闇を抱えた勇者は世界を救う為に全てを飲み殺す~完結済み~

青篝

親子喧嘩

「ザンマ様、いかがなさいましたか?」

ほんの一瞬で冷静を取り戻し、
クレはザンマの元に駆け寄る。
しかし、ザンマはクレには目もくれず、
ただ1箇所、ただ一人を見ていた。

「アユ……アユなのか……?」

ザンマの視線の先、
そこにはシイラに背負われた
綺麗な服装をしたアユがいた。
ザンマはおぼつかない足取りで
階段を降りて、1歩ずつ
アユに近づいてくる。
だが――

「悪ぃな、王様よ。
事情を知っている以上、
あんたを近づける訳にいかねぇんだ」

アユとザンマと間に、
俺は無理矢理体を滑らせる。
ザンマの足は止まり、
それでもアユに手を伸ばそうとする。

「アユ…アユ……」

そのザンマの手を、
俺は叩き落とそうとした。
こういう奴には
しっかりとした躾が必要だ。
だが、俺が手を出す前に
ザンマの手は止められる。

「ザンマ様、落ち着いて下さい」

ザンマの後ろから肩に手を乗せ、
クレが声をかける。
ザンマはそのおかげで我に帰り、
わざとらしい咳払いをしてから
黄金の扇を拾って黄金の椅子に戻る。
しばらく無言で瞑想すると、
ザンマはゆっくり目を開き、
堂々と言い放つ。

「その女は私の物だ。返せ」

その女、というのは
言わずもがなアユのことだ。

「ついでに娘も返してもらおう」

ザンマは持っている扇で
アユとシイラを交互に指して言う。
どこまでも上からな物言いに、
俺は自分の理性が飛びそうになる。
しかし、ここで下手をすれば
どうなるか分かった事ではない。
だがそれでも、
はいそうですかと言って
素直に従う訳がないのである。

「あのなぁ、王様。
あんた自分がどの面下げて――」

「私は帰りません!」

説教ムードをビンビンに出して
俺が話をしようとした所を、
シイラが遮る。
確かな口調で、ザンマを見ながら、
背中に背負った責任を感じながら。

「お父様、過去にこの国で
あなたが何をしたのか、
私は知ってしまいました」

シイラのその言葉で、
ザンマの眉がピクっと動く。
ザンマがクレに目配せをすると、
クレはズンズンとシイラに近づく。
だが、俺がそれを許さない。
俺はクレの前に立ち塞がり、
手のひらを向けてクレを制する。
そんな一触即発な場面でも、
シイラは何も動じなかった。

「無理矢理女の子を連れ帰り、
妊娠させて、子どもを取り上げて、
逃げたら家族を殺して、
どこまでも追いかけて、
そして、その子ども…私をも捨てた」

ザンマは扇を握り締め、
歯ぎしりをする。
もう、ザンマの怒りは絶頂だ。
それが分かっていたから、
シイラは思い切り言ったのだ。

「あなたは人間失格よ!
こんな所、絶対に帰らない!」

「黙れ小娘如きが!
貴様のようなガキは俺の言うことだけを
聞いていればよいのだ!」

父親の娘の会話のようには
とても思えないようなやり取り。
これを見ただけで分かってしまう。
家族の絆とかそういう美しいものは
二人の間にはない。
我慢の限界を迎えたザンマは、
扇を床に叩きつける。
そして、椅子の後ろに回って
何かしたかと思うと、
警報音が城に鳴り響き、
扉の向こうから
ドタドタと大量の足音が迫る。
なるほど。
椅子の後ろにボタンか何かがあって、
それを作動させると
兵達が集まってくる訳か。
予想していた展開ではあるが、
面倒なことになりそうだ。

「手加減はいらないよな」

さて、あちらがその気なら
こちらも全力で相手しないとな。
俺のような奴を敵に回すと
どんな事になるか、
たっぷりと教えてやろう。

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