両手足悪魔の青年となまりが酷いアルマジロ男の珍道中

高見南純平

2020年 5月13日 東京  孤独な悪魔(Ⅰ)

 光氏和太ひかりし わたは病気にかかったことがない。擦り傷や風邪も、一度も経験したことがない。


 そんな頑丈な男の右腕が、たった今切断された。


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」


 一瞬の出来事すぎて、すぐには頭が追い付かなかった。


 目の前に、まるで作り物のような片腕が無造作に落ちてある。青い長袖のシャツごと肩から切り離されており、それがコンクリートの道に落とし物のように転がっているのだ。


 何故それが生命力のない無機物に感じるのか。


 それは、腕の切断面から1mmも血液が流れ落ちていないからだ。地面の腕だけではない。光氏和太の肩も同様の状態だった。


 さらに血が出ていないことに加えて、もう一つ不可解なことが起きていた。


「はぁ…はぁ…はぁ…?」


 息を整えだした和太は、あることに気がつく。条件反射で腹の底から絶叫してしまったが、本来感じるはずのものが和太にはなかった。


 それは痛みだ。彼は全く痛みを感じていない。
 そもそも、和太は一生に一度も痛覚を経験したことがない。


 和太には全て意味不明だった。自分の腕が切られたことも、血や痛みがない事も。
 そして、腕を切断した目の前の怪物のことも。


「ギャラジャラァアァアァァッァァ」


 獣の激しい唸り声が、和太のいる住宅街にどよめいた。


 その化け物は、獣のなのかも定かではない風貌をしている。
 動物図鑑を開いても、絶対に探しだすことはできないだろう。


 全長5mはゆうに超えており、体格は象に近いかもしれない。
 けれど、口には立派な牙と歯が並んでおり、見るからに肉食動物だ。


 小さい真珠のような黒く濁った眼が6つもあり、武器ともいえる巨大な角が複数生えている。
 4足歩行をしており、細長い前足の爪甲そうこうで和太の右腕を切り裂いたのだ。
 昆虫のようでもあり哺乳類とも捉えることができる。


 和太にはこいつが地球のものとはとても思えなかった。
 大学からアパートへの帰り道、いつも通り歩いていたら、空中に突如穴が開いたのだ。
 空中に穴が開くはずはないが、それが事実なのだ。穴の先は宇宙空間のように暗く、時折星のような光がまばらに見えた。


 和太が穴を不思議がっていると、この化け物が現れすぐに襲ったのだ。


 ヨダレを垂れ流すその異質なものをみて、和太の中でしっくりはまる言葉が浮かんできた。


 それは「宇宙人」だ。


 人とはとても思えないが、宇宙からの謎の生物ならば、妙にその見た目が納得できるのだ。


「きゃあぁぁ、いやぁぁぁぁぁぁぁ」


 近くで女性の叫び声が聞こえてきた。ちょうど、化け物の後ろからだ。
 そこには、和太を攻撃したのとは別の生物が主婦と思われてる女性を襲おうとしている。
 大きさは似ているが、2体目は足が6本生えていた。


 さらに別の方向から、怪物の咆哮とともに泣き叫ぶ人の声があちこちで聞こえてくる。
 和太はここだけ襲撃されたわけではないことに気がついた。


 現在は昼の2時ごろで、人通りは少ない。しかし、周囲の住人たちが慌てて外に飛び出してくる。
 どうやら、一回り小さいサイズの獣が家の中に出現したようだ。


 最初の化け物の登場から数分が経つと、たちまち町はパニック状態になっていた。


 町だけではない。はるか上空先で、謎の大穴が開いた。そこから翼の生えた鳥のような生命体が姿を現す。次々と穴は開かれ、様々な形の生物が姿を現す。


 共通点は見たこともがないということだけで、形や色は全て異なっている。


「何もんだよお前ら!」


 目の前のそいつが日本語を理解するとはとても思えない。
 だけど、和太はそう叫ばずにはいられなかった。
 この状況を一刻でも早く打破したかったのだ。


 混乱する和太に、多眼の獣はゆっくり近づいてくる。
 そして、姿勢を低くすると、彼目掛けて勢いよく飛び掛かった。
 今度は足ではなく顔を突き出している。今度は弱らせるせるのではなく、確実に捕食する気だ。


「くるなぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 とても避けれるスピードではない。空中からトラック一台飛んで来たら、人はどうすることも出来ない。


 ただしそれは、なら、という話である。


「ブギャラァッ!」


 勢いよく迫ってきた怪物の体が、奇怪な泣き声と共に、今度は後方へ吹っ飛んでいった。


 怪物がいた空中には、切り落とされた和太の腕がドローンのように停止飛行している。
 この片腕が、地面から何の前触れもなく浮遊し、超高速で獣の顔面を殴り飛ばしたのだ。


「な、なんだ!?」


 自分の腕なのか、和太には自信が持てなかった。
 その腕は着ていた袖が抜け落ち、肌を露出しているはずだった。
 しかし、肌と言うより魚の鱗のようなものに覆われている。色はガラスのように艶のあるグレーだ。


 人間の腕でとは全くの別物。しかし、これが和太の腕と言うこともまた事実。


「ば、化け物だ!」


 あちこちで聞こえる動揺した人々の声に交じり、今の言葉が和太の耳にはっきりと伝わった。
 何故なら、その声は和太に向けられて発されたものだったからだ。


 後ろを振り返ると、同い年ぐらいの男性が腰を抜かしていた。口を開け後ずさりし、怯え切っている。


「お、俺は化け物じゃない」


 日常生活で言われれば、すぐにでも怒ってるとこだ。しかし、和太自身も心当たりがあるため、強く言い返せなかった。


 和太が飛んでいる腕を改めて観察する。
 本当にこれは、自分のものなのか? 
 非現実的なものを目の当たりにし、疑問に思っていると、腕が再び動き出した。


 鱗が一瞬で消えると、人間の肌に戻っていく。そして、胴体である和太の元へ向かっていく。
 まるでおもちゃのように、肩と腕の切断面が接着しなおした。
 右腕を軽く動かしたが、何の問題もなかった。


 今の和太は右腕だけタンクトップというハイセンスなファッションはしているが、周りからは人間にしか見えないだろう。


「な? 俺は人間だ」


 何故元に戻ったのかは分かってはいないようだが、とりあえず体が無事で一安心しているようだ。


「……はぁ、もう何なんだよ」


 騒いだ男性も和太に襲う意志がない事を確認すると、少しだけ落ち着きだした。


「ひ、ひとまず、にげっ……」


 男性と話している途中で、目の前が一瞬で真っ赤に染まった。
 つぶれたトマトみたいに男の体が踏みつぶされ、血が辺り一面に飛び散った。


 その血しぶきは、和太の体にも大量にかかり血まみれになった。


「う、嘘だろ……。そんな、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 化け物を遠ざけ、体が元に戻り油断していた。
 平穏などもうここにはない。
 すでにここは、戦場へと変わり果てているのだ


 男の体をいとも簡単に踏みつぶしたのは、先ほど和太が殴り飛ばした個体のようだ。形も全く同じということと、顔に拳の跡がはっきりと残っているからだ。
 殴られた後、すぐにここへ戻ってきたようだ。


 本来ならすでに和太の体も、地面に散らばる肉片に混ざっていてもおかしくはない。
 しかし、それを回避したどころか一発殴り返したのだ。


 そのことが化け物には理解しがたいようで、先ほどとは違い腰をかなり低く落とし、和太を警戒しているように思えた。


「ウギャ……ギャリャ!」


 人間のようにそいつは首をかしげると、和太の傍を離れていく。別の獲物を狙いに、道路を高速で翔けていった。


 和太は走り去る怪物を目で追い、町の状況を少し把握しだす。
 大中小、多種多様な怪物が人間を襲っては喰らっていた。
 壊された家も数多くあり、壁や地面は真っ赤に変色している。


 改めて、この状況で生き残れたことが奇跡だと感じた。


「おいおい、嘘だろ」


 和太は数十メートル先の、自室のあるアパートを発見した。
 しかし、その一帯はすでに化け物たちによって半壊させられていたのだ。
 部屋が無事な可能性は低く、近寄ることさえ難しいだろう。


「はぁ、もうどうすればいいんだよ」


 午前中まで大学で授業を受け、友人とランチを食べていたはずなのに、一気に絶望の淵に叩き落された気分だった。


 まだ理解不能なことばかりだが、和太は一旦考えることを放棄し、この場から逃げ去るのだった。

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