闇を抱えた勇者は世界を救う為に全てを飲み殺す~完結済み~

青篝

文字の勉強

俺はここにきて、
かなり深刻な事実を
目の前にしていた。
逆に、なぜ今まで
気づかなかったのだろうかと、
自分自身がバカらしくなる。
異世界転生ものとかで、
必ず主人公がぶつかる壁。

「深慈君、ここ、間違ってます」

そう、文字だ。
話は普通に通じるから、
何も気にしていなかったが、
俺はこの世界に召喚されてから
この世界の文字を
見たことがなかった。
宿に泊まる時は
受付でいくらか直接聞いていたし、
店先で食料を買う時も
その都度店の人に聞いて、
酒場でご飯を食べる時は
シイラとチュニが
食べたい物を注文して、
お勘定は店の人が
料理を持って来た際に
口頭で言っていたのを記憶して、
まとめてテーブルに置いていた。
なので俺は、この世界の文字を
一度も目にしていなかった。
いや、心のどこかで
見ることを避けていたのかもしれない。

「ここも違います」

マーレが集めてくれた情報を
まとめるために
メモを残しておこうとしたのだが、
日本語で書いていたら、
何やその文字は、と
皆に言われて、
俺が文字を書けないことが発覚したのだ。
本当はこんなことで
時間を浪費している場合ではないのだが、
この際だから勉強しておきなさい、と
シイラに言われたので、
俺は大人しく
紙とペンを持って椅子に座った。

「それも違います」

「くそぅ!」

そして今、俺は文字を勉強している。
この世界の人間が使っている文字で、
ディフカ文字と言うそうだ。
ディフカ文字の見た目は、
韓国のハングル文字と
アラビア語を掛け合わせたような、
割と簡素な創りなのだが、
1から言語を覚えるとなると
一筋縄ではいかない。
しかし幸いなことに、ディフカ文字には
日本語みたいな平仮名とか
カタカナとかの種類はなく、
言ってしまえば
平仮名を覚えるだけなので、
楽といえば楽だ。

「主、間違ってるぜ」

「……」

――前言撤回。
全く楽じゃない。
俺は勉強は苦手ではなく、
むしろ得意な方だったが、
唯一苦手な教科があり、
それが英語だった。
どうやら俺は、
他言語を覚えるのが苦手らしい。

「あの…頑張って下さい」

そんな俺に優しい言葉を
掛けてくれたのは、
部屋の隅っこから
俺の勉強する姿を
眺めていたマーレだ。
いくらかは俺にも
慣れてきたかなと思っていたが、
俺が近づいたり、
少し大きな声を出すと、
ビクッと体を震わせる。
マーレの方から距離を
取ってはいるが、
俺も気を遣って
何も用がない時は
あまり近寄らないようにしている。
いづれ、マーレの方から
距離を縮めてくれる日が来るまで、
俺は待つつもりでいた。
そのマーレが、
マーレの方から俺に声を掛けたのだ。
そのことに俺は嬉しくなり、
同時にチャンスだと思った。

「あぁ、ありがとう、マーレ」

無理に笑いかけたせいで、
不格好な笑顔に
なってしまったかもしれない。
しかし、マーレは臆せず、
頬を少しだけ紅潮させると、
体育座りをした膝に顔を埋めて、
僅かに震えていた。

「さて、俺も頑張らないとな」

マーレは自分でも分かっていた。
このままではいけないと。
だから、無理をして
俺に話し掛けてきたのだ。
体が震えていたのは、
まだ男性に対するトラウマが
消えていないから。
頬を紅潮させていたのは、
きっと自分が少しでも前に進めたことを
嬉しく思っているから。
マーレはよく頑張っている。
だから俺も、マーレに負けないように
頑張らなくてはならない。

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