同情をひくなんて、淑女らしからぬ行為よ。

「どうしましょう、リオ兄様。絡まって取れませんわ」

 ぐすっと鼻を啜る少女の声に、顔を向けます。私よりしっかりしていると思った少女は半泣きでした。

 エステファニア様の銀髪と私の黒髪が絡まって、薔薇の棘に捕まっています。私の黒髪を切っても……そう言う前にエミリオ様の手が髪に触れました。困惑した様子で解こうとするエミリオ様が、周りの人目を確かめてから囁きました。

「ねえ、少しだけずるをしてもいいかな?」

「構わないわ。ねえ、フランカ姉様」

 突然可愛い声で呼ばれ、大急ぎで頷いていました。耳のあたりの髪が引っ張られましたけれど、痛みが気にならないくらい嬉しいですわ。エミリオ様の白い指が丁寧に髪を薔薇から外し、途中でエステファニア様の銀髪のリボンを解いてしまわれました。

 家族以外の前で髪をすべて下すのは淑女として失格……だからエミリオ様は「ずるをしよう」とおっしゃったのでしょう。言葉にされなくても、すでに私は家族の中に含まれていると気づきました。

 風に踊るさらさらの銀髪を、エステファニア様は指で確かめるように梳きます。顔をしかめて唇をきゅっと引き締めました。美しい髪に薔薇の棘が残っていたのでしょうか。みる間に彼女の指先に血が滲んでいます。

 まだ絡まったままの私の黒髪を解くエミリオ様は気づけず、エステファニア様もしゃくりあげる声を殺して唇を噛みました。ああ、愛らしい唇が傷になってしまいます。

 赤い血が玉になったエステファニア様の指先を引き寄せ、レースの手袋越しに唇を当てました。薔薇の棘には毒が含まれていることもあると聞きます。少しすぼめて血を吸いました。血の味が口に広がり、このままハンカチに吐き出せば……そう考えたのですが。

「フランシスカ嬢?!」

 大声を上げたエミリオ様に言い訳しようとして、慌てた私はごくりと血を飲んでしまいました。その途端、何かが頭の中に湧き出します。堰き止められた記憶が一気に脳裏を支配し、見たことのない景色が広がっては消える繰り返しでした。

 何か言わなくては……と唇を震わせるのですが、そのまま意識が遠のいて倒れたようです。

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