闇を抱えた勇者は世界を救う為に全てを飲み殺す~完結済み~

青篝

バンシ

「お兄さん、誰?」

コロコロとよく通る声で、
その少年は俺を見た。
背丈はフィユと同じか
少し低いくらいで、
真っ赤な髪と真紅と瞳。
全体的にキリっとした顔立ちをしていて、
子ども用のスーツのような格好だ。
そのスーツも赤で統一されており、
かなり大人びた雰囲気を纏っている。

「…お前が、やったのか?」

やったのか、というのは無論、
血を流しているシイラと
気絶しているフィユのことだ。
見たところ他の人間はいないし、
シイラが血眼で睨みつけているのは
あの少年である。

「あぁ、これのこと?」

これ、と耳障りな単語を言ってから、
少年はフィユに視線を向ける。
それから鬱陶しそうに
シイラにも目を向けた。

「こっちの女の子はね、
僕の更なる成長の為に必要だから
連れていくんだけど、
そこのお姉さんが邪魔してくるから
思わず手を出しちゃった。
まぁ、殺さない程度に、だけど」

こいつは何を言っているのだろうか。
成長の為に必要だから
フィユを連れていく?
邪魔をしたから手を出した?
幼い見た目をしているが、
中身はとてつもないサイコパス野郎だ。

「っ!深慈君!
フィユちゃんが危ない!」

ようやく俺に気づいたシイラが
俺に向かって叫んだのは、
自分のことではなく
フィユのことだった。
少しは自分の心配をしても
バチは当たらないだろうに。
だが、それでこそ俺の仲間だ。

「――」

俺は全力で地面を蹴り、
かなりの速さで少年に接近する。
クレに加速させてもらった効果が
まだ体に残っているのか、
いつもの俺の何倍も速い。

「仲間の為だ。悪く思うなよ」

相手は年端もいかない少年。
しかし、フィユとシイラを圧倒し、
フィユを連れていこうとしているなら
何の手加減も必要ないだろう。
俺は拳を握り、少年の腹を狙う。

「邪魔するなら、
お兄さんも痛い目に会うよ?」

俺の拳が少年に届くより先に、
俺の体は弾かれた。
空気の塊のような物が
俺の横から飛んできたのだ。
何も目には映らない。
しかし、確かに俺は吹っ飛んだ。
民家の壁に背中から激突し、
呼吸が一気に苦しくなる。
それでも、俺は立ち上がる。
アイテム袋からナイフを取り出し、
それを少年に投げつける。
と、同時に走り出して
少年の足元に狙いをつけた。

「そういうのも嫌いだから」

投げたナイフは塵となり、
俺の体に傷が走る。
手足の一本くらいやられても
突っ込むつもりでいたが、
俺の体が耐えられなかった。
少年の前で倒れ伏し、
顔を上げるのが精一杯だ。

「お兄さん、影の勇者の人だよね?
今になって思い出したよ。
これ以上邪魔するなら
お兄さんを殺すつもりだったけど、
お兄さんを殺すとヒガンバに
凄く長い説教されるから
今は殺さないでおくよ」

少年は最後にそう言い残し、
俺に背を向けて歩き出す。
すると、俺の背中に何か乗る。
重く、重く、俺にのしかかって
俺の動きを完全に封じた。
少年は何もしていないのに。
そう、少年は最初から最後まで
佇んだまま俺と戦い、圧倒した。
だから、分かった。

「じゃあ、この子は連れていくよ。
あ、そうだ。お兄さんの為に
一応名乗っておかないとね」

俺やシイラとフィユを圧倒できる存在。
魔王の幹部にして一人で
国一つ滅ぼせる存在。
そんなの、決まっている。

「僕の名前はバンシ。
魔王様の『宝石』の一人で、
『魔力石』の称号を受けている。
ヒガンバとは互角に戦ったそうだけど、
僕はあれとは強さの格が違うんだ。
けど、今のお兄さん全力じゃないよね。
だから、お兄さんの全力を
僕はこの場所で楽しみしてるよ」

ヒラヒラと俺の前に紙が落ち、
そこに文字が書いてあるのが見える。
しかし、地面に突っ伏している
俺にはよく見えない。

「バイバイ、影のお兄さん」

バンシの体が宙に浮き、
バンシについていくように
フィユの体も浮かび上がる。

「フィユ……」

枯れた声を絞り出し、
届かない手を伸ばす。
その手は何も掴むことなく、
やがて力なく落ちる。
今の俺にできたのは、
星が輝く夜空に消えていく
バンシとフィユの姿を
ただ見ているだけだった。



[完]

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