闇を抱えた勇者は世界を救う為に全てを飲み殺す~完結済み~

青篝

つれていく

「――だが、それでも、
男と結婚式を挙げたかった彼女は、
幽霊としてこの世に留まり、
今も彼のことを待っている…と」

チュニの話の最後を、
俺が引き継ぐように終わらせる。
俺は拳を握り締めると同時に、
涙を目元に溜めていた。
この感情を何と表現すればいいのか、
俺にはよく分からない。
タアラの王の息子には
これ以上ないくらいの
怒りを感じているし、
アユと男の美しくも
悲しい物語には泣けてくる。

「お母さん…」

そんな俺とは違い、
シイラは大粒の涙を流して
グズグズ泣いている。
俺は、シイラに何と言葉を
かけてあげればいいのか、
これもさっぱり分からなかった。

「私の、お母さん…」

マーレは、いや、フィユと呼ぶべきか。
フィユはアユの顔を見つめ、
シイラから離れると、
ゆっくりとアユに抱きついた。

「…えっ?」

俺は、自分の目を疑った。
フィユもシイラもチュニも、
全く同じ反応をしていた。
アユに抱きついたフィユの頭に、
人の手が乗っているのだが、
その手はアユの物だったのだ。
アユはフィユの頭を優しく撫で、
もう片方の手をシイラへと向ける。
促されるままに、
シイラは膝を着いて
頭をアユに差し出す。
シイラの頭にアユの手が乗り、
髪の流れに沿って
優しく撫でている。

「お母さん!」

シイラもアユに抱きつき、
子どものように泣き叫ぶ。
シイラに感化されて、
フィユも声を上げて泣く。
洞窟内に、2人の泣き声が
鳴り響いていた。



2人が、いや、3人が親子の
感動の再会をしている間、
俺はアユの近くを散策して、
一人分の白骨遺体を見つけた。
俺はアユの骨を丁寧に拾い、
隅っこの方に埋めた。
その時、アユの左手の薬指の骨を
2本分だけ取っておき、
後にフィユとシイラに
御守りとして、
アユの骨を入れたお揃いの
ネックレスを渡しておいた。
全員でアユの墓を拝み、
俺達はその場を去ろうとする。

「……ん?」

俺が違和感を持ったのは、
アユの墓を拝んだすぐ後だ。
未だにアユの幽霊が
その場に留まり続けているのだから。
愛しの彼には会えないが、
こうして2人の娘に会えたのだし、
骨も綺麗に埋めたので
成仏しても不思議ではないのだが、
アユはまだそのにいる。

「深慈君、無理なお願いだけど、
聞いてくれないかな?」

そういうシイラの申す内容など、
この状況で分からないはずがない。

「お母さんも一緒に
連れて行ってあげたいな」

シイラは少しだけ恥ずかしそうに
顔を背けながら言った。
シイラのそのお願いに、
フィユも同調して
上目遣いに俺を見る。
もちろん、考える間もなく
俺の答えなど決まっていた。

「どこまでついてくるか分かないが、
まぁ、行ける所まで行くか」

俺が振り返ると、
アユが笑っているように見えた。
少しでも長く娘といられることを
喜んでいるのだろうか。
俺はアユを背負い、
洞窟の出口を目指す。
幽霊だからか、
スタイルのいい女性だから、
アユの体は驚くほどに軽い。
だが、背中に当たる
アユの胸の感触は
確かに感じられた。

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