闇を抱えた勇者は世界を救う為に全てを飲み殺す~完結済み~

青篝

人魚姫

「いや、嫌だよ…お母さん…!」

「置いていかないで…」

アユから流れた血が凝固し始め、
赤い鮮血は黒に近くなっていく。
だが、アユ自身はまだ
完全に固まってはいなかった。
優しくシイラとフィユの頭を撫で、
涙を流していたのだ。
そして、驚愕なのは
それだけではなかった。

「――愛するわが子を守れて、
お母さんは嬉しいです。
お母さんは先に寝てしまうけど、
あなた達はゆっくり来なさい――」

確かに、俺の耳に響いた。
俺だけではない。
シイラもフィユもチュニもザンマにも、
今のアユの言葉は確かに響いた。
ずっと聞いていれば
その内に眠ってしまいそうな、
優しく落ち着いた声。
初めてアユの声を聞いたはずなのに、
どこか懐かしい、そんな声。

「――大好きよ。シイラ、フィユ」

最後にそう言い残すと、
アユの腕はダラりと下がり、
青色の光に包まれる。

「待ってよ!」

アユの服装と相まって、
青色の光に包まれた彼女は
とても幻想的だった。
そう、まさに人魚姫のよう。
生きる力を失ってしまった人魚姫が
最後に海の泡となって消えるように、
アユの体はフワっと浮かび上がり、
だんだんと薄くなっていく。

「いかないで!」

必死に叫ぶシイラとフィユ。
しかし、アユの瞼が
もう一度開かれることはない。
手を伸ばしても、届かない。
アユは、綺麗な青い光と共に、
跡形もなく消えていった。
ただ、シイラとフィユが首から下げる
アユの骨が入っているネックレスだけは
輝きを増したように見えた。

「私の、私のアユが……」

不覚にも俺もウルッときてしまい、
泣きそうになったが、
何とか俺の堤防は持ち堪え、
状況を整理する為に周囲を見渡す。
完全に雰囲気が変わった今、
逃げるならこの隙だ。
感動した影響かは分からないが、
俺の闇も消えている上に、
ザンマはもう俺達をどうこう
する気力もないようだし、
一旦心を落ち着かせる為にも
ここで逃げた方がいいだろう。

「チュニ、今の内に逃げるぞ」

俺はチュニを手元に呼び寄せ、
そっと耳打ちする。
チュニはイェッサーとばかりに
ビシッと敬礼を決めて、
何やら詠唱を始めた。
俺達が逃げやすくするための
魔法なのだろうと思ったので、
俺は気にせずにシイラとフィユに
できるだけ優しく声をかける。

「辛いだろうけど、
今は逃げることに専念しよう。
せっかく助けてもらったのに、
ここで死んだら意味がない」

二人とも俺の言葉を聞いて、
ゆっくりと立ち上がった。
本当はまだ、アユが旅立ったこの場に
留まりたかっただろうに、
涙を流しながら二人は立つ。

「さよなら、お母さん…」

シイラは最後にそう呟き、
フィユはシイラにしがみつく。
気を失っているクレを背負い、
そして、俺達は歩き出す。
ピクリとも動く様子のない
近衛兵達の間を通り抜け、
出口へと向かう。
だが、事はそう簡単に
ケリをつけさせてはくれなかった。

「許さぬ…許さぬぞ……」

ザンマはブツブツ喋り、
やがて血眼となった瞳をカッと見開いた。

「アユ――――!!」

神の神隠しゴッド・ディレクション!」

ザンマが大声で叫ぶと、
地震のように城が揺れ始める。
それと同時にチュニも魔法を完成させ、
俺達以外の時を強制的に止まらせた。

「急げ!長くは続かねぇ!」

チュニが詠唱をしていた魔法。
それは、時を止めるという、
魔法の中でもトップクラスで
難易度の高い魔法だった。
かなり長い詠唱を必要とし、
魔力の消費も大きいため、
戦闘が始まってから
この魔法を使うのはほぼ不可能だ。
それに、チュニが言った通り、
あまり長い時間を止められない。
時間を止め過ぎると、
世界の理が崩れてしまうからだと
後でチュニから教わった。

「これ、間に合うのか!?」

チュニのおかげで
一度は止まった地震だが、
俺達が部屋を出た瞬間に
また揺れが襲いかかってくる。

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