両手足悪魔の青年となまりが酷いアルマジロ男の珍道中

高見南純平

2020年 5月13日 東京  孤独な悪魔(Ⅲ)

 東京のJR小岩駅。
 そこから東京方面へ向かえば、スカイツリーに辿り着くことができる。
 そんな駅の周辺に、異様なほど人が集中していた。


 電車から降りて急いで逃げる者。
 逆に電車に乗ろうとやってきた者。


 とにかくこの状況から逃げたいという気持ちは皆一緒で、パニックになりながら走り回っている。


 電車は運行を完全に停止しており、復活する見込みはないようだ。
 それもそのはずだ。


 駅にも異形の怪物たちはわんさか出現しているからだ。
 異次元的な穴は開き続けており、殺戮の手が止まることはない。


 駅周辺の人の中には、怪物に攻撃され怪我をしている者もいた。さらに、すでに捕食されてしまった人の残骸がそこら中に落ちている。


 ここら一帯も血の海と化していた。


「グウォォォォォォオォッォォォォ」


 その雄たけびは、地上ではなく上空から聞こえてきた。激しい獣の轟音をきいて、逃げ回る人たちの視線が一瞬だけ宙に向く。
 その隙に乗じて、人間を狩っていく怪物もちらほらいた。


 今日はあいにくの快晴で、その化け物の姿がはっきりと確認できる。
 巨大な両翼をはためかせ上空を旋回している。
 体は細長く、前足もか細い。しかし、後ろ脚は大樹のようにどっしりとしている。
 構造的には、太古の昔に生息されていたとされる恐竜に近い。


 ティラノサウルスとトリケラトプスを混ぜたような姿は、伝説上のドラゴンとも捉えることができる。
 様々な文献があり、その姿は多種多様とされている。
 その中でもポピュラーな、トカゲと蛇、それに鳥が合成されたとされる風貌に瓜二つだった。


「ドラゴンだぁぁぁぁぁぁぁ」


 実際にそれを見て、そう名称した人もいた。
 その言葉も相まって、地上の人々の混乱は加速していく。


 そんな混沌とした状況の中、人間サイドに救援がやってくる。
 それは、ドラゴンの登場からすぐのことだった。


 どこからともなく、機械のエンジン音が爆発的な勢いで聞こえてくる。
 すぐにその姿を捕捉することができた。
 下から見れば手で掴めるそうなほどの大きさしかないが、実際は巨大でスピードもある一種の兵器だ。


 それは自衛隊が所持する戦闘機だった。
 飛翔するドラゴンに向かって、高速で飛行してきたのだ。
 おそらく、他にも空中には怪物が浮いているので、そいつらを駆除しにきたのだろう。
 しかし、その中でも一際巨大なこのドラゴンにターゲットを変更したようだ。


 戦闘機から、肉眼では捉えきらないほど高速のミサイルが発射される。それをこれみよがしに乱射していく。


 それに気がついたドラゴンは、無数の牙が生えた口を限界まで広げていく。
 ミサイルを喰らうためではない。


 ドラゴンの腹の部分が、急激に異常な膨らみ方をしていく。中で何かが膨張しているようだ。
 そして、体内に溜めたそれを、喉を通して口から放出する。


 竜から放たれたのは炎だった。その爆炎は、前方に迫ってきたミサイルをいともたやすく燃やし尽くしていく。
 さらには、その後ろにいる戦闘機も飲み込んでいった。


 炎の中で小さな爆発が数回起きた。ミサイルや戦闘機が破壊されたのだろう。


 これは人間を絶望叩き落とすのに、十分すぎるほどの出来事だった。


 つまりは、自衛隊ですら歯が立たない相手が、人類を襲撃しているということになる。


 それに気がついた人々は、泣き叫び、逃げ惑う。
 絶望する人たちを、容赦なく喰らっていく怪物たち。
 地獄絵図とはこのことだ。


 駅にいる人間全員が生きることを諦めかけたときだった。


「ギルアス410王してんのう 序列230 好奇心の悪魔 カエザスよ、我にその狡猾な知恵と力を貸したまえ」


 長ったらしい文章を唱える者が、駅前に現れた。
 白いコートにスーツと、見慣れない恰好をして眼鏡をかけている青年だ。


 手には長めの杖を持っており、声を出しながらそれを地面に叩きつけた。


 すると地面に、円型の謎の紋章が現れた。紫色に不気味で怪しく輝いている。
 そこから、見たこともない新たな怪物が召喚された。


 原理としては穴から湧いてくる化け物たちと同じだが、明らかに様子が違う。
 何故ならその化け物の姿が、人間に近しいからだ。
 しかも、喋りだすのだ。


「変な生き物ばかり。倒しがいがあるねぇ~」


 ぬめっとした口調をしており、日本語を話している。
 形こそ二足歩行の人間だが、全身黒紫の鱗で守られており、背中からは翼まで生えている。
 目には白目の部分がないので気色悪く、頭部には2本の尖った角が聳え立っている。


 白スーツの彼が唱えていた言葉にあったように、その見た目は悪魔という言葉が相応しい。
 周辺の人間は悪魔など見たことはないだろうが、直感的にそう解釈していた。


「仕事はしてくれよ。かなり魔力を消費したんだ」


 こんな状況にも関わらず、異様に落ち着いた声だった。血で溢れる周辺を見ても、叫び声一つあげていない。


「はいはい。やりますよ」


 悪魔は軽快な口調で返事をする。


 男と悪魔がやり取りをしたあと、悪魔が翼を広げて飛び立った。
 向かう先は、戦闘機を破壊したドラゴンの元だ。


 ドラゴンの全長は、戦闘機と比べると遥かに巨大だった。
 おそらく、飛行機以上はあるだろう。


 それに対し、悪魔は2mほどしかない。
 対格差でいえば、無謀としか言いようがない。


 豆粒ぐらいの悪魔を発見したドラゴンは、攻撃しようともしなかった。人間で例えるなら、蚊が浮遊しているぐらいなのだろう。


 しかし、それが命取りだった。


「デカ物くん……死ね」


 悪魔は飛び立ったまま、手のひらをドラゴンに向ける。
 すると、腕から湯気と共に黒き炎が発現した。
 そして、それは一気に拡大していく。


 ドラゴンよりも一回り大きく成長しきると、悪魔はそれをドラゴンへとぶつける。


「グォォォオォォォオォォォォオォ」


 漆黒の爆炎はすぐにドラゴンの体を覆った。
 そして、全身の鱗を焼き尽くしていく。
 ドラゴンの体が全て灰になるまで、さほど時間はかからなかった。


 標的を焼き殺した炎は、それが幻だったかのように跡形もなく消えていった。
 残ったのは、晴天だけだった。

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