闇を抱えた勇者は世界を救う為に全てを飲み殺す~完結済み~

青篝

宿確保

タアラに到着したのは、
太陽が頭を真上から照らす昼だった。
子どもらしくアユの膝から
離れることを嫌がるフィユを
シイラが無理矢理引き剥がし、
俺はアユを背中に背負う。
そうなると、フィユはシイラの
横にベッタリとくっつき、
恨めしそうに俺を睨む。
俺達は竜車を商人に返し、
歩いて宿屋を探す。

「ライオよりはマシって感じだな…」

今まで、あまりタアラの街並みを
観察していなかったのだが、
道の傍らに座り込む
汚れた様子の少年を見て、
俺はタアラの街並みに目を向ける。
いや、この場合は
『タアラの街並み』ではなく、
『タアラの町外れの街並み』、
という方が正しい言い方か。
何れにしても、
逆になぜ今まで気にならなかったのか。
と思ってしまうほどに、
廃り果てているのだ。
整備の行き届いていない
破損だらけの道、
ヒビが入っている家の壁、
汚れた格好の子どもとおじさん。
ライオの崩壊していた街とは違い、
いくらかはマシな印象を受ける。
だが、タアラの栄えている街、
俺達が洞窟に行く前に寄った、
様々な店が開かれている街と比べると、
どうにも同じ国とは思えない。
それだけ、このタアラの貧富の差が
大きいということなのだろう。

「国王がクズだから、
こういうことになるのか…」

アユの過去の話を聞く限り、
このタアラの国王はクズだ。
話に出てきたのは国王の息子だけだが、
息子の蛮行を黙認して、
やりたいようにやらせていたのは国王だ。
国王だから云々のことの前に、
父親としての役割を
きちんと果たしてもらいたいものだ。

「今の俺にできるのは、
精々こんなもんだ。
我慢してやってくれ」

俺は子どもやおじさんに
パンを一つずつ配り、
颯爽とその場を後にした。
そういえば、タアラに着いてからずっと、
俺に視線が集まっていたのは、
一体何だったのであろうか。



無事に宿を確保すると、
シイラはフィユを連れて
どこかに行ってしまった。
一応の護衛としてチュニを
同行させたのはいいが、
俺はドレスを着た美しい女性と
2人きりで部屋に取り残されて、
何とも言えない緊張感を覚えていた。

「…話はしないのか?」

呼びかけても返答はなく、
ただ虚ろな瞳をしているだけ。
俺はアユとの会話を諦めて、
竜車での移動の際にやっていた
氷属性の魔法の練習を始めた。
あれからの練習の末に、
レタスを凍らせることに成功したのだが、
俺は更なる練習を重ね、
ついに少しだけ雪を作ることができた。
俺が一人でガッツポーズをとると、
ベッドに座らせたままのアユが
自らの足で立ち上がり、
俺の方へ歩いてきたかと思うと、
俺の肩にそっと手を置いて、
小さく微笑んだ…ように見えた。
どうやら、可能性なりに
成功を褒めてくれたらしい。
一度でいいから彼女の声を
聞いてみたいものだが、
こうした反応をしてくれただけで
俺はとても嬉しくなる。

「お待たせ、深慈君…ってあれ?
深慈君、お母さんどうしたの?」

部屋に戻ってきたシイラは、
不思議そうな顔をする。
まぁ、今までほとんど
自分から動いたことのないアユが
ベッドから立ち上がり、
俺の肩に手を置いていれば、
そういう顔になるだろう。

「俺の特訓の成果を
この人なりに褒めてくれたのさ」

俺は床に少しだけ積もった雪を
大袈裟に披露して、
どうだと胸を張ってみる。

「ふーん、そうなんだ。
ねぇ、深慈君、そんなことより
ちょっとだけ外で待ってくれる?」

俺の自慢を華麗に流して、
シイラは大きな紙袋を掲げてみせる。
いや、少しくらいは俺の努力を
認めてほしいんだけど、
と言おうとしたが、
ワクワクキラキラした
シイラとフィユの顔を見ると
その気も失せてしまった。
俺は仕方なく立ち上がり、
部屋を出ていく。
チラッと見えたが、
シイラの持つ紙袋の中には
大量の衣服があった。
その時点で、シイラが何をしようと
思っているのかなど
容易に想像できた。

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