両手足悪魔の青年となまりが酷いアルマジロ男の珍道中

高見南純平

2020年 5月13日 東京  孤独な悪魔(Ⅱ)

「これから、どうするか……」


 葛飾区の住宅街。


 光氏和太は住んでいたアパートが壊され、帰る場所を失っていた。


 今は怪物たちから逃げて、細い裏路地で身を隠している。しゃがみ込み、できるだけ目立たないようにしている。


 彼の持ち物はポケットのスマホと財布、それと背負っているリュックのみ。リュックにはプリントファイルや筆記道具といった、大学関係のものしか入っていない。


「そうだ。スマホ」


 スマホを取り出し電源をつけると、すぐにSNSを開く。が、一向にアプリが起動しない。
 よく見れば、3本経っていたはずの電波が、いつのまにか圏外になっていた。
 怪物たちが基地局にも出現して、電波回線が無茶苦茶になってしまっているのかもしれない。


「くっそ。連絡取れねぇのかよ」


 深いため息をつくと、その場で頭を抱え込む。全身から血の臭いが溢れ出しており、それが和太の冷静さを奪っていく。


 始めて体験した人の死。さっきの映像が頭に焼き付いて、振り払っても消えることがなかった。


 殺された彼のように、友人たちも殺されているのかと不安になる。しかし、誰とも連絡を取ることができないので、確認のしようがない。


 大学に戻ろうかとも考えていた。ここから、電車を含めて20分程度でたどり着く。


「いや……やめておくか」


 友人たちを心配する一方、安否確認しにいくほどではないと感じてしまったようだ。
 もう二年も交流がある大学の友達だが、このまま会えないなら会えないでいいと思っていた。


 薄情の奴だな、と和太は自分を責める。
 しかし、それと同時に仕方ないと自分を擁護する。


 彼は昔言われた言葉を思い出していた。


『お前とは遊ばない。だって、殴るんだもん』
『和太が鬼だと、すぐに捕まるからつまんなーい』


 小学校の頃、和太には友達がいなかった。いじめられていたわけではない。どちらかというと、避けられていたのだ。


 人の痛みを理解できない和太は、じゃれあいのつもりで殴って友達に怪我を負わせた。
 けれど、彼には友達が何故泣いているのか分からなかった。
 それは、痛みを自分が経験したことがないから。


 頑丈なだけではなく身体能力が高かったので、遊んでもだいたい和太が勝ってしまう。なので、すぐに飽きられてしまった。


『あいつすぐ暴力振るうらしいよ』
『光氏ってやつ、ちょっと運動できるからってウザイよな』


 成長して中高生になってもそれは変わらなかった。
 和太が努力して力をセーブしても、子供の頃の噂が消えずに周囲から一歩距離を置かれていた。


 スポーツは大体上手くなってしまうため、すぐにひがまれた。後ろ指さされるよりはマシだと、運動部を辞めて帰宅部になった。特に夢はなったので、部活ができなくても問題はなかった。


「おい和太、友達と遊んだりしないのか?」


 常に家で勉強する我が子を見て、父親が心配していた。
 和太は「大丈夫」とだけいって、黙々と自習を続けた。
 成績だけはよく大学受験も難関校を合格したので、両親は深くまで彼の闇に触れようとはしなかった。


 そして東京へ上京すると、昔の和太を知らない大学で新しい生活を謳歌していたのだ。
 酒は何故か酔わないため、飲み続けていると先輩から気に入られるようになった。
 中高の時は噂もあって嫌悪されていた運動神経も、所属しているテニスサークルで発揮すると、一瞬で注目を浴びるようになった。


 地元の学校では子供のころからの付き合いが大事になってくるが、ほとんどの人たちが初対面の大学では自分をアピールすることが重要になってくる。
 その点で言えば、人間離れした身体機能を持つ和太は適性があったということだ。


 順調に大学生活を楽しんでいるように思えたが、力をセーブしようと常に意識していると、周囲と深い関係までは築くことができなかった。
 いつかまた他人を傷つけて、暴力男とレッテルを張られたくはない。


 自分でも知らないうちに心にブレーキをかけてしまい、周りとは広く浅くといった関係を続けていた。


 だから、危険を犯してまで会いに行きたいと思える人がいないのだ。


「この腕、もしかして……」


 スマホを持った右手をふと見つめると、これが自分から分離し空中を飛び立ったことについて考えだした。


 突然のことで頭が回っていなかったが、冷静になってみると和太本人はあまり不思議には感じていなかった。
 逆に化け物を追っ払ってしまうほどの力を目の当たりにして、妙に納得していた。
 昔から疑問に思っていた体の謎が、少しだけ紐解かれたからかもしれないだ。


 和太は自分の腕が黒く変貌するのを初めてみたが、強靭な肉体は昔からだ。
 もし、その二つに関連性があるならば、こう推察することができるのだ。


「生まれつきなのか?」


 爪で肩を切り裂かれた際に力が目覚めただけで、力自体は和太の中に潜伏していたのかもしれない。
 となると、もう一つの仮説を立てることができる。


 それは、両親もそうではないかということだ。
 人間からは人間しか生まれない。
 逆に言えば超人は超人からしか生まれないともいえる。


 浮遊する腕が突然変異ではなく親からの遺伝だとすれば?
 隠されていただけで、両親は知っていたのかもしれない。


 和太は思い返すと、病気のかからないことを親に不審がられたことはなかった。友人を強く殴りすぎてしまった時も、怒りながらも抱きしめてくれた。


「会いに行くしかないか」


 知りたい。
 和太はそう強く願った。


 幼いころから苦しめられてきたこの力のことを。
 何故自分にそれが備わったのか。
 全て知り尽くしたい。


 そのためにはまず、両親に会うしかない。
 もしこのことに心当たりがあるとすれば、和太の親族しかいない。
 連絡の取れない今、直接会って話を聞こうと考えているようだ。


 あまり会話らしき会話をしたことがないため、今更会いに行くのは気が引けるが、そうも言っている場合ではなくなった。


 和太が目的を決め、立ち上がった時だった。


「ウギャリャ?」


 近くにある家の屋根から、小動物のような新手の生物が覗いてきた。
 猿のように2足歩行で腕は4本。小柄なのに数えきれない尻尾が生えている。興奮しているのか、それらを縦横無尽に振り回している。


「っち、見つかったか」


 この細道なら気づかれる可能性は低いと思っていたが、これほど小さい種類がいるとは考えていなかった。


 和太は焦りはしていたが、さっきよりは平常心を保っていられる。一度経験したことと、今回の敵があまり怖そうには見えないからかもしれない。


 それともうひとつ、動揺せずに済む理由がある。


 和太は右腕を上斜めに傾ける。握りしめた拳延長線上には、奇怪な泣き声をあげている化け猿がいる。


「いけ!」


 どう扱うかはまだわからないが、とりあえずさっき自分を守ってくれたように、猿に攻撃するよう念じてみた。


 しかし、右腕はうんともすんとも言わない。握った手を開いてみても、肘を曲げてみても、胴体から分離することはない。


「ダメか……」


 淡い期待をした自分を恥じる和太。まだこの力が何なのかも把握していないのに、都合よく動かそうというのは虫が良すぎたか。


 自分の体と言うのに全くいうことを聞いてくれないことを嘆いていると、屋根にいた猿に動きがあった。
 いや、強制的に動かされたのだ。


 化け猿は横から接近してきた何かに掴まれて、そのまま宙に飛んでいく。
 そして、上空から地面へと一気に加速しながら落下していく。


「グチャ」っという生々しい音が聞こえると、すでに猿はただの肉の塊へと成り果てていた。
 何者かの手によって、地上へと叩き落され殺されたのだ。


「っな! なにが!?」


 猿を掴んだその何かを見て、和太は驚愕した。


 それが和太の腕だからだ。


 再び黒い鱗に覆われており、猿の赤とも青ともいえない汚らしい色の血液が、全体に付着している。


 しかし、構えたままの右腕は元の状態のまま。動き出していないのだ。


 もしやと自分の左側に目をやると、和太は目を見開き驚いた。
 和太は勝手に勘違いをしていたのだ。
 空を舞うのは右腕だけだと。


 今度は左肩から先が奇麗になくなっていた。他人の血で汚れてはいるが、体からは一滴も血が流れ落ちていない。


 猿を殺した左腕が、すぐに元の場所である和太の胴体へ帰っていく。
 そこで、自分の手で生き物を殺したことに気がついてしまう。
 分離している際に腕の感触が全くないので、あまり実感はないようだ。
 けれど、血だらけの死体を見て、殺したという事実は受け入れることができる。


「ほんと、俺の体はどうなってるんだ」


 情報が多すぎて頭がパンク寸前だ。


 それと同時に、彼の中でさらに知りたいという欲求が強まってくる。


 今すぐにでも目的である両親に会いに行こうと決意する。


 普通、こんな混沌とした状況なら、身を隠し続けるか安全なところへ避難するかだ。
 けれど、和太は違う。
 彼は自分の秘密を知るために、動き出すことにした。


 それに、化け物のことに関しては正直、恐怖が和らいでいた。


 小型の物なら倒せた実績があり、大型のものでも追い払うことができた。
 侵攻してきた怪物たちに対抗できると感じて余裕ができたようだ。


 それよりも今は、秘密を知りたくて仕方がないという表情をしていた。
 いつもは目つきが悪いと言われやすい和太だが、今は少しだけ和らいでいるように思える。
 一生理由が分からないまま過ごしていくと思っていたため、胸の靄が晴れるかもと気が楽になってきているのかもしれない。


 怪物に殺され人生を終えるかと思われたのに、長年の謎を解明できるかもしれないのだ。


 血みどろな世界に何故か一筋の光を捉え、それを頼りに和太は一歩を踏み出す。


 そして、東京から故郷 千葉へ向かうのだった。

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